1.2 結合エントロピー・条件付きエントロピーとチェイン則
1.1 節では確率変数ひとつの不確かさを測った.しかし情報理論が扱う場面は,情報源と観測,送信符号と受信語のように,複数の確率変数が絡み合う状況がほとんどである.そこで必要になるのが「二つをまとめて見たときの不確かさ」と「片方を知ったあとに残る不確かさ」であり,それぞれ結合エントロピー・条件付きエントロピーとして定義される.本節ではこの二つを導入し,両者を一本の等式で結ぶチェイン則を示す.チェイン則は,以降の章で長いブロックの解析を 1 文字ずつの寄与に分解するときの基本道具になる.
結合エントロピー
二つの確率変数を同時に考えるとき,対(𝑋,𝑌)を一つの確率変数とみなせば,そのエントロピーがそのまま結合エントロピーである.
定義 1.2.1(結合エントロピー). 同時分布𝑝(𝑥,𝑦)をもつ(𝑋,𝑌)の結合エントロピー を
𝐻(𝑋,𝑌)=−∑𝑥,𝑦𝑝(𝑥,𝑦)log𝑝(𝑥,𝑦)と定める.これは対(𝑋,𝑌)を値域X ×Yの単一の確率変数とみたときの定義 1.1.1 そのものであり,新しい概念ではない.
読み方は 1.1 節のままで,「二つ合わせて見たときの平均驚き量」である.両端の二つの場合を見ておくと見通しがよい.𝑋と𝑌が独立なら𝑝(𝑥,𝑦) =𝑝(𝑥)𝑝(𝑦)で対数が分かれ,𝐻(𝑋,𝑌) =𝐻(𝑋) +𝐻(𝑌),すなわち独立なものは足し算になる(1.1 節で加法性を要請したのがそのまま出てくる).逆に𝑌 =𝑋なら対(𝑋,𝑋)は𝑋で決まってしまうので𝐻(𝑋,𝑋) =𝐻(𝑋)となる.同じものを二度数えても不確かさは増えない.一般の𝑋,𝑌はこの両極のあいだにあり,𝐻(𝑋) +𝐻(𝑌)からどれだけ下がるかが「二つの重なり」を表す.その重なりを正面から測る量が 1.3 節の相互情報量である.
条件付きエントロピー
結合エントロピーは「二つまとめて」の量だった.次に知りたいのは順序のある問い,すなわち「𝑌を先に知ってしまったあと,𝑋にはどれだけ不確かさが残るか」である.𝑌 =𝑦を観測したあとの𝑋の分布は条件付き分布𝑝(𝑥 ∣𝑦)なので,そのときに残る不確かさはこの分布のエントロピー𝐻(𝑋 ∣𝑌 =𝑦) = −∑𝑥𝑝(𝑥 ∣𝑦)log𝑝(𝑥 ∣𝑦),すなわち定義 1.1.1 を条件付き分布に当てただけのものである.ただし観測前の私たちはどの𝑦が出るかを知らない.そこで各𝑦の場合の残り不確かさを,𝑦が出る確率で平均する.
定義 1.2.2(条件付きエントロピー).
𝐻(𝑋∣𝑌)=∑𝑦𝑝(𝑦)𝐻(𝑋∣𝑌=𝑦)=−∑𝑥,𝑦𝑝(𝑥,𝑦)log𝑝(𝑥∣𝑦).最後の等号は𝑝(𝑥,𝑦) =𝑝(𝑦) 𝑝(𝑥 ∣𝑦)による書き換えである.なお𝑝(𝑦) =0の𝑦では条件付き分布𝑝(𝑥 ∣𝑦)は一意に定まらないが,その項には重み𝑝(𝑦) =0が掛かるため𝐻(𝑋 ∣𝑌)には寄与せず,𝑝(𝑦) =0上で𝑝(𝑥 ∣𝑦)をどう約束しても値は変わらない.𝐻(𝑋 ∣𝑌)は「𝑌を知ったうえでなお𝑋に残る平均的な不確かさ」と読む.𝐻(𝑋 ∣𝑌 =𝑦)を特定の𝑦ごとにみれば𝐻(𝑋)より大きくなることもあり得るが,𝑦について平均した𝐻(𝑋 ∣𝑌)は𝐻(𝑋)を超えない(「条件付けは平均的に不確かさを減らす」,定理 1.2.4).
三つ断っておく.第一に,以下では確率関数を引数の記号で区別する慣用に従う.𝑝(𝑥)は𝑋の周辺分布,𝑝(𝑦)は𝑌の周辺分布,𝑝(𝑥,𝑦)は同時分布,𝑝(𝑥 ∣𝑦)は条件付き分布である.第二に,𝐻(𝑋 ∣𝑌)は各𝐻(𝑋 ∣𝑌 =𝑦)の平均であり,命題 1.1.4 より各項が非負だから𝐻(𝑋 ∣𝑌) ≥0である.第三に,条件が複数あるときは対を 1 変数とみなして定義 1.2.2 を読む(𝐻(𝑋 ∣𝑌,𝑍)は𝐻(𝑋 ∣(𝑌,𝑍))のこと).片方だけ値を固定した𝐻(𝑋 ∣𝑌 =𝑦,𝑍)は,𝑌 =𝑦に固定した世界での𝐻(𝑋 ∣𝑍),すなわち∑𝑧𝑝(𝑧 ∣𝑦) 𝐻(𝑋 ∣𝑌 =𝑦,𝑍 =𝑧)を表す.
ここでも両端を見ておく.𝑋が𝑌の関数(𝑌がわかれば𝑋が決まる)なら,どの𝑦でも条件付き分布は一点に集中するので𝐻(𝑋 ∣𝑌) =0である.𝑌を知れば𝑋の不確かさは消える.逆に𝑋と𝑌が独立なら𝑝(𝑥 ∣𝑦) =𝑝(𝑥)で𝑦に依らず𝐻(𝑋 ∣𝑌) =𝐻(𝑋),すなわち𝑌を知っても何も減らない.一般の場合はこの0と𝐻(𝑋)のあいだにあり,「𝐻(𝑋)からどれだけ減ったか」が𝑌の持っていた情報の量になる.
注意すべきは,𝐻(𝑋 ∣𝑌)が𝐻(𝑋)とも𝐻(𝑌)とも独立に決まる量ではなく,同時分布で決まることである.𝑋と𝑌の周辺分布が同じでも,両者の結びつき方が違えば𝐻(𝑋 ∣𝑌)は変わる.
チェイン則
定理 1.2.3(チェイン則).
𝐻(𝑋,𝑌)=𝐻(𝑋)+𝐻(𝑌∣𝑋)=𝐻(𝑌)+𝐻(𝑋∣𝑌).
「対(𝑋,𝑌)の不確かさは,まず𝑋の不確かさ,次に𝑋を知ったうえでの𝑌の不確かさ,の和に分解できる」という,エントロピーのもっとも基本的な構造である.
この等式は,二つを一度に当てる代わりに順番に当てていくと思えばよい.まず𝑋を当てる(不確かさ𝐻(𝑋)),次に𝑋の答えを知ったうえで𝑌を当てる(不確かさ𝐻(𝑌 ∣𝑋)).どちらの手順でも最終的に対(𝑋,𝑌)を言い当てるのだから,必要な情報の総量は同じはずで,それが等式になっている.符号化の言葉でいえば「𝑋を符号化し,続けて𝑋を既知として𝑌を符号化する」という二段階の符号の平均長が,対をまとめて符号化した平均長と一致する,ということである.この「分けて数えても総量は変わらない」構造が,本章のほとんどの等式の背骨になる.
証明. 同時分布のチェイン則𝑝(𝑥,𝑦) =𝑝(𝑥) 𝑝(𝑦 ∣𝑥)の両辺の対数をとるとlog𝑝(𝑥,𝑦) =log𝑝(𝑥) +log𝑝(𝑦 ∣𝑥).両辺に−𝑝(𝑥,𝑦)を掛けて(𝑥,𝑦)について和をとる:
𝐻(𝑋,𝑌)=−∑𝑥,𝑦𝑝(𝑥,𝑦)log𝑝(𝑥)−∑𝑥,𝑦𝑝(𝑥,𝑦)log𝑝(𝑦∣𝑥).以下,和は同時分布が正の点についてとる(𝑝(𝑥,𝑦) =0の項は0log0 =0の約束により両辺とも 0 で,寄与しない).第 2 項は定義 1.2.2 によりちょうど𝐻(𝑌 ∣𝑋).第 1 項は𝑦について先に和をとると∑𝑦𝑝(𝑥,𝑦) =𝑝(𝑥)だから−∑𝑥𝑝(𝑥)log𝑝(𝑥) =𝐻(𝑋).合わせて𝐻(𝑋,𝑌) =𝐻(𝑋) +𝐻(𝑌 ∣𝑋).◼
両式を見比べると𝐻(𝑋) −𝐻(𝑋 ∣𝑌) =𝐻(𝑌) −𝐻(𝑌 ∣𝑋),すなわち「𝑌を知って減る𝑋の不確かさ」と「𝑋を知って減る𝑌の不確かさ」は等しい.この共通の量が次節の相互情報量𝐼(𝑋;𝑌)である.
条件付けは不確かさを増やさない
定理 1.2.4(条件付けの単調性).
𝐻(𝑋∣𝑌,𝑍)≤𝐻(𝑋∣𝑌).すなわち,すでに𝑌を知っているところへさらに𝑍を加えても,𝑋に残る平均的な不確かさは増えない.𝑌を自明な定数にとれば𝐻(𝑋 ∣𝑍) ≤𝐻(𝑋)という基本形を得る.
この不等式は「平均的に」という但し書きが本質的である.特定の観測値𝑍 =𝑧のもとでは𝐻(𝑋 ∣𝑌,𝑍 =𝑧) >𝐻(𝑋 ∣𝑌)となること(個別の観測がかえって混乱を増す状況)はあり得る.
具体例で確かめておこう.𝑋を公平なコイン(表裏が確率1/2),𝑍を確率0.99で「情報なし」,確率0.01で「𝑋の値そのもの」を返す観測とする(𝑌は自明にとる).𝑍が「𝑋の値」を返したときは𝑋が確定するので𝐻(𝑋 ∣𝑍 =値) =0,これは𝐻(𝑋) =log2より小さい.一方「情報なし」を受け取ったときは,𝑋について何も分からないままなので𝐻(𝑋 ∣𝑍 =情報なし) =log2 =𝐻(𝑋)で,増えてもいないが減ってもいない.平均すれば𝐻(𝑋 ∣𝑍) =0.99log2 <log2となる.
観測が増やす側に振れる例も作れる.𝑋が確率0.9で表になる偏ったコインだとする(𝐻(𝑋) =𝐻𝑏(0.9)で,log2より小さい).ここに,たまたま「裏」を示唆する観測𝑧が来ると,𝑧のもとでの分布は1/2対1/2に近づき,その𝑧のもとでの不確かさは𝐻(𝑋)より増える.しかしそのような𝑧が出る確率は低く,𝑧について平均すれば差し引きで必ず減る(あるいは変わらない).定理 1.2.4 が主張しているのはこの平均の話であって,個々の観測の話ではない.
証明. 1.1 節で組み立てた有限 Jensen の不等式(補題 1.1.9)を,𝜑(𝑡) = −𝑡log𝑡の凹性に対して一度だけ使う.まず𝑌 =𝑦を固定する.定義 1.2.2 を𝑌 =𝑦のもとで読むと
𝐻(𝑋∣𝑌=𝑦,𝑍)=∑𝑧𝑝(𝑧∣𝑦)∑𝑥𝜑(𝑝(𝑥∣𝑦,𝑧))=∑𝑥(∑𝑧𝑝(𝑧∣𝑦)𝜑(𝑝(𝑥∣𝑦,𝑧))),と和の順序を入れ替えられる.内側の和は,重み𝑝(𝑧 ∣𝑦) ≥0(𝑧について総和 1)と点𝑡𝑧 =𝑝(𝑥 ∣𝑦,𝑧)に対する𝜑の重みつき平均だから,補題 1.1.9 より
∑𝑧𝑝(𝑧∣𝑦)𝜑(𝑝(𝑥∣𝑦,𝑧))≤𝜑(∑𝑧𝑝(𝑧∣𝑦)𝑝(𝑥∣𝑦,𝑧))=𝜑(𝑝(𝑥∣𝑦)).最後の等号は全確率の公式∑𝑧𝑝(𝑧 ∣𝑦)𝑝(𝑥 ∣𝑦,𝑧) =𝑝(𝑥 ∣𝑦)による.𝑥について足し合わせると𝐻(𝑋 ∣𝑌 =𝑦,𝑍) ≤𝐻(𝑋 ∣𝑌 =𝑦)を得る.最後にこれを𝑝(𝑦)で重みづけて𝑦について和をとれば,左辺は𝐻(𝑋 ∣𝑌,𝑍),右辺は𝐻(𝑋 ∣𝑌)になり,主張が従う.◼
この証明の要点は一つだけである.𝑍を知る前の分布𝑝(𝑥 ∣𝑦)は,𝑍を知ったあとの分布𝑝(𝑥 ∣𝑦,𝑧)たちの混合にほかならない.そして凹関数は混ぜると値が上がる.エントロピーは𝜑の和なので,混ぜたもの(= 𝑍を知らない状態)のほうが不確かさは大きい.
条件を一つ抱えたままのチェイン則
定理 1.2.3 は,後の節で「何かを知ったうえで」使うことが多い.そのたびに導出し直さずに済むよう,条件付きの形をここで立てておく.
補題 1.2.5(条件付きチェイン則). 確率変数𝑋,𝑌,𝑍について
𝐻(𝑋,𝑍∣𝑌)=𝐻(𝑍∣𝑌)+𝐻(𝑋∣𝑍,𝑌).
証明. 𝑌 =𝑦を固定すると,その世界での分布に定理 1.2.3 を当てて𝐻(𝑋,𝑍 ∣𝑌 =𝑦) =𝐻(𝑍 ∣𝑌 =𝑦) +𝐻(𝑋 ∣𝑍,𝑌 =𝑦)を得る.両辺に𝑝(𝑦)を掛けて𝑦について和をとれば,定義 1.2.2 の読み方(節の冒頭で断った,片方を固定した量の意味)によりそれぞれ𝐻(𝑋,𝑍 ∣𝑌),𝐻(𝑍 ∣𝑌),𝐻(𝑋 ∣𝑍,𝑌)になる.◻
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