4.5 McMillan の不等式
4.1 節で,語頭符号は一意復号可能な符号の真に狭いクラスであることを見た(例 4.1.5).狭いクラスに制限しているのだから,読みながら区切れるという便利さの代わりに,平均符号長で損をしていてもおかしくない.本節はそうではないことを示す.鍵は,定理 4.2.1 の不等式が語頭性をまったく使わずに一意復号可能性だけから出る,という点にある.
証明では二項定理,すなわち実数𝛿 >0と整数𝑘 ≥0に対して(1 +𝛿)𝑘 =∑𝑘𝑗=0(𝑘𝑗)𝛿𝑗が成り立つことを既知として使う.
一意復号可能な符号への拡張
定理 4.5.1(McMillan の不等式). Xを有限アルファベット,𝐷 ≥2を整数とする.𝑐をX上の一意復号可能な𝐷元情報源符号,ℓ(𝑥)をその符号語長とすると
∑𝑥∈X𝐷−ℓ(𝑥)≤1が成り立つ.
証明. Xが空なら左辺は0で主張は成り立つから,空でないとしてよい.𝐾 :=∑𝑥𝐷−ℓ(𝑥),ℓmax :=max𝑥ℓ(𝑥)とおく.定義 4.1.1 より符号語は空でないのでℓ(𝑥) ≥1であり,ℓmax ≥1である.
𝐾の冪を長さごとに数え直す.整数𝑘 ≥1をとると,積を展開して
𝐾𝑘=∑(𝑥1,…,𝑥𝑘)∈X𝑘𝐷−(ℓ(𝑥1)+⋯+ℓ(𝑥𝑘))である.列(𝑥1,…,𝑥𝑘)に対して𝑐∗(𝑥1,…,𝑥𝑘)の長さはちょうどℓ(𝑥1) +⋯ +ℓ(𝑥𝑘)であり,この値は𝑘以上𝑘 ℓmax以下である.そこで,𝑐∗での像の長さが𝑚になるX𝑘の元の個数を𝑁(𝑚)と書くと
𝐾𝑘=𝑘ℓmax∑𝑚=𝑘𝑁(𝑚)𝐷−𝑚となる.
一意復号可能性を数え上げに変える.𝑐∗は単射だから,像の長さが𝑚であるX𝑘の元は,長さ𝑚の相異なる列に写る.長さ𝑚の列は𝐷𝑚本しかないので𝑁(𝑚) ≤𝐷𝑚であり,上の和の各項は1以下である.項の個数は𝑘 ℓmax −𝑘 +1だから
𝐾𝑘≤𝑘ℓmax−𝑘+1≤𝑘ℓmaxを得る.これがすべての𝑘 ≥1で成り立つ.
𝐾が1を超えられないことを見る.𝐾 >1として𝛿 :=𝐾 −1 >0とおく.二項定理の展開はすべての項が正だから,𝑘 ≥2のとき𝑗 =2の項だけを残して
𝐾𝑘=(1+𝛿)𝑘≥(𝑘2)𝛿2=𝑘(𝑘−1)2𝛿2である.上の評価と合わせると𝑘(𝑘−1)2𝛿2 ≤𝑘 ℓmax,すなわち(𝑘 −1) 𝛿2 ≤2 ℓmaxがすべての𝑘 ≥2で成り立つことになる.左辺は𝑘とともにいくらでも大きくなるので,これは矛盾である.よって𝐾 ≤1である.◼
証明の中身は,語頭符号のときの数え上げ(定理 4.2.1)とは別のものである.あちらは深さℓmaxで場所が重ならないことを一度数えただけだったが,こちらは𝑘文字の列をまとめて符号化し,𝑘を大きくして矛盾を出す.定理 4.2.1 が語頭性を1回の数え上げに直せたのに対し,一意復号可能性から直に取り出せるのは「𝑘文字ぶんの列が相異なる列に写る」という形で,本節の証明はそれを𝑘について効かせている.𝐾 >1なら𝐾𝑘は指数で増えるのに,長さで数えた上界は𝑘について一次でしか増えないという,増え方の差が矛盾を生んでいる.
系 4.5.2. Xを有限アルファベット,𝐷 ≥2を整数とし,𝑋をX上に分布𝑝をもつ確率変数とする.X上の任意の一意復号可能な𝐷元情報源符号𝑐について𝐻𝐷(𝑋) ≤𝐿(𝑐)である.
証明. 𝑐の符号語長をℓとすると,定理 4.5.1 よりℓは Kraft の不等式を満たす.定理 4.3.2 を当てて𝐻𝐷(𝑋) ≤∑𝑥𝑝(𝑥)ℓ(𝑥) =𝐿(𝑐)を得る.◼
系 4.5.3. Xを有限アルファベット,𝐷 ≥2を整数とする.X上の一意復号可能な𝐷元情報源符号𝑐に対し,X上の𝐷元語頭符号で,各𝑥の符号語長が𝑐のそれに等しいものが存在する.
例 4.5.4(語頭符号への置き換え). 例 4.1.5 の符号は一意復号可能だが語頭符号ではない.その符号語長の組はℓ(1) =1,ℓ(2) =2,ℓ(3) =3であり,同じ長さの組をもつ二元語頭符号として例 4.1.4 の𝑐(1),𝑐(2),𝑐(3)がとれる.X ={1,2,3}上のどの分布についても,二つの符号の平均符号長は等しい.
証明. 例 4.1.5 の符号語は0,01,011で,長さは1,2,3である.例 4.1.4 の𝑐(1) =0,𝑐(2) =10,𝑐(3) =110も長さが1,2,3で,例 4.1.4 の証明よりこの三つのあいだに語頭の関係はない.平均符号長は定義 4.1.1 より符号語長の組と分布だけで決まるから,二つの符号で同じ値になる.◼
系 4.5.2 と系 4.3.3 を並べると,下界𝐻𝐷(𝑋)は語頭符号に限っても一意復号可能な符号まで広げても同じである.系 4.5.3 はその理由をもっと直接に述べていて,一意復号可能な符号は,長さを一切変えずに語頭符号に取り替えられる.読みながら区切れるという性質は,ただで手に入るということである.したがって最小の平均符号長を求める問題は,Kraft の不等式を満たし,かつすべての𝑥でℓ(𝑥) ≥1である長さの組ℓのうちで∑𝑥𝑝(𝑥)ℓ(𝑥)を最小にするものを探す問題に,何も失わずに書き換えられる.系 4.2.5 より,この二つの条件を満たす長さの組はちょうど𝐷元語頭符号の符号語長の組である.次節は,符号アルファベットが2文字の場合について,その最小を与える手続きを作る.
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