10.3 分配関数と Legendre 双対性
10.2 節は𝜆を与えられたものとして扱い,その Gibbs 分布が制約を満たすならそれが最大化分布である,と示した.そこで分配関数𝑍(𝜆)が果たしたのは,重みの総和を 1 にそろえる分母という役割だけだった.本節はこの分母を主役の位置に移す.
移してみると,𝜆の関数としての𝑍に最大エントロピー問題の答えが入っていることが分かる.正確には,その対数𝜓(𝜆) =log𝑍(𝜆)に入っている.最大値そのものが𝜓(𝜆) −⟨𝜆,𝑐⟩という閉じた式で書け(定理 10.3.3),実行可能な分布のエントロピーはどれもこの式で上から押さえられる(定理 10.3.4).極限をとる操作も,分布を動かして最大値を探す操作も現れない.𝜓と制約の値𝑐だけから計算できる量として,最大エントロピーが手に入る.
以下,Xは空でない有限アルファベット,𝑓1,…,𝑓𝑘はその上の特徴関数,𝑓(𝑥) =(𝑓1(𝑥),…,𝑓𝑘(𝑥)),⟨𝜆,𝑢⟩ =∑𝑖𝜆𝑖𝑢𝑖は 10.2 節で置いた記法である.
対数分配関数と指数型分布族
定義 10.3.1(対数分配関数と指数型分布族). 空でない有限アルファベットX上の特徴関数𝑓1,…,𝑓𝑘をとり,定義 10.2.1 の分配関数𝑍(𝜆)を使って
𝜓(𝜆):=log𝑍(𝜆)(𝜆∈ℝ𝑘)と定める.𝜓を 対数分配関数 と呼ぶ.また,𝜆 ∈ℝ𝑘に対するX上の関数
𝑥⟼exp(⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩−𝜓(𝜆))を考え,𝜆がℝ𝑘全体を動くときに得られるこれらの関数の全体を,特徴関数𝑓1,…,𝑓𝑘の定める 指数型分布族 と呼ぶ.
指数型分布族の書き方では,𝜓が指数の中に引き算として入っている.定義 10.2.1 のGibbs 分布は同じものを割り算で書いていた.二つは同じ分布である.
命題 10.3.2. Xを空でない有限アルファベット,𝑓1,…,𝑓𝑘をその上の特徴関数とする.任意の𝜆 ∈ℝ𝑘と任意の𝑥 ∈Xに対して
exp(⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩−𝜓(𝜆))=𝑝∗𝜆(𝑥)が成り立つ.すなわち指数型分布族の各要素は Gibbs 分布であり,逆にどの Gibbs 分布も指数型分布族に属する.
証明. 指数関数の値はつねに正でXは空でないから,定義 10.2.1 の𝑍(𝜆)は正の数の有限和として正である.よってその対数がとれてexp(𝜓(𝜆)) =𝑍(𝜆)である.指数関数が差を商に変えることから
exp(⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩−𝜓(𝜆))=exp(⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩)exp(𝜓(𝜆))=exp(⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩)𝑍(𝜆)となり,右端は定義 10.2.1 の𝑝∗𝜆(𝑥)そのものである.後半は,𝜆の動く範囲が両側ともℝ𝑘全体だから,前半の等式から直ちに従う.◼
二つの書き方を使い分ける. 同じ分布に二つの書き方を用意する理由は,それぞれが別のことを見やすくするところにある.割り算の形は,分子が各点の重み・分母がその総和だから,これが分布であること,すなわち非負で総和が 1 であることが目で見える.命題 10.2.2 の証明が1 行で済んだのはこの形のおかげである.引き算の形は𝜓を式の表に出す.両辺の対数をとると
log𝑝∗𝜆(𝑥)=⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩−𝜓(𝜆)となって,𝜆に依る部分が𝜓(𝜆)という 1 つの数にまとまる.補題 10.2.3の証明が最初にしたのもこの変形だった.本節はこの𝜓を追う.
Legendre 双対性
定理 10.3.3(Legendre 双対性). Xを空でない有限アルファベットとし,特徴関数𝑓1,…,𝑓𝑘と制約の値𝑐 =(𝑐1,…,𝑐𝑘),および𝜆 ∈ℝ𝑘をとる.Gibbs 分布𝑝∗𝜆がモーメント制約を満たすとする.このとき
𝐻(𝑝∗𝜆)=𝜓(𝜆)−⟨𝜆,𝑐⟩.
証明. 補題 10.2.3 を𝑄 :=𝑝∗𝜆として使う.左辺は𝐷(𝑝∗𝜆 ‖ 𝑝∗𝜆)であり,定理 1.6.1 の等号条件よりこれは 0 である.右辺に現れる𝔼𝑝∗𝜆[𝑓]は,仮定より𝑐に等しい.したがって
0=−𝐻(𝑝∗𝜆)−⟨𝜆,𝑐⟩+log𝑍(𝜆)が成り立つ.定義 10.3.1 よりlog𝑍(𝜆) =𝜓(𝜆)だから,移項すれば主張を得る.◼
最大値が計算できる形になった. 定理 10.2.5 は最大値が𝐻(𝑝∗𝜆)だと言ったが,その数を知るには𝑝∗𝜆を各点で書き出して−∑𝑥𝑝log𝑝を足し上げる必要があった.定理 10.3.3 はその手間を消す.𝜓(𝜆)を 1 回計算して⟨𝜆,𝑐⟩を引けばよい.X上の和は𝜓の中に 1 度だけ現れる.制約の値𝑐が結果にどう効くかも,この式なら−⟨𝜆,𝑐⟩という 1 次の項として見える.
証明が使ったのは補題 10.2.3 を 1 回だけである.しかも代入したのは𝑄 =𝑝∗𝜆,すなわち基準に自分自身を入れただけで,隔たりが 0 になる.10.2 節が「基準を実行可能集合の中にとる」という方針から Gibbs 分布を導いたその方針が,ここで値の計算にまで届いたことになる.
変分上界
定理 10.3.4(変分上界). Xを空でない有限アルファベットとし,特徴関数𝑓1,…,𝑓𝑘と制約の値𝑐 =(𝑐1,…,𝑐𝑘)をとる.モーメント制約を満たす任意の分布𝑃と,任意の𝜆 ∈ℝ𝑘に対して
𝐻(𝑃)≤𝜓(𝜆)−⟨𝜆,𝑐⟩.
証明. 補題 10.2.3 を𝑄 :=𝑃として使うと
𝐷(𝑃∥𝑝∗𝜆)=−𝐻(𝑃)−⟨𝜆,𝔼𝑃[𝑓]⟩+log𝑍(𝜆)である.𝑃はモーメント制約を満たすから各𝑖で𝔼𝑃[𝑓𝑖] =𝑐𝑖,すなわち⟨𝜆,𝔼𝑃[𝑓]⟩ =⟨𝜆,𝑐⟩である.定理 1.6.1 より左辺は 0 以上だから
0≤−𝐻(𝑃)−⟨𝜆,𝑐⟩+𝜓(𝜆)となり,定義 10.3.1 を使って移項すれば主張を得る.◼
上界が𝜆ごとに 1 本ずつ立つ. 定理 10.3.4 は𝜆について何も仮定していない.ℝ𝑘の点を 1 つ選ぶたびに,実行可能集合の上のエントロピー全部にかかる上界が 1 本得られる,というのがこの定理の内容である.𝜆を動かせば上界の束ができる.どの 1 本も無条件に正しいので,どれを選んでも構わない.
定理 10.3.3 が言うのは,𝑝∗𝜆が制約を満たす𝜆では,その上界が実行可能な分布 1 つ(𝑝∗𝜆自身)のエントロピーにちょうど一致する,ということである.束の中のその 1 本は実行可能集合に触れている.定理 10.2.5 が最大値だと言った𝐻(𝑝∗𝜆)が,ここでは上界の束の 1 本として現れていることになる.
二つを 1 本の式にまとめられる.定理 10.3.4 はどの𝜆でも実行可能な分布のエントロピーが𝜓(𝜆) −⟨𝜆,𝑐⟩以下だと言い,定理 10.3.3 は制約を満たす𝜆ではその値がちょうど達成されると言っている.だから,制約を満たす𝜆が 1 つでもあれば,実行可能集合の上のエントロピーの最大値は
min𝜆∈ℝ𝑘(𝜓(𝜆)−⟨𝜆,𝑐⟩)に等しく,最小はその制約を満たす𝜆で達成される.分布を動かして最大を探す問題が,𝜆を動かして最小を探す問題に置き換わったことになる.制約を満たす𝜆がいつ存在するのかは 10.4 節が扱う.
この掛け替えを,外の文献では Legendre 変換と呼ぶ.凸関数から,傾きを変数にとった別の関数を作る操作のことで,本節の名前(Legendre 双対性)は,その関係が最大エントロピー問題の設定でそのまま成り立っていることを指している.本書が使うのはこの呼び名だけである.
例で確かめる
特徴関数が 1 つで,値が記号そのものである場合を書き下しておく.サイコロの目を 0 から始まるように付け替えた一般形である.
例 10.3.5(線形な特徴関数と等比の形). 𝑁 ≥0を整数,X ={0,1,…,𝑁},𝑘 =1とし,特徴関数を𝑓1(𝑥) =𝑥とする.任意の𝜆 ∈ℝに対し𝑟 :=𝑒𝜆とおくと,Gibbs 分布は
𝑝∗𝜆(𝑥)=𝑟𝑥∑𝑁𝑦=0𝑟𝑦(𝑥=0,1,…,𝑁)と書ける.とくに隣り合う 2 点の確率の比𝑝∗𝜆(𝑥 +1)/𝑝∗𝜆(𝑥)は𝑥によらず𝑟に等しい.
証明. 𝑘 =1だから⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩ =𝜆𝑥であり,指数法則によりexp(𝜆𝑥) =(𝑒𝜆)𝑥 =𝑟𝑥である.これを定義 10.2.1 の分子と分母に入れると𝑍(𝜆) =∑𝑁𝑦=0𝑟𝑦となって,最初の式を得る.比については,命題 10.2.2 より𝑝∗𝜆(𝑥)は正だから商がとれて,𝑝∗𝜆(𝑥 +1)/𝑝∗𝜆(𝑥) =𝑟𝑥+1/𝑟𝑥 =𝑟である.◼
サイコロに戻る. 例 10.1.4 のサイコロは目を{1,…,6}と書いた.例 10.3.5 と同じ計算をこのアルファベットの上で繰り返せば,同じ等比の形が出る.10.2 節で数値を求めた𝜆 =0.3710…に対して比は𝑟 =𝑒𝜆 ≈1.449であり,目1から目6まで確率は一定の比で増えていく.𝜆が正なら比は 1 より大きく,大きい目ほど確率が大きい.𝜆 =0なら比は 1 で一様分布,𝜆が負なら比は 1 より小さい.最大値のほうも定理 10.3.3 で検算できる.𝜓(0.3710) −0.3710 ×4.5 ≈1.614ナットとなり,10.2 節で各点の確率から足し上げた値と一致する.
形の絞られ方を見ておきたい.{1,…,6}上の分布は 6 個の数で書けて,総和が 1 という条件で 1 つ減る.制約が言っているのは「平均は4.5」という 1 つの数だけだから,それを満たす分布はまだ無数にある.それでも探す先は狭い.expの形をした分布のうち平均が4.5になるものを 1 つ見つければ,定理 10.2.5 によりそれが最大化分布だと決まるからである.測定 1 つと原則 1 つで,候補が𝜆ただ 1 つで決まる族(等比の形)に絞られる.このサイコロについて,制約に整合する𝜆が実際に存在することは 10.4 節で示す.
本節までの主張はすべて「その𝜆の Gibbs 分布が制約を満たすなら」という条件のもとにある.𝜓を微分すると何が出るかを調べれば,その条件を満たす𝜆がいつ存在するのかが見えてくる.それが 10.4 節である.
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