10.4 Lagrange 乗数の存在
10.2 節と 10.3 節の主張は,どれも「その𝜆の Gibbs 分布がモーメント制約を満たすならば」という条件のもとで述べられている.順序を確かめておきたい.先にあるのは制約の値𝑐のほうで,𝜆はそれに合うように後から探すものである.探せば見つかるのか.見つかるとして,1 つに決まるのか.この問いに答えないかぎり,最大エントロピー定理は「もし解があれば」という条件つきの主張にとどまる.実行可能な分布はいくらでもあるのに Gibbs 分布がその中に 1 つも入っていないという制約があるかどうかが,分からないままだからである.
これまでに𝜆が実際に見つかった例は 2 つある.例 10.2.8 の二値の場合は式で解け,例 10.1.4 のサイコロは数値で解けた.だがそれは 2 つの例でそうだったというだけで,一般に何が起きるのかは何も言っていない.
本節の道具は微分である.10.3 節が主役に据えた対数分配関数𝜓を 1 回微分すると特徴関数の平均が出て(命題 10.4.1),もう 1 回微分すると分散が出る(命題 10.4.2).特徴関数が 1 つのときは,この二つだけで存在と一意性がともに出る(定理 10.4.3).以下,Xは空でない有限アルファベット,𝑓1,…,𝑓𝑘はその上の特徴関数,⟨𝜆,𝑢⟩ =∑𝑖𝜆𝑖𝑢𝑖は 10.2 節で置いた記法である.
分配関数を微分する
微分の計算規則を借りる. 借りるのは微積分の計算規則で,次の 5 つである.有限個の微分可能な関数の和・積・商(分母が 0 でないところ)・合成はふたたび微分可能で,導関数は和の法則・積の法則・商の法則・合成関数の微分の法則で与えられること.指数関数と対数関数の導関数が(𝑒𝑡)′ =𝑒𝑡,(log𝑡)′ =1/𝑡であること.1 次式𝑡 ↦𝛼 +𝛽𝑡の導関数が𝛽であること.2 階の導関数についても同じ規則を繰り返し使えること.そして,区間の上で 2 階導関数がつねに 0 以上なら,関数はその区間で凸であること.最後の 1 つは,1.1 節が狭義凹の判定に借りたのと同じ微積分の判定法であり,符号を逆にした形で使う.当てる相手は,有限アルファベット上の和として書かれた𝜆 ↦𝑍(𝜆)とその商,および直線𝜆 +𝑡𝑣に沿って𝜓を1 変数関数に制限したものである.この借用に依存するのは命題 10.4.1 と命題 10.4.2 だけで,以降はこの 2 つの結論だけを使う.本書はこの 5 つを証明しないが,形式化されていないわけではない.実際,どれも Mathlib にある無条件の機械検証済みの定理として形式化されている.
命題 10.4.1. Xを空でない有限アルファベット,𝑓1,…,𝑓𝑘をその上の特徴関数とする.定義 10.3.1 の対数分配関数𝜓は各変数について偏微分可能で,任意の𝜆 ∈ℝ𝑘と𝑖 ∈{1,…,𝑘}に対して
𝜕𝜓𝜕𝜆𝑖(𝜆)=𝔼𝑝∗𝜆[𝑓𝑖]=∑𝑥∈X𝑝∗𝜆(𝑥)𝑓𝑖(𝑥)が成り立つ.
証明. 𝜆と𝑖を固定し,第𝑖成分だけを動かす.各𝑥について⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩ =∑𝑗𝜆𝑗𝑓𝑗(𝑥)は𝜆𝑖の 1 次式であり,その𝜆𝑖による導関数は𝑓𝑖(𝑥)である.合成関数の微分と(𝑒𝑡)′ =𝑒𝑡より
𝜕𝜕𝜆𝑖exp(⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩)=𝑓𝑖(𝑥)exp(⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩)となる.Xは有限だから𝑍(𝜆)はこれらの有限和であり,項別に微分できて
𝜕𝑍𝜕𝜆𝑖(𝜆)=∑𝑥𝑓𝑖(𝑥)exp(⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩)である.指数関数の値は正でXは空でないから𝑍(𝜆) >0であり,𝜓 =log𝑍に合成関数の微分と(log𝑡)′ =1/𝑡を当てられて
𝜕𝜓𝜕𝜆𝑖(𝜆)=1𝑍(𝜆)∑𝑥𝑓𝑖(𝑥)exp(⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩)=∑𝑥𝑓𝑖(𝑥)𝑝∗𝜆(𝑥)を得る.最後の等号は定義 10.2.1 による.◼
微分するとモーメントが出る. 分配関数を微分すると特徴関数の平均が出てくる,というこの形が本節を動かす.𝜓という 1 つの関数が,𝜆ごとの Gibbs 分布のもとでの平均を全部覚えていることになる.𝜓が母関数(微分するたびに分布の量を吐き出す関数)として使われるのは,この性質による.
𝜆を探す問題も,これで書き換わる.モーメント制約𝔼𝑝∗𝜆[𝑓𝑖] =𝑐𝑖は,命題 10.4.1 により
𝜕𝜓𝜕𝜆𝑖(𝜆)=𝑐𝑖(𝑖=1,…,𝑘)と同じことである.すなわち𝜆を探すとは,𝜓の勾配が指定された値𝑐になる点を探すことにほかならない.勾配が指定の値をとる点を探す問題では,その関数が凸かどうかが効いてくる.次の命題がそれを与える.
命題 10.4.2. Xを空でない有限アルファベット,𝑓1,…,𝑓𝑘をその上の特徴関数とし,𝑣 ∈ℝ𝑘に対してX上の関数𝑣 ⋅𝑓を(𝑣 ⋅𝑓)(𝑥) :=⟨𝑣,𝑓(𝑥)⟩で定める.任意の𝜆,𝑣 ∈ℝ𝑘に対し𝑔(𝑡) :=𝜓(𝜆 +𝑡𝑣)(𝑡 ∈ℝ)とおくと,𝑔は 2 回微分可能で,すべての𝑡に対して
𝑔″(𝑡)=𝔼𝑝∗𝜆+𝑡𝑣[(𝑣⋅𝑓)2]−(𝔼𝑝∗𝜆+𝑡𝑣[𝑣⋅𝑓])2が成り立つ.右辺は𝑝∗𝜆+𝑡𝑣のもとでの𝑣 ⋅𝑓の分散であり,つねに0 以上である.したがって𝜓はℝ𝑘上の凸関数である.さらに,𝑔″(𝑡) =0となるのは𝑣 ⋅𝑓がX上で定数のとき,かつそのときに限る.とくに𝑘 =1で𝑣 =1ととると𝑔は𝜓の平行移動になり,𝜓は 2 回微分可能で𝜓″(𝜆) =𝑔″(0)である.
証明. 𝑎(𝑥) :=⟨𝜆,𝑓(𝑥)⟩,𝑏(𝑥) :=(𝑣 ⋅𝑓)(𝑥)とおくと⟨𝜆 +𝑡𝑣,𝑓(𝑥)⟩ =𝑎(𝑥) +𝑡 𝑏(𝑥)である.そこで
𝑆(𝑡):=𝑍(𝜆+𝑡𝑣)=∑𝑥exp(𝑎(𝑥)+𝑡𝑏(𝑥))と書く.各項は𝑡の 1 次式と指数関数の合成だから,合成関数の微分により𝑡について何度でも微分でき,Xが有限だから項別に微分できて
𝑆′(𝑡)=∑𝑥𝑏(𝑥)exp(𝑎(𝑥)+𝑡𝑏(𝑥)),𝑆″(𝑡)=∑𝑥𝑏(𝑥)2exp(𝑎(𝑥)+𝑡𝑏(𝑥))である.指数関数の値は正でXは空でないから𝑆(𝑡) >0であり,𝑔 =log𝑆に合成関数の微分と商の法則を当てて
𝑔′(𝑡)=𝑆′(𝑡)𝑆(𝑡),𝑔″(𝑡)=𝑆″(𝑡)𝑆(𝑡)−𝑆′(𝑡)2𝑆(𝑡)2=𝑆″(𝑡)𝑆(𝑡)−(𝑆′(𝑡)𝑆(𝑡))2を得る.定義 10.2.1 より𝑝∗𝜆+𝑡𝑣(𝑥) =exp(𝑎(𝑥) +𝑡 𝑏(𝑥))/𝑆(𝑡)だから,𝑆′(𝑡)/𝑆(𝑡) =𝔼𝑝∗𝜆+𝑡𝑣[𝑏],𝑆″(𝑡)/𝑆(𝑡) =𝔼𝑝∗𝜆+𝑡𝑣[𝑏2]であり,主張の等式が出る.
右辺が 0 以上であることを見る.𝑤 :=𝑝∗𝜆+𝑡𝑣,¯𝑏 :=𝔼𝑤[𝑏]とおくと,∑𝑥𝑤(𝑥) =1を使って展開すれば
𝔼𝑤[𝑏2]−¯𝑏2=∑𝑥𝑤(𝑥)(𝑏(𝑥)−¯𝑏)2である.各項は非負だから和も非負である.しかも和が 0 になるのは全項が 0 のとき,かつそのときに限り,命題 10.2.2 より𝑤(𝑥) >0だから,それは各𝑥で𝑏(𝑥) =¯𝑏であること,すなわち𝑏 =𝑣 ⋅𝑓がX上で定数であることと同値である.
凸性を見る.ℝ𝑘上の関数が凸であるとは,任意の 2 点を結ぶ線分の上で凸だということであり,線分は𝜆と𝑣を選んで𝑡 ↦𝜆 +𝑡𝑣と書けるから,すべての𝜆,𝑣について𝑔が凸であることと同じである.いま𝑔″ ≥0が示せたので,借用した「2 階導関数が 0 以上なら凸」により𝑔は凸であり,したがって𝜓も凸である.
最後に𝑘 =1,𝑣 =1の場合を見る.このとき𝑔(𝑡) =𝜓(𝜆 +𝑡)だから,逆に𝜓(𝑠) =𝑔(𝑠 −𝜆)と書ける.𝑠 ↦𝑠 −𝜆は 1 次式でその導関数は1 だから,借用した合成関数の微分と 1 次式の導関数により,𝜓は 2 回微分可能で𝜓″(𝑠) =𝑔″(𝑠 −𝜆)である.𝑠 =𝜆とおけば𝜓″(𝜆) =𝑔″(0)を得る.◼
分散が非負だから凸である. 凸性の理由がこれ以上ないほど短い形で出た.2 階微分は分散で,分散は 2 乗の平均だから負になりようがない.逆に,凸性が崩れかける(2 階微分が 0 になる)のは分散が消えるときで,それは𝑣 ⋅𝑓がX上で定数になる向き𝑣に限られる.特徴関数どうしが一次従属だったり,特徴関数の一次結合が定数関数になったりすると,そういう向きが現れる.定数関数1を加えた𝑘 +1個𝑓1,…,𝑓𝑘,1が一次独立なら,𝜓はどの向きにも狭義に曲がっている.
𝑘 =1のときにこれをどう使うかを言っておく.特徴関数が 1 つで,それが定数関数でなければ,上の狭義性により𝜓″はどの点でも正である.すると,命題 10.4.1 によれば特徴関数の平均である𝜓′は狭義単調増加になる.勾配が指定の値をちょうど 1 回とる,という次の定理の結論は,凸性をこの単調性の形で使って出す.
特徴関数が 1 つのときの存在と一意性
中間値の定理と,導関数から単調性を読む規則を借りる. 借りるのは 4 つである.一つめは中間値の定理で,形は「有界閉区間の上の実数値連続関数は,両端の値のあいだの値をすべてとる」.二つめは「微分可能な関数は連続である」.三つめは「区間の上で導関数がつねに正なら,関数はその区間で狭義単調増加である」.四つめは指数関数の基本性質で,𝑒𝑡が狭義単調増加であること,𝑡 → −∞で𝑒𝑡 →0,𝑡 → +∞で𝑒𝑡 → +∞であること,および有限個の項からなる和と商の極限が項ごとの極限から定まることである.当てる相手はいずれもℝの全体で定義された 1 変数の実数値関数で,具体的には𝜆 ↦𝔼𝑝∗𝜆[𝑓1]とその有界閉区間への制限,記号𝑥を固定したときの𝜆 ↦𝑝∗𝜆(𝑥),および指数関数の値の有限個からなる和と商である.一つめから三つめに依存するのは定理 10.4.3 だけ,四つめに依存するのは定理 10.4.3・例 10.4.5・例 10.4.6 だけで,ほかの主張はこれらの結論しか使わない.本書はこの 4 つを証明しないが,形式化されていないわけではない.実際,どれもMathlib にある無条件の機械検証済みの定理として形式化されている.
定理 10.4.3(制約に整合する Lagrange 乗数の存在と一意性). Xを空でない有限アルファベット,𝑘 =1とし,𝑓1をその上の特徴関数とする.
𝑓min:=min𝑥∈X𝑓1(𝑥),𝑓max:=max𝑥∈X𝑓1(𝑥)とおく.制約の値𝑐1が𝑓min <𝑐1 <𝑓maxを満たすならば,Gibbs 分布𝑝∗𝜆がモーメント制約𝔼𝑝∗𝜆[𝑓1] =𝑐1を満たすような実数𝜆が,ただ 1 つ存在する.
証明. 𝑚(𝜆) :=𝔼𝑝∗𝜆[𝑓1]とおく.示すことは,𝑚が値𝑐1をちょうど 1 回とることである.
𝑓1は定数関数でない. 仮定𝑓min <𝑐1 <𝑓maxより𝑓min <𝑓maxである.Xが有限だから最小値と最大値はどちらも𝑓1の値で,それが異なるということは𝑓1が定数関数でないということである.
𝑚は狭義単調増加で連続である. 𝑘 =1なので偏微分は普通の微分であり,命題 10.4.1 より𝑚 =𝜓′である.命題 10.4.2 を𝑣 =1にとって使うと,𝑣 ⋅𝑓 =𝑓1であり,𝜓は 2 回微分可能で𝜓″(𝜆)は𝑝∗𝜆のもとでの𝑓1の分散に等しい.すなわち
𝑚′(𝜆)=𝜓″(𝜆)=𝔼𝑝∗𝜆[𝑓21]−(𝔼𝑝∗𝜆[𝑓1])2である.𝑓1は定数関数でないから,命題 10.4.2 の狭義性の主張により𝑚′(𝜆) >0がすべての𝜆で成り立つ.借用した「導関数がつねに正なら狭義単調増加」により𝑚はℝの上で狭義単調増加であり,微分可能だから連続でもある.
両端の極限を計算する. 𝐴 :={𝑥 ∈X :𝑓1(𝑥) =𝑓max}とおく.Xは空でない有限集合だから𝐴も空でなく,|𝐴| ≥1である.定義 10.2.1 によれば𝑚(𝜆)は∑𝑥𝑓1(𝑥)exp(𝜆𝑓1(𝑥))を𝑍(𝜆)で割ったものである.この分子と分母をexp(𝜆𝑓max)で割ると
𝑚(𝜆)=∑𝑥𝑓1(𝑥)exp(𝜆(𝑓1(𝑥)−𝑓max))∑𝑥exp(𝜆(𝑓1(𝑥)−𝑓max))である.𝑥 ∈𝐴の項では指数の中身が 0 なのでexpの値は 1,𝑥 ∉𝐴の項では𝑓1(𝑥) −𝑓max <0だから𝜆 → +∞で指数の中身は−∞に向かい,expの値は 0 に向かう.項は有限個だから,分子は|𝐴| 𝑓maxに,分母は|𝐴|に向かう.よって
lim𝜆→+∞𝑚(𝜆)=𝑓maxである.𝑓minを与える点の集合について同じ計算をすればlim𝜆→−∞𝑚(𝜆) =𝑓minを得る.
中間値の定理を当てる. 𝑐1 <𝑓maxだから,𝜆 → +∞での極限より,𝑚(𝜆+) >𝑐1となる実数𝜆+がある.同じく𝑓min <𝑐1より,𝑚(𝜆−) <𝑐1となる実数𝜆−がある.𝑚は狭義単調増加だから𝜆− <𝜆+である(𝜆− ≥𝜆+なら𝑚(𝜆−) ≥𝑚(𝜆+)となって矛盾する).𝑚は閉区間[𝜆−,𝜆+]の上で連続だから,借用した中間値の定理により𝑚(𝜆) =𝑐1を満たす𝜆がこの区間にある.これで存在が言えた.
一意性は狭義単調性から出る.𝜆 <𝜆′ならば𝑚(𝜆) <𝑚(𝜆′)だから,両方が𝑐1に等しいことはない.◼
系 10.4.4. Xを空でない有限アルファベット,𝑘 =1とし,𝑓1をその上の特徴関数とする.
𝑓min:=min𝑥∈X𝑓1(𝑥),𝑓max:=max𝑥∈X𝑓1(𝑥)とおく.制約の値𝑐1が𝑓min <𝑐1 <𝑓maxを満たすとし,定理 10.4.3 が与えるただ 1 つの実数を𝜆とする.このとき𝑝∗𝜆は実行可能集合の上でエントロピーを最大にする唯一の分布であり,その最大値は
𝐻(𝑝∗𝜆)=𝜓(𝜆)−𝜆𝑐1である.
証明. 定理 10.4.3 により,𝑝∗𝜆はモーメント制約を満たす.とくに𝑝∗𝜆は実行可能である.この𝜆に定理 10.2.5 を当てると,実行可能な任意の分布𝑃について𝐻(𝑃) ≤𝐻(𝑝∗𝜆)であり,𝑝∗𝜆は最大にする分布である.同じ𝜆に定理 10.2.6 を当てると,実行可能な𝑃が𝐻(𝑃) =𝐻(𝑝∗𝜆)を満たすのは𝑃 =𝑝∗𝜆のとき,かつそのときに限るから,最大にする分布はこれ以外にない.値については,同じ𝜆に定理 10.3.3 を当てて𝐻(𝑝∗𝜆) =𝜓(𝜆) −⟨𝜆,𝑐⟩を得る.𝑘 =1では⟨𝜆,𝑐⟩ =𝜆𝑐1である.◼
条件つきだった主張が,条件から解放される. 10.2 節と 10.3 節の主張はどれも「その𝜆の Gibbs 分布が制約を満たすならば」という条件つきだった.系 10.4.4 はその条件を,制約の値が𝑓1の最小値と最大値のあいだに真にあるという,制約の側だけで確かめられる条件に置き換えている.𝜆を先に見つけておかなくても,最大化分布が存在すること,それが Gibbs 分布であること,1 つしかないこと,そしてその値までが言える.
例 10.1.4 のサイコロがまさにこの場合である.𝑓1(𝑥) =𝑥について𝑓min =1 <4.5 <6 =𝑓maxだから仮定はぴったり満たされ,10.2 節で数値的に求めた𝜆 =0.3710…は確かに存在して,しかもそれ以外にない.あの数値解は当て推量ではなく,系 10.4.4 の保証する唯一解だった.
𝑘 ≥2には踏み込まない. 特徴関数が 2 つ以上あるときに同じことが言えるかは,本書では扱わない.理由は道具立てにある.𝑘 =1で効いたのは,𝑚が実数上の 1 変数関数であって,狭義単調増加なら中間値の定理がそのまま当たるという点だった.𝑘 ≥2では,𝑘個の偏微分を並べた𝜓の勾配はℝ𝑘からℝ𝑘への写像になり,「両端の値のあいだ」という言い方がそもそもできない.𝜆が存在する𝑐の範囲は,点𝑓(𝑥)(𝑥 ∈X)の凸包の言葉で述べることになり,その特徴づけと証明には多変数の凸解析の道具が要る.本書はその道具を借りていないので,この場合は証明しない.形式化もされていない.
例で確かめる
例 10.4.5(二値の場合の乗数). X ={0,1},𝑘 =1,𝑓1(𝑥) =𝑥とする.このとき任意の実数𝜆に対して
𝔼𝑝∗𝜆[𝑓1]=𝑒𝜆1+𝑒𝜆=11+𝑒−𝜆であり,この値は𝜆について狭義単調増加で,𝜆 → −∞で 0 に,𝜆 → +∞で 1 に向かう.制約の値を𝜇 ∈(0,1)とすると,定理 10.4.3 が与える唯一の𝜆はlog𝜇1−𝜇である.
証明. 𝑓1(0) =0,𝑓1(1) =1だから,定義 10.2.1 より𝑍(𝜆) =𝑒0 +𝑒𝜆 =1 +𝑒𝜆であり,
𝔼𝑝∗𝜆[𝑓1]=0⋅𝑝∗𝜆(0)+1⋅𝑝∗𝜆(1)=𝑒𝜆1+𝑒𝜆である.分子と分母を𝑒𝜆で割れば 2 つめの表示になる.借用した指数関数の性質により𝑒−𝜆は𝜆について狭義単調減少で正だから,1/(1 +𝑒−𝜆)は狭義単調増加である.また𝜆 → −∞では𝑒−𝜆 → +∞なので値は 0 に向かい,𝜆 → +∞では𝑒−𝜆 →0なので値は 1 に向かう.
𝑓min =0,𝑓max =1だから,𝜇 ∈(0,1)に対して定理 10.4.3 の仮定𝑓min <𝜇 <𝑓maxが満たされ,制約𝔼𝑝∗𝜆[𝑓1] =𝜇を満たす𝜆がただ 1 つ存在する.いっぽう例 10.2.8 は𝜆 =log𝜇1−𝜇がその制約を満たすことを示している.一意性により,これが定理 10.4.3 の与える𝜆である.◼
定理 10.4.3 の道具立てが,そのまま目に見える. 例 10.4.5 の式は,定理 10.4.3 の証明に出てきた𝑚を最小の場合に書き下したものである.狭義単調増加であること,両端の極限が𝑓min =0と𝑓max =1であること,そして値がその 2 つには決して届かないこと,すなわち1/(1 +𝑒−𝜆)が 0 にも 1 にもならないことが式のまま読める.制約の値が開区間の中にあるという仮定が何を排除しているのかも,これで見当がつく.端点を指定したらどうなるのかが,次の例である.
例 10.4.6(制約の値が端にあるとき). Xを空でない有限アルファベット,𝑘 =1とし,特徴関数𝑓1は定数関数でないとする.𝑓max :=max𝑥𝑓1(𝑥)とおき,𝐴 :={𝑥 ∈X :𝑓1(𝑥) =𝑓max}とおいて,制約の値を𝑐1 =𝑓maxにとる.このとき次の 4 つが成り立つ.
- X上の分布𝑃が実行可能であることと,𝐴の外のすべての点で𝑃が 0 をとることは同値である.
- どの実数𝜆についても,𝑝∗𝜆は実行可能でない.
- 実行可能集合の上でエントロピーを最大にする分布は𝐴上の一様分布ただ 1 つで,その値はlog|𝐴|である.
- 𝜆 → +∞のとき,𝑝∗𝜆(𝑥)は𝑥 ∈𝐴で1/|𝐴|に,𝑥 ∉𝐴で 0 に収束する.
証明.
-
すべての𝑥で𝑓1(𝑥) ≤𝑓maxであり,∑𝑥𝑃(𝑥) =1だから
𝑓max−𝔼𝑃[𝑓1]=∑𝑥𝑃(𝑥)(𝑓max−𝑓1(𝑥))であって,右辺の各項は非負である.𝑃が実行可能であること,すなわち左辺が 0 であることは,全項が 0 であることと同値である.全項が 0 であるとは各𝑥で𝑃(𝑥) =0または𝑓1(𝑥) =𝑓maxが成り立つことであり,これは「𝑥 ∉𝐴ならば𝑃(𝑥) =0」と同じことである.
-
命題 10.2.2 より𝑝∗𝜆はすべての点で正である.𝑓1は定数関数でないから𝐴に属さない点𝑥0があり,そこで𝑝∗𝜆(𝑥0) >0である.主張 1 より𝑝∗𝜆は実行可能でない.
-
主張 1 より,実行可能な分布𝑃は𝐴の外で 0 をとる.よって∑𝑥∈𝐴𝑃(𝑥) =1であり,𝑃を𝐴に制限したものは𝐴上の分布である.𝑃(𝑥) =0の項はエントロピーの和に寄与しない(定義 1.1.1 の約束)から,𝐻(𝑃)はその制限のエントロピーに等しい.𝐴を空でない有限アルファベットとみて定理 1.1.5 を当てると𝐻(𝑃) ≤log|𝐴|であり,等号は𝑃が𝐴上で一様なとき,かつそのときに限る.𝐴上の一様分布は𝐴の外で 0 をとるので,主張 1 より実行可能である.
-
定理 10.4.3 の証明と同じく,定義 10.2.1 の分子と分母をexp(𝜆𝑓max)で割ると
𝑝∗𝜆(𝑥)=exp(𝜆(𝑓1(𝑥)−𝑓max))∑𝑦exp(𝜆(𝑓1(𝑦)−𝑓max))である.𝜆 → +∞のとき,分母は|𝐴|に向かい,分子は𝑥 ∈𝐴ならつねに 1,𝑥 ∉𝐴なら 0 に向かう.
◼
Gibbs の形は最大化分布を全部は覆わない. 例 10.4.6 が言っているのは,最大化分布は存在するのに,それが Gibbs 分布ではない,ということである.10.2 節の定理が言ったのは「制約を満たす𝑝∗𝜆があれば,それが最大化分布」ということであって,その逆向きの「最大化分布はかならず Gibbs 分布である」ということではなかった.その差が現れるのがここである.最大化分布は Gibbs 分布の極限としては届く.届かないのは,𝜆が有限の値であるかぎり,ということである.
定理 10.4.3 が開区間を仮定した理由も,これで見える.制約の値が端に来ると実行可能集合が痩せて,全点で正の分布を 1 つも含まなくなる.𝑝∗𝜆はつねに全点で正だから(命題 10.2.2),その中に入りようがない.開区間という仮定は,実行可能集合が全点で正の分布を含むだけの余裕をもつことを保証している.
第10章が示したことを並べておく.制約が分布について線形であるかぎり(定義 10.1.1),最大エントロピー分布の形はexp⟨𝜆,𝑓⟩に比例するものに絞られる(定義 10.2.1・定理 10.2.5).その根拠は相対エントロピーの非負性ただ 1 つで(定理 1.6.1),凸性も微分も要らなかった.最大値そのものは対数分配関数を使って𝜓(𝜆) −⟨𝜆,𝑐⟩という閉じた式で書ける(定理 10.3.3).最後に残った問いは,制約に整合する𝜆があるのかどうかだった.特徴関数が 1 つのときは,𝜓を 2 回微分するだけで答えが出て(定理 10.4.3),条件つきだった主張が制約の値だけで確かめられる形になった(系 10.4.4).「知っていることは反映し,知らないことは決めつけない」という 10.1 節の原則を 1 つ置いただけで,指数型分布族という具体的な分布の形と,その形を決めるパラメータの求め方までが出てくる.
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