13.4 自己限定万能機械と万能確率
13.3 節は,情報源が出した長さ𝑛のブロックの複雑性を平均し,その値が1文字あたりでエントロピーに近づくことを示した.そこで測っていたのは分布から出た系列であり,主役は分布のほうだった.本節から先は分布を持ち出さない.以下に現れる対象は情報源ではなく,一つの自然数と一つの機械だけである.
13.3 節までの記述長は,一つの対象に最短の記述の長さを与えるものだった.見ているのは最短の一本だけで,同じ対象に短い記述が何本あるかは値に効かない.本節は測り方を裏返す.プログラムをでたらめに書いたとき,その対象が出てくる確率を,対象の重みとするのである.こう測れば,短い記述を持つ対象ほど重く,短い記述を何本も持つ対象はそのぶんさらに重い.二つの測り方は無関係ではなく,本節の 定理 13.4.10 が,記述の短さと重みの大きさが係数2の範囲で互いを決めることを示す.この重みを情報源の分布に結びつける話,すなわちその対数を第12章の意味の万能符号の符号長として読む話は,本書では扱わない.
重みの作り方は素朴である.プログラムをでたらめなビット列だと思えば,投げたビットがちょうど𝑠になる確率は2−|𝑠|だから,𝑥を出すプログラム𝑠についてこれを足し合わせればよい.足した値が確率として読めるためには,プログラムの側に一つ条件が要る.読む側が,渡されたビットをどこまで読めばプログラムが終わるかを,読んだ範囲だけで決められることである.プログラムが自分の終わりを自分で告げる,と言ってもよい.そうなっていれば,値を持つプログラムのどの一本も,他の一本の先頭には現れない.
定義 13.1.4 のUはそうなっていない.Uは先頭が0でその後ろが任意のビット列であるものすべてに値を持つので,たとえば0も00も値0を持ち,前者は後者の語頭(定義 4.1.2)である.終わりを告げる手立てがないぶん,同じ値を出すプログラムがいくらでも長く作れて,重みの和がそれに引きずられる.先頭が0で長さが𝑗 +1のプログラムは2𝑗本あるから,重みの和は長さごとに1/2になり,全部足すといくらでも大きくなる.
そこで機械を取り替える.値を持つプログラムのどの一本も他の一本の語頭にならないような機械をとれば,重みの総和は1を超えない.本節はそのような機械を一つ固定し,その機械についての記述長𝐾Vと重み𝑃Vを定めて,二つが定数倍の範囲で互いを決めることを見る.𝐾Uと𝐾Vは別々の量だが無関係ではなく,命題 13.4.6 が両者を等式で結ぶ.固定する機械の作り方は,渡すビット列の長さを1の個数で書くという最も素朴なものである.そのぶん前置きが記述と同じだけの長さを食い,係数2が本節から 13.6 節までの評価に残りつづける.前置きをもっと短く書く作り方はあるが,本書はこの一つだけを固定して,その係数ごと引き受ける.以下で係数2が,13.6 節で係数4が現れるのは,どれもこの一つの選択から来ている.
語頭のない集合
定義 13.4.1(語頭のない集合). ビット列の集合𝑆が 語頭のない集合 であるとは,𝑆の元𝑠と𝑡について,𝑠が𝑡の語頭(定義 4.1.2)ならば𝑠 =𝑡が成り立つことをいう.
第4章 定義 4.1.2 の語頭符号は,相異なる文字に与えた符号語のあいだに語頭の関係が無いことを要求していた.定義 13.4.1 はその条件を,符号語の集合そのものについて言い換えたものである.違いは二つある.写像ではなく集合について述べていることと,集合が無限であってよいことである.無限であってよいところが本節に効く.機械が値を持つプログラムは無限にあるからである.
和を一つ約束しておく.非負の実数を項とする可算個の和は,有限個の項を選んで足したものの全体の上限として定める(上に有界でなければ+∞とする).項が有限個のときは通常の和に一致すること,項の並べ方に依らないこと,項ごとに大小があればそのまま和の大小になることを既知とする.この約束を使うのは,本節の 補題 13.4.2,定義 13.4.8,命題 13.4.9,定理 13.4.10 と 例 13.4.11,13.5 節の 定義 13.5.4,命題 13.5.5,補題 13.5.7,定理 13.5.8 と 例 13.5.9,および第14章 14.6 節の 定義 14.6.6 である.これらの和を実数として扱うのは,本章では 命題 13.4.9 と 命題 13.5.5 で値が1以下であることを示したあとだけである.第14章 14.6 節が実数として扱うのは別の上界を通してで,そちらは出力アルファベットの大きさの対数で和を抑える.
補題 13.4.2. 𝑆を,空列を含まない 定義 13.4.1 の意味の語頭のない集合とすると
∑𝑠∈𝑆2−|𝑠|≤1が成り立つ(𝑆は無限であってよい).
証明. 𝑆′を𝑆の有限部分集合とする.𝑆′を有限アルファベット,𝐷 :=2とし,𝑠 ∈𝑆′にその列自身を対応させる写像を𝑐とする.𝑆は空列を含まないから𝑐(𝑠)は{0,1}の文字を並べた空でない有限列であり,𝑐は 定義 4.1.1 の意味で𝑆′上の二元情報源符号である.相異なる𝑠,𝑡 ∈𝑆′について𝑐(𝑠) =𝑠が𝑐(𝑡) =𝑡の語頭だとすると,定義 13.4.1 より𝑠 =𝑡となって相異なることに反するから,𝑐は語頭符号である.よって 定理 4.2.1 より∑𝑠∈𝑆′2−|𝑠| ≤1である.
𝑆にわたる和を有限部分和の上限として定めたことから,主張の左辺はいま抑えた有限和の全体の上限であり,どの有限和も1以下だから,上限も1以下である.◻
補題 13.4.2 は Kraft の不等式(定理 4.2.1)を,無限の符号語の集合へ広げたものにほかならない.第4章では符号語の本数が有限だったので,長さがいちばん長い符号語をとって木の深さを固定できた.集合が無限だとその深さがとれないので,有限部分集合ごとに第4章の不等式を当て,上限をとって全体に広げる.上限をとる操作が入るぶん,等号がどこで成り立つかの話は落ちるが,1以下という上界はそのまま残る.空列を含まないという仮定は,定理 4.2.1 を経由するために要る条件であって,結論には要らない.空列を含む語頭のない集合は空列だけからなり,そのとき和は1だからである.
自己限定万能機械
定義 13.4.3(自己限定形と自己限定万能機械). ビット列𝑑に対し,1を|𝑑|個並べ,0を一つ置き,そのあとに𝑑をつないだビット列を𝑑の 自己限定形 と呼ぶ(その長さは2|𝑑| +1である).ビット列𝑠に自然数を対応させる部分関数Vを次のように定める.𝑠の先頭から最初の0が現れるまでの1の個数を𝑚,その0より後ろのビット列を𝑑とする(𝑠に0が現れないときは𝑚 :=|𝑠|,𝑑を空列とする).𝑚 =|𝑑|のときV(𝑠) :=U(𝑑,0)とし,そうでないときV(𝑠)は値を持たないとする.Vを 自己限定万能機械 と呼ぶ.𝑥 ∈ℕに対し
𝐾V(𝑥):=min{|𝑠|:V(𝑠)=𝑥}と定める(𝑠はビット列の全体をわたる.そのようなビット列が一つも無いときは+∞とする).
本節の𝐾Vは,機械Vについての記述長である.Vの作り方を変えたときに𝐾Vの値がどれだけ動くかについて,本書は何も述べない.本章が𝐾につねに機械を添字として書くのは,このためでもある.
Vの読み方は,長さを先に書いておく,というだけのものである.Uに渡したいビット列𝑑があるとき,その長さを1の個数で書き,区切りの0を置いてから𝑑を並べる.読む側は1を数えて長さを知り,区切りのあとをちょうどその長さだけ読めばよいので,どこで読み終えるかが読んだ範囲だけで決まる.長さが合わないプログラムを捨てるのはそのためで,捨てておかないと,同じ𝑑に対して前置きの長さの違うプログラムがいくつも値を持ってしまう.はじめに見た,プログラムが自分の終わりを自分で告げるという形が,ここで具体の姿をとる.自己限定という名前もそこから来ている.
Uと同じく,Vも 定義 13.1.3 の意味の機械ではない.13.1 節がUについて述べたとおり,機械はビット列をそれが表す自然数を通してしか見ないのに対し,Vはビット列そのものを読むからである.いっぽうVも計算の手続きで定まる.1の並びを数えて長さを比べるところは有限回の繰り返しで,残りはUを走らせるところだから,Church–Turing のテーゼよりVは部分計算可能である.
命題 13.4.4. Vが値を持つビット列は,どれもあるビット列の自己限定形(定義 13.4.3)である.とくに,Vが値を持つビット列の全体は 定義 13.4.1 の意味で語頭のない集合であり,空列を含まない.
証明. V(𝑠)が値を持つとし,定義 13.4.3 の𝑚と𝑑をとる.𝑠に0が現れないときは𝑑が空列で𝑚 =|𝑠|だから,𝑚 =|𝑑| =0は𝑠が空列であることを意味する.ところが空列については𝑑も空列でV(𝑠) =U(𝑑,0)となり,定義 13.1.4 より空列に対するUは値を持たない.よって𝑠には0が現れ,𝑠は1を𝑚個並べ,0を一つ置き,長さ𝑚のビット列𝑑をつないだ形である.これは𝑑の自己限定形にほかならない.
空列を含まないことは,いま見たとおりである.語頭のない集合であることを示す.𝑠と𝑡がVで値を持ち,𝑠が𝑡の語頭だとする.前段より𝑠はあるビット列𝑑の,𝑡はあるビット列𝑒の自己限定形であり,𝑠の先頭から最初の0までの1の個数は|𝑑|,𝑡については|𝑒|である.|𝑑| <|𝑒|とすると,1を|𝑑|個並べた直後の位置で,𝑠のビットは0であり,𝑡のビットは1である(𝑡の先頭|𝑒|ビットはすべて1だからである).この位置は𝑠の中にある.|𝑠| =2|𝑑| +1が|𝑑|より大きいからである.いっぽう𝑠が𝑡の語頭なら,この位置の二つのビットは一致しなければならず,矛盾する.|𝑑| >|𝑒|としても,1を|𝑒|個並べた直後の位置で同じ矛盾が出る.よって|𝑑| =|𝑒|であり,|𝑠| =2|𝑑| +1 =|𝑡|である.長さの等しい語頭は列そのものだから𝑠 =𝑡である.◼
命題 13.4.5. 𝑥 ∈ℕとすると,|𝑠| =𝐾V(𝑥)かつV(𝑠) =𝑥を満たすビット列𝑠が存在する.
証明. 命題 13.1.5 を𝑦 :=0に当てると,U(𝑑,0) =𝑥を満たすビット列𝑑がある.𝑡を𝑑の自己限定形とすると,𝑡の先頭から最初の0までの1の個数は|𝑑|,その後ろは𝑑だから,定義 13.4.3 よりV(𝑡) =U(𝑑,0) =𝑥である.よって集合{|𝑠| :V(𝑠) =𝑥}は空でない自然数の集合であり,最小元をもつ.その最小元は𝐾V(𝑥)にほかならず,しかもV(𝑠) =𝑥を満たすあるビット列𝑠の長さだから,その𝑠が求めるものである.◼
命題 13.4.6. 𝑥 ∈ℕとすると𝐾V(𝑥) =2 𝐾U(𝑥) +1である.
証明. 上から抑える.命題 13.1.5 を𝑦 :=0に当てて,|𝑑| =𝐾U(𝑥 ∣0) =𝐾U(𝑥)かつU(𝑑,0) =𝑥を満たすビット列𝑑をとる.𝑠を𝑑の自己限定形とすると,命題 13.4.5 の証明と同じ読み方でV(𝑠) =𝑥であり,|𝑠| =2|𝑑| +1 =2𝐾U(𝑥) +1だから,定義 13.4.3 の最小はこの値以下である.
下から抑える.V(𝑠) =𝑥とすると,命題 13.4.4 より𝑠はあるビット列𝑑の自己限定形である.このとき 定義 13.4.3 の𝑚は|𝑑|に等しいのでV(𝑠) =U(𝑑,0)であり,U(𝑑,0) =𝑥が従う.よって 定義 13.1.4 の最小より|𝑑| ≥𝐾U(𝑥)であり,|𝑠| =2|𝑑| +1 ≥2𝐾U(𝑥) +1である.V(𝑠) =𝑥を満たす𝑠は任意だったから,その長さの最小である𝐾V(𝑥)も2𝐾U(𝑥) +1以上である.◼
命題 13.4.6 は,本書の𝐾Vが𝐾Uから完全に決まることを言っている.すなわち記述長の側では,機械を取り替えたことで新しく得たものは何も無い.得たものは重みの側にある.命題 13.4.4 のとおりVが値を持つプログラムの全体は語頭のない集合なので,補題 13.4.2 よりそれらの重みの総和は1を超えない.このあと 定義 13.4.8 で入れる𝑃Vを確率として読めるのは,この一点による.Vを置いたのはそのためである.
等式が成り立つのは 定義 13.4.3 で機械を一つに固定したからであって,値を持つプログラムの全体が語頭のない集合であるような機械の一般について成り立つ話ではない.情報理論の文献が語頭複雑性と呼ぶ量は,そのような機械のうち,どの機械の記述も定数の払いで真似できるものをとって定めるもので,機械の取り方に定数のずれが残るぶん,命題 13.4.6 のような等式を主張として持たない.読者が本書の外で語頭複雑性を引くときは,本書の𝐾Vとは別の量である.
定理 13.4.7(係数2の不変性). Mを 定義 13.1.3 の意味の機械とすると,定数𝑏 ∈ℕがあって,すべての𝑥 ∈ℕとすべてのビット列𝑠について,M(𝑠,0) =𝑥ならば𝐾V(𝑥) ≤2|𝑠| +𝑏が成り立つ.
証明. 定理 13.1.7 をこのMに当てて定数𝑏0 ∈ℕをとり,𝑏 :=2𝑏0 +1と置く.𝑥 ∈ℕとビット列𝑠がM(𝑠,0) =𝑥を満たすとすると,定理 13.1.7 より𝐾U(𝑥) =𝐾U(𝑥 ∣0) ≤|𝑠| +𝑏0である.命題 13.4.6 と合わせて
𝐾V(𝑥)=2𝐾U(𝑥)+1≤2|𝑠|+2𝑏0+1=2|𝑠|+𝑏である.◼
定理 13.4.7 と 定理 13.1.7 の違いは係数2だけである.定理 13.1.7 の右辺は|𝑠|に定数を足したものだったので,|𝑠|が大きくなるほど払いは相対的に軽くなった.定理 13.4.7 の右辺は|𝑠|の2倍なので,そうはならない.ただし,この2を定数に落とした形が成り立たない,とまでは 定理 13.4.7 からは出ない.定理 13.4.7 は一つの上界を与えるだけで,これより良い上界が無いことは言っていないからである.
万能確率
定義 13.4.8(万能確率). 𝑥 ∈ℕに対し
𝑃V(𝑥):=∑𝑠:V(𝑠)=𝑥2−|𝑠|と定め(𝑠はV(𝑠) =𝑥を満たすビット列の全体をわたる),𝑥の 万能確率 と呼ぶ.
𝑃VはつねにVを添字にとり,引数を一つとる.第10章から第12章までが裸の𝑃で書いてきた分布とは別の量であり,13.3 節が𝑝𝑛と書いた積分布とも関係がない.𝑃V(𝑥)が測っているのは,でたらめに投げたビット列をVに読ませたとき,𝑥が出てくる重みである.𝑥を出すプログラムが短いほど,そのプログラムの重み2−|𝑠|は大きい.すなわち𝑃Vは,短く書ける対象ほど大きな値をとる.次の 定理 13.4.10 が言うのは,この対応が定数倍の範囲で逆向きにも成り立つことである.
命題 13.4.9. 𝑥 ∈ℕとすると2−𝐾V(𝑥) ≤𝑃V(𝑥) ≤1である.とくに𝑃V(𝑥) >0である.
証明. 左の不等式を示す.命題 13.4.5 より|𝑠| =𝐾V(𝑥)かつV(𝑠) =𝑥を満たすビット列𝑠がある.定義 13.4.8 の和はこの𝑠の項を含み,項はどれも非負だから,和はこの項の値2−𝐾V(𝑥)以上である.
右の不等式を示す.V(𝑠) =𝑥を満たすビット列の全体を𝑆と置くと,𝑆はVが値を持つビット列の全体の部分集合である.命題 13.4.4 より後者は空列を含まない語頭のない集合であり,その部分集合も同じ条件を満たすから,補題 13.4.2 を𝑆に当てて𝑃V(𝑥) ≤1を得る.最後に,2−𝐾V(𝑥)は正だから𝑃V(𝑥) >0である.◼
定理 13.4.10(記述長と万能確率). 𝑥 ∈ℕとすると
−log2𝑃V(𝑥)≤𝐾V(𝑥)≤2(−log2𝑃V(𝑥))+1が成り立つ.
証明. 命題 13.4.9 より𝑃V(𝑥) >0だから,log2𝑃V(𝑥)は定まる.
左の不等式を示す.命題 13.4.9 の左の不等式に 補題 8.2.5 を当てると−𝐾V(𝑥) ≤log2𝑃V(𝑥)であり,両辺の符号を変えて−log2𝑃V(𝑥) ≤𝐾V(𝑥)を得る.
右の不等式の準備として𝑃V(𝑥) ≤2−𝐾U(𝑥)を示す.V(𝑠) =𝑥とすると,命題 13.4.6 の証明で見たとおり𝑠はあるビット列𝑑の自己限定形で,U(𝑑,0) =𝑥かつ|𝑑| ≥𝐾U(𝑥)である.そこで,1を|𝑑| −𝐾U(𝑥)個並べ,0を一つ置き,そのあとに𝑑をつないだビット列を˜𝑠と書く.𝑠の前置きの1を𝐾U(𝑥)個だけ剥がした列である.その長さは
|˜𝑠|=(|𝑑|−𝐾U(𝑥))+1+|𝑑|=|𝑠|−𝐾U(𝑥)である.剥がすのは,𝑥を出すプログラムの重みの和を 補題 13.4.2 に持ち込むためである.Vが値を持つビット列そのものに 補題 13.4.2 を当てても1以下しか出ないが,長さをどれも𝐾U(𝑥)だけ縮めてから当てれば,縮めたぶんが2−𝐾U(𝑥)の因子として残る.なお,長さℓの𝑑の本数を2ℓで抑えて長さごとに足しても同じ上界は出る.ここでこの形をとるのは,次節の 例 13.5.9 が上からの評価に同じ剥がし方を使うからである.
対応𝑠 ↦˜𝑠は単射である.というのも˜𝑠の最初の0より後ろが𝑑で,𝑠は𝑑の自己限定形として𝑑から決まるからである.また˜𝑠の全体は空列を含まない語頭のない集合である.˜𝑠が˜𝑡の語頭だとして,𝑡に対応するビット列を𝑒と書く.˜𝑠の先頭には1が|𝑑| −𝐾U(𝑥)個並んでその直後が0であり,˜𝑡の先頭には1が|𝑒| −𝐾U(𝑥)個並ぶ.|𝑑| <|𝑒|とすると,1を|𝑑| −𝐾U(𝑥)個並べた直後の位置で,˜𝑠のビットは0であり,˜𝑡のビットは1である.この位置は˜𝑠の中にある.|˜𝑠| =2|𝑑| +1 −𝐾U(𝑥)が|𝑑| −𝐾U(𝑥)より大きいからである.いっぽう˜𝑠が˜𝑡の語頭なら,この位置の二つのビットは一致しなければならず,矛盾する.|𝑑| >|𝑒|としても,1を|𝑒| −𝐾U(𝑥)個並べた直後の位置で同じ矛盾が出る.よって|𝑑| =|𝑒|であり,|˜𝑠| =|˜𝑡|となるから,長さの等しい語頭は列そのものだから˜𝑠 =˜𝑡である.空列でないことは,˜𝑠が0を含むことによる.
V(𝑠) =𝑥を満たす𝑠の有限個の集まりを𝐹とすると,いま見たことと 補題 13.4.2 から
∑𝑠∈𝐹2−|𝑠|=2−𝐾U(𝑥)∑𝑠∈𝐹2−|˜𝑠|≤2−𝐾U(𝑥)である.和を有限部分和の上限として定めたことから,𝑃V(𝑥) ≤2−𝐾U(𝑥)である.
右の不等式を示す.いま示した不等式に 補題 8.2.5 を当てるとlog2𝑃V(𝑥) ≤ −𝐾U(𝑥),すなわち𝐾U(𝑥) ≤ −log2𝑃V(𝑥)である.命題 13.4.6 と合わせて
𝐾V(𝑥)=2𝐾U(𝑥)+1≤2(−log2𝑃V(𝑥))+1を得る.◼
定理 13.4.10 は,記述の短さと重みの大きさが同じことを測っているという主張である.左の不等式は,𝑥を出すプログラムが一本でも短ければ重みが大きいという当たり前の向きで,最短の一本だけを数えて出る.右の不等式が言っているのは逆向きで,重みが大きければ短いプログラムが実際にあるということである.こちらは短いプログラムが一本もない場合を排除しなければならないので,長いプログラムがいくら集まっても重みが稼げないこと,すなわち 補題 13.4.2 の数え上げが要る.挟み撃ちの幅は係数2で,−log2𝑃V(𝑥)が大きいほど広がる.
この幅は,一方についての主張をもう一方へ移すときに効く.𝐾Uの値を返す手続きが無いことは 定理 13.2.3 で見たので,命題 13.4.6 より𝐾Vについても同じことが言える.ところが 定理 13.4.10 は幅のある挟み撃ちなので,𝑃Vの値についても同じだ,とはここから出ない.本書は𝑃Vの計算可能性を述べない.
この形の主張は Levin の符号化定理と呼ばれる.文献の主張は,値を持つプログラムの全体が語頭のない集合であるような機械のうち,どの機械の記述も定数の払いで真似できるものについてのもので,記述長と−log2をとった重みが定数の差で一致するという,係数のない鋭い形をしている.本書が示すのは 定理 13.4.10 の係数2の挟み撃ちまでであり,文献の形は示さない.形式化もされていない.
命題 13.4.9 の左の不等式は最短の一本だけを見ており,和はまだ効いていない.和が効く例を一つ見ておく.
例 13.4.11(0の万能確率). 𝐾V(0) =3であり,𝑃V(0) ≥1/6 >1/8 =2−𝐾V(0)である.とくに 命題 13.4.9 の左の不等式は等号ではない.
証明. 𝐾V(0)を求める.空列に対してUは 定義 13.1.4 より値を持たないから𝐾U(0) ≥1である.いっぽう0の一文字からなるビット列𝑑をとると,𝑑の先頭のビットは0でその後ろは空列だから,定義 13.1.4 よりU(𝑑,0)は空列が表す自然数,すなわち0である.よって𝐾U(0) =1であり,命題 13.4.6 より𝐾V(0) =2 ×1 +1 =3である.
下から抑える.𝑗 ≥1に対し,𝑑𝑗を0を𝑗個並べたビット列,𝑠𝑗を𝑑𝑗の自己限定形(定義 13.4.3)とする.𝑑𝑗の先頭のビットは0で,その後ろは0を𝑗 −1個並べた列だから,定義 13.1.4 よりU(𝑑𝑗,0)はその列が表す自然数,すなわち0である.よって 定義 13.4.3 よりV(𝑠𝑗) =0であり,その長さは|𝑠𝑗| =2𝑗 +1である.長さが違うから𝑠1,𝑠2,…は相異なる.
𝐽 ≥1を任意にとる.𝑗 =1,…,𝐽の𝑠𝑗は相異なる有限個のビット列で,どれもVの値が0だから,それらの重みの和は 定義 13.4.8 の和の有限部分和である.その値は
𝐽∑𝑗=12−(2𝑗+1)=12𝐽∑𝑗=14−𝑗=16(1−4−𝐽)である.和を有限部分和の上限として定めたことから𝑃V(0)はこの値以上であり,𝐽を大きくすると右辺は1/6に近づくから,𝑃V(0) ≥1/6である.最後に1/6 >1/8 =2−3である.◼
証明が数えたプログラムは,1を𝑗個,0を一つ,0を𝑗個と並べたもので,𝑗 ≥1ごとに一本ずつある.Uに渡る部分はどれも「これから書くとおりに書け」という同じ指示で,違うのは後ろに並ぶ0の個数だけである.最短の一本𝑠1 =100が重み1/8を持ち,残りが合わせて1/24を足す.𝑃Vが最短の記述だけでなく記述の本数も見ていることが,ここで初めて数として出る.次節の 例 13.5.9 の下からの評価は,同じ数え方を,Uに渡る部分が0で始まるプログラムの全体に広げる.
次節は,この機械について二つの計算不可能性を示す.一つは𝐾Vの値を返す手続きが無いこと,もう一つはVが値を持つかどうかを答える手続きが無いことである.そのうえで,値を持つプログラム全体の重みを一つの実数にまとめ,その実数もまた計算できないことを見る.
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