8.2 ガウス通信路の容量
系 8.1.5 は,ガウス通信路の運ぶ情報がℎ(𝑌) −12log(2𝜋𝑒𝑁)であり,差し引く側が入力によらないことを示した.したがって,運べる量を最大にする問いは,出力の微分エントロピーℎ(𝑌)を最大にする問いにほかならない.8.1 節の終わりに書いたとおり,入力に電力の制約を置かなければこれはいくらでも大きくなる.制約を置くと何が起きるかを,本節で決める.
答えを先に言えば,密度をもちℎ(𝑋)とℎ(𝑌)がどちらも定まる入力に限って考えると,制約𝔼[𝑋2] ≤𝑃のもとでの上限は12log(1 +𝑃/𝑁)であり,それを与えるのはN(0,𝑃)に従う入力である.二つの道具がこれを決める.電力制約が出力の分散を𝑃 +𝑁以下に抑えることと,分散を抑えられた分布の微分エントロピーが上から抑えられること(定理 7.2.4)である.上限が実際にその値になるのは,その上界をガウス分布が達成する(系 7.2.5)からで,例 8.1.6 がすでに計算した値がそのまま最大値になる,という形になる.
容量の定義
定義 8.2.1(ガウス通信路の容量). 𝑁 >0,𝑃 >0とする.密度をもつ実数値確率変数𝑋が 電力𝑃の制約を満たす とは,𝔼[𝑋2]が定まって𝔼[𝑋2] ≤𝑃であることをいう.雑音の分散𝑁のガウス通信路(定義 8.1.1)の,電力𝑃の制約のもとでの 通信路容量 を
𝐶(𝑃,𝑁):=sup𝐼(𝑋;𝑌)で定める.上限は,密度をもち電力𝑃の制約を満たす実数値確率変数𝑋であって,ℎ(𝑋)と,𝑋を通信路に与えて得られる出力𝑌のℎ(𝑌)とがどちらも定まるもの,の全体にわたってとる.
第6章の通信路容量𝐶(𝑊)(定義 6.1.4)と字面が重なるが,別のものである.あちらは通信路そのものを引数にとり,こちらはつねに電力と雑音の分散という二つの実数を引数にとる.どちらもこの分野の標準的な書き方なので,引数の個数で見分けることにする.
上限をとる範囲が空でないことは,例 8.1.6 が示している.N(0,𝑃)に従う入力は電力𝑃の制約を満たし(借りたガウス分布の基本性質より𝔼[𝑋2] =𝑃である),ℎ(𝑋)もℎ(𝑌)も定まる.上に有界であることは定理 8.2.2 が示す.したがって𝐶(𝑃,𝑁)は実数である.上限をとる範囲をこう絞ったのは,相互情報量が定まるようにするための技術的なものである.密度をもたない入力のほうが多く運べるかどうかを,この定義が否定しているのではない.実際に運べるレートの限界は 8.3 節で符号について直接示すので,そちらはこの絞り込みに依存しない.
上界
定理 8.2.2(電力制約のもとでの上界). 𝑁 >0,𝑃 >0とし,密度をもつ実数値確率変数𝑋をガウス通信路(定義 8.1.1)に与えて出力𝑌を得るとする.𝑋が電力𝑃の制約を満たし(定義 8.2.1),ℎ(𝑋)とℎ(𝑌)がどちらも定まるならば
𝐼(𝑋;𝑌)≤12log(1+𝑃𝑁)である.
証明. 𝑋の密度を𝑓とし,定義 8.1.1 より(𝑋,𝑌)の結合密度を𝐹(𝑥,𝑦) =𝑓(𝑥)𝑔𝑥,𝑁(𝑦)とする.7.4 節で借りた周辺密度の存在により,𝐹の第2周辺密度(定義 7.4.1)
𝑓𝑌(𝑦)=∫ℝ𝑓(𝑥)𝑔𝑥,𝑁(𝑦)𝑑𝑥は𝑌の密度である.
出力の2乗の平均を求める.𝑥を固定すると,7.2 節で借りたガウス分布の基本性質よりN(𝑥,𝑁)の平均は𝑥,分散は𝑁であり,全積分は1だから,𝑦2 =(𝑦 −𝑥)2 +2𝑥(𝑦 −𝑥) +𝑥2を項ごとに積分して
∫ℝ𝑔𝑥,𝑁(𝑦)𝑦2𝑑𝑦=𝑁+0+𝑥2である.𝐹(𝑥,𝑦)𝑦2は非負だから,8.1 節で借りた累次積分を当てると,7.1 節で借りた期待値の積分表示と合わせて
𝔼[𝑌2]=∫ℝ𝑓𝑌(𝑦)𝑦2𝑑𝑦=∫ℝ𝑓(𝑥)(∫ℝ𝑔𝑥,𝑁(𝑦)𝑦2𝑑𝑦)𝑑𝑥=𝔼[𝑋2]+𝑁であり,仮定よりこれは𝑃 +𝑁以下の有限の値である.同じ計算を𝑦の1次で行うと,|𝑦| ≤(1 +𝑦2)/2より積分は絶対収束し,∫𝑔𝑥,𝑁(𝑦) 𝑦 𝑑𝑦 =𝑥だから𝔼[𝑌] =𝔼[𝑋]である(𝔼[𝑋]が定まることは|𝑥| ≤(1 +𝑥2)/2と𝔼[𝑋2] ≤𝑃から従う).
定理 7.2.4 を当てる.𝑌は密度をもち,ℎ(𝑌)は仮定より定まり,平均をもち,その分散は𝔼[𝑌2] −𝔼[𝑌]2 ≤𝔼[𝑌2] ≤𝑃 +𝑁である.𝑁 >0より𝑃 +𝑁 >0だから,𝜎2 :=𝑃 +𝑁ととって定理 7.2.4 より
ℎ(𝑌)≤12log(2𝜋𝑒(𝑃+𝑁))である.系 8.1.5 よりこれと12log(2𝜋𝑒𝑁)の差が𝐼(𝑋;𝑌)を上から抑えるので
𝐼(𝑋;𝑌)≤12log(2𝜋𝑒(𝑃+𝑁))−12log(2𝜋𝑒𝑁)=12log𝑃+𝑁𝑁を得る.右辺は12log(1 +𝑃/𝑁)である.◼
証明で電力制約が効いたのは一か所だけで,出力の2乗の平均を𝑃 +𝑁で抑えるところである.𝔼[𝑌2] =𝔼[𝑋2] +𝑁という等式は,雑音の散らばりが入力の散らばりにそのまま足されることを言っている.入力の電力を抑えることが出力の散らばりを抑え,散らばりを抑えられた分布の微分エントロピーには上限がある,という筋である.離散のときの命題 6.1.7 が,容量をアルファベットの大きさで抑えたのと同じ役割を,ここでは電力制約が果たしている.実軸の上には「入れ物の大きさ」にあたるものがないので(7.2 節),代わりに分散が入れ物になる.
達成と閉じた式
系 8.2.3. 𝑁 >0,𝑃 >0とする.N(0,𝑃)に従う入力𝑋は定理 8.2.2 の仮定を満たし,その不等式は等号で成り立つ.
定理 8.2.4(ガウス通信路の容量). 𝑁 >0,𝑃 >0とする.このとき
𝐶(𝑃,𝑁)=12log(1+𝑃𝑁)である.
𝑃 >0は落とせない.𝑃 =0のとき電力0の制約は𝔼[𝑋2] =0を要求する.𝑋2は非負だから,その平均が0になるのは𝑋が確率1で0をとるときに限る.そして1点は体積0の集合だから,7.1 節で借りた体積0の集合の確率により,そのような𝑋は密度をもたない.定義 8.2.1 が上限をとる範囲は密度をもつ入力に限られているので,範囲が空になり𝐶(0,𝑁)は定まらない.電力を配らない経路が混じる場面(8.6 節)では,その経路を定理 8.2.4 の対象から外して別に扱うことになる.
定理 8.2.4 は,離散のときの例 6.1.8 や例 6.1.9 にあたる計算である.あちらは通信路の対称性を使って最大化する入力分布を当てたが,こちらは最大エントロピー性が最大化する入力を教えてくれる.上界を与えるのが定理 7.2.4 で,その上界をガウス分布が達成することを与えるのが系 7.2.5 である.出力をガウス分布にしたいので,入力をガウス分布にとる,というのがその内容である.雑音がガウス分布なので,入力もガウス分布にとれば出力もガウス分布になり(例 8.1.6),上界がそのまま達成される.
両端で確かめる. 𝑃 →0とするとlog(1 +𝑃/𝑁) →0で容量は0に近づく.送る電力がなければ何も運べない.𝑁を大きくしても同じで,雑音に埋もれれば運べる量は0に向かう.逆に𝑃/𝑁を大きくすると容量は際限なく増えるが,増え方は対数なので緩い.二元対称通信路の容量が1ビットで頭打ちになった(例 6.1.8)のと違い,ガウス通信路の容量には通信路の側から決まる頭打ちがない.離散の通信路では容量がlog|X|を超えられない(命題 6.1.7)のに対し,定理 8.2.4 の右辺を決めているのは電力と雑音の比だけで,比を大きくとればいくらでも大きくなるからである.入力アルファベットが実軸の全体で,いくらでも離れた点をとれることが,この違いの元にある.
本節から先で何度も使う小さな事実を,ここで一つだけ切り出しておく.logの単調性は学部の解析ではそのまま使ってよい事実だが,本書がlogについて証明したのは狭義凹性(補題 1.1.6)と,そこから出る接線不等式(補題 1.1.7)だけなので,単調性もそこから出しておく.補題 1.1.7 の対数不等式が,これをそのまま含んでいる.
補題 8.2.5(対数の単調性). 0 <𝑠 ≤𝑡ならばlog𝑠 ≤log𝑡であり,0 <𝑠 <𝑡ならばlog𝑠 <log𝑡である.とくに𝑠 >1ならばlog𝑠 >0である.
証明. 補題 1.1.7 の対数不等式log𝑢 ≤(𝑢 −1)log𝑒(等号は𝑢 =1に限る)を𝑢 :=𝑠/𝑡に当てる.0 <𝑠 ≤𝑡のとき0 <𝑢 ≤1だから,log𝑠 −log𝑡 =log𝑢 ≤(𝑢 −1)log𝑒 ≤0である(log𝑒 >0による).𝑠 <𝑡なら𝑢 <1で等号の場合から外れるので,同じ式の第1の不等号が真の不等号になりlog𝑠 <log𝑡を得る.最後の主張は,𝑠 >1のとき前半を0 <1 <𝑠に当ててlog1 =0を使えばよい.◻
電力の配り方を,いちばん小さい形で見ておく.同じ雑音の通信路を二回使うとき,手元の電力を二つの時刻にどう配れば容量の和が大きくなるか,という問いである.この問いは 8.3 節の逆定理で,各時刻の分散を平均で置き換えて上から抑える段として効き,8.6 節では雑音の強さが経路ごとに違う場合を扱う.
例 8.2.6(電力を二つに分ける). 𝑁 >0,𝑃 >0とする.𝑃0 ≥0,𝑃1 ≥0,𝑃0 +𝑃1 =𝑃を満たす配分(𝑃0,𝑃1)に対して
Φ(𝑃0,𝑃1):=12log(1+𝑃0𝑁)+12log(1+𝑃1𝑁)とおく.このときΦ(𝑃2,𝑃2) >Φ(𝑃,0)である.
証明. 両辺を書き下す.Φ(𝑃2,𝑃2)は同じ項が二つ並ぶのでlog(1 +𝑃2𝑁)に等しく,log1 =0だからΦ(𝑃,0) =12log(1 +𝑃𝑁)である.
大小をくらべる.𝑢 :=𝑃/(2𝑁) >0とおくと,二つの量の差は
log(1+𝑢)−12log(1+2𝑢)=12(log((1+𝑢)2)−log(1+2𝑢))=12log(1+𝑢)21+2𝑢である.(1 +𝑢)2 =1 +2𝑢 +𝑢2だから,対数の中身は1 +𝑢21+2𝑢で,1より大きい.補題 8.2.5 よりその対数は正だから,上の差は正である.◼
例 8.2.6 がくらべているのは電力の配分どうしであって,使用回数ではない.Φの各項は,定理 8.2.4 によれば電力𝑃𝑖のガウス通信路の容量である(それが1回の使用あたりに運べるビット数だと言えるのは,8.4 節の系 8.4.2 のあとである).𝑃𝑖 =0の項は,そのまま読めば値が0だが,本節で見たとおり電力0では上限をとる範囲が空になるので,定理 8.2.4 の対象からは外れる.手元の電力𝑃を二つの取り分に割ったとき,Φの値は半分ずつに割るほうが大きい.同じ電力なら,一方に寄せるより薄く広げるほうがΦを大きくする,ということである.二つの取り分に割った合計がそのまま運べる量になるかどうかは本節では示さないので,例 8.2.6 はΦという一つの式の値のくらべ方にとどめてある.この形の問いは 8.6 節でふたたび現れる.そこでは雑音の分散が経路ごとに違うので,どう分けるのが最適かという問いになり,答えが注水と呼ばれる形をとる.
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