1.5 エントロピー・相互情報量のチェイン則
1.2 節のチェイン則は変数 2 個の話だった.実際の情報源や通信路は多数の変数𝑋1,𝑋2,…,𝑋𝑛を扱う.それらが一つの𝑌について持つ情報を,変数を一つずつ積み上げる形で分解できると,長いブロックの解析が「1 文字ずつの寄与の足し算」に還元できて非常に便利である.前節で用意した条件付き相互情報量が,その「1 個ずつの増分」を測る道具になる.これがチェイン則の一般化の動機であり,後の通信路容量(第6章)の議論を支える土台になる.
相互情報量のチェイン則(1 個追加)
定理 1.5.1.
𝐼(𝑍,𝑋;𝑌)=𝐼(𝑍;𝑌)+𝐼(𝑋;𝑌∣𝑍).「対(𝑍,𝑋)が𝑌について持つ情報は,まず𝑍が𝑌について持つ情報,次に𝑍を知ったうえで𝑋が𝑌について追加で持つ情報,の和」と読む.右辺第 2 項は前節の条件付き相互情報量 𝐼(𝑋;𝑌 ∣𝑍)(定義 1.4.1)である.
これはエントロピーのチェイン則(定理 1.2.3)とまったく同じ「順番に数える」構図である.𝑌について知りたい人が,まず𝑍を受け取り,次に𝑋を受け取る.𝑍から得た分が𝐼(𝑍;𝑌),𝑋から追加で得た分が𝐼(𝑋;𝑌 ∣𝑍)で,合計が二つまとめて受け取ったときの𝐼(𝑍,𝑋;𝑌)に等しい.「追加で」の部分が条件付き相互情報量になるのが要点で,𝐼(𝑋;𝑌)を足すのではない(𝑍から得た情報と重複してしまう).前節の注意で見たとおり𝐼(𝑋;𝑌 ∣𝑍)は𝐼(𝑋;𝑌)より大きいことも小さいこともあるので,この差は本質的である.
証明. 定理 1.3.4 のエントロピー表現を対(𝑍,𝑋)に適用すると
𝐼(𝑍,𝑋;𝑌)=𝐻(𝑍,𝑋)−𝐻(𝑍,𝑋∣𝑌).右辺の各項にチェイン則を当てる.無条件版は定理 1.2.3 で𝐻(𝑍,𝑋) =𝐻(𝑍) +𝐻(𝑋 ∣𝑍),条件付き版は補題 1.2.5 で
𝐻(𝑍,𝑋∣𝑌)=𝐻(𝑍∣𝑌)+𝐻(𝑋∣𝑍,𝑌).二式を代入して項を𝑍由来と𝑋由来に組み替えると
𝐼(𝑍,𝑋;𝑌)=(𝐻(𝑍)−𝐻(𝑍∣𝑌))⏟____⏟____⏟=𝐼(𝑍;𝑌)+(𝐻(𝑋∣𝑍)−𝐻(𝑋∣𝑍,𝑌))⏟_____⏟_____⏟=𝐼(𝑋;𝑌∣𝑍).第 1 のかっこは定理 1.3.4 そのもので𝐼(𝑍;𝑌).第 2 のかっこは条件付き相互情報量のエントロピー表現(定理 1.4.3)で𝐼(𝑋;𝑌 ∣𝑍).合わせて主張を得る.◼
𝑛変数版
定理 1.5.1 を繰り返し適用すると,𝑛個の変数列に対する完全形が得られる.
定理 1.5.2(𝑛変数チェイン則).
𝐼(𝑋0,…,𝑋𝑛−1;𝑌)=𝑛−1∑𝑖=0𝐼(𝑋𝑖;𝑌∣𝑋0,…,𝑋𝑖−1).各項は「先頭𝑖個をすでに知ったうえで,𝑋𝑖が𝑌について追加で与える情報」である.全体の情報量が,変数を 1 個ずつ足したときの増分の総和に等しい,という分解になっている.
証明(𝑛についての帰納法). 𝑛 =1のとき,右辺は𝑖 =0の項だけで条件が空だから,両辺とも𝐼(𝑋0;𝑌)である.𝑛で成り立つとして𝑛 +1個の場合を見る.定理 1.5.1 を𝑍 ←(𝑋0,…,𝑋𝑛−1),𝑋 ←𝑋𝑛として適用すると
𝐼(𝑋0,…,𝑋𝑛;𝑌)=𝐼(𝑋0,…,𝑋𝑛−1;𝑌)+𝐼(𝑋𝑛;𝑌∣𝑋0,…,𝑋𝑛−1).第 1 項に帰納法の仮定を当てると∑𝑛−1𝑖=0𝐼(𝑋𝑖;𝑌 ∣𝑋0,…,𝑋𝑖−1)になり,第 2 項はちょうど𝑖 =𝑛の項である.合わせて主張を得る.◼
証明が言っているのは,𝑋0を受け取り,次に𝑋1を受け取り,…と順に足していくと,各段階の増分がちょうど,先頭の変数たちで条件付けた項になる,ということである.重要なのは,増分の和は受け取る順序を変えても総和が同じ(左辺は順序に依らない)という点である.個々の項は順序で変わるが,合計は変わらない.
長さ𝑛のブロックを扱うとき,この分解があると「ブロック全体の情報量」という扱いにくい量を「1 文字ずつの寄与の足し算」に落とせる.第6章の通信路容量の議論は,ほぼこの一手で回っている.
独立・同分布(i.i.d.)での加法性
実用上もっとも重要な特別な場合は,𝑛組の同分布な独立ペア(𝑋0,𝑌0),…,(𝑋𝑛−1,𝑌𝑛−1)である.以下𝑋𝑛 :=(𝑋0,…,𝑋𝑛−1),𝑌𝑛 :=(𝑌0,…,𝑌𝑛−1)と書く.定理 1.5.2 の各項から条件が落ちて,和が𝑛個の同じ項の足し算になる.
定理 1.5.3(i.i.d. 加法性). 𝑛組のペア(𝑋0,𝑌0),…,(𝑋𝑛−1,𝑌𝑛−1)が互いに独立で,どれも同じ同時分布に従うとする.𝑋𝑛 :=(𝑋0,…,𝑋𝑛−1),𝑌𝑛 :=(𝑌0,…,𝑌𝑛−1)と書くと
𝐼(𝑋𝑛;𝑌𝑛)=𝑛𝐼(𝑋0;𝑌0).
証明. 定理 1.5.2 を𝑌 ←𝑌𝑛として使うと
𝐼(𝑋𝑛;𝑌𝑛)=𝑛−1∑𝑖=0𝐼(𝑋𝑖;𝑌𝑛∣𝑋𝑖)である.第𝑖項を,𝑌𝑛を𝑌𝑖とそれ以外𝑅𝑖 :=(𝑌𝑗)𝑗≠𝑖に分けて見る.定理 1.5.1 は第 1 引数を分割する形だったが,𝐼は同時分布だけで決まる(1.3 節)ので対称性(命題 1.3.3・命題 1.4.2)により第 2 引数についても同じ分解が使える.それを𝑋𝑖を知ったうえで適用する.定理 1.5.1 の証明と同じく,𝑋𝑖 =𝑥ごとに適用して𝑥で平均すればよい.すると
𝐼(𝑋𝑖;𝑌𝑛∣𝑋𝑖)=𝐼(𝑋𝑖;𝑌𝑖∣𝑋𝑖)+𝐼(𝑋𝑖;𝑅𝑖∣𝑋𝑖,𝑌𝑖).ペアどうしが独立なので,𝑋𝑖を知っても(𝑋𝑖,𝑌𝑖)の同時分布は変わらない.よって第 1 項は各𝑥で𝐼(𝑋𝑖;𝑌𝑖)に等しく,平均しても𝐼(𝑋𝑖;𝑌𝑖)である.
第 2 項が 0 になることを確かめる.1.4 節の排他的論理和の例が示したとおり,独立な二つが条件を付けた途端に結びつくことはあるので,ここは確認が要る.(𝑋𝑖,𝑌𝑖)の値を固定したとき,𝑋𝑖と𝑅𝑖の条件付き同時分布を書き下す.ペア(𝑋𝑖,𝑌𝑖)は他のペア全体と独立だから,𝑅𝑖の条件付き分布は(𝑋𝑖,𝑌𝑖)のうち𝑋𝑖の値だけで決まり,𝑋𝑖にはよらない.一方𝑋𝑖の条件付き分布は𝑌𝑖の値で決まる.すなわち条件付き同時分布が𝑋𝑖側と𝑅𝑖側の積に分かれるので,𝑋𝑖と𝑅𝑖は(𝑋𝑖,𝑌𝑖)のもとで条件付き独立であり,命題 1.4.2 の等号条件により第 2 項は 0 である(排他的論理和の例で結びつきが生じたのは,条件にとった𝑍が両者の共通の関数だったからで,ここではそうなっていない).
したがって𝐼(𝑋𝑖;𝑌𝑛 ∣𝑋𝑖) =𝐼(𝑋𝑖;𝑌𝑖)で,同分布性からどの項も𝐼(𝑋0;𝑌0)に等しい.◼
この等式は,1 ブロック (𝑛文字) を通じて運べる情報量が 1 文字あたりの情報量のちょうど𝑛倍になる,と読める.情報を「文字あたりレート」で測ってよいという,通信路符号化定理の根拠の一つである.逆に,もし相関や記憶があればこの等式は不等式に崩れ,その「ずれ」が通信路容量の議論で効いてくる.
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