16.3 Shearer の不等式
定理 16.2.1 が使った覆いは特別なものだった.番号を1個ずつ抜いた𝑛個の集合という決まった族で,どの番号もちょうど𝑛 −1回覆われる.証明を読み返すと,この形はほとんど効いていない.効いたのは,各集合について 定理 16.1.4 を書き下し,条件をどれも𝑖より小さい番号の全体にそろえて物差しを合わせ,最後に「どの番号が何回覆われたか」を数えたことだけである.そこで族のほうを一般にとり,覆う回数だけを仮定に残す.
定理 16.3.1(Shearer の不等式). 定義 16.1.1 の設定で,𝑟 ≥1,𝑆1,…,𝑆𝑟 ⊆{1,…,𝑛}とし,𝑘を非負整数とする.どの𝑖 ∈{1,…,𝑛}についても𝑖を含む𝑆𝑗が𝑘個以上あるならば
𝑘𝐻(𝑋{1,…,𝑛})≤𝑟∑𝑗=1𝐻(𝑋𝑆𝑗)である.
証明. 各𝑗について 定理 16.1.4 を𝑆𝑗に当てると
𝐻(𝑋𝑆𝑗)=∑𝑖∈𝑆𝑗𝐻(𝑋𝑖∣𝑋𝑆𝑗∩{1,…,𝑖−1})である.{1,…,𝑖 −1}を,𝑆𝑗に属する番号と属さない番号に分けると,前者は𝑆𝑗 ∩{1,…,𝑖 −1}であり,二つは交わらず和が{1,…,𝑖 −1}である.𝑋{1,…,𝑖−1}をこの二つの組の対とみて(補題 16.1.2),定理 1.2.4 を当てると,右辺の各項は𝐻(𝑋𝑖 ∣𝑋{1,…,𝑖−1})以上である.よって
𝑟∑𝑗=1𝐻(𝑋𝑆𝑗)≥𝑟∑𝑗=1∑𝑖∈𝑆𝑗𝐻(𝑋𝑖∣𝑋{1,…,𝑖−1})である.右辺の二重の和を𝑖ごとにまとめ直すと,𝐻(𝑋𝑖 ∣𝑋{1,…,𝑖−1})が現れる回数は𝑖を含む𝑆𝑗の個数であり,仮定よりそれは𝑘以上である.定義 1.2.2 の中辺の各項に 命題 1.1.4 を当てるとこの量は非負だから,回数を𝑘に減らしても和は小さくなるだけで
𝑟∑𝑗=1𝐻(𝑋𝑆𝑗)≥𝑘𝑛∑𝑖=1𝐻(𝑋𝑖∣𝑋{1,…,𝑖−1})である.最後に 定理 16.1.4 を𝑆 ={1,…,𝑛}に当てると,右辺の和は𝐻(𝑋{1,…,𝑛})に等しい.◼
族を「番号𝑖だけを抜いた𝑛個の集合」ととると,どの番号も𝑛 −1個の集合に含まれるので𝑘 =𝑛 −1ととれて,定理 16.3.1 は 定理 16.2.1 そのものになる.Han の不等式は Shearer の不等式の特別な場合である.
物差しをそろえると読む. 定理 16.3.1 の証明で二つの不等号が入った場所は,性質が違う.第1の不等号(定理 1.2.4)は,集合ごとにばらばらだった条件を{1,…,𝑖 −1}の全体まで増やして,どの集合についても同じ量で下から押さえる段である.条件を増やせば残る不確かさは増えないので,もとの各項はその同じ量以上になる.ここを通すと,族の形は「どの番号が何回現れたか」という数だけに畳まれる.第2の不等号は,その回数を仮定の𝑘まで減らす段で,減らしてよいのは各項が非負だからである.
系 16.3.2(劣加法性). 定義 16.1.1 の設定で
𝐻(𝑋{1,…,𝑛})≤𝑛∑𝑖=1𝐻(𝑋𝑖)である(𝐻(𝑋𝑖)は 定義 1.1.1 の1変数のエントロピーである).
証明. 族を𝑛個の1点集合{1},…,{𝑛}ととると,どの番号もちょうど一つの集合に含まれるので,𝑘 =1として 定理 16.3.1 が使えて
𝐻(𝑋{1,…,𝑛})≤𝑛∑𝑖=1𝐻(𝑋{𝑖})である.𝑋{𝑖}は{𝑖}からXへの関数に値をとる.その値に𝑖での値を対応させる写像は単射で,この写像で𝑋{𝑖}を移したものが𝑋𝑖だから,𝐻(𝑋{𝑖}) =𝐻(𝑋𝑖)である(補題 16.1.2).◼
系 16.3.2 は,𝑛個をまとめて見たときの不確かさが,1個ずつ見たときの不確かさの合計を超えないと言っている.変数どうしに重なりがあれば,まとめて見るほうが得をする.2変数のときに,独立なら両辺が等しくなることは 第1章 1.2 節 で見た.結合密度をもち値が定まるかぎり,微分エントロピーについても同じ形の不等式が成り立つ(定理 7.4.3).
例 16.3.3. 例 16.1.3 の 1 の族について,{1,2},{2,3},{1,3}を族にとるとどの番号もちょうど二つの集合に含まれ,𝑘 =2として 定理 16.3.1 の両辺は4と5である.{1},{2},{3}を族にとると𝑘 =1として両辺は2と3である.
証明. 例 16.1.3 の 1 より𝐻(𝑋{1,2,3}) =2だから,𝑘 =2の族では左辺が2 ⋅2 =4,右辺が𝐻(𝑋{1,2}) +𝐻(𝑋{2,3}) +𝐻(𝑋{1,3}) =1 +2 +2 =5である.𝑘 =1の族では左辺が1 ⋅2 =2,右辺が1 +1 +1 =3である.◼
例 16.3.3 の二つの族は,どちらも 定理 16.3.1 の仮定を満たしながら,𝐻(𝑋{1,2,3})に与える上界が違う.𝑘 =2の族は5/2で押さえ,𝑘 =1の族は3で押さえる(実際の値は2である).
16.1 節 の終わりに置いた問い,すなわち𝐻(𝑋𝑆)について示すことのどこまでが値の出どころに依らないのか,にここで答えておく.定理 16.3.1 の証明でエントロピーの中身が効いているのは,定理 16.1.4 のチェイン則と,条件付きエントロピーの非負性と,定理 1.2.4 の三つだけである.この三つは,定義 16.1.7 の三条件をそれぞれ書き換えたものである.チェイン則は第1の条件から増分を足し上げて出る等式であり,定理 1.2.4 を当てた段は,16.1 節 で見たとおり第3の劣モジュラ性の言い換えであり,条件付きエントロピーの非負性は第2の単調性にあたる.この対応をたどって 定理 16.3.1 を階数関数一般に書き直すと,次を得る.
系 16.3.4(Shearer の不等式の階数関数への一般化). 𝑛 ≥1とし,rkを{1,…,𝑛}上のポリマトロイドの階数関数(定義 16.1.7)とする.𝑟 ≥1,𝑆1,…,𝑆𝑟 ⊆{1,…,𝑛}とし,𝑘を非負整数とする.どの𝑖 ∈{1,…,𝑛}についても𝑖を含む𝑆𝑗が𝑘個以上あるならば
𝑘rk({1,…,𝑛})≤𝑟∑𝑗=1rk(𝑆𝑗)である.とくに𝑟 =𝑛,𝑆𝑖 :={1,…,𝑛} ∖{𝑖}(1 ≤𝑖 ≤𝑛),𝑘 =𝑛 −1ととると
(𝑛−1)rk({1,…,𝑛})≤𝑛∑𝑖=1rk({1,…,𝑛}∖{𝑖})である.
証明. 定理 16.3.1 の証明が使った三つを,定義 16.1.7 の条件から順に作り直す(そこで 補題 16.1.2 を挟んだのは,条件を二つの組の対とみるための読み替えで,集合の関数を相手にするならその段は要らない).以下,集合𝐵に𝐵の外の番号𝑖を足したときのrk(𝐵 ∪{𝑖}) −rk(𝐵)を,𝐵に𝑖を足したときの増分と呼ぶ.
第一に,定理 16.1.4 にあたる等式である.𝑇 ⊆{1,…,𝑛}をとり,𝑖 ∈𝑇ごとに𝐵𝑖 :=𝑇 ∩{1,…,𝑖 −1}とおくと𝑇 ∩{1,…,𝑖} =𝐵𝑖 ∪{𝑖}である.𝑖を𝑇の小さい順に動かすと𝑇 ∩{1,…,𝑖}の形の集合が順に大きくなるから,増分の和は隣どうしが打ち消し合ってrk(𝑇)とrk(∅)の差だけが残る.第1の条件により
rk(𝑇)=∑𝑖∈𝑇(rk(𝐵𝑖∪{𝑖})−rk(𝐵𝑖))である.
第二に,定理 1.2.4 にあたる不等式である.𝐵 ⊆𝐶 ⊆{1,…,𝑛}と𝑖 ∉𝐶をとり,第3の条件を二つの集合𝐵 ∪{𝑖}と𝐶に当てる.二つの和集合は𝐶 ∪{𝑖},共通部分は𝐵だから
rk(𝐶∪{𝑖})−rk(𝐶)≤rk(𝐵∪{𝑖})−rk(𝐵)であり,すでに知っている集合が大きいほど増分は小さい.
第三に,増分が非負であることは第2の条件そのものである.
あとは 定理 16.3.1 の証明のとおりである.各𝑗について第一の等式を𝑇 =𝑆𝑗に当て,その𝑖番目の項に第二の不等式を𝐵 =𝑆𝑗 ∩{1,…,𝑖 −1},𝐶 ={1,…,𝑖 −1}ととって当てると,各項は{1,…,𝑖 −1}に𝑖を足したときの増分以上である.𝑗について足して𝑖ごとにまとめ直すと,𝑖の増分が現れる回数は𝑖を含む𝑆𝑗の個数で,仮定よりそれは𝑘以上である.第三により増分は非負だから,回数を𝑘に減らしても和は小さくなるだけで
𝑟∑𝑗=1rk(𝑆𝑗)≥𝑘𝑛∑𝑖=1(rk({1,…,𝑖})−rk({1,…,𝑖−1}))である.第一の等式を𝑇 ={1,…,𝑛}に当てると,右辺の和はrk({1,…,𝑛})に等しい.後半は,番号𝑖を抜いた𝑛個の集合ではどの番号もちょうど𝑛 −1個の集合に含まれることによる.◼
系 16.1.8 より𝐻(𝑋𝑆)はポリマトロイドの階数関数だから,系 16.3.4 は 定理 16.3.1 を含み,したがって 定理 16.2.1 も含む.問いへの答えは,Han の不等式も Shearer の不等式も,値がエントロピーであることを使っていない,ということである.定義 16.1.7 の三条件を満たす集合の関数でありさえすれば,同じ不等式が成り立つ.
覆いを一般にとれるようになったことの値打ちは,族を目的に合わせて選べるところにある.次節は,有限集合の上の一様分布に従う確率変数を 定義 16.1.1 の族に置く.そうすると 例 1.1.3 によって左辺が集合の要素数の対数になり,右辺の各項は 定理 1.1.5 によって,座標の一部だけに切り詰めた像の要素数の対数で上から押さえられる.こうして 定理 16.3.1 は,集合の要素数とその像の要素数とを結ぶ数え上げの不等式になる.
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