7.4 結合微分エントロピーと劣加法性
第1章 1.2 節では,二つの離散確率変数を組にして𝐻(𝑋,𝑌)を定めた(定義 1.2.1).チェイン則(定理 1.2.3)が𝐻(𝑋,𝑌) =𝐻(𝑋) +𝐻(𝑌 ∣𝑋)を与え,条件付けの単調性(定理 1.2.4)が𝐻(𝑌 ∣𝑋) ≤𝐻(𝑌)を与えるから,𝐻(𝑋,𝑌) ≤𝐻(𝑋) +𝐻(𝑌)である.二つをまとめて見たときの不確かさは,別々に見たときの和を超えない.本節は同じ不等式を微分エントロピーについて示す.ただし通る道は違う.いま挙げた二つの道具はどちらも条件付きの量を経由するもので,本書は条件付き微分エントロピーを用意しないので使えない.用意しないのは,その定義に「𝑋 =𝑥を知ったときの𝑌の密度」が要るからである.条件付ける相手は確率0の事象なので,定義 7.1.1 が直方体の確率で密度を定めたやり方はそのままでは通らず,測度論の道具が要る.代わりに,補題 7.2.3 に,比べる相手として周辺密度の積を食わせる.
定義はすでにできている.定義 7.1.1 と定義 7.1.2 を𝑛 ≥2の場合に読めば,ℝ𝑛に値をとる確率変数𝑋 =(𝑋1,…,𝑋𝑛)の結合密度と結合微分エントロピーℎ(𝑋1,…,𝑋𝑛)がそのまま得られる.必要なのは,結合密度と各成分の密度をつなぐ道具である.
周辺密度
定義 7.4.1(周辺密度). 𝑛 ≥1とし,𝑓をℝ𝑛上の密度とする.各𝑖について,𝑓の第𝑖変数を𝑡に固定し,残りの𝑛 −1変数すべてについて積分して得られる関数を𝑓𝑖と書き,𝑓の第𝑖 周辺密度 という.𝑛 =2ならば
𝑓1(𝑡)=∫ℝ𝑓(𝑡,𝑦)𝑑𝑦,𝑓2(𝑡)=∫ℝ𝑓(𝑥,𝑡)𝑑𝑥である.𝑓がℝ𝑛に値をとる確率変数𝑋 =(𝑋1,…,𝑋𝑛)の結合密度であるとき,𝑓𝑖を𝑋𝑖の周辺密度ともいう.
使い道を先に言っておく.補題 7.2.3 の比べる相手𝑞に各成分の周辺密度の積をとると,log𝑞が成分ごとの和に割れて,補題 7.2.3 の上界−∫𝑓log𝑞が各成分の微分エントロピーの和になる.それを確かめるのが補題 7.4.2 で,そのために,学部の確率で扱う周辺密度についての事実を三つ借りる.第一は 周辺密度の存在 で,𝑋 =(𝑋1,…,𝑋𝑛)が結合密度𝑓をもつとき,定義 7.4.1 の𝑓𝑖はどれもℝ上の密度であり,しかも𝑋𝑖の密度である,という事実である.第二は 周辺への還元 で,実数値関数𝑢 :ℝ →ℝについて
∫ℝ𝑛𝑓(𝑥)𝑢(𝑥𝑖)𝑑𝑥=∫ℝ𝑓𝑖(𝑡)𝑢(𝑡)𝑑𝑡であり,一方が絶対収束すればもう一方も絶対収束する.第三は 独立と積の密度 で,ℝ上の密度𝑞1,…,𝑞𝑛に対し𝑥 ↦∏𝑛𝑖=1𝑞𝑖(𝑥𝑖)はℝ𝑛上の密度であり,𝑋1,…,𝑋𝑛が独立で各𝑋𝑖が𝑞𝑖を密度にもつことと,この積が𝑋の結合密度になることとは同値である.このとき𝑞𝑖は𝑋𝑖の周辺密度でもある.当てる対象は,本節の結合密度と,第8章に現れる結合密度である.周辺への還元の𝑢に当てるのは,周辺密度から「その周辺密度が正の点でその対数,そのほかの点で0」として作った関数と,その絶対値と,「その周辺密度が0になる点で1,それ以外で0となる関数」の三つだけである.依存するのは補題 7.4.2 の主張と証明,系 7.4.4 と例 7.4.5 の証明,7.5 節の定義 7.5.4 と命題 7.5.5,および第8章の例 8.1.6・定理 8.2.2・補題 8.3.3・定理 8.3.5 の証明である(第8章が使うのは周辺密度の存在と独立と積の密度の二つで,周辺への還元は使わない).
周辺密度の積との比較
補題 7.4.2(周辺密度の積との比較). 𝑛 ≥1とし,𝑋 =(𝑋1,…,𝑋𝑛)をℝ𝑛に値をとり結合密度𝑓をもつ確率変数とする.定義 7.4.1 の𝑋𝑖の周辺密度を𝑓𝑖とし
𝑞(𝑥):=𝑛∏𝑖=1𝑓𝑖(𝑥𝑖),𝑆:={𝑥∈ℝ𝑛:𝑓(𝑥)>0 かつ 𝑞(𝑥)>0}とおく.このとき𝑞はℝ𝑛上の密度であり,∫𝑆𝑓(𝑥) 𝑑𝑥 =1である.さらに各𝑖についてℎ(𝑋𝑖)が定まるならば
∫𝑆𝑓(𝑥)|log𝑞(𝑥)|𝑑𝑥<∞,−∫𝑆𝑓(𝑥)log𝑞(𝑥)𝑑𝑥=𝑛∑𝑖=1ℎ(𝑋𝑖)である.
証明. 𝑞がℝ𝑛上の密度であることは,借りた独立と積の密度がそのまま与える.
∫𝑆𝑓 =1を見る.𝑆に入らないのに𝑓 >0である点では,ある𝑖について𝑓𝑖(𝑥𝑖) =0である.借りた周辺への還元を「𝑓𝑖が0になる点で1,それ以外で0となる関数」に当てると
∫{𝑥:𝑓𝑖(𝑥𝑖)=0}𝑓(𝑥)𝑑𝑥=∫{𝑡:𝑓𝑖(𝑡)=0}𝑓𝑖(𝑡)𝑑𝑡=0である(右の積分は,被積分関数が積分域の上で0だから0である).𝑖について足し合わせると,𝑓 >0かつ𝑞 =0の点の全体を𝑁として∫𝑁𝑓 =0であり,したがって∫𝑆𝑓 =∫ℝ𝑛𝑓 =1である.
対数を成分ごとに分ける道具を用意する.各𝑖について,𝑓𝑖(𝑡) >0の点で𝑢𝑖(𝑡) :=log𝑓𝑖(𝑡),そのほかの点で𝑢𝑖(𝑡) :=0と定める.𝑢𝑖は実数値関数であり,𝑆の上ではどの𝑓𝑖(𝑥𝑖)も正だからlog𝑞(𝑥) =∑𝑖𝑢𝑖(𝑥𝑖)である.また定義 7.1.2 の約束から𝑓𝑖|𝑢𝑖| =|𝑓𝑖log𝑓𝑖|なので,∫ℝ𝑓𝑖|𝑢𝑖|はℎ(𝑋𝑖)が定まることから有限である.
積分が有限であることを見る.𝑆の上で|log𝑞(𝑥)| ≤∑𝑖|𝑢𝑖(𝑥𝑖)|だから
∫𝑆𝑓(𝑥)|log𝑞(𝑥)|𝑑𝑥≤𝑛∑𝑖=1∫ℝ𝑛𝑓(𝑥)|𝑢𝑖(𝑥𝑖)|𝑑𝑥=𝑛∑𝑖=1∫ℝ𝑓𝑖(𝑡)|𝑢𝑖(𝑡)|𝑑𝑡であり(等号は借りた周辺への還元による),右辺は有限である.
値を求める.いま見たとおり𝑥 ↦𝑓(𝑥) 𝑢𝑖(𝑥𝑖)はℝ𝑛の上で絶対収束する積分をもつので,7.2 節で借りた零集合の上での積分を𝑁について当てると∫𝑁𝑓(𝑥) 𝑢𝑖(𝑥𝑖) 𝑑𝑥 =0である.𝑆の外で𝑓 >0である点の全体が𝑁だから
∫𝑆𝑓(𝑥)𝑢𝑖(𝑥𝑖)𝑑𝑥=∫ℝ𝑛𝑓(𝑥)𝑢𝑖(𝑥𝑖)𝑑𝑥=∫ℝ𝑓𝑖(𝑡)𝑢𝑖(𝑡)𝑑𝑡=−ℎ(𝑋𝑖)である(二つめの等号は借りた周辺への還元,三つめは定義 7.1.2 の約束による).𝑖について足せば∫𝑆𝑓log𝑞 = −∑𝑖ℎ(𝑋𝑖)となり,主張を得る.◻
劣加法性
定理 7.4.3(微分エントロピーの劣加法性). 𝑛 ≥1とし,𝑋 =(𝑋1,…,𝑋𝑛)をℝ𝑛に値をとり結合密度をもつ確率変数とする.ℎ(𝑋1,…,𝑋𝑛)が定まり,各𝑖についてℎ(𝑋𝑖)が定まるならば
ℎ(𝑋1,…,𝑋𝑛)≤𝑛∑𝑖=1ℎ(𝑋𝑖)である.
証明. 𝑓を𝑋の結合密度とし,𝑓𝑖,𝑞,𝑆を補題 7.4.2 のとおりにとる.補題 7.4.2 より𝑞はℝ𝑛上の密度で,∫𝑆𝑓 =1と∫𝑆𝑓|log𝑞| <∞が成り立つ.仮定よりℎ(𝑋1,…,𝑋𝑛)も定まるから,補題 7.2.3 の仮定がすべて満たされて
ℎ(𝑋1,…,𝑋𝑛)≤−∫𝑆𝑓(𝑥)log𝑞(𝑥)𝑑𝑥=𝑛∑𝑖=1ℎ(𝑋𝑖)である.最後の等号も補題 7.4.2 による.◼
不等式の意味は離散のときと変わらない.どちらの辺の微分エントロピーも定まるかぎり,𝑛個の観測をまとめて見たときの散らばりは,一つずつ見たときの散らばりの和を超えない.超えないぶんが,成分どうしの依存の強さである.どれだけ超えないかを量として取り出すのが 7.5 節の相互情報量で,そこでは𝑛 =2の場合の定理 7.4.3 が「その量が非負である」という形に読み替わる.
独立なときには等号になる.
系 7.4.4(独立なときの等号). 𝑛 ≥1とし,𝑋1,…,𝑋𝑛を独立な実数値確率変数で,各𝑋𝑖は密度をもちℎ(𝑋𝑖)が定まるものとする.このとき𝑋 =(𝑋1,…,𝑋𝑛)は結合密度をもち,ℎ(𝑋1,…,𝑋𝑛)は定まって
ℎ(𝑋1,…,𝑋𝑛)=𝑛∑𝑖=1ℎ(𝑋𝑖)である.
証明. 𝑓𝑖を𝑋𝑖の密度とする.借りた独立と積の密度により𝑓(𝑥) :=∏𝑖𝑓𝑖(𝑥𝑖)は𝑋の結合密度であり,各𝑓𝑖は𝑋𝑖の周辺密度でもある.この𝑓と𝑓𝑖について補題 7.4.2 を読むと𝑞 =𝑓で,𝑆 ={𝑥 :𝑓(𝑥) >0}である.𝑆の外では𝑓 =0で𝑓log𝑓 =0だから
∫ℝ𝑛|𝑓(𝑥)log𝑓(𝑥)|𝑑𝑥=∫𝑆𝑓(𝑥)|log𝑞(𝑥)|𝑑𝑥<∞であり,ℎ(𝑋1,…,𝑋𝑛)は定まる.その値は,同じ理由で∫ℝ𝑛𝑓log𝑓 =∫𝑆𝑓log𝑞だから,補題 7.4.2 より∑𝑖ℎ(𝑋𝑖)である.◼
劣加法性のもう一方の端,すなわち一方が他方で決まってしまう場合を,本章は扱わない.𝑌 =𝑋とおくと対(𝑋,𝑌)は平面の対角線の上にしか値をとらないから,(𝑋,𝑌)はそこに確率1を置いている.ところが対角線は平面の面積が0の集合であり,7.1 節で借りた体積0の集合の確率によれば,密度をもつ確率変数はそういう集合の上に確率を置かない.したがって(𝑋,𝑌)には定義 7.1.1 の意味の結合密度がない.離散では𝐻(𝑋,𝑋)という量がそのまま書けたのに対し,連続では定理 7.4.3 も 7.5 節の相互情報量も,結合密度を前提にしているので当てられない.
起きていることは,読み取った値の側から見える.𝑋が定理 7.1.6 の仮定を満たすとき,幅𝛿𝐽で読み取った̃𝑋𝐽のエントロピー𝐻(̃𝑋𝐽)は𝐽 →∞で発散する(定理 7.1.6).𝑌 =𝑋なら読み取った値も両方で同じなので,読み取った対のもつ依存の強さは精度を上げるほど大きくなり,一つの有限の値には落ち着かない,と読める.本書はこの読みを主張としては述べない.離散の𝐼(̃𝑋𝐽;̃𝑋𝐽)を𝐻(̃𝑋𝐽)に直すのに𝐻(𝑋,𝑋) =𝐻(𝑋)が要り,第1章はそれを番号の付いた主張として述べていないからである.これも離散との違いの一つである.
例 7.4.5(三角形の上の一様分布). (𝑋,𝑌)が三角形𝑇 ={(𝑥,𝑦) :0 ≤𝑦 ≤𝑥 ≤1}の上の一様分布に従う,すなわち結合密度が𝑇の上で2,その外で0であるとする.このとき
ℎ(𝑋,𝑌)=−log2,ℎ(𝑋)=ℎ(𝑌)=−log2+12log𝑒であり,定理 7.4.3 の不等式は狭義に成り立って,両辺の差はlog𝑒2である.底を2にとればこの差は約0.4427ビットである.
証明. 三角形の面積は1/2だから,結合密度は𝑇の上で2,その外で0である.これは定義 7.1.1 の密度で,𝑓log𝑓は𝑇の上で定数2log2,その外で0だからℎ(𝑋,𝑌)は定まり
ℎ(𝑋,𝑌)=−∫𝑇2log2𝑑𝑥𝑑𝑦=−2log2⋅12=−log2である.
周辺密度を求める.定義 7.4.1 と借りた周辺密度の存在より,0 ≤𝑡 ≤1のとき
𝑓1(𝑡)=∫𝑡02𝑑𝑦=2𝑡,𝑓2(𝑡)=∫1𝑡2𝑑𝑥=2(1−𝑡)であり,[0,1]の外では0である.
ℎ(𝑋)を計算する.7.1 節で既知としたlog𝑡の導関数と部分積分により∫10𝑡log𝑡 𝑑𝑡 =[𝑡22log𝑡]10 −log𝑒2∫10𝑡 𝑑𝑡 = −log𝑒4である.よって
ℎ(𝑋)=−∫102𝑡log(2𝑡)𝑑𝑡=−log2∫102𝑡𝑑𝑡−2∫10𝑡log𝑡𝑑𝑡=−log2+12log𝑒である.𝑓2(𝑡) =𝑓1(1 −𝑡)であり,7.3 節で借りた置換積分を𝑐 = −1,𝑏 =1ととって(すなわち𝑦 =1 −𝑥という置き換えで)使うと,ℎ(𝑌)の積分はℎ(𝑋)の積分に移るのでℎ(𝑌) =ℎ(𝑋)である.
差をとる.ℎ(𝑋) +ℎ(𝑌) −ℎ(𝑋,𝑌) = −2log2 +log𝑒 +log2 =log𝑒 −log2 =log𝑒2である.𝑒 >2だからこれは正で,底を2にとるとlog2(𝑒/2) =0.4427…である.◼
例 7.4.5 では𝑋と𝑌が独立でない.𝑋の値を知ると𝑌が動ける範囲が[0,𝑋]に限られるからで,そのぶんだけ結合微分エントロピーが和より小さくなっている.小さくなった量log𝑒2を,𝑋と𝑌のあいだの依存の強さを表す量として取り出すのが次節である.
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