16.1 部分集合のエントロピー
エントロピーについて成り立つ不等式は,どこから生まれるのか.本章は出どころを二つ見る.前半,本節から 16.5 節 までは,いくつもの変数をいろいろな見方で覆っておいて,どの変数が何回数えられたかを勘定することから不等号を出す.後半の 16.6 節 から 16.8 節 までは,二つを足したときのふるまいを問うことから出す.後半で相手にするのは,正定値行列の行列式を1座標あたりに直した量と,第7章 の微分エントロピーを指数に持ち上げた量で,どちらについても,二つを足すと値が足し算以上になるという同じ形の不等式が現れる.
前半の材料は 第1章 1.2 節 にそろっている.そこでは確率変数を二つ並べて,まとめて見たときの不確かさ(定義 1.2.1)と,片方を知ったあとに残る不確かさ(定義 1.2.2)を測った.二つはチェイン則(定理 1.2.3)で結ばれ,条件を増やしても残りの不確かさが増えないこと(定理 1.2.4)がそこに重なった.前半はこの二つを確率変数の族に当てる.族が𝑛個あるとき,まとめて見る相手は一通りではない.番号の集合を選ぶたびに一つの値が決まるので,見えているのは{1,…,𝑛}の部分集合に実数を返す関数である.
測る量そのものは新しくない.番号の集合𝑆を選んだら,𝑆に属する番号の変数を一つの組にまとめてしまえばよく,定義 1.1.1 のエントロピーがそのまま値を与える.新しいのは𝑆を動かして値どうしを比べるところである.本節が出す値の並び方についての性質のうち,あとの節の証明が直に引くのは,番号を一つずつ足していったときの分解(定理 16.1.4)である.残りは枠になる.空集合についての値が0であること,𝑆を大きくしても値が減らないこと(命題 16.1.5),二つの集合の和と交わりについての不等式(定理 16.1.6)の三つがそれで,この三つをそろえたところに 定義 16.1.7 の枠が現れる.
定義 16.1.1(部分集合のエントロピー). 𝑛 ≥1とし,Xを有限アルファベット,𝑋1,…,𝑋𝑛をXに値をとる確率変数とする.𝑆 ⊆{1,…,𝑛}に対し,𝑆に属する番号を小さい順に並べ,対応する変数を並べた組を𝑋𝑆と書く.この組は𝑆の各番号にXの元を対応させる関数とみなせるから,𝑋𝑆は𝑆からXへの関数の全体に値をとる一つの確率変数である(𝑆 =∅のときこの値域は要素が一つの集合である).この確率変数のエントロピー(定義 1.1.1)を𝑆についての 部分集合のエントロピー と呼んで𝐻(𝑋𝑆)と書く.
組を組のままにせず関数として言い直したのは,𝑆が空のときにも値の全体が定まり,𝑆をどう動かしても値の入れ物が同じ作り方で決まるからである.16.4 節 では組から座標の一部だけを残す操作を扱うので,そこでもこの言い直しがそのまま効く.|𝑆| =1のときは 定義 1.1.1 そのもの,|𝑆| =2のときは 定義 1.2.1 の結合エントロピーであり,𝑆が全体のときの𝐻(𝑋{1,…,𝑛})が,𝑛個をまとめて見たときの不確かさにあたる.𝑋∅のとりうる値は一つしかないから,定義 1.1.1 の和は−1log1の一項だけになり,𝐻(𝑋∅) =0である.
組のまとめ方について一つ断っておく.定義 1.1.1 のエントロピーは値の分布だけで決まるので,組の成分を並べ替えても,成分の一部をまとめて対とみても,値は変わらない.以下の証明はこの読み替えを繰り返し使うので,先に補題として置く.
補題 16.1.2(値の読み替え). Y,Z,Wを有限集合とし,𝑌,𝑍,𝑊をそれぞれに値をとる確率変数とする.𝜙をYからZへの単射で𝑍 =𝜙(𝑌)を満たすものとすると,𝐻(𝑌) =𝐻(𝑍)(定義 1.1.1)であり,𝐻(𝑊 ∣𝑌) =𝐻(𝑊 ∣𝑍)(定義 1.2.2)である.
証明. 𝜙は単射だから,𝑧 =𝜙(𝑦)の形の値について,𝑍 =𝑧という事象と𝑌 =𝑦という事象は同じ事象である.よって二つの確率は等しい.𝜙の像に入らない𝑧については𝑍 =𝑧の確率が0で,定義 1.1.1 の約束によりその項は和に寄与しない.したがって𝐻(𝑍)の和は𝐻(𝑌)の和と項ごとに一致する.
条件付きエントロピーも同じである.定義 1.2.2 は,条件の値ごとに残る不確かさを,その値の確率で平均したものである.いま見たとおり𝑍 =𝜙(𝑦)と𝑌 =𝑦は同じ事象だから,その確率も,そのもとでの𝑊の条件付き分布も一致し,各項が対応する.像に入らない値の項は重み0で寄与しないから,二つの平均は等しい.◻
たとえば𝑆 ⊆𝑇のとき,𝑋𝑇の値に対(𝑋𝑆,𝑋𝑇∖𝑆)の値を対応させる写像は単射だから,補題 16.1.2 より𝑋𝑇は対(𝑋𝑆,𝑋𝑇∖𝑆)とみてよい.条件の側についても同じである.
例 16.1.3(重複と排他的論理和). X ={0,1},𝑛 =3とし,値はビットで書く(1.1 節 の約束どおりlogの底を2にとる).次の二つの族について値を並べる.
- 𝑋1を公平なコイン,𝑋2 :=𝑋1,𝑋3を𝑋1と独立な公平なコインとすると,𝐻(𝑋{1}) =𝐻(𝑋{2}) =𝐻(𝑋{3}) =1,𝐻(𝑋{1,2}) =1,𝐻(𝑋{1,3}) =𝐻(𝑋{2,3}) =2,𝐻(𝑋{1,2,3}) =2である.
- 𝑋1,𝑋2を独立な公平なコイン,𝑋3 :=𝑋1 ⊕𝑋2(⊕は排他的論理和)とすると,1点集合についての値はどれも1,2点集合についての値はどれも2であり,𝐻(𝑋{1,2,3}) =2である.
証明. 確率0の値の項は 定義 1.1.1 の約束により和に寄与しないので,どの場合も実際にとりうる値だけを数え,それらが等確率であることを見て 例 1.1.3 を当てればよい.
1 を示す.𝑋1,𝑋2,𝑋3はどれも{0,1}上の一様分布に従うから,1点集合についての値は 例 1.1.3 を𝑀 =2で当ててlog2 =1である.𝑋{1,2}のとりうる値は(0,0)と(1,1)の二つで確率はどちらも1/2だから,同じく𝑀 =2で当てて1である.𝑋1と𝑋3は独立でどちらも一様だから対(𝑋1,𝑋3)は4つの値を確率1/4ずつでとり,𝑀 =4で当てて𝐻(𝑋{1,3}) =log4 =2である.𝑋2 =𝑋1だから𝐻(𝑋{2,3})も同じ値である.𝑋{1,2,3}は(𝑋1,𝑋1,𝑋3)で,その値に(𝑋1,𝑋3)の値を対応させる写像は単射だから,値は2である(補題 16.1.2).
2 を示す.写像(𝑥1,𝑥2) ↦(𝑥1, 𝑥1 ⊕𝑥2)は{0,1}2から{0,1}2への全単射である.𝑋1と𝑋2は独立でどちらも一様だから対(𝑋1,𝑋2)は4つの値を確率1/4ずつでとり,したがって対(𝑋1,𝑋3)も4つの値を確率1/4ずつでとる.写像(𝑥1,𝑥2) ↦(𝑥2, 𝑥1 ⊕𝑥2)も全単射だから,対(𝑋2,𝑋3)についても同じである.よって2点集合についての値はどれも 例 1.1.3 を𝑀 =4で当てて2であり,周辺分布をとれば𝑋3も一様だから,1点集合についての値はどれも𝑀 =2で当てて1である.𝑋{1,2,3}のとりうる値は(𝑥1,𝑥2,𝑥1 ⊕𝑥2)の形の4通りで確率は1/4ずつだから,値は2である.◼
増えなくなる場所を見る. 二つの族は,1点集合についての値がどれも1で,全体についての値が2である点まで一致する.違うのは途中である.1 の族では番号1に番号2を足しても値が1のまま増えないのに,2 の族ではどの1点集合にどの番号を足しても値が1から2へ増え,そのかわり2点集合に残りの番号を足しても2のままである.どこで増えなくなるかが族の作りを写しており,その「足したときの増分」を正面から書いたのが次の定理である.
定理 16.1.4(部分集合のチェイン則). 定義 16.1.1 の設定で,どの𝑆 ⊆{1,…,𝑛}についても
𝐻(𝑋𝑆)=∑𝑖∈𝑆𝐻(𝑋𝑖∣𝑋𝑆∩{1,…,𝑖−1})である.
証明(|𝑆|についての数学的帰納法). 𝑆 =∅のとき,𝑋∅のとりうる値は一つだから,定義 1.1.1 より左辺は𝐻(𝑋∅) =0である.右辺は空の和で0である.
|𝑆| =𝑚のすべての集合について主張が成り立つとし,|𝑆| =𝑚 +1とする.𝑆に属する番号のうち最大のものを𝑗と書き,𝑅 :=𝑆 ∖{𝑗}とおく.𝑋𝑆を対(𝑋𝑅,𝑋𝑗)とみて(補題 16.1.2),定理 1.2.3 をこの対に当てると
𝐻(𝑋𝑆)=𝐻(𝑋𝑅)+𝐻(𝑋𝑗∣𝑋𝑅)である.𝑗は𝑆の最大の番号だから𝑆 ∩{1,…,𝑗 −1} =𝑅であり,第2項は示すべき和の𝑖 =𝑗の項そのものである.第1項に帰納法の仮定を当てると
𝐻(𝑋𝑅)=∑𝑖∈𝑅𝐻(𝑋𝑖∣𝑋𝑅∩{1,…,𝑖−1})である.𝑖 ∈𝑅ならば𝑖 <𝑗だから𝑗 ∉{1,…,𝑖 −1}であり,𝑅 ∩{1,…,𝑖 −1} =𝑆 ∩{1,…,𝑖 −1}である.よってこの和は示すべき和の𝑖 ≠𝑗の項の和に等しく,𝑖 =𝑗の項と合わせて主張を得る.◼
順に足していくと読む. 定理 1.2.3 は二つの変数について「まず一方,次にもう一方」と数えた.定理 16.1.4 はそれを𝑆の番号の小さい順に繰り返しただけである.𝑖の項は,𝑆の中で𝑖より小さい番号をすでに知ったうえで𝑋𝑖に残る不確かさで,足していくと𝐻(𝑋𝑆)になる.番号の小さい順に足したのは書き方の都合で,左辺は𝑆だけで決まる.
命題 16.1.5(包含についての単調性). 定義 16.1.1 の設定で,𝑆 ⊆𝑇 ⊆{1,…,𝑛}ならば𝐻(𝑋𝑆) ≤𝐻(𝑋𝑇)である.
定理 16.1.6(劣モジュラ性). 定義 16.1.1 の設定で,どの𝑆,𝑇 ⊆{1,…,𝑛}についても
𝐻(𝑋𝑆∪𝑇)+𝐻(𝑋𝑆∩𝑇)≤𝐻(𝑋𝑆)+𝐻(𝑋𝑇)である.
証明. 𝑈 :=𝑆 ∩𝑇,𝑉 :=𝑆 ∖𝑇とおく.𝑆は𝑈と𝑉の交わらない和であり,𝑆 ∪𝑇は𝑇と𝑉の交わらない和である.𝑋𝑆を対(𝑋𝑈,𝑋𝑉),𝑋𝑆∪𝑇を対(𝑋𝑇,𝑋𝑉)とみて(補題 16.1.2),定理 1.2.3 をこの二つの対に当てると
𝐻(𝑋𝑆)=𝐻(𝑋𝑈)+𝐻(𝑋𝑉∣𝑋𝑈),𝐻(𝑋𝑆∪𝑇)=𝐻(𝑋𝑇)+𝐻(𝑋𝑉∣𝑋𝑇)である.𝑈 ⊆𝑇だから,𝐻(𝑋𝑉 ∣𝑋𝑇)の条件を対(𝑋𝑈,𝑋𝑇∖𝑈)とみて(補題 16.1.2),定理 1.2.4 を当てると
𝐻(𝑋𝑉∣𝑋𝑇)≤𝐻(𝑋𝑉∣𝑋𝑈)である.三つを合わせると
𝐻(𝑋𝑆∪𝑇)+𝐻(𝑋𝑈)=𝐻(𝑋𝑇)+𝐻(𝑋𝑉∣𝑋𝑇)+𝐻(𝑋𝑈)≤𝐻(𝑋𝑇)+𝐻(𝑋𝑉∣𝑋𝑈)+𝐻(𝑋𝑈)=𝐻(𝑋𝑇)+𝐻(𝑋𝑆)であり,𝑈 =𝑆 ∩𝑇だから主張を得る.◼
同じものを足したときの増分で読む. 定理 16.1.6 は移項すると𝐻(𝑋𝑆∪𝑇) −𝐻(𝑋𝑇) ≤𝐻(𝑋𝑆) −𝐻(𝑋𝑆∩𝑇)と書ける.左辺は𝑇に𝑆 ∖𝑇を足したときの増分,右辺は𝑆 ∩𝑇に同じ𝑆 ∖𝑇を足したときの増分である.𝑆 ∩𝑇は𝑇に含まれるから,「すでに知っていることが多いほど,同じものを足したときの増分は小さい」と読める.証明で不等号が入ったのは 定理 1.2.4 を当てた一箇所だけで,劣モジュラ性は条件付けの単調性の言い換えにほかならない.
空集合についての値が0であることと,命題 16.1.5 と 定理 16.1.6 の三つは,𝑆ごとに決まる値がどう並ぶかだけを述べていて,値がエントロピーであることをもう使っていない.同じ三つを満たす集合の関数には名前が付いている.
定義 16.1.7(ポリマトロイドの階数関数). 𝐸を有限集合とし,𝐸の部分集合に実数を返す関数rkが次の三つを満たすとする.
- rk(∅) =0である.
- 𝑆 ⊆𝑇 ⊆𝐸ならばrk(𝑆) ≤rk(𝑇)である.
- どの𝑆,𝑇 ⊆𝐸についてもrk(𝑆 ∪𝑇) +rk(𝑆 ∩𝑇) ≤rk(𝑆) +rk(𝑇)である.
このときrkを𝐸上の ポリマトロイドの階数関数 と呼ぶ.
この枠に入るのはエントロピーだけではない.名前にある「マトロイド」は一次独立から来ていて,次の例がそのもとの姿である.
例 16.1.9(張る部分空間の次元). 𝐸を実ベクトル空間の有限個のベクトルからなる集合とする.𝑆 ⊆𝐸に𝑆の元が張る部分空間の次元rk(𝑆)を対応させると,rkは𝐸上のポリマトロイドの階数関数(定義 16.1.7)である.
証明. 第1の条件は,空集合が張る部分空間が零ベクトルだけからなり,その次元が0であることによる.第2の条件は,𝑆 ⊆𝑇ならば𝑆の元が張る部分空間が𝑇の元が張る部分空間に含まれ,含まれる側の次元が大きくならないことによる.
第3の条件を見る.一次独立なベクトルの組が,それを含む部分空間の基底に延ばせることと,部分空間を張るベクトルの本数がその部分空間の次元以上であることは,線形代数で既知とする.𝑆,𝑇 ⊆𝐸をとり,𝑆 ∩𝑇の元が張る部分空間の基底を一つとって𝐵と書く.𝐵は𝑆の元が張る部分空間の中で一次独立だから,𝑎本のベクトルを足してその部分空間の基底にできる.同じように,𝐵に𝑏本を足して𝑇の元が張る部分空間の基底にできる.rk(𝑆) =|𝐵| +𝑎,rk(𝑇) =|𝐵| +𝑏,rk(𝑆 ∩𝑇) =|𝐵|である.ここで𝑆 ∪𝑇の元はどれも𝑆か𝑇に属するから,いま挙げた|𝐵| +𝑎 +𝑏本の一次結合で書ける.よって𝑆 ∪𝑇の元が張る部分空間はこの|𝐵| +𝑎 +𝑏本が張る部分空間に含まれ,部分空間が含まれれば次元は大きくならないから
rk(𝑆∪𝑇)≤|𝐵|+𝑎+𝑏=(|𝐵|+𝑎)+(|𝐵|+𝑏)−|𝐵|=rk(𝑆)+rk(𝑇)−rk(𝑆∩𝑇)である.◼
そうすると,𝐻(𝑋𝑆)について示すことのどこまでが値の出どころに依らないのかを問える.この問いには 16.3 節 で答える(系 16.3.4).次節の Han の不等式は,(𝑛 −1)倍した全体のエントロピーを,番号を1個ずつ抜いた𝑛通りのエントロピーの和で上から押さえる不等式で,その証明が使うのは 定理 16.1.4 のチェイン則と,補題 16.1.2 の読み替えと,定理 1.2.3 と 定理 1.2.4 である.
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