11.2 型類の確率
前節は型類について二つを得た.中の点はどれも同じ確率をもち,𝑄が全点で正ならその確率はexp( −𝑛(𝐻(𝑃) +𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)))であること(命題 11.1.4),そして要素数が𝑒𝑛𝐻(𝑃)の前後にあること(定理 11.1.8)である.型類全体の確率は,一点の確率に要素数を掛けたものだから,この二つを掛け合わせれば出る.掛けるとエントロピーの項は打ち消し合い,相対エントロピーだけが指数に残る.これが本節の主張で,次節以降の議論はここから出発する.
挟み込み
定理 11.2.1(型類の確率). Xを空でない有限アルファベット,𝑛 ≥1とし,𝑄をX上の全点で正の分布,𝑄𝑛をその𝑛重の積分布とする.𝑃を長さ𝑛の型(定義 11.1.1)とすると
(𝑛+1)−|X|𝑒−𝑛𝐷(𝑃‖𝑄)≤𝑄𝑛(T𝑛(𝑃))≤𝑒−𝑛𝐷(𝑃‖𝑄)である(𝐷は 1.6 節の相対エントロピー).
証明. 命題 11.1.4 より,T𝑛(𝑃)のどの点についても𝑄𝑛による確率はexp( −𝑛(𝐻(𝑃) +𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)))であり,点のとり方に依らない.したがって
𝑄𝑛(T𝑛(𝑃))=∣T𝑛(𝑃)∣exp(−𝑛(𝐻(𝑃)+𝐷(𝑃‖𝑄)))である.この要素数に 定理 11.1.8 の挟み込みを当てる.指数関数の値は正だから,不等式の向きは変わらない.
上界について,|T𝑛(𝑃)| ≤𝑒𝑛𝐻(𝑃)より
𝑄𝑛(T𝑛(𝑃))≤𝑒𝑛𝐻(𝑃)exp(−𝑛(𝐻(𝑃)+𝐷(𝑃‖𝑄)))=𝑒−𝑛𝐷(𝑃‖𝑄)である.下界も同じで,|T𝑛(𝑃)| ≥(𝑛 +1)−|X|𝑒𝑛𝐻(𝑃)の両辺にexp( −𝑛(𝐻(𝑃) +𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)))を掛ければ𝑄𝑛(T𝑛(𝑃)) ≥(𝑛 +1)−|X|𝑒−𝑛𝐷(𝑃‖𝑄)を得る.◼
指数に残るのは相対エントロピーだけである.エントロピーの項は,要素数の𝑒𝑛𝐻(𝑃)と一点の確率の𝑒−𝑛𝐻(𝑃)で打ち消し合った.読み方は素直で,𝑄に従う情報源から型が𝑃の系列が出る確率は,𝑃が𝑄からどれだけ隔たっているかだけで決まり,その隔たりが確率の落ちる速さになる,ということである.上下の隔たりは(𝑛 +1)|X|倍あるが,これが指数の速さに効かないことは 系 11.2.3 で確かめる.
1.6 節は相対エントロピーを「𝑞だと思い込んで符号化したために余計に払う符号長」として読んだ.定理 11.2.1 はもう一つの読み方を与える.𝑄から見たとき,型𝑃の系列がどれだけ出にくいかである.𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)が小さければ指数は0に近く,確率は𝑛が増えてもゆっくりしか落ちない.大きければ速く落ちる.どちらの読み方でも,𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)が0になるのは𝑃 =𝑄のときに限る(定理 1.6.1)という性質が土台にある.
型の列に沿った極限
型の列を追う前に,本章で繰り返し使う一つの収束を切り出しておく.挟み込みの上下の隔たり(𝑛 +1)|X|は,対数をとって𝑛で割ると|X|log(𝑛 +1)/𝑛になる.これが0に行くというのが次の補題であり,多項式倍の差が1𝑛logの水準で消えるというのは,本章のどこでもこの形で効く.証明で使うのは 1.1 節の対数不等式ひとつである.
補題 11.2.2.
lim𝑛→∞log(𝑛+1)𝑛=0である.
証明. 補題 1.1.7 の対数不等式log𝑡 ≤(𝑡 −1)log𝑒を,本章の底のもとで(log𝑒 =1である)𝑡 :=√𝑛+1に当てると12log(𝑛 +1) ≤√𝑛+1 −1 ≤√𝑛+1であり,𝑛 ≥1では√𝑛+1 ≤√2𝑛だから
0≤log(𝑛+1)𝑛≤2√𝑛+1𝑛≤2√2√𝑛である.右端は0に収束するから,両端に挟まれた真ん中も0に収束する.◻
系 11.2.3. Xを空でない有限アルファベット,𝑄をX上の全点で正の分布,𝑄𝑛をその𝑛重の積分布とする.各𝑛 ≥1について𝑃𝑛を長さ𝑛の型(定義 11.1.1)とし,X上の分布𝑃がどの文字𝑎でも𝑃𝑛(𝑎) →𝑃(𝑎)(𝑛 →∞)を満たすならば
1𝑛log𝑄𝑛(T𝑛(𝑃𝑛))⟶−𝐷(𝑃‖𝑄)である(𝐷は 1.6 節の相対エントロピー).
証明. 定理 11.2.1 を型𝑃𝑛に当てる.下界が正だから𝑄𝑛(T𝑛(𝑃𝑛))も正で対数がとれ,logは単調だから,対数をとって𝑛で割ると
−𝐷(𝑃𝑛‖𝑄)−|X|log(𝑛+1)𝑛≤1𝑛log𝑄𝑛(T𝑛(𝑃𝑛))≤−𝐷(𝑃𝑛‖𝑄)である.両端が−𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)に収束することを見れば,主張が従う.
左端の第2項は,補題 11.2.2 と,|X|が𝑛に依らない有限の数であることから0に収束する.
次に𝐷(𝑃𝑛 ‖ 𝑄) →𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)を見る.X上の分布˜𝑃に対し
𝐷(˜𝑃‖𝑄)=∑𝑎˜𝑃(𝑎)log˜𝑃(𝑎)−∑𝑎˜𝑃(𝑎)log𝑄(𝑎)=−∑𝑎𝜑(˜𝑃(𝑎))−∑𝑎˜𝑃(𝑎)log𝑄(𝑎)と書ける(𝜑(𝑡) = −𝑡log𝑡は 1.1 節の記号であり,˜𝑃(𝑎) =0の項が両辺で0になることは𝑄(𝑎) >0と0log0 =0の約束による).1.1 節で認めた𝜑の[0,∞)上の連続性から,どの文字でも𝜑(𝑃𝑛(𝑎)) →𝜑(𝑃(𝑎))である.また𝑄は全点で正だからlog𝑄(𝑎)は有限な数で,𝑃𝑛(𝑎)log𝑄(𝑎) →𝑃(𝑎)log𝑄(𝑎)である.収束する数列を有限個足したものはそれぞれの極限の和に収束するから,Xが有限であることと合わせて𝐷(𝑃𝑛 ‖ 𝑄) →𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)を得る.◼
系 11.2.3 が言っているのは,指数が型について連続である,ということである.長さ𝑛の型がとる値は0,1/𝑛,…,1に限られる(定義 11.1.1)ので,あらかじめ与えられた分布𝑃が長さ𝑛の型であるとは限らない.そのときは𝑃に収束する型の列をとればよく,指数はそれでも−𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)に行く.次節はまさにこの形で使う.
自分の型類は多項式ぶんしか小さくならない
系 11.2.4. Xを空でない有限アルファベット,𝑛 ≥1とし,𝑃を長さ𝑛の型(定義 11.1.1),𝑃𝑛をその𝑛重の積分布とすると
𝑃𝑛(T𝑛(𝑃))≥(𝑛+1)−|X|である.
証明. 系 11.1.5 より𝑃𝑛(T𝑛(𝑃)) =|T𝑛(𝑃)| 𝑒−𝑛𝐻(𝑃)であり,定理 11.1.8 の下界より|T𝑛(𝑃)| ≥(𝑛 +1)−|X|𝑒𝑛𝐻(𝑃)である.二つを合わせると𝑃𝑛(T𝑛(𝑃)) ≥(𝑛 +1)−|X|を得る.◼
自分の型類に落ちる確率は,𝑛の多項式の逆数までしか小さくならない.指数では落ちないということである.補題 11.1.7 によればこの型類が𝑃𝑛で測っていちばん重いのだから,いちばん重い型類の重さについての評価でもある.𝑃が全点で正であれば,定理 11.2.1 で𝑄に𝑃自身をとっても同じ下界が出る(相対エントロピーが0になることは 定理 1.6.1 の等号条件による).系 11.2.4 はそれを,全点で正とは限らない型にまで広げた形である.
一様分布からの隔たり
本節から先の節では,公平なコインを基準の分布にとった例を繰り返し扱う.そこで現れる相対エントロピーは,二値エントロピー関数ひとつで書ける.引くたびに導き直さずに済むよう,先に補題として切り出しておく.
補題 11.2.5(二値分布の一様分布からの隔たり). X ={0,1}とし,𝑄を𝑄(0) =𝑄(1) =1/2で定まる分布,𝐻𝑏を 例 1.1.2 の二値エントロピー関数とする.X上のどの分布𝑃についても
𝐷(𝑃‖𝑄)=log2−𝐻𝑏(𝑃(1))=log2−𝐻𝑏(𝑃(0))である(𝐷は 1.6 節の相対エントロピー).
証明. 𝑄はX上の一様分布で|X| =2だから,命題 10.1.2 より𝐷(𝑃 ‖ 𝑄) =log2 −𝐻(𝑃)である(𝐻は 定義 1.1.1 のエントロピー).例 1.1.2 の定め方から𝐻(𝑃) =𝐻𝑏(𝑃(1))であり,補題 9.3.1 の第1の主張より𝐻𝑏(𝑃(1)) =𝐻𝑏(1 −𝑃(1)) =𝐻𝑏(𝑃(0))である.◻
この形は,公平なコインからの隔たりが,エントロピーの目減りぶんとして測れることを言っている.𝑃が公平なコインに近いほど𝐻𝑏はlog2に近く,隔たりは0に近い.𝑃が一方の文字に寄るほど𝐻𝑏は小さくなり,そのぶん隔たりが大きくなる.𝑃(0)と𝑃(1)のどちらで書いてもよいのは,二値エントロピー関数が1/2を軸に左右対称だからである.
数値で見る
例 11.2.6(偏ったコインを公平なコインで測る). X ={0,1}とし,𝑄を𝑄(0) =𝑄(1) =1/2で定まる分布,𝑃を𝑃(0) =0.1,𝑃(1) =0.9で定まる分布とする.𝑄𝑛を𝑄の𝑛重の積分布,T𝑛( ⋅)を 定義 11.1.1 のとおり,𝐻𝑏を 例 1.1.2 の二値エントロピー関数とすると,次の三つが成り立つ.
- 𝐷(𝑃 ‖ 𝑄) =log2 −𝐻𝑏(0.1)であり,その値は約0.368ナットである.
- 𝑛が10の倍数ならば𝑃は長さ𝑛の型であり,(𝑛 +1)−2𝑒−𝑛𝐷(𝑃‖𝑄) ≤𝑄𝑛(T𝑛(𝑃)) ≤𝑒−𝑛𝐷(𝑃‖𝑄)が成り立つ.
- 𝑛 =100のとき𝑄100(T100(𝑃)) =(10010)2−100であり,その値は約1.37 ×10−17である.このとき第2の挟み込みの上界は約1.04 ×10−16,下界は約1.02 ×10−20である.
証明.
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補題 11.2.5 を𝑃に当てると𝐷(𝑃 ‖ 𝑄) =log2 −𝐻𝑏(𝑃(0)) =log2 −𝐻𝑏(0.1)である.値は𝐻𝑏(0.1) = −0.1log0.1 −0.9log0.9 =0.3250…,log2 =0.6931…だから,差は0.3680…である.
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𝑛𝑃(0) =𝑛/10,𝑛𝑃(1) =9𝑛/10は,𝑛が10の倍数なら非負整数であり,和は𝑛である.0を𝑛/10個並べたあと1を9𝑛/10個並べた系列の型は𝑃だから,𝑃は長さ𝑛の型である.𝑄は全点で正で|X| =2だから,定理 11.2.1 がそのまま第2の主張を与える.
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T100(𝑃)は0をちょうど10個含む長さ100の系列の全体だから,その要素数は,100個の位置から0を置く10個を選ぶ選び方の数(10010)である.𝑄は一様なので各点の確率は2−100であり,掛け合わせて𝑄100(T100(𝑃)) =(10010)2−100を得る.(10010) =17310309456440と2−100 =7.888… ×10−31から,値は1.365… ×10−17である.上界は𝑒−100𝐷(𝑃‖𝑄) =𝑒−36.806… =1.035… ×10−16,下界はこれを(100 +1)2 =10201で割った1.015… ×10−20である.
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この𝑃は 例 2.1.2 の偏ったコインと同じ分布である(あちらはlogの底を2にとったので,𝐻𝑏(0.1)の値が約0.469ビットと書かれている).例 11.2.6 の第3の主張は,定理 11.2.1 の挟み込みが実際どれくらいの粗さかを見せている.真の値は上界より1桁ほど小さく,下界より3桁ほど大きい.上下の隔たりは4桁あるが,1𝑛logをとればlog10201100 =0.092…の差でしかない.指数の速さだけを見るなら,公平なコインを100回投げて1がちょうど90回出る確率は𝑒−100𝐷(𝑃‖𝑄)のあたりにある.
定理 11.2.1 が扱ったのは一つの型類である.次節は型の集合を指定し,経験分布がその集合に落ちる確率を問う.型の個数が多項式でしかないこと(命題 11.1.3)と本節の挟み込みが,そこで効く.集合全体の確率の指数を,その集合の中の一つの分布だけで書けるか,というのが次節の問いであり,答えを与えるのが Sanov の定理である.
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