11.3 Sanov の定理

前節は型を一つ指定したときの確率を挟み込んだ(定理 11.2.1).指数に残るのは相対エントロピーだけで,から見て型がの系列が出る確率はの前後にあった.本節は指定するものを,型一つから分布の集合に替える.上の分布の集合を先に決めておき,長さの系列をから引いたとき,その経験分布がに落ちる確率を問う.

この確率が小さいことは,前節までの二つから見当がつく.になるのはのときに限る(定理 1.6.1)ので,自身から離れたところにを置けば,に属するどの型でもは正であり,その型類の確率は 定理 11.2.1 よりとともに指数で落ちる.落ちる速さは型ごとに違うが,型の個数はの多項式で抑えられている(命題 11.1.3).有限個の正の数の和は,最大の項以上で,最大の項に項の個数を掛けたもの以下である.したがってをとってを大きくすると多項式倍の差は消え,残るのはいちばん大きい項の指数,すなわちがいちばん小さい型の指数だけになる.これが本節の主張で,Sanov の定理と呼ばれる.

示し方は上下に分ける.上界は,型の個数の多項式評価と 定理 11.2.1 の上界を合わせた数え上げで出る.下界は,の中の分布を一つ選び,その型類ぶんだけで確率を下から押さえて出す.二つを合わせると,指数が一点で決まるという主張になる.

集合に属する型

定義 11.3.1(集合に属する型). を空でない有限アルファベットとし,上の分布の集合とする.に対し,に属する長さの型(定義 11.1.1)の全体を

E𝑛:={𝑃E:𝑃 は長さ 𝑛 の型}

と書く.

は分布の集合であって,系列の集合ではない.系列の側でこれに対応するのは,型がに入る系列の全体である.どの系列もただ一つの型をもつ(定義 11.1.1)から,この集合はに属する型の型類を重なりなく合わせたものにほかならない.が無限に多くの分布を含んでいてもよいが,長さの型は有限個しかない(命題 11.1.3)のでは有限集合である.の中に長さの型が一つも無いこともあり,そのときこの系列の集合は空になる.本節が測るのは,上の分布とその重の積分布に対する,この集合の確率である.

上界

定理 11.3.2と思って読めばよい.条件をに属する型についてだけ課しているのは,証明が型の上の和しか使わないからである.

定理 11.3.2(Sanov の上界). を空でない有限アルファベット,上の全点で正の分布,をその重の積分布とし,上の分布の集合,定義 11.3.1 のとおりとする.とし,実数が,に属するどの型についてもを満たすとすると

𝑄𝑛({𝑥X𝑛:ˆ𝑃𝑥E})(𝑛+1)|X|𝑒𝑛𝛾

であり,左辺が正ならば

1𝑛log𝑄𝑛({𝑥X𝑛:ˆ𝑃𝑥E})𝛾+|X|log(𝑛+1)𝑛

である(定義 11.1.1 の型,1.6 節の相対エントロピー).

証明. どの系列もただ一つの型をもつ(定義 11.1.1)から,に属する型の型類を重なりなく合わせたものであり

𝑄𝑛({𝑥:ˆ𝑃𝑥E})=𝑃E𝑛𝑄𝑛(T𝑛(𝑃))

である.右辺の各項に 定理 11.2.1 の上界を当てるとであり,仮定よりであり,指数関数は単調増加(の単調性とから出る)だからである.項の個数はに属する長さの型の個数だから,長さの型の総数以下であり,命題 11.1.3 より以下である.よって和は以下である.

の不等式は第の両辺の対数をとってで割ったものである.左辺が正なら対数がとれ,は単調だから

log𝑄𝑛({𝑥:ˆ𝑃𝑥E})|X|log(𝑛+1)𝑛𝛾

であり,両辺をで割れば主張を得る.

形式化上の注記. 定理 11.3.2 に対応する単独の宣言は無い.typeClassByCount_union_Qn_le_inf (InformationTheory/Shannon/Sanov/LDP.lean) が,型を有限個集めた族について,その合併の確率を「族の要素数にを掛けたもの」で抑える形を与える.この族の添字は各文字の出現回数の組で,その組の全体の要素数がちょうどであることを typeCountIndex_card (InformationTheory/Shannon/Sanov/LDP.lean) が与えるから,族の要素数はこれ以下である.二つの合成である.を大きくした形の 系 11.3.3 のほうは単独で形式化されている.

型の個数の多項式評価は,ここで初めて本来の役目を果たす.型ごとの上界を項の個数だけ足し合わせても,掛かるのはの多項式だけなので,をとるとに向かう項しか足されない.そのことを極限の形にしたのが次の系である.

系 11.3.3. を空でない有限アルファベット,上の全点で正の分布,をその重の積分布とし,上の分布の集合,定義 11.3.1 のとおりとする.実数が,すべてのに属するどの型についてもを満たすとする.が正であるようなに限って考えることにすると,どのについても,あるがあって,を満たすそのようなのすべてについて

1𝑛log𝑄𝑛({𝑥X𝑛:ˆ𝑃𝑥E})𝛾+𝜀

が成り立つ.

証明. 定理 11.3.2 の第の不等式より,左辺は以下である.したがってに収束することを見れば,与えられたに対してその収束からがとれる.

補題 11.2.2 よりであり,に依らない有限の数だから,である.

形式化: sanov_ldp_upper_bound (ソース)

としてどれだけ大きい値がとれるかで,系 11.3.3 の強さが決まる.とれるのは,すべてのを通してを下から抑える値までである.の上でを最小にする分布があれば,その値は条件を満たすの一つになる.同じ値が下からの評価でも現れることを,次に見る.

下界

下界は,の中の分布を一つ選び,その型類ぶんだけを数えて出す.ただし選んだ分布がそのまま長さの型であるとは限らない.長さの型がとる値はに限られる(定義 11.1.1)からである.そこで,選んだ分布に近い型を作って代用する.各文字について倍した値を整数に切り下げ,切り下げで足りなくなったぶんを一つの文字にまとめて押し付ければ,個数の総和がになって型になる.以下,で実数以下の最大の整数を表す(である).選ぶ分布はと書く.ここで選ぶ分布に最適性は要らないので星印を付けない.

定義 11.3.4(丸め型). を空でない有限アルファベット,上の分布,の文字とし,とする.

˜𝑃𝑛(𝑎):=𝑛˜𝑃(𝑎)𝑛(𝑎𝑎0),˜𝑃𝑛(𝑎0):=1𝑎𝑎0𝑛˜𝑃(𝑎)𝑛

で定まる上の関数を,を端数の引き受け手とする丸め型 と呼ぶ(以下の最大の整数).

形式化上の注記. 丸め型に対応する宣言は roundedTypeIndex (InformationTheory/Shannon/Sanov/RoundedTypeSequence.lean) であるが,覆っている範囲が本文より狭い.本文は端数の引き受け手を選べる形にしてあるのに対し,形式化はその文字をアルファベットの中の一つに固定しており,しかもどの文字であるかを述べていない.あとの 例 11.3.8 が示すとおり,丸め型が集合に入るかどうかは引き受け手の選び方で変わるので,この差は形だけのものではない.

補題 11.3.5(丸め型は長さの型であり,各文字で元の分布に収束する). を空でない有限アルファベット,上の分布,の文字とし,各についてを端数の引き受け手とするの丸め型(定義 11.3.4)とする.このとき,どのでもは長さの型(定義 11.1.1)であり,どの文字についても𝑛 )である.

証明. まずが長さの型であることを見る.についてはで,これは非負整数である.についてはで,これも整数であり,から

𝑎𝑎0𝑛˜𝑃(𝑎)𝑎𝑎0𝑛˜𝑃(𝑎)𝑛

なので非負である.よっては総和がの非負整数の組であり,各文字をその個数だけ並べた系列の型はだから,は長さの型である.

次にが各文字でに収束することを見る.についてはよりである.については,の総和がどちらもだからであり,右辺の各項は以上未満だから,差の絶対値は以下である.よってどの文字でもである.

形式化上の注記. 補題 11.3.5 の二つの主張に対応する宣言は roundedTypeIndex_sumroundedTypeIndex_tendsto(どちらも InformationTheory/Shannon/Sanov/RoundedTypeSequence.lean)であるが,どちらも端数の引き受け手を固定した丸め型についてのもので,覆っている範囲は本文より狭い.

定理 11.3.6(Sanov の下界). を空でない有限アルファベット,上の全点で正の分布,をその重の積分布とし,上の分布の集合,定義 11.3.1 のとおりとする.上の分布,の文字とし,各についてを端数の引き受け手とするの丸め型(定義 11.3.4)とする.十分大きいすべてのについてであるならば,十分大きいは正であり

liminf𝑛1𝑛log𝑄𝑛({𝑥X𝑛:ˆ𝑃𝑥E})𝐷(˜𝑃𝑄)

である(定義 11.1.1 の型,1.6 節の相対エントロピー).

証明. 補題 11.3.5 より,どのでもは長さの型であり,どの文字でもである.

仮定より,あるがあってのとき,とくにである.型がである系列は型がに属するから

T𝑛(˜𝑃𝑛){𝑥X𝑛:ˆ𝑃𝑥E}

であり,包含している側の集合の確率のほうが小さくないからである.左辺は 定理 11.2.1 の下界より以上で,これは正だから,では右辺も正である.

は単調だから,について

1𝑛log𝑄𝑛({𝑥:ˆ𝑃𝑥E})1𝑛log𝑄𝑛(T𝑛(˜𝑃𝑛))

である.は長さの型で各文字でに収束するから,系 11.2.3 より右辺はに収束する.よって左辺の下極限は以上である.

形式化上の注記. 定理 11.3.6 に対応する宣言は sanov_ldp_lower_bound_pointwise (InformationTheory/Shannon/Sanov/LiminfBound.lean) であるが,覆っている範囲が本文より狭い.丸め型の端数の引き受け手が固定されていることに加えて,形式化はが全点で正であることも仮定に持つ.

二つを合わせる

定理 11.3.7(Sanov の定理). を空でない有限アルファベット,上の全点で正の分布,をその重の積分布とし,上の分布の集合,定義 11.3.1 のとおりとする.上の分布,の文字とし,を端数の引き受け手とするの丸め型(定義 11.3.4)とする.次の二つが成り立つとする.

  1. すべてのに属するどの型についてもである.
  2. 十分大きいすべてのについてである.

このとき,十分大きいは正であり

1𝑛log𝑄𝑛({𝑥X𝑛:ˆ𝑃𝑥E})𝐷(𝑃𝑄)(𝑛)

である(定義 11.1.1 の型,1.6 節の相対エントロピー).

証明.の仮定から 定理 11.3.6 が使えて,十分大きいでこの確率は正であり,その下極限は以上である.

上からの評価には 系 11.3.3ととって当てる.第の仮定がそのについての条件そのものだから,どのについても,あるがあって,でこの確率が正であるかぎり

1𝑛log𝑄𝑛({𝑥:ˆ𝑃𝑥E})𝐷(𝑃𝑄)+𝜀

である.十分大きいでは確率は正なのだから,上極限は以下であり,は任意だから,上極限は以下である.

下極限が以上で,上極限が以下だから,この数列は収束して極限はである.

形式化上の注記. 定理 11.3.7 に対応する宣言は sanov_ldp_equality (InformationTheory/Shannon/Sanov/TendstoSandwich.lean) である.二つの仮定の置き方は本文と同じで,第の仮定が最小化子であること,第の仮定が丸め型が最終的にに入ることに対応する.ただし 定理 11.3.6 と同じ理由で覆っている範囲が本文より狭い.丸め型の端数の引き受け手が固定されており,が全点で正であることも仮定に持つ.

読み方は素直である.経験分布がに落ちる確率の指数は,に属する型のうちにいちばん近いもの一つで決まり,残りの型は指数の水準では何も寄与しない.第の仮定はがその一つであること,すなわちすべてのを通した最小化子であることを求めている.第の仮定は,が型で近づけられる形をしていることを求めている.たとえばが一点だけからなり,その一点がどのでも長さの型でなければ,どのでもは空になり,第の仮定は成り立たない.このとき系列の集合も空で,確率はである.

の仮定を確かめる手筋は決まっている.が凸で,境界から離れた内側の分布が一つとれるなら,最小化子をその分布のほうへ少しだけ寄せればよい.寄せた先も内側にあるから,その丸め型は十分大きいに入り,第の仮定が成り立つ.寄せたぶんの値は上がるが,寄せ幅をに近づければその損は消える.この手筋は 定理 11.6.9 の証明で実際に使う.

数値で見る

例 11.3.8(コインの表が割以上出る確率). とし,を表と読む.で定まる分布,をその重の積分布とし,とする.定義 11.1.1 の型,例 1.1.2 の二値エントロピー関数とし,で定まる分布とすると,次の四つが成り立つ.

  1. に属するどの分布についてもである(1.6 節の相対エントロピー).
  2. であり,その値は約ナットである.
  3. 1𝑛log𝑄𝑛({𝑥 X𝑛 :ˆ𝑃𝑥 E}) (log2 𝐻𝑏(0.7))𝑛 )である.
  4. 端数の引き受け手をととったの丸め型(定義 11.3.4)は,の倍数でないかぎりに属さない.とくに,その選び方では 定理 11.3.7 の第の仮定は成り立たない.

証明.

  1. 補題 11.2.5 より,上のどの分布についてもである.とするとだからであり,だから 補題 9.3.1 の第の主張よりである.だから,から引く向きに直すとを得る.

  2. 補題 11.2.5に当てるとである.𝐻𝑏(0.7) = 0.7log0.7 0.3log0.3 =0.61086だから,差はである.

  3. 定理 11.3.7 の仮定を,端数の引き受け手をととって確かめる.第の仮定は,だから第の主張から従う.第の仮定を見る.丸め型はである.はどちらも非負整数で和はだから,個並べたあとを並べた系列の型はであり,は長さの型である.またよりだからであり,である.よってどのでもで,第の仮定も成り立つ.は全点で正だから 定理 11.3.7 が使えて,第の主張と合わせて結論を得る.

  4. 端数の引き受け手をにとると丸め型はである.は,が互いに素だからの倍数のときに限り整数であり,整数でなければだからで,である.の倍数でないはいくらでも大きくとれるから,「十分大きいすべての」は成り立たない.

と第の主張は,端数の引き受け手の選び方が仮定の成否を左右することを示している.制約が緩む側の文字に端数を押し付ければ丸め型はに入り,きつくなる側に押し付ければ入らない.が後者の例で,より小さい.

指数の値が言っているのは,をとった量がに近づくということであって,有限のでの確率そのものを与えるものではない.公平なコインを投げて表が割以上出るのはめったに起きないが,その「めったに」の速さは,表の割合をに固定した分布が公平なコインからどれだけ隔たっているかだけで決まる.

形式化上の注記. 例 11.3.8 の数値に対応する宣言は無い.形式化には,具体的な分布を入れて Sanov の指数を計算した実例が置かれていない.

本節は,経験分布が指定した集合に落ちる確率を測った.測ったのはから引いた系列についてであり,集合とは関わりなく先に決めておいた.次節はにあたるものを,二つの分布のどちらが真かを当てるという目的から決める.そこでも指数に現れるのは相対エントロピーで,型の方法がそのまま効く.

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