11.4 仮説検定と Stein の補題
手元に長さ𝑛の系列が一つある.それが分布𝑃から出たのか,分布𝑄から出たのかを当てたい.二つの分布はどちらも分かっていて,分からないのはどちらが真かだけである.この形の問題を 仮説検定 と呼ぶ.二つの候補のうち,はじめは正しいものとして置き,捨てるには証拠が要るとみなす側を 帰無仮説,もう一方を 対立仮説 と呼ぶ.どちらを帰無仮説にとるかで二つの分布の扱いは非対称になり,本節は𝑃の側を帰無仮説にとる.前節までの道具はそのまま使える.系列を見て決めるとはX𝑛を二つに分けることであり,どちらの誤りも分けた片方の確率を𝑃𝑛か𝑄𝑛で測ったものだから,分ける側を型類の合併にとれば前節までの評価がそのまま効く.
答え方を決めると,間違え方は二通り出る.真が𝑃なのに𝑄と答える誤りと,真が𝑄なのに𝑃と答える誤りである.𝑃が全点で正であるかぎりどちらも0にはできない(例 11.4.2)ので,一方を一定の水準に抑えたうえで他方を最小にする,という形に問題を立て直す.抑えるほうを固定すると,𝑃と𝑄が違う分布であるかぎり,最小にしたほうは𝑛とともに指数で落ちる.その指数を下から𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)で押さえるのが Stein の補題(Chernoff–Stein の補題とも呼ぶ)の達成可能性で,上から押さえるのがその逆である.本節はこの二つを示す.
相対エントロピーの三つめの読み方がここで出る.1.6 節では「𝑞だと思い込んで符号化したために余計に払う符号長」,前節では「𝑄から見て型𝑃の系列が出にくい度合い」だった.本節では「𝑃と𝑄を見分ける難しさ」になる.𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)が大きいほど二つは見分けやすく,第二種の誤りは速く落ちる.本節の主張がその速さを測る.
本章の残る三つの節は,一本の曲線の三つの場所を測る.第一種の誤りの落ちる速さを横軸に,第二種の誤りの落ちる速さを縦軸にとると,横軸が0の端,すなわち第一種の誤りに指数での減り方を求めない端の高さが,本節で測る指数と同じ値になる.二つの速さが等しくなる点に現れるのが 11.5 節の Chernoff 情報であり,曲線の全体が 11.6 節の誤りの指数のトレードオフ関数である.この絵は 例 11.6.10 で数値になって戻ってくる.
検定と 2 種類の誤り
定義 11.4.1(検定と 2 種類の誤り). Xを空でない有限アルファベット,𝑃,𝑄をX上の分布,𝑃𝑛,𝑄𝑛をそれぞれの𝑛重の積分布とし,𝑛 ≥1とする.部分集合A𝑛 ⊆X𝑛を一つ決め,系列𝑥がA𝑛に属するときに𝑃を,属さないときに𝑄を答えることにする.このA𝑛を 受容域,答え方そのものを 検定 と呼ぶ.検定の 第一種の誤り と 第二種の誤り を
𝛼𝑛(A𝑛):=𝑃𝑛(Ac𝑛),𝛽𝑛(A𝑛):=𝑄𝑛(A𝑛)で定める(Ac𝑛 :=X𝑛 ∖A𝑛).
第一種の誤りは,真の分布が𝑃であるのに𝑄と答えてしまう確率であり,第二種の誤りは,真の分布が𝑄であるのに𝑃と答えてしまう確率である.受容域を広げれば𝑃と答えやすくなるので,第一種の誤りは大きくならず,第二種の誤りは小さくならない.二つはこの向きに引き合う.記号𝛼,𝛽は仮説検定の標準的な書き方で,第3章 3.1 節が二状態のマルコフ情報源の遷移確率に使ったものと字が重なるが,あちらはつねに裸で現れ,本章のものはつねに長さの添字と受容域の引数をとるので見分けられる.
例 11.4.2(極端な二つの検定). Xを空でない有限アルファベット,𝑃,𝑄をX上の分布,𝑛 ≥1とし,𝛼𝑛,𝛽𝑛を 定義 11.4.1 のとおりとすると,次の三つが成り立つ.
- A𝑛 :=X𝑛ととると𝛼𝑛(A𝑛) =0,𝛽𝑛(A𝑛) =1である.
- A𝑛 :=∅ととると𝛼𝑛(A𝑛) =1,𝛽𝑛(A𝑛) =0である.
- 𝑃が全点で正ならば,𝛼𝑛(A𝑛) =0かつ𝛽𝑛(A𝑛) =0となるA𝑛 ⊆X𝑛は無い.
証明.
-
A𝑛 =X𝑛ならAc𝑛 =∅だから𝛼𝑛(A𝑛) =𝑃𝑛(∅) =0であり,𝛽𝑛(A𝑛) =𝑄𝑛(X𝑛) =1である.
-
A𝑛 =∅ならAc𝑛 =X𝑛だから𝛼𝑛(A𝑛) =𝑃𝑛(X𝑛) =1であり,𝛽𝑛(A𝑛) =𝑄𝑛(∅) =0である.
-
𝑃が全点で正であるとする.このときどの𝑥 ∈X𝑛でも𝑃𝑛({𝑥}) =∏𝑖<𝑛𝑃(𝑥𝑖) >0である.したがって𝛼𝑛(A𝑛) =𝑃𝑛(Ac𝑛) =0となるのはAc𝑛 =∅のとき,すなわちA𝑛 =X𝑛のときに限る.そのとき第1の主張より𝛽𝑛(A𝑛) =1であって0ではない.
◼
第3の主張は,𝑃が全点で正であるかぎり,どちらの誤りも0にする検定が無いことを言っている.そこで一方を一定の水準に抑え,もう一方をできるだけ小さくする.抑えるほうを第一種の誤りにとるのが仮説検定の作法であり,𝑃と𝑄の扱いはこの時点で非対称になる.帰無仮説と対立仮説という名前の違いも,この非対称に対応している.
定義 11.4.3(水準𝜀の最良の第二種の誤り). Xを空でない有限アルファベット,𝑃,𝑄をX上の分布,𝑛 ≥1,𝜀 ≥0とし,𝛼𝑛,𝛽𝑛を 定義 11.4.1 のとおりとする.第一種の誤りを𝜀以下に抑える受容域すべてにわたる第二種の誤りの下限を
𝛽∗𝑛(𝜀):=inf{𝛽𝑛(A𝑛):A𝑛⊆X𝑛, 𝛼𝑛(A𝑛)≤𝜀}と書き,水準𝜀の最良の第二種の誤り と呼ぶ.
下限をとる集合は空ではない.例 11.4.2 の第1の主張よりA𝑛 =X𝑛はどの𝜀 ≥0でも条件を満たすからである.水準𝜀を大きくとるほど条件を満たす受容域は増えるので,𝛽∗𝑛(𝜀)は大きくならない.以下では水準を固定したまま𝑛を大きくして,この値がどれだけ速く小さくなるかを測る.
達成可能性
まず下から,すなわち−1𝑛log𝛽∗𝑛(𝜀)を𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)にいくらでも近いところまで押し上げる検定があることを示す.受容域は型の方法で作る.長さ𝑛の型𝑃′ごとに,𝑃′で平均した対数尤度比∑𝑎𝑃′(𝑎)log𝑃(𝑎)𝑄(𝑎)を計算し,それが𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)に近い型の型類だけを集める.型類の中では確率が一定である(命題 11.1.4)ので,この一つの数だけで型類全体の𝑃𝑛と𝑄𝑛の比が決まり,第二種の誤りがそのまま抑えられる.第一種の誤りのほうは,型が真の分布に近い系列の確率が1に近づくこと,すなわち 第2章 定理 2.4.3 から出る.
定理 11.4.4(Stein の補題の達成可能性). Xを空でない有限アルファベット,𝑃,𝑄をX上の全点で正の分布,𝜀 ∈(0,1),𝛿 >0とし,𝛽∗𝑛を 定義 11.4.3 のとおりとする.このとき,どの𝑛 ≥1でも𝛽∗𝑛(𝜀) >0であり,十分大きいすべての𝑛について
−1𝑛log𝛽∗𝑛(𝜀)≥𝐷(𝑃‖𝑄)−𝛿である(𝐷は 1.6 節の相対エントロピー).
証明. まず𝛽∗𝑛(𝜀)が正であることを見る.𝛼𝑛(A𝑛) ≤𝜀を満たす受容域A𝑛をとると,𝜀 <1より𝑃𝑛(A𝑛) =1 −𝛼𝑛(A𝑛) >0だからA𝑛は空でなく,𝑄が全点で正だから𝛽𝑛(A𝑛) =𝑄𝑛(A𝑛) >0である.X𝑛の部分集合は有限個しかないので,定義 11.4.3 の下限は有限個の正の数の最小値であり,正である.
次に受容域を作る.𝑃と𝑄は全点で正だから,どの文字でもlog𝑃(𝑎)𝑄(𝑎)は有限な数である.長さ𝑛の型𝑃′のうち
∣∑𝑎∈X𝑃′(𝑎)log𝑃(𝑎)𝑄(𝑎)−𝐷(𝑃‖𝑄)∣≤𝛿を満たすものを集め,その型類(定義 11.1.1)を合わせたものをA𝑛とする.
第二種の誤りを抑える.𝑥 ∈A𝑛をとり𝑃′ :=ˆ𝑃𝑥とおくと,𝑃′は上の条件を満たす長さ𝑛の型である.命題 11.1.4 を𝑄について,および𝑃について当てると
𝑄𝑛({𝑥})=exp(−𝑛(𝐻(𝑃′)+𝐷(𝑃′‖𝑄))),𝑃𝑛({𝑥})=exp(−𝑛(𝐻(𝑃′)+𝐷(𝑃′‖𝑃)))であり,比をとると𝑄𝑛({𝑥}) =𝑃𝑛({𝑥})exp( −𝑛(𝐷(𝑃′ ‖ 𝑄) −𝐷(𝑃′ ‖ 𝑃)))である.相対エントロピーの定義(1.6 節)から
𝐷(𝑃′‖𝑄)−𝐷(𝑃′‖𝑃)=∑𝑎𝑃′(𝑎)log𝑃′(𝑎)𝑄(𝑎)−∑𝑎𝑃′(𝑎)log𝑃′(𝑎)𝑃(𝑎)=∑𝑎𝑃′(𝑎)log𝑃(𝑎)𝑄(𝑎)である(𝑃′(𝑎) =0の文字では三つの項がすべて0である).A𝑛の定め方よりこの値は𝐷(𝑃 ‖ 𝑄) −𝛿以上だから,𝑄𝑛({𝑥}) ≤𝑃𝑛({𝑥}) 𝑒−𝑛(𝐷(𝑃‖𝑄)−𝛿)である.これを𝑥 ∈A𝑛について足し合わせ,𝑃𝑛(A𝑛) ≤1を使うと
𝛽𝑛(A𝑛)=𝑄𝑛(A𝑛)≤𝑒−𝑛(𝐷(𝑃‖𝑄)−𝛿)を得る.
第一種の誤りを抑える.正の実数𝛿′を一つとり,第2章の情報源の分布を𝑃として,幅𝛿′の強典型集合𝐴∗(𝑛)𝛿′(定義 2.4.1)を考える(𝑃は全点で正だから,2.4 節の設定を満たす).𝑥 ∈𝐴∗(𝑛)𝛿′ならどの文字でも|ˆ𝑃𝑥(𝑎) −𝑃(𝑎)| ≤𝛿′であり,𝐷(𝑃 ‖ 𝑄) =∑𝑎𝑃(𝑎)log𝑃(𝑎)𝑄(𝑎)だから,三角不等式より
∣∑𝑎ˆ𝑃𝑥(𝑎)log𝑃(𝑎)𝑄(𝑎)−𝐷(𝑃‖𝑄)∣=∣∑𝑎(ˆ𝑃𝑥(𝑎)−𝑃(𝑎))log𝑃(𝑎)𝑄(𝑎)∣≤𝛿′∑𝑎∣log𝑃(𝑎)𝑄(𝑎)∣である.右端は𝛿′に比例し,和は𝑃と𝑄だけで決まる有限の数だから,𝛿′を小さくとれば右端を𝛿以下にできる.そのような𝛿′を一つ選んでおく.すると𝑥 ∈𝐴∗(𝑛)𝛿′の型ˆ𝑃𝑥はA𝑛を定める条件を満たすので𝑥 ∈T𝑛(ˆ𝑃𝑥) ⊆A𝑛であり,𝐴∗(𝑛)𝛿′ ⊆A𝑛である.第2章 定理 2.4.3 より𝑃𝑛(𝐴∗(𝑛)𝛿′) →1だから
𝛼𝑛(A𝑛)=𝑃𝑛(Ac𝑛)≤𝑃𝑛((𝐴∗(𝑛)𝛿′)c)⟶0であり,十分大きい𝑛で𝛼𝑛(A𝑛) ≤𝜀である.
その𝑛についてはA𝑛が 定義 11.4.3 の下限をとる範囲に入るから
𝛽∗𝑛(𝜀)≤𝛽𝑛(A𝑛)≤𝑒−𝑛(𝐷(𝑃‖𝑄)−𝛿)である.𝛽∗𝑛(𝜀)は正だから対数がとれ,logは単調だからlog𝛽∗𝑛(𝜀) ≤ −𝑛(𝐷(𝑃 ‖ 𝑄) −𝛿)であり,両辺を−𝑛で割れば主張を得る.◼
右辺に𝜀が現れないことに注意しておく.水準を0より大きい範囲でどれだけ厳しくとっても,−1𝑛log𝛽∗𝑛(𝜀)は𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)にいくらでも近いところまで下から押さえられる,というのが 定理 11.4.4 である.水準𝜀が効くのは,この不等式が成り立ちはじめる𝑛の大きさのほうである.𝜀が指数そのものに効かないのは,第二種の誤りを抑える段で𝜀を一度も使っていないからである.
逆
達成可能性は,指数𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)に届く検定があることを言った.逆は,どの検定もそれを大きくは超えられないことを言う.道具は 定理 1.8.1,すなわち像測度をとると相対エントロピーは増えない,である.受容域に入るかどうかだけを見る写像でX𝑛を二点に潰すと,二点の上の相対エントロピーが𝐷(𝑃𝑛 ‖ 𝑄𝑛)以下になる.右辺を先に計算しておく.
補題 11.4.5. Xを空でない有限アルファベット,𝑃,𝑄をX上の全点で正の分布,𝑃𝑛,𝑄𝑛をそれぞれの𝑛重の積分布とし,𝑛 ≥1とすると
𝐷(𝑃𝑛∥𝑄𝑛)=𝑛𝐷(𝑃‖𝑄)である(𝐷は 1.6 節の相対エントロピー).
証明. 𝑃と𝑄は全点で正だから,どの𝑥 ∈X𝑛でも𝑃𝑛({𝑥}) =∏𝑖<𝑛𝑃(𝑥𝑖)と𝑄𝑛({𝑥})は正で,どの対数も有限な数である.積の対数は和だから,相対エントロピーの定義(1.6 節)より
𝐷(𝑃𝑛∥𝑄𝑛)=∑𝑥∈X𝑛𝑃𝑛({𝑥})𝑛−1∑𝑖=0log𝑃(𝑥𝑖)𝑄(𝑥𝑖)=𝑛−1∑𝑖=0 ∑𝑥∈X𝑛𝑃𝑛({𝑥})log𝑃(𝑥𝑖)𝑄(𝑥𝑖)である(有限個の項の和なので順序を入れ替えてよい).𝑖を一つ固定し,内側の和を𝑥𝑖の値で分類する.𝑥𝑖 =𝑎を満たす𝑥にわたる𝑃𝑛({𝑥})の和は,𝑃(𝑎)に残りの座標についての和∏𝑗≠𝑖∑𝑏𝑃(𝑏) =1を掛けたもの,すなわち𝑃(𝑎)である.よって内側の和は
∑𝑎∈X𝑃(𝑎)log𝑃(𝑎)𝑄(𝑎)=𝐷(𝑃‖𝑄)に等しい.これが𝑖に依らないので,𝑖について足すと𝑛 𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)になる.◻
定理 11.4.6(Stein の補題の逆). Xを空でない有限アルファベット,𝑃,𝑄をX上の全点で正の分布,𝜀 ∈(0,1),𝑛 ≥1とし,𝛽∗𝑛を 定義 11.4.3 のとおりとする.𝛽∗𝑛(𝜀)は正であり(定理 11.4.4),
−1𝑛log𝛽∗𝑛(𝜀)≤𝐷(𝑃‖𝑄)1−𝜀+log2𝑛(1−𝜀)である(𝐷は 1.6 節の相対エントロピー).
証明. まず,𝛼𝑛(A𝑛) ≤𝜀を満たす受容域A𝑛 ⊆X𝑛を一つ固定し,𝛽𝑛(A𝑛)について同じ形の不等式を示す.
A𝑛 =X𝑛のときは𝛽𝑛(A𝑛) =1で−1𝑛log𝛽𝑛(A𝑛) =0であり,右辺は 定理 1.6.1 より非負だから不等式は成り立つ.以下A𝑛 ≠X𝑛とする.𝛼𝑛(A𝑛) ≤𝜀 <1より𝑃𝑛(A𝑛) =1 −𝛼𝑛(A𝑛) >0だからA𝑛は空でなく,𝑄が全点で正だから𝑄𝑛(A𝑛)と𝑄𝑛(Ac𝑛)はどちらも正である.
受容域に入るかどうかだけを見る写像𝑓 :X𝑛 →{0,1}を,𝑥 ∈A𝑛のとき𝑓(𝑥) :=1,そうでないとき𝑓(𝑥) :=0で定める.像測度(定理 1.8.1)は{0,1}上の分布で,𝑓∗𝑃𝑛は1に𝑃𝑛(A𝑛),0に𝑃𝑛(Ac𝑛)を与え,𝑓∗𝑄𝑛は1に𝑄𝑛(A𝑛),0に𝑄𝑛(Ac𝑛)を与える.定理 1.8.1 と 補題 11.4.5 より
𝑃𝑛(A𝑛)log𝑃𝑛(A𝑛)𝑄𝑛(A𝑛)+𝑃𝑛(Ac𝑛)log𝑃𝑛(Ac𝑛)𝑄𝑛(Ac𝑛)=𝐷(𝑓∗𝑃𝑛∥𝑓∗𝑄𝑛)≤𝐷(𝑃𝑛∥𝑄𝑛)=𝑛𝐷(𝑃‖𝑄)である.
左辺を下から抑える.𝑄𝑛(Ac𝑛) ≤1だから第2項は𝑃𝑛(Ac𝑛)log𝑃𝑛(Ac𝑛)以上であり,第1項は𝑃𝑛(A𝑛)log𝑃𝑛(A𝑛) −𝑃𝑛(A𝑛)log𝑄𝑛(A𝑛)に等しい.𝑃𝑛(Ac𝑛) =1 −𝑃𝑛(A𝑛)だから,二つを合わせると左辺は
−𝐻𝑏(𝑃𝑛(A𝑛))−𝑃𝑛(A𝑛)log𝑄𝑛(A𝑛)以上である(𝐻𝑏は 例 1.1.2 の二値エントロピー関数).𝐻𝑏の値は2点の上の分布のエントロピーだから 定理 1.1.5 よりlog2以下であり,よって
−𝑃𝑛(A𝑛)log𝑄𝑛(A𝑛)≤𝑛𝐷(𝑃‖𝑄)+log2である.
𝑄𝑛(A𝑛) ≤1より−log𝑄𝑛(A𝑛) ≥0であり,𝑃𝑛(A𝑛) =1 −𝛼𝑛(A𝑛) ≥1 −𝜀 >0だから
(1−𝜀)(−log𝑄𝑛(A𝑛))≤−𝑃𝑛(A𝑛)log𝑄𝑛(A𝑛)≤𝑛𝐷(𝑃‖𝑄)+log2である.両辺を𝑛(1 −𝜀)で割ると,𝛽𝑛(A𝑛) =𝑄𝑛(A𝑛)だから
−1𝑛log𝛽𝑛(A𝑛)≤𝐷(𝑃‖𝑄)1−𝜀+log2𝑛(1−𝜀)を得る.
最後に𝛽∗𝑛(𝜀)に移る.X𝑛の部分集合は有限個しかないから,定義 11.4.3 の下限は最小値であり,𝛼𝑛(A𝑛) ≤𝜀を満たすあるA𝑛で𝛽𝑛(A𝑛) =𝛽∗𝑛(𝜀)となる.そのA𝑛に上で示したことを当てればよい.◼
上界には因子11−𝜀が残っている.出どころは,第一種の誤りを𝜀まで許したために,−log𝑄𝑛(A𝑛)に掛かる重み𝑃𝑛(A𝑛)が1から1 −𝜀まで下がりうることである.水準を緩めるほどこの因子は大きくなり,上界は𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)から離れる.達成可能性の側(定理 11.4.4)が𝜀に依らなかったのと対照的である.
系 11.4.7(水準𝜀での指数の挟み込み). Xを空でない有限アルファベット,𝑃,𝑄をX上の全点で正の分布,𝜀 ∈(0,1)とし,𝛽∗𝑛を 定義 11.4.3 のとおりとすると
𝐷(𝑃‖𝑄)≤lim inf𝑛→∞(−1𝑛log𝛽∗𝑛(𝜀))≤lim sup𝑛→∞(−1𝑛log𝛽∗𝑛(𝜀))≤𝐷(𝑃‖𝑄)1−𝜀である(𝐷は 1.6 節の相対エントロピー).
証明. 定理 11.4.4 より,どの𝛿 >0についても,十分大きいすべての𝑛で−1𝑛log𝛽∗𝑛(𝜀) ≥𝐷(𝑃 ‖ 𝑄) −𝛿である.よって下極限は𝐷(𝑃 ‖ 𝑄) −𝛿以上であり,𝛿 >0は任意だから𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)以上である.
定理 11.4.6 より,どの𝑛 ≥1についても−1𝑛log𝛽∗𝑛(𝜀) ≤𝐷(𝑃‖𝑄)1−𝜀 +log2𝑛(1−𝜀)である.第2項は𝑛 →∞で0に収束するから,上極限は𝐷(𝑃‖𝑄)1−𝜀以下である.下極限が上極限以下であることと合わせて,三つの不等式を得る.◼
本書が示したのは,水準𝜀を固定したときのこの挟み込みまでである.上端が𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)に一致すること,すなわち Stein の補題の通常の述べ方は示していない.そこまで詰めるには,第一種の誤りを𝜀まで許したままの検定についても,第二種の誤りの指数が𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)を超えないことを示す必要がある.本書がとったのはデータ処理不等式の経路で,定理 11.4.6 の証明が−log𝑄𝑛(A𝑛)に掛かる重みを1 −𝜀で下から抑えるところで因子が入るから,この経路のままでは因子は消えない.𝜀を0に近づけると右端は𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)に近づくので,水準を厳しくとるほど上下の隔たりは狭くなる.
数値で見る
例 11.4.8(二値の Stein の指数の数値). X ={0,1}とし,𝑃を𝑃(0) =0.1,𝑃(1) =0.9で定まる分布,𝑄を𝑄(0) =𝑄(1) =1/2で定まる分布,𝜀 :=0.05とする.𝑃𝑛,𝑄𝑛をそれぞれの𝑛重の積分布,ˆ𝑃𝑥を 定義 11.1.1 の型,𝛼𝑛,𝛽𝑛を 定義 11.4.1 のとおり,𝛽∗𝑛を 定義 11.4.3 のとおりとすると,次の四つが成り立つ.
- 𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)の値は約0.3681ナットである.
- 𝐷(𝑃 ‖ 𝑄) ≤lim inf𝑛( −1𝑛log𝛽∗𝑛(0.05)) ≤lim sup𝑛( −1𝑛log𝛽∗𝑛(0.05)) ≤𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)/0.95であり,右端の値は約0.3874である.
- 𝑛 =100のときの 定理 11.4.6 の右辺の値は約0.3947である.
- A100 :={ 𝑥 ∈X100 : |100ˆ𝑃𝑥(0) −10| ≤6 }ととると,𝛼100(A100)の値は約0.0284で0.05以下であり,𝛽100(A100) =2−100∑16𝑘=4(100𝑘)で,その値は約1.30 ×10−12である.とくに−1100log𝛽∗100(0.05) ≥0.2736である.
証明.
-
補題 11.2.5 より𝐷(𝑃 ‖ 𝑄) =log2 −𝐻𝑏(𝑃(0)) =log2 −𝐻𝑏(0.1)である(𝐻𝑏は 例 1.1.2 の二値エントロピー関数).𝐻𝑏(0.1) =0.32508…,log2 =0.69314…だから,値は0.36806…である.
-
𝑃と𝑄はどちらも全点で正で0.05 ∈(0,1)だから,系 11.4.7 を𝜀 :=0.05ととって当てると挟み込みを得る.右端の値は第1の主張より0.36806…/0.95 =0.38743…である.
-
定理 11.4.6 の右辺は𝐷(𝑃‖𝑄)0.95 +log2100×0.95 =0.38743… +0.00729… =0.39473…である.
-
このA100は,定理 11.4.4 の証明が𝛿 :=0.14ととって作る受容域にほかならない.実際,長さ100の型𝑃′について𝑃′(0) =𝑘/100と書くと,相対エントロピーの定義(1.6 節)とlog0.2 −log1.8 =log19 = −log9から
∑𝑎𝑃′(𝑎)log𝑃(𝑎)𝑄(𝑎)−𝐷(𝑃‖𝑄)=(𝑘100−0.1)(log0.2−log1.8)=log9100(10−𝑘)であり,log9 =2.19722…だから,この絶対値が0.14以下であることは|𝑘 −10| ≤100 ×0.14/log9 =6.371…と同値で,𝑘は整数だからこれは|𝑘 −10| ≤6と同値である.系列𝑥に含まれる0の個数を𝑘(𝑥)と書くとˆ𝑃𝑥(0) =𝑘(𝑥)/100だから,A100は4 ≤𝑘(𝑥) ≤16を満たす系列の全体である.0の個数が𝑘である長さ100の系列は,100個の位置から0を置く𝑘個を選ぶ選び方の数だけあるので(100𝑘)個であり,そのどれについても𝑃100({𝑥}) =0.1𝑘 0.9100−𝑘,𝑄100({𝑥}) =2−100である.よって
𝛼100(A100)=3∑𝑘=0(100𝑘)0.1𝑘0.9100−𝑘+100∑𝑘=17(100𝑘)0.1𝑘0.9100−𝑘,𝛽100(A100)=2−10016∑𝑘=4(100𝑘)であり,どちらも有限個の項の和で,計算すると前者は0.02843…,後者は1.30296… ×10−12である.前者は0.05以下だからA100は 定義 11.4.3 の下限をとる範囲に入り,𝛽∗100(0.05) ≤𝛽100(A100)である.𝛽∗100(0.05)は 定理 11.4.4 より正で,logは単調だから,対数をとって−100で割ると−1100log𝛽∗100(0.05) ≥0.27366…を得る.◼
この𝑃は 例 11.2.6 と同じ偏ったコインである.系 11.4.7 が指数に与える上下の隔たりは0.02ほどで,水準𝜀を0.05より緩めるとこの隔たりは広がる.有限の𝑛での上界(第3の主張)が極限の上界より大きいのは 定理 11.4.6 の第2項のぶんで,𝑛を大きくすればその差は0に向かう.第4の主張は,型で切った検定を一つ実際に作って𝑛 =100での値を出したものである.0の個数が10の前後6以内という受容域だけで,第一種の誤りは0.05を下回り,第二種の誤りは10−12の桁まで落ちる.そこから−1100log𝛽∗100(0.05) ≥0.2736が出て,第3の主張の上界0.3947と挟むと,𝑛 =100での指数はこの二つの数のあいだにある.幅が広いのは,𝛿を0.14ととったぶん受容域を広めに作ったからで,𝛿を小さくとって𝑛を大きくすれば下からの評価は𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)に近づく(定理 11.4.4).
本節は第一種の誤りを水準で抑え,第二種の誤りだけを小さくした.二つの誤りを同時に小さくしたいときには,どちらか一方を優先する理由がなくなり,指数も𝐷(𝑃 ‖ 𝑄)ではない別の量になる.それを次節で扱う.
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