8.4 達成可能性
系 8.3.6 は,どんな符号の族を設計しても達成レートが12log(1 +𝑃/𝑁)を超えられないことを示した.残るのは逆向きで,それ未満のレートなら実際に符号が作れるか,という問いである.第6章 6.3 節で離散の通信路について答えたのと同じ問いで,答えも同じく肯定である.
本節はまず,なぜ12log(1 +𝑃/𝑁)という数がここに現れるのかを,符号語をℝ𝑛の点として置く幾何の言葉で見る.そのうえで達成可能性を借用として置き,逆定理と突き合わせて本章の主定理に至る.第6章が達成可能性を先に置いて逆定理を後にしたのに対し,本章が順序を入れ替えたのは,借りるほうを後ろに回して,証明を載せる側だけで章が積み上がるようにするためである.
球で詰める
長さ𝑛,電力𝑃のブロック通信路符号(定義 8.3.1)をとり,そのメッセージ数を𝑀とする.符号語𝑐(𝑚)はℝ𝑛の点である.電力制約は∑𝑖(𝑐(𝑚)𝑖)2 ≤𝑛𝑃,すなわち原点からの距離が√𝑛𝑃以下ということで,符号語は半径√𝑛𝑃の球の中に置かれる.雑音と出力の側は,2乗和の平均で測る.8.1 節の雑音𝑍 =𝑌 −𝑋を各時刻に並べた𝑍𝑛は,7.2 節で借りたガウス分布の基本性質より成分ごとに平均0,分散𝑁をもつので,𝔼[∑𝑖𝑍2𝑖] =𝑛𝑁である.出力のほうは,𝑀個のメッセージから一様に選んで送ったときの出力𝑌𝑛で測る.これは補題 8.3.3 のガウス分布の混合を𝑎𝑚 :=𝑐(𝑚),𝑘 :=𝑛ととったものを密度にもつから,同じ補題より𝔼[𝑌2𝑖] =𝑁 +1𝑀∑𝑚(𝑐(𝑚)𝑖)2であり,𝑖について足して電力制約∑𝑖(𝑐(𝑚)𝑖)2 ≤𝑛𝑃を当てると𝔼[∑𝑖𝑌2𝑖] ≤𝑛(𝑃 +𝑁)である.こちらは等号ではなく不等号で,符号語が電力を使い切らなければ左辺は小さくなる.
ここから先は見当である.2乗和は𝑛個の独立な項の和なので,𝑛が大きければ平均のまわりに集まるだろう,と読む.この種の集まり方を呼ぶ名前が大数の法則で,第2章 2.1 節が借りたのもその一つの形である.そう読めば,受け取る点は送った符号語から距離√𝑛𝑁ほどのところに落ち,どの符号語を送った場合も半径√𝑛(𝑃+𝑁)の球の中に収まる.
そこで,半径√𝑛(𝑃+𝑁)の球の中に,半径√𝑛𝑁の球をいくつ重なりなく詰められるかを勘定する.詰められる個数だけメッセージを用意すれば,受け取った点がどの雑音球に入ったかで送った符号語が言い当てられる,という見当である.個数の見当は体積の比で与えられる.
命題 8.4.1(球の体積の比). 𝑛 ≥1とし,𝑟 >0に対し
𝐵𝑛(𝑟):={𝑦∈ℝ𝑛:∑𝑛−1𝑖=0𝑦2𝑖≤𝑟2}とおき,定数関数1の𝐵𝑛(𝑟)の上での積分をvol 𝐵𝑛(𝑟)と書く.このとき0 <vol 𝐵𝑛(𝑟) <∞であり,𝑟′ >0について
vol𝐵𝑛(𝑟)vol𝐵𝑛(𝑟′)=(𝑟𝑟′)𝑛である.とくに𝑁 >0と𝑃 ≥0について𝑟 :=√𝑛(𝑃+𝑁),𝑟′ :=√𝑛𝑁ととると,この比は2𝑛2log(1+𝑃/𝑁)に等しい.
証明. vol 𝐵𝑛(1)が有限で正であることを見る.|𝑦𝑖| ≤1/√𝑛がすべての𝑖で成り立てば∑𝑖𝑦2𝑖 ≤1だから,𝐵𝑛(1)は一辺2/√𝑛の立方体を含む.また𝑦 ∈𝐵𝑛(1)なら各|𝑦𝑖| ≤1だから,𝐵𝑛(1)は一辺2の立方体に含まれる.一辺𝑎の立方体の上での定数関数1の積分は,8.1 節で借りた累次積分を成分ごとに繰り返せば𝑎𝑛である.したがって 7.1 節で既知とした非負な関数についての積分の単調性より(2/√𝑛)𝑛 ≤vol 𝐵𝑛(1) ≤2𝑛であり,左辺は正,右辺は有限である.
半径による変化を見る.7.3 節で借りた置換積分を,各成分の拡大率を𝑟,平行移動を0にとった置き換え𝑦𝑖 =𝑥𝑖/𝑟で使う.𝐵𝑛(𝑟)の各点をこの置き換えで送った集合は𝐵𝑛(1)であり,𝑑𝑥 =𝑟𝑛 𝑑𝑦だからvol 𝐵𝑛(𝑟) =𝑟𝑛 vol 𝐵𝑛(1)である.よって𝑟と𝑟′についての比は(𝑟/𝑟′)𝑛である.
最後の主張を確かめる.𝑟/𝑟′ =√(𝑃+𝑁)/𝑁 =(1 +𝑃/𝑁)1/2だから比は(1 +𝑃/𝑁)𝑛/2であり,底を2にとった対数について2log𝑢 =𝑢(𝑢 >0)だから,これは2𝑛2log(1+𝑃/𝑁)に等しい.◼
命題 8.4.1 の指数に現れた12log(1 +𝑃/𝑁)が,8.2 節で計算した容量にほかならない.雑音球の詰め込みという幾何の勘定と,微分エントロピーの最大化という 8.2 節の勘定が,同じ数に着いている.偶然ではない.どちらも「出力の散らばりの広さを雑音の散らばりの広さで割る」という同じ量を測っていて,前者は体積で,後者は2ℎという実効的な幅(7.1 節)で測っているだけである.
命題 8.4.1 は体積の比についての主張であって,メッセージがその個数だけ区別できることを示してはいない.雑音の2乗和が正確に𝑛𝑁になるわけではないし,球を重なりなく詰める配置が実際に作れるかどうかも別の問題である.次に借りる主張は,この見当が正しい答えを与えていることを言うものだが,その根拠はこの勘定とは別の道をたどる.
達成可能性
記号を一つ引いておく.実数𝑡に対する天井関数⌈𝑡⌉,すなわち𝑡以上の最小の整数と,その性質𝑡 ≤⌈𝑡⌉ <𝑡 +1は,第4章 4.4 節で既知としたとおりに本節でも使う.
道具を一つ借りる.ガウス通信路の達成可能性,すなわち「レートが12log(1 +𝑃/𝑁)を下回っているかぎり,誤り確率をいくらでも小さくできる符号がある」という主張である.使う形を書いておく.
𝑁 >0,𝑃 >0とし,0 <𝑅 <12log(1 +𝑃/𝑁)と𝜁 >0をとる.このとき,十分大きいすべての𝑛について,メッセージ数𝑀 ≥⌈2𝑛𝑅⌉の長さ𝑛,電力𝑃のブロック通信路符号(定義 8.3.1)で,最大誤り確率が𝑃𝑒,max <𝜁を満たすものが存在する.
当てる対象は定義 8.3.1 のブロック通信路符号だけで,依存するのは系 8.4.2 の証明だけである.
借りたままにするので,中で何が起きているかの筋書きだけ書いておく.符号語は設計するのではなく,くじで引く.1本の符号語の各成分を独立にN(0,𝑃)から引き,それを𝑀本ぶん独立に繰り返す.引く分布をガウス分布にとるのは 8.2 節と同じ理由で,出力の微分エントロピーを最大にする入力がそれだからである.復号は,受け取った𝑦𝑛に対して,𝑦𝑛と𝑐(𝑚)の差の2乗和がおよそ𝑛𝑁で,かつ𝑦𝑛の2乗和がおよそ𝑛(𝑃 +𝑁)である,という条件を満たす符号語𝑐(𝑚)を探す.そういう符号語がちょうど1本あればそれを答え,0本のときと2本以上のときは誤りとする.この条件が,第6章 6.2 節の結合典型集合にあたるものである.前半は受け取った点が𝑐(𝑚)を中心とする半径√𝑛𝑁ほどの球に入っていること,後半は原点を中心とする半径√𝑛(𝑃+𝑁)ほどの球に入っていることを言っているので,命題 8.4.1 が体積をくらべた二つの球が,そのまま復号の規則になっている.送った符号語がこの条件を満たさないことは,𝑛を大きくすれば起こりにくい.いっぽう無関係な符号語がたまたまこの条件を満たす確率は,第6章 6.2 節の勘定を系列の個数から体積に置き換えて測ることになり,命題 8.4.1 の体積の比の逆数,すなわち2−𝑛2log(1+𝑃/𝑁)ほどになる.これを𝑀 −1本ぶん足すと2𝑛𝑅倍されるので,𝑅が12log(1 +𝑃/𝑁)を下回っているかぎり和は0に向かう.レートの限界がここにそのまま現れる.
本書はこの主張を証明しない.第6章 6.3 節のランダム符号化をそのまま連続版にすればよいのだが,そのために二つの部品を連続版に取り替える必要がある.一つは結合典型集合の勘定で,第6章では系列の個数を数えた(定理 6.2.5)ところを,ℝ𝑛の部分集合の体積で測ることになる.もう一つは電力制約の始末である.入力分布から独立に引いた符号語が∑𝑖(𝑐(𝑚)𝑖)2 ≤𝑛𝑃を満たすとはかぎらないので,破っている符号語を捨てる段が要る.捨てる操作そのものは補題 6.3.6 と同じ形だが,捨てる基準が誤り確率ではなく電力になるので,捨てられる符号語が少ないことを別に示すことになる.どちらも第2章・第6章の道具の連続版で,本書はそれを用意していない.「本書で証明しない」ことと「形式化されていない」ことは別である.本節が借りた主張は,本書が証明を載せないだけで,無条件の機械検証済みの定理として形式化されている.
ガウス通信路の符号化定理
達成可能性と逆定理がそろったので,本章の主定理を述べる.第6章 定理 6.4.9 と同じ形の合わせ方である.
系 8.4.2(ガウス通信路の符号化定理). 𝑁 >0,𝑃 >0とする.このとき定義 8.3.2 の達成レートの集合R(𝑃,𝑁)は空でなく
supR(𝑃,𝑁)=12log(1+𝑃𝑁)=𝐶(𝑃,𝑁)である.
証明. R(𝑃,𝑁)は空でない. 各𝑛でメッセージ数1の符号をとる.符号語は𝑐(1) :=0 ∈ℝ𝑛の1本で,これは電力制約0 ≤𝑛𝑃を満たす.復号器はつねに1を返すものとし,誤りの事象は空だから最大誤り確率は0である.レートの列は𝑅𝑛 =0で上に有界だから,この族は定義 8.3.2 の意味で達成可能で,その達成レートは0である.
supR(𝑃,𝑁) ≤12log(1 +𝑃/𝑁). 系 8.3.6 よりR(𝑃,𝑁)のどの元も12log(1 +𝑃/𝑁)以下だから,これは上界である.上限は上界のうち最小のものだから,不等式が従う.
12log(1 +𝑃/𝑁) ≤supR(𝑃,𝑁). 0 <𝑅 <12log(1 +𝑃/𝑁)を満たす実数𝑅を任意にとり,𝑅 ∈R(𝑃,𝑁)を示す.手順は第6章 系 6.3.8 の証明と同じ三段で,そこで定理 6.3.7 が果たした役は,本節で借りたガウス通信路の達成可能性が果たす.
長さごとの符号を1本の族に貼り合わせる.各𝑘 ≥1について,借りたガウス通信路の達成可能性を目標の誤り確率1/𝑘に対して使い,そこで得られる長さの下限を𝑛𝑘と書く.𝑛′𝑘 :=max(𝑛1,…,𝑛𝑘,𝑘)とおけば(𝑛′𝑘)は広義単調増加で𝑛′𝑘 ≥𝑘だから𝑛′𝑘 →∞であり,𝑛 ≥𝑛′1のとき{ 𝑘 :𝑛′𝑘 ≤𝑛 }は空でない有限集合になる.その最大値を𝑘(𝑛)と書くと𝑛 ≥𝑛′𝑘(𝑛) ≥𝑛𝑘(𝑛)だから,長さ𝑛について,メッセージ数が⌈2𝑛𝑅⌉以上で最大誤り確率が1/𝑘(𝑛)未満の符号がとれる.𝑛 <𝑛′1の有限個の長さには,上で作ったメッセージ数1の符号をとる.
メッセージ数をちょうどに削る.𝑛 ≥𝑛′1でとった符号のメッセージ数は⌈2𝑛𝑅⌉以上でしかないので,レートの列をそろえるために削る.残すメッセージを⌈2𝑛𝑅⌉個だけ選び,それを𝑚1,…,𝑚⌈2𝑛𝑅⌉として,新しい番号1,…,⌈2𝑛𝑅⌉に付け替える.以下,𝑛 ≥𝑛′1では𝑀𝑛 :=⌈2𝑛𝑅⌉,𝑛 <𝑛′1では𝑀𝑛 :=1とする.
削ったあとの符号が定義 8.3.1 の符号になっていることを確かめる.この確認だけは,誤り確率が積分で定まるガウス通信路に固有である.メッセージを削っても符号語は元のままだから,電力制約はそのまま保たれる.復号器は元のものを使い,捨てたメッセージを指したときは1を返すことにする.新しい番号𝑗 ≠1に対する誤りの事象は元の番号𝑚𝑗の誤りの事象と同じ集合なので,そこでどの符号語に対応する密度も積分できることは,定義 8.3.1 からそのまま引き継がれる.新しい番号1に対する誤りの事象は,捨てなかった番号𝑗 ≠1にわたる{𝑦𝑛 :𝑑(𝑦𝑛) =𝑚𝑗}の互いに素な和である.各項の上での積分は,全積分1から{𝑦𝑛 :𝑑(𝑦𝑛) ≠𝑚𝑗}の上での積分を引いたものとして,どの符号語に対応する密度についても定まる.よって 8.3 節で既知とした,積分できる集合どうしの有限個の和と差についての扱いにより,誤りの事象の上でも密度は積分できる.しかもこの集合は元の番号𝑚1の誤りの事象に含まれるから,最大誤り確率は増えない.
誤り確率とレートの極限をとる.𝜁 >0をとり,1/𝑘 <𝜁となる𝑘を選ぶと,𝑛 ≥𝑛′𝑘では𝑘(𝑛) ≥𝑘だから最大誤り確率は1/𝑘未満であり,𝜁未満である.よって𝑃(𝑛)𝑒,max →0である.レートのほうは,𝑅 >0と𝑛 ≥1より2𝑛𝑅 ≥1だから,天井関数の性質𝑡 ≤⌈𝑡⌉ <𝑡 +1より2𝑛𝑅 ≤⌈2𝑛𝑅⌉ <2𝑛𝑅 +1 ≤2 ⋅2𝑛𝑅である.補題 8.2.5 よりlogは単調だから,対数をとって𝑛で割ると𝑛 ≥𝑛′1について𝑅 ≤𝑅𝑛 <𝑅 +1/𝑛を得る.とくにレートの列は上に有界で,𝑛 →∞で𝑅に収束する.残る有限個の𝑛では𝑅𝑛 =0だから,上に有界であることも下極限の値も変わらない.よってこの族は定義 8.3.2 の意味で達成可能で,その達成レートは𝑅である.
𝑅は12log(1 +𝑃/𝑁)未満の任意の正数だったからsupR(𝑃,𝑁) ≥12log(1 +𝑃/𝑁)である.二つを合わせて等号を得る.最後の等号は定理 8.2.4 による.◼
系 8.4.2 によって,8.2 節で最大化問題の値として定めた𝐶(𝑃,𝑁)が,1回の使用あたりに運べるビット数という操作的な意味をもつ.第6章 定理 6.4.9 のときと同じで,上限が達成されるかどうかは言っていない.𝑅 =𝐶(𝑃,𝑁)ちょうどのレートで最大誤り確率が0に収束する符号族があるかは,ここでは問わない.
符号語の本数で見る. 𝑃/𝑁 =1とすると𝐶(𝑃,𝑁) =0.5ビットである.ここで𝑅 =0.4,𝑛 =100とすれば,符号語は240本(およそ1.1 ×1012本),どれもℝ100の点で,原点からの距離は√100𝑃 =10√𝑃以下である.命題 8.4.1 の勘定でいえば,半径10√2𝑃の球の中に半径10√𝑃の雑音球を250個ほど詰める配置にあたり,240本はそれよりだいぶ余裕をとった本数になっている.その余裕が,雑音の2乗和が𝑛𝑁ちょうどにはならないぶんを吸収する.
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