7.2 ガウス分布の微分エントロピー
例 7.1.3 と例 7.1.4 は,どちらも分布を先に決めて微分エントロピーを計算するものだった.本節が扱うのはその逆向きの問いである.散らばりの大きさをある値に固定したとき,微分エントロピーをいちばん大きくする分布は何か.離散のときの答えは一様分布だった(定理 1.1.5).そこで散らばりを抑えていたのはアルファベットの大きさ|X|だが,実軸の上ではその役目を果たすものがない.実軸の全体で一定の値をとる関数は,積分が1にならないので定義 7.1.1 の密度になりえないからである.代わりに分散を固定すると,ガウス分布がその最大を与える.何を固定するかは一通りではない.本節が分散を選ぶのは,ガウス通信路の章で扱う,送る信号の電力に制約のかかる通信路のためである.そこで置く制約は送る信号の2乗の平均を抑えるもので,平均が0の信号では,それが分散を抑えることと同じになる.
本節は,ガウス分布の微分エントロピーが12log(2𝜋𝑒𝜎2)であることを示し,続いて分散を固定した分布のうちでこれが最大であることを示す.二つめの証明の要は,比べる相手の密度を一つ持ち出して上から抑える,という形の補題である.この補題は 7.4 節と 7.5 節でも同じ形で使う.
借りる道具は二つある.一つめは学部の確率で扱う ガウス分布の基本性質,すなわち「定義 7.2.1 の関数は実軸の上での積分が1であり,それを密度とする確率変数の平均は𝜇,分散は𝜎2である」ことである.当てる対象は定義 7.2.1 のガウス分布だけで,依存するのは定理 7.2.2 の証明,定理 7.2.4 の証明,系 7.2.5 の証明,7.5 節の例 7.5.8 の証明,および第8章の命題 8.1.4・定理 8.2.2・系 8.2.3・補題 8.3.3 の証明と,8.2 節が定義 8.2.1 の直後で上限をとる範囲が空でないことを確かめる箇所,8.4 節が球の勘定のために雑音の2乗和の平均を求める箇所,同じ性質を 9.4 節が確率変数の言葉で借り直している第9章の命題 9.4.4・命題 9.4.6 の証明,および同じ性質をそのまま引いている第16章の系 16.7.6・命題 16.7.8 の証明である(第16章が引くのは,実軸の上での積分が1であることと,∫ℝ(𝑥 −𝜇)2𝑔𝜇,𝜎2(𝑥) 𝑑𝑥 =𝜎2という形で書いた平均と分散で,射程はここから広がらない).二つめは 零集合の上での積分,すなわち「非負な関数𝑓と実数値関数𝑢について,∫𝐴𝑓(𝑥) 𝑑𝑥 =0であり∫ℝ𝑛𝑓(𝑥)|𝑢(𝑥)| 𝑑𝑥 <∞であるならば∫𝐴𝑓(𝑥)𝑢(𝑥) 𝑑𝑥 =0である」という積分の事実である.当てる対象は,𝑓が本章に現れる密度で,𝑢が密度から「その密度が正の点でその対数,そのほかの点で0」として作った関数(ℝ𝑛の第𝑖成分に当てたものを含む)である場合だけである.依存するのは補題 7.2.3 の証明,7.4 節の補題 7.4.2 の証明,および 7.5 節の定理 7.5.2 の証明である.
ガウス分布の微分エントロピー
定義 7.2.1(ガウス分布). 𝜇を実数,𝜎2 >0とする.密度
𝑔𝜇,𝜎2(𝑥)=1√2𝜋𝜎2exp(−(𝑥−𝜇)22𝜎2)(𝑥∈ℝ)をもつ実数値確率変数の分布を,平均𝜇,分散𝜎2の ガウス分布(正規分布)といい,N(𝜇,𝜎2)と書く.
定理 7.2.2(ガウス分布の微分エントロピー). 𝜇を実数,𝜎2 >0とし,𝑋がN(𝜇,𝜎2)に従うとする.このときℎ(𝑋)は定まり
ℎ(𝑋)=12log(2𝜋𝑒𝜎2)である.
証明. 定義 7.2.1 の密度の対数をとると
−log𝑔𝜇,𝜎2(𝑥)=12log(2𝜋𝜎2)+(𝑥−𝜇)22𝜎2log𝑒である.右辺は(𝑥 −𝜇)2の1次式であり,借りたガウス分布の基本性質より𝔼[(𝑋 −𝜇)2] =𝜎2 <∞だから,|𝑔𝜇,𝜎2log𝑔𝜇,𝜎2|の積分は有限でℎ(𝑋)は定まる.値は,同じ性質から得られる∫𝑔𝜇,𝜎2 =1と∫(𝑥 −𝜇)2𝑔𝜇,𝜎2(𝑥) 𝑑𝑥 =𝜎2を使って
ℎ(𝑋)=∫ℝ𝑔𝜇,𝜎2(𝑥)(−log𝑔𝜇,𝜎2(𝑥))𝑑𝑥=12log(2𝜋𝜎2)+log𝑒2𝜎2𝜎2となる.右辺は12log(2𝜋𝜎2) +12log𝑒 =12log(2𝜋𝑒𝜎2)である.◼
値が平均𝜇によらないのが目につく.ガウス分布の形は𝜇で左右に動くだけで幅が変わらないから,散らばりの広さを測る量は動かない.平行移動で微分エントロピーが変わらないことは,ガウス分布に限らず成り立つ(命題 7.3.2).一方𝜎2には依存していて,𝜎を2倍するとℎはlog2だけ増える.例 7.1.3 の一様分布で幅を2倍したときと同じ増え方である.𝜎2 =1/(2𝜋𝑒),すなわち𝜎2 ≈0.05855のときℎ(𝑋) =0になり,それより分散が小さければℎ(𝑋) <0である.底を2にとるとN(0,1)の微分エントロピーは12log2(2𝜋𝑒) ≈2.0471ビットである.7.1 節の幅の読みに乗せれば2ℎ(𝑋) =√2𝜋𝑒 𝜎で,標準偏差のおよそ4.13倍がこの分布の実効的な幅にあたる.一様分布の幅,指数分布の平均の𝑒倍と,同じ物差しの上に並ぶ.
分散を固定したときの最大性
比べる相手の密度による上界を,先に用意する.相手の密度𝑞を一つ選ぶごとに−∫𝑓log𝑞という数が決まり,それがℎ(𝑋)を上から抑える,という形の補題である.どの𝑞を選ぶかはこちらの自由なので,計算しやすい𝑞を選べば,その値がそのままℎ(𝑋)の上界になる.
補題 7.2.3(比べる相手の密度による上界). 𝑛 ≥1とし,𝑋をℝ𝑛に値をとり密度𝑓をもつ確率変数,𝑞をℝ𝑛上の密度とする.𝑆 :={𝑥 ∈ℝ𝑛 :𝑓(𝑥) >0 かつ 𝑞(𝑥) >0}とおく.∫𝑆𝑓(𝑥) 𝑑𝑥 =1であり,ℎ(𝑋)が定まり,∫𝑆𝑓(𝑥)|log𝑞(𝑥)| 𝑑𝑥 <∞であるならば
ℎ(𝑋)≤−∫𝑆𝑓(𝑥)log𝑞(𝑥)𝑑𝑥である.
証明. 𝑆の各点で𝑓(𝑥) >0かつ𝑞(𝑥) >0だから,補題 1.1.7 の対数不等式log𝑡 ≤(𝑡 −1)log𝑒を𝑡 =𝑞(𝑥)/𝑓(𝑥)に当てられて
𝑓(𝑥)log𝑞(𝑥)𝑓(𝑥)≤𝑓(𝑥)(𝑞(𝑥)𝑓(𝑥)−1)log𝑒=(𝑞(𝑥)−𝑓(𝑥))log𝑒が成り立つ.
両辺を𝑆の上で積分する.左辺の被積分関数は𝑓log𝑞 −𝑓log𝑓と分かれ,前者の絶対値の積分は仮定より有限,後者の絶対値の積分はℎ(𝑋)が定まることから有限だから,左辺の積分は絶対収束して∫𝑆𝑓log𝑞 −∫𝑆𝑓log𝑓に等しい.右辺の積分は,𝑞が密度だから∫𝑆𝑞 ≤1であり,仮定より∫𝑆𝑓 =1で,log𝑒 >0なので,0以下である.よって
∫𝑆𝑓(𝑥)log𝑞(𝑥)𝑑𝑥−∫𝑆𝑓(𝑥)log𝑓(𝑥)𝑑𝑥≤0である.
左辺の第 2 項をℎ(𝑋)に直す.𝑆の外では𝑓(𝑥) =0か𝑞(𝑥) =0のどちらかであり,𝑓(𝑥) =0の点では𝑓log𝑓 =0である.残る「𝑓(𝑥) >0かつ𝑞(𝑥) =0」の点の全体を𝑁とすると,∫𝑁𝑓 =∫ℝ𝑛𝑓 −∫𝑆𝑓 =0である.借りた零集合の上での積分を,𝑓と「𝑓 >0の点でlog𝑓,そのほかの点で0」という関数に当てると∫𝑁𝑓log𝑓 =0である.よって∫𝑆𝑓log𝑓 =∫ℝ𝑛𝑓log𝑓 = −ℎ(𝑋)であり,上の不等式は∫𝑆𝑓log𝑞 +ℎ(𝑋) ≤0となる.移項すれば主張を得る.◻
補題 7.2.3 が言っているのは,仮定を満たす𝑞をどう選んでも−∫𝑆𝑓log𝑞はℎ(𝑋)を下回れない,ということである.𝑞に課したのは∫𝑆𝑓 =1と∫𝑆𝑓|log𝑞| <∞の二つである.𝑞として𝑓自身をとればどちらも成り立ち,両辺は等しくなるので,ℎ(𝑋)はこの量が届きうる下端にあたる.離散のときに 1.6 節で見た「思い込んで符号化したときの平均符号長」という読み方は,そのままの形では通らない.−∫𝑆𝑓log𝑞もℎ(𝑋)も負になりうるので(例 7.1.3),どちらも符号長として読めないからである.読み方が戻るのは二つの差のほうで,そこは 7.5 節で扱う.𝑛を一般にとってあるのは,7.4 節と 7.5 節でも同じ補題を使うからである.
仮定∫𝑆𝑓 =1は,𝑞が0になる点に𝑓が確率を置いていない,ということである.これが外れると不等式は破れる.𝑓を長さ2の区間の上の一様分布の密度,𝑞をその区間の左半分の上の一様分布の密度にとると,𝑆は左半分で∫𝑆𝑓 =1/2である.このとき例 7.1.3 よりℎ(𝑋) =log2 >0だが,𝑞は𝑆の上で値1をとるので−∫𝑆𝑓log𝑞 =0であり,ℎ(𝑋) ≤ −∫𝑆𝑓log𝑞は成り立たない.
定理 7.2.4(ガウス分布の最大エントロピー性). 𝜎2 >0とし,𝑋を密度をもつ実数値確率変数とする.ℎ(𝑋)が定まり,𝑋が平均をもち,その分散が定まって𝜎2以下であるならば
ℎ(𝑋)≤12log(2𝜋𝑒𝜎2)である.
証明. 𝑋の密度を𝑓,平均を𝜇 :=𝔼[𝑋]とし,補題 7.2.3 を𝑞 :=𝑔𝜇,𝜎2(定義 7.2.1)ととって当てる.比べる相手の平均を𝑋の平均に合わせるのは,こちらで選べる設定である.
補題 7.2.3 の仮定を確かめる.借りたガウス分布の基本性質より𝑔𝜇,𝜎2はℝ上の密度である.これは実軸のすべての点で正だから𝑆 ={𝑥 :𝑓(𝑥) >0}であり,∫𝑆𝑓 =∫ℝ𝑓 =1である.また定義 7.2.1 の密度の対数をとると−log𝑔𝜇,𝜎2(𝑥) =12log(2𝜋𝜎2) +(𝑥−𝜇)22𝜎2log𝑒であり,これは(𝑥 −𝜇)2の1次式で,仮定より𝔼[(𝑋 −𝜇)2]は有限だから,7.1 節で借りた期待値の積分表示より∫𝑆𝑓|log𝑔𝜇,𝜎2| <∞である.
補題 7.2.3 を当てる.𝑆の外では𝑓 =0なので∫𝑆𝑓log𝑔𝜇,𝜎2 =∫ℝ𝑓log𝑔𝜇,𝜎2であり
ℎ(𝑋)≤−∫ℝ𝑓(𝑥)log𝑔𝜇,𝜎2(𝑥)𝑑𝑥=12log(2𝜋𝜎2)+log𝑒2𝜎2𝔼[(𝑋−𝜇)2]を得る.𝔼[(𝑋 −𝜇)2]は𝑋の分散で,仮定より𝜎2以下だから,右辺は12log(2𝜋𝜎2) +12log𝑒 =12log(2𝜋𝑒𝜎2)以下である.◼
系 7.2.5. 𝜇を実数,𝜎2 >0とし,𝑋がN(𝜇,𝜎2)に従うとする.このとき𝑋は定理 7.2.4 の仮定を満たし,その不等式は等号で成り立つ.
系 7.2.5 は,定理 7.2.4 の上界が達成されることを言っている.その逆向き,すなわち定理 7.2.4 で等号が成り立つのは分散がちょうど𝜎2のガウス分布に限る,ということを本書は述べない.仮定が分散𝜎2以下なので,等号を言うには分散がちょうど𝜎2であることまで込みで言うことになる.密度どうしの一致は,確率0の集合の上での食い違いを許す形でしか言えず,そこを正確に述べるには測度論が要るからである.定理 7.2.4 のこの等号条件は形式化もされていない.
定理 7.2.4 は,離散のときの定理 1.1.5 に対応する主張である.どちらも散らばりの大きさを固定してエントロピーの最大を求めているが,何を固定するかが違う.離散ではとりうる値の個数を固定し,最大を与えたのは一様分布だった.実軸の上では分散を固定し,ガウス分布がその最大を与える.ガウス分布が出てくる理由は,補題 7.2.3 の使い方にある.上界−∫𝑆𝑓log𝑞は,−log𝑞が固定した量の1次式であれば,その固定した量の平均だけで決まる.定義 7.2.1 の密度はまさにそういう𝑞で,−log𝑔𝜇,𝜎2(𝑥)が(𝑥 −𝜇)2の1次式だから,上界は𝑋の分散だけで決まり,分散を𝜎2以下に固定したどの分布も同じ一つの値で抑えられる.しかも𝑔𝜇,𝜎2自身がその固定を満たすので,抑えた値がそのまま達成される(系 7.2.5).離散での「いちばん平らな分布が最大にする」という読み方は,ここには持ち込めない.ガウス分布の密度は平らではないし,実軸の上に平らな密度が置けないことが本節の出発点だった.固定するものを変えれば最大を与える分布も変わり,制約を与えたときにどの分布がエントロピーを最大にするかを,有限アルファベットの上で一般に扱うのが第10章である.
例 7.2.6(同じ分散をもつ一様分布との比較). 𝜎 >0とする.長さ√12 𝜎の区間の上の一様分布は分散が𝜎2であり,その微分エントロピーは12log(12𝜎2)である.これは,どの実数𝜇についてもN(𝜇,𝜎2)の微分エントロピーより12log𝜋𝑒6だけ小さく,底を2にとればこの差は約0.2546ビットである.
証明. 𝑤 >0とし,長さ𝑤の区間の上の一様分布の分散を求める.区間を平行移動すると平均も同じだけ動くので,分散は変わらない.そこで区間を[ −𝑤/2,𝑤/2]にとってよく,そのとき平均は0で,密度は区間の上で1/𝑤だから,7.1 節で借りた期待値の積分表示より分散は
∫𝑤/2−𝑤/2𝑥2⋅1𝑤𝑑𝑥=1𝑤⋅23(𝑤2)3=𝑤212である.これが𝜎2に等しいのは𝑤 =√12 𝜎のときで,そのとき例 7.1.3 より微分エントロピーはlog(√12 𝜎) =12log(12𝜎2)である.
差をとる.定理 7.2.2 より
12log(2𝜋𝑒𝜎2)−12log(12𝜎2)=12log2𝜋𝑒12=12log𝜋𝑒6であり,𝜋𝑒/6 =1.4232… >1だからこの値は正である.底を2にとると12log21.4232… =0.2546…である.◼
例 7.2.6 は定理 7.2.4 の一つの実例である.分散という一つの数だけをそろえて比べると,実軸の全体に裾を引くガウス分布のほうが,有限の区間に押し込めた一様分布より広がっている.差が𝜎によらない定数になる理由は次節でわかる.どちらの分布も𝜎を掛けて作れるので,掛け算のぶんだけ微分エントロピーが同じだけ増えるからである(命題 7.3.3).
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