7.1 微分エントロピー

第1章から第6章まで,エントロピーの引数に置いた確率変数はつねに有限個の値をとるものだった.エントロピーの定義(定義 1.1.1)は記号ごとの確率を足し合わせる形をしていて,記号が有限個であることをその形に織り込んでいる.しかし実際に測る量の多くは実数である.電圧,到着時刻,位置.これらを情報理論の言葉で扱うには,和を積分に置き換えた量が要る.本章はその量を定義し,離散のエントロピーと何が同じで何が違うのかを見る.

置き換えそのものは素直である.確率を密度に,和を積分に取り替えればよい.ただし,そうしてできた量は離散のエントロピーの単なる連続版ではない.本節の終わりで見るように,実数を有限の精度で読み取った値のエントロピーは精度を上げると発散し,新しい量はその発散する部分を差し引いた残りにあたる.差し引いた残りなので負にもなる.

定義

定義 7.1.1(確率密度関数). とする.が積分できてを満たすとき,上の 密度 という.に値をとる確率変数上の密度について,任意の直方体

Pr[𝑋𝑅]=𝑅𝑓(𝑥)𝑑𝑥

が成り立つとき,確率密度関数 といい,本書では以下,単にの密度と呼ぶ.のときこれを 結合密度 とも呼ぶ.

定義 7.1.1 が積分を置いたのはの全体と直方体の上だけだが,以下ではのように条件で定めた集合の上での積分も使う.これは,の外でとおいた関数の全体での積分と読む.本章に現れる集合はすべてこの読み方ができるものとし,積分の線形性,非負な関数についての単調性(ならば),および絶対収束する積分を項ごとに分けてよいことを,微積分の計算規則として既知とする.同じ資格で,有界閉区間の上の連続関数はその絶対値も積分できること,部分積分と,そこに現れる境界項の極限(多項式と減衰する指数関数の積がに近づくこと,に近づくこと),の導関数がであること,および有限な値に収束する広義積分の扱いも既知とする.当てる対象は,本章に現れる密度と,それに多項式や対数を掛けて作る関数,および例 7.1.5 の証明でそれらを上下から抑えるのに使うである.第8章もこれらを同じ資格で使う.そちらでの当てる対象は,第8章に現れる密度とそれに多項式や対数を掛けて作る関数,および 8.4 節命題 8.4.1 に現れる球と立方体の上での定数関数である.第16章 16.7 節も同じ資格でこれを借り直すが,そちらの一覧は本節のものと同じではない.本節が挙げた規則のうち引き継ぐのは積分の線形性・の導関数・部分積分・の極限・広義積分の扱いの五つで,そこに合成関数の微分・指数関数の導関数・微積分の基本定理を加えている.そちらでの当てる対象は,16.7 節16.8 節に現れる密度と,それに多項式や対数を掛けて作る関数のほかに,16.7 節が雑音の分散を変数として書く次式の対数とその逆数を含む.

確率と密度をつなぐ事実も二つ借りる.一つめは 期待値の積分表示 で,に値をとり密度をもつ確率変数と実数値関数についてであり,一方が絶対収束すればもう一方も絶対収束する,という事実である.当てる対象は,が密度の対数(密度が正の点でその対数,そのほかの点でととったもの)である場合と,次以下の多項式である場合だけである.二つめは 体積の集合の確率 で,次元の体積がである集合の上に,密度をもつ確率変数は確率を置かない,という事実である.当てる対象は,7.4 節の終わりに出てくる平面の対角線と,第8章 8.2 節が電力の制約を扱うところに出てくる実軸の点,および 8.3 節の初めに出てくる「第座標の組が有限個の点のどれかに等しい」という集合の三つである.どちらも定義 7.1.1 からその場で読み取れる一歩ではない.定義 7.1.1 が確率と積分を結びつけたのは,直方体の上でだけだからである.

定義 7.1.2(微分エントロピー). とし,に値をとり密度をもつ確率変数とする.であるとき,微分エントロピー

(𝑋):=𝑛𝑓(𝑥)log𝑓(𝑥)𝑑𝑥

で定め,このとき定まる という.の点では定義 1.1.1 と同じくと約束する.と成分で書くときはとも書き,のときこれを 結合微分エントロピー と呼ぶ.

式の形は,離散のときとまったく同じである.借りた期待値の積分表示によりと読めて,を「その点で密度が薄いこと」の目盛とし,それを自身の分布で平均している.離散のエントロピーと並べると,中身のに替わっただけである.

絶対値をつけた積分が有限であることを要求したのは,を一つの実数として確定させるためである.離散のときは項が有限個だったので値はつねに実数だったが,積分では正の部分と負の部分の一方または両方が発散しうる.裾の重い密度ではそれが実際に起きて,を定めない場合がある.例 7.1.5 がその一つである.

替わったことの帰結は小さくない.確率はつねにに入るのでであり,平均をとったも非負だった(命題 1.1.4).密度にはその上限がなく,を超えることができる.そこではが負になり,も負になりうる.文字をではなくにするのはこのためで,二つは同じ量の離散版と連続版ではない.

の値でなく密度だけで決まるのは,離散のときと同じである.なお同じの密度は一通りには決まらない.ある密度の値を有限個の点で書き換えても,どの直方体の上での積分も変わらないので,得られる関数はやはり同じの密度である.二つの密度が食い違えるのはこの種の,積分を変えない範囲に限られ,したがっての値は密度の選び方によらない.この事実は測度論を使って示されるもので,本書では証明しない.依存するのは,密度を「その一つ」として選んでから値を計算する箇所,すなわち命題 7.3.2命題 7.3.3 の証明,補題 7.4.2 を経由する定理 7.4.3系 7.4.4,および定義 7.5.4命題 7.5.5系 7.5.7 である.第8章第9章も,微分エントロピーの値を密度から計算するたびに同じ事実に依存する(第8章 命題 8.1.4第9章 補題 9.4.2 がその形である).

が基本で,7.4 節に入るまでの形で述べる主張は補題 7.2.3 だけである.は,複数の観測をまとめて一つの確率変数と見るときに要る.

形式化: differentialEntropy,密度による書き換え differentialEntropy_eq_integral_density (ソース),変数 jointDifferentialEntropy変数 jointDifferentialEntropyPi (ソース)

形式化上の注記(本章共通). 形式化はを自然対数にとるので,微分エントロピーの単位はナットである.

形式化は,密度をもたない分布にも,密度をもつがの積分が有限でない分布にも,値を返す約束になっている.点に集中した分布にはを返し,例 7.1.5 の裾の重い密度にもを返す.どちらも本文が「定まる」と呼んだ場合の外なので,これらの値は本文のどの主張にも対応しない.そうなるのは,形式化が密度を引数として受け取らず,Lebesgue 測度に対する Radon–Nikodym 微分を分布から取り出して積分する形で定義してあり,積分できないときの値をと決めているからである.二つの退化を切り分けた形は differentialEntropyExt (InformationTheory/Shannon/EntropyPower/Ext.lean) として別に形式化されていて,そちらは特異な分布にを,裾の重い密度にを返す.

密度の選び方によらないことにあたる単独の宣言はない.紐付けた differentialEntropy_eq_integral_density が密度を全称でとる形をしているので,同じ分布の二つの密度にそれぞれ当てて値を比べる,という合成で得られる.

例 7.1.3(一様分布). とし,が長さの区間の上の一様分布に従うとする.このときは定まり,である.とくにならばであり,ならばである.

証明. 区間をとすると,密度はの上で,その外でである.の上で定数,その外でだから,その絶対値の積分は有限では定まる.値は

(𝑋)=𝑎+𝑤𝑎1𝑤log1𝑤𝑑𝑥=log1𝑤=log𝑤

である.は引数がより小さいところで負だから,後半が従う.

離散のエントロピーが負にならなかった(命題 1.1.4)のに対し,微分エントロピーは負になる.区間の幅を半分にするとだけ減り,幅をいくらでも小さくとればはいくらでも小さくなる.「不確かさの大きさ」という読み方をそのまま持ち込めないことが,最小の例で見えている.

次の例にはという因子が現れる.の底をにとればこれはだが,本書は底を固定していないので落とせない.本章に現れる等式・不等式は,底をより大きくとるかぎり,そのままの形で成り立つ.底をからに取り替えると,どの対数も一斉に倍になるので,の値もも同じ倍率で変わるからである.

例 7.1.4(指数分布). とし,が平均の指数分布,すなわち密度

𝑓(𝑥)={ {{ {1𝑚𝑒𝑥/𝑚(𝑥0),0(𝑥<0)

をもつとする.このときは定まり,である.

証明. だから

𝑓(𝑥)log𝑓(𝑥)=1𝑚𝑒𝑥/𝑚(log𝑚+𝑥𝑚log𝑒)

である.右辺の絶対値はで指数的にに近づくので積分は絶対収束し,は定まる.値は

(𝑋)=log𝑚01𝑚𝑒𝑥/𝑚𝑑𝑥+log𝑒𝑚0𝑥1𝑚𝑒𝑥/𝑚𝑑𝑥

となる.第 1 の積分は密度の全積分だからである.第 2 の積分は部分積分で

0𝑥1𝑚𝑒𝑥/𝑚𝑑𝑥=[𝑥𝑒𝑥/𝑚]0+0𝑒𝑥/𝑚𝑑𝑥=𝑚

となる.よってである.

幅で読む. 例 7.1.3例 7.1.4 では,どちらも微分エントロピーが長さの対数の形になった.一様分布では区間の長さそのものが,指数分布では平均の倍がその長さである.底をにとると,この形はをその分布の実効的な幅と読む物差しになる.幅の一様分布ではで区間の幅そのもの,平均の指数分布ではである.長さの対数だから,長さの単位を変えれば値も変わる.引き伸ばして幅を何倍かにすればはその倍率の対数だけ増えるはずで,実際そうなることは 7.3 節で示す.

最後に,が定まらない例を見ておく.定義 7.1.2 が絶対値をつけた積分の有限性を要求したのは,こういう密度を外すためである.

例 7.1.5(裾の重い密度). とおき,と定める.このとき上の密度であり,を密度にもつ実数値確率変数についてである.すなわちは定まらない.

証明. が密度であることを見る.は非負である.の導関数がであることから,の導関数はである.であり,での値はだから

𝑒𝑑𝑥𝑥(log𝑥)2=1log𝑒[1log𝑥]𝑒=1(log𝑒)2

である.よってであり,上の密度である.

絶対値をつけた積分が発散することを見る.ではであり,に発散するから,が十分大きいところではである.そこではが成り立つ.ところがの導関数がであることからは発散する.よってである.

離散のエントロピーとの関係

微分エントロピーが離散のエントロピーの何にあたるのかは,を有限の精度で読み取ったときのエントロピーを調べればわかる.実数を幅の区間に切って,どの区間に入ったかだけを記録すれば,得られるのは有限個の値をとる確率変数であり,そのエントロピーは定義 1.1.1 で測れる.精度を上げる(を小さくする)と何が起きるかが,次の定理である.

証明が使う一般の道具を二つ借りる.一つめは 積分の平均値の定理,すなわち「有界閉区間の上で連続な実数値関数について,その区間の上での積分は,区間の中のある点での関数の値に区間の長さを掛けたものに等しい」という微積分の定理である.二つめは リーマン和の収束,すなわち「有界閉区間の上で連続な実数値関数について,区間を等分して各小区間から点ずつ選んで作ったリーマン和は,でその関数の積分に収束する」という事実である.どちらも当てる相手は有界閉区間の上の連続な実数値関数だけで,依存するのは定理 7.1.6 の証明だけである.ほかに,の全体で連続であること(補題 1.1.8)を使う.

次の定理で区間に付ける名前は,定義 1.3.1 の相互情報量とは関係がない.

定理 7.1.6(量子化した確率変数のエントロピー). を実数とし,を密度をもつ実数値確率変数で,の外ででありの上で連続であるとする.各整数についてとおき,

𝐼𝑖=[𝑎+(𝑖1)𝛿𝐽,𝑎+𝑖𝛿𝐽)(1𝑖𝐽1),𝐼𝐽=[𝑎+(𝐽1)𝛿𝐽,𝑏]

と分ける.を,のときその番号のときと定める.このときは定まり,

𝐻(̃𝑋𝐽)+log𝛿𝐽(𝑋)(𝐽)

である.

仮定は,密度が有界閉区間の外でになることを求めている.例 7.1.4 の指数分布も,7.2 節で扱うガウス分布もこれを満たさないので,定理 7.1.6 はそのままでは当たらない.この仮定を外したときに同じ極限が成り立つかどうかは,本書では扱わない.

証明. はじめにが定まることを見る.第1章の記号にならってと書く.第1章が認めたとおりの上で連続だからの上で連続で,有界閉区間の上の連続関数はその絶対値も積分できる.の外でで,そこではだから,であり,である.

の分布を求める.定義 7.1.1に当てるとだから,は確率でしか起きず,の確率はに等しい(については確率の場合が足されるだけである).次にを,密度の点での値で書き直す.点からなる閉区間に定義 7.1.1 を当てると,がその点をとる確率はである.したがっては,に右端を加えた閉区間が入る確率に等しく,定義 7.1.1 よりそれはの上でのの積分である.の上で連続だから,積分の平均値の定理により,あるについてが成り立つ.

エントロピーを二つの部分に分ける.についてである(では両辺ともを展開したもの,では両辺).𝑠 =𝛿𝐽ととるとである.に値をとりだから,定義 1.1.1 より

𝐻(̃𝑋𝐽)=𝐽𝑖=1𝜑(𝑝𝑖)=𝐽𝑖=1𝛿𝐽𝜑(𝑓(𝑡𝑖))log𝛿𝐽𝐽𝑖=1𝑓(𝑡𝑖)𝛿𝐽

である.だから,移項して

𝐻(̃𝑋𝐽)+log𝛿𝐽=𝐽𝑖=1𝛿𝐽𝜑(𝑓(𝑡𝑖))

を得る.

右辺の極限をとる.右辺は,等分して各小区間から点を選んで作ったのリーマン和にほかならない.の上で連続だから,リーマン和の収束により,でこの和はに収束する.はじめに見たとおりこれはである.

定理 7.1.6 が,微分エントロピーと離散のエントロピーの関係を与えている.を大きくするとなのでであり,したがって自身はに発散する.実数を無限の精度で読み取れば無限の情報が要る,ということである.微分エントロピーはその発散する部分を差し引いた残りで,精度を上げるたびに機械的に増えるぶんを除いた「散らばりの広さ」だけを測っている.

桁数で読む. 区間の両端がどちらも進の有限小数である場合を,底をにとって読んでみる.整数を十分大きくとればとなるがあり,そのときによる分割は,を小数点以下桁(進)まで切り捨てて読む操作と一致する.定理 7.1.6 をこのに沿って読むと𝑘 )である.桁まで読み取った値のエントロピーが,ビットよりだけ多い値に近づいていく,ということである.各で等しくなると言っているのではない.が負でありうる(例 7.1.3)のは,桁の読み取りがビットに満たない情報しか運ばない場合があるからである.の上の一様分布に従うときがそれで,例 7.1.3 よりビットであり,桁まで読み取った値は個の値を等しい確率でとるから,そのエントロピーは例 1.1.3 よりビットである.

この読み方からは,微分エントロピーを単独で「情報量」と読めない理由も見える.自身は発散し,例 7.1.3 のように負にもなる.が働くのは,という共通の項を差し引いたあとの比較としてである.同じ区間の上で連続でその外で密度がである二つの確率変数に定理 7.1.6 を当てて引き算すると,が打ち消し合い,読み取った値のエントロピーの差が微分エントロピーの差に収束する.7.5 節で相対エントロピーと相互情報量を定義すると,そこには差だけが現れる.離散のときと同じ形の式が,そのまま成り立つことになる.

InformationTheory — 形式化検証つき情報理論教科書(レビュー版).数式は MathJax + AMS Euler で事前レンダリング.