9.2 レート歪み関数の性質

9.1 節を,歪みを以下に抑えるという制約のもとでの相互情報量の下限として定め,それが最小値でもあること(命題 9.1.8)まで確かめた.値の計算はまだ一つもしていない.本節では,具体的な情報源を決める前に,の関数としてがどんな形をしているかを調べる.示すのは四つで,について非増加であること,凸であること,での値,そしてになるのうち最小のものである.どれも 9.3 節9.4 節で具体的な情報源のレート歪み関数を計算するときに,答え合わせに使える.記号は定義 9.1.1定義 9.1.5 のものをそのまま引き継ぐ.

歪みを多く許すほど下がる

命題 9.2.1. を空でない有限集合,上の分布,を歪み尺度(定義 9.1.1)とし,定義 9.1.5 のとおりとする.実数についてが空でないならば,であり,も空でなく

𝑅(𝐷2)𝑅(𝐷1)

である.

証明. とすると,その期待歪みは以下であり,だから以下でもある.よってであり,包含が従う.この段はが空でも通るので,包含だけなら空でないという仮定は要らない.が空でないのでも空でなく,が定まる.

は値の集合の下界である.いま見た包含よりはその部分集合だから,は後者の下界でもある.下限は下界のうち最大のものだからである.

読み方は素直である.歪みを多く許すほど,選べる再現の作り方は増える.増えたぶんだけ小さい値が選べるかもしれず,少なくとも大きくはならない.効いているのは制約集合の包含だけで,相互情報量の性質は一つも使っていない.

形式化: rateDistortionFunction_antitone (ソース)

形式化上の注記. rateDistortionFunction_antitone が述べているのは,を測度の言葉で書いた宣言 rateDistortionFunction (InformationTheory/Shannon/RateDistortion/Converse.lean) についての非増加性である.定義 9.1.5 に紐付けた rateDistortionFunctionPmf (InformationTheory/Shannon/RateDistortion/Achievability.lean) とは別の宣言で,二つを結ぶ宣言は無い.あちらは値を拡張非負実数にとり,制約を満たす同時分布が一つも無いときの下限をと定めるので,命題 9.2.1 が置いた「が空でない」という仮定を置かずに述べられている.包含を述べる宣言は無く,あちらが与えるのは不等式だけである.

凸である

命題 9.2.1 の証明は制約集合の包含だけで通ったが,凸性の証明はそれでは済まない.二つの再現の作り方を混ぜたときに相互情報量がどう動くかが要るので,それを先に切り出しておく.道具は第1章 定理 1.7.1 の対数和不等式ひとつである.

補題 9.2.2(条件付き分布についての相互情報量の凸性). を空でない有限集合,上の分布,を条件付き分布(定義 9.1.5),とする.で定まるもまた条件付き分布であり

𝐼(𝑝;𝑞𝜆)𝜆𝐼(𝑝;𝑞1)+(1𝜆)𝐼(𝑝;𝑞2)

である.

証明. 筋は,対ごとに対数和不等式を当てて,それを足し上げるだけである.先に,確率の項が現れない対について本線を書き切り,確率の対の扱いは末尾にまとめる.

が条件付き分布であることは,非負の数の非負係数の和が非負であることと,各についてであることによる.では両辺が一致するので,以下ではとする.

記号を用意する.について,に対応する同時分布を,その第周辺分布をと書く.どのでも第周辺分布はである.の定め方から,各についてであり,これをについて足して,各についてである.

を一つ固定し,

𝑎1:=𝜆𝜋1(𝑥,ˆ𝑥),𝑎2:=(1𝜆)𝜋2(𝑥,ˆ𝑥),𝑏1:=𝜆𝑝(𝑥)ˆ𝑝1(ˆ𝑥),𝑏2:=(1𝜆)𝑝(𝑥)ˆ𝑝2(ˆ𝑥)

とおく.これらは非負で,𝑎1 +𝑎2 =𝜋𝜆(𝑥,ˆ𝑥)である.がどちらも正である対では,定理 1.7.1 の対数和不等式がそのまま当たって

𝜋𝜆(𝑥,ˆ𝑥)log𝜋𝜆(𝑥,ˆ𝑥)𝑝(𝑥)ˆ𝑝𝜆(ˆ𝑥)𝜆𝜋1(𝑥,ˆ𝑥)log𝜋1(𝑥,ˆ𝑥)𝑝(𝑥)ˆ𝑝1(ˆ𝑥)+(1𝜆)𝜋2(𝑥,ˆ𝑥)log𝜋2(𝑥,ˆ𝑥)𝑝(𝑥)ˆ𝑝2(ˆ𝑥)

を得る(対数和不等式の右辺のでは,に掛かるが対数の中で約分される).

この不等式がどの対でも成り立てば,あとは足すだけである.定義 1.3.1 の和は同時分布が正である項についてとるもので,同時分布がである項の寄与はだから,上の不等式をの全体で足し合わせると,左辺は,右辺はになる.

残るのは確率の対で,そこでも同じ不等式が成り立つ.まず,となるがあれば,そこではでもある.実際だから,またはを意味する.前者ならであり,後者ならは非負の数の和の一項だからやはりである.したがって,であるを落としてもは変わらない.落としたについてはだから,定義 1.3.1 の和でこの対がに与える寄与もである.そこでであるだけを残して対数和不等式を当て,落としたの項を右辺にとして書き足せば,上と同じ不等式を得る.残るが一つも無ければ,すなわちとなり,この対が不等式の両辺に与える寄与はどちらもである.

補題 9.2.2 が言っているのは,二つの再現の作り方を混ぜると,情報源との結びつきは混ぜる前の平均より強くならない,ということである.混ぜているのはだけで,情報源の分布は固定していることに注意したい.不等号の向きは,相互情報量を隔たりとして読むと見える.定義 1.3.1 の式をそのまま読めば,相互情報量は同時分布と二つの周辺分布の積との相対エントロピー(1.6 節)であり,情報源と再現が独立からどれだけ離れているかを測っている.証明で対数和不等式を当てた位置を見ると,まとめているのは「どちらの作り方を使ったか」という区別である.対数和不等式が言うのは,区別を捨ててまとめると値が小さくなることだった(定理 1.7.1).つまり,混ぜて区別を捨てた作り方が独立から隔たっている量は,二つの隔たりを同じ重みで混ぜた値を超えない.

形式化上の注記. 補題 9.2.2 にあたる宣言は無い.形式化は条件付き分布を混ぜる形をとらず,相対エントロピーが二つの引数について同時に凸であるという形(klDiv_joint_convex (InformationTheory/Shannon/RateDistortion/Convexity.lean))で同じ役割を果たしている.

命題 9.2.3. を空でない有限集合,上の分布,を歪み尺度(定義 9.1.1)とし,定義 9.1.5 のとおりとする.実数についてがどちらも空でないならば,に対しても空でなく

𝑅(𝜆𝐷1+(1𝜆)𝐷2)𝜆𝑅(𝐷1)+(1𝜆)𝑅(𝐷2)

である.

証明. 命題 9.1.8 により,の上で最小にすると,の上で最小にするをとることができ,𝑅(𝐷1) =𝐼(𝑝;𝑞1)である.補題 9.2.2 のとおりに定める.

に属することを見る.補題 9.2.2 よりは条件付き分布である.定義 9.1.5 の期待歪みはの成分について一次だから

𝑥,ˆ𝑥𝑝(𝑥)𝑞𝜆(ˆ𝑥𝑥)𝑑(𝑥,ˆ𝑥)=𝜆𝑥,ˆ𝑥𝑝(𝑥)𝑞1(ˆ𝑥𝑥)𝑑(𝑥,ˆ𝑥)+(1𝜆)𝑥,ˆ𝑥𝑝(𝑥)𝑞2(ˆ𝑥𝑥)𝑑(𝑥,ˆ𝑥)

であり,より右辺は以下である.よっては制約を満たし,とくには空でない.

は値の集合の下限だからであり,補題 9.2.2 より

𝐼(𝑝;𝑞𝜆)𝜆𝐼(𝑝;𝑞1)+(1𝜆)𝐼(𝑝;𝑞2)=𝜆𝑅(𝐷1)+(1𝜆)𝑅(𝐷2)

である.二つを合わせて主張を得る.

命題 9.2.3 は,二つの歪みの上限のあいだを線形に補間した点で,の値が二つの端を結ぶ弦より下にあることを言っている.証明が使ったのは二つだけで,で最小を与える作り方を混ぜると,期待歪みは二つの期待歪みを同じ重みで混ぜた値になり(期待歪みがについて一次だから),結びつきは二つの相互情報量の平均より強くならない(補題 9.2.2)ということである.

なぜ弦より下になると期待できるのかは,時間で分けてみると見当がつく.符号を定義するのは 9.5 節なので符号の話としてはまだ言えないが,長さのブロックのうちの割合を歪み用の符号で,残りを歪み用の符号で処理したとする.歪みは成分についての平均だから全体でになり,文字あたりのレートも同じ重みの平均になる.中間の歪みをこれだけのレートで実現する手立てが一つある以上,中間の点で弦より上には行きようがない,というわけである.

形式化: rateDistortionFunction_convexOn (ソース)

形式化上の注記. rateDistortionFunction_convexOn が述べているのも,を測度の言葉で書いた宣言 rateDistortionFunction (InformationTheory/Shannon/RateDistortion/Converse.lean) についての凸性で,定義 9.1.5 に紐付けた宣言とは別のものである.二つを結ぶ宣言は無い.あちらが与えるのも不等式だけで,混ぜた歪みの制約集合が空でないという命題 9.2.3 の結論の前半にあたる部分は含まれていない.値を拡張非負実数にとるので,制約を満たす同時分布が一つも無いときにも不等式のほうは成り立つからである.またこの宣言は,情報源の分布を第周辺にもつどの同時分布についても歪みが可積分である,という前提を受け取る.命題 9.2.3 が置いた有限のアルファベットのもとでは,が有限個の値しかとらないのでこの前提は満たされるが,アルファベットを有限に固定した形の宣言は形式化には無い.

両端

残るは両端である.左の端では歪みをいっさい許さず,右の端ではになる.情報源アルファベットが再現アルファベットに含まれ,かつ歪み尺度が「になるのは一致するときだけ」を満たすならば,左の端ではエントロピーに戻る.どちらも命題 9.2.4 の仮定に置く.歪み尺度の条件が落とせないことは,命題のあとで見る.

命題 9.2.4. を空でない有限集合でを満たすものとし,上の分布,を分布に従うに値をとる確率変数とする.歪み尺度定義 9.1.1)が「となるのはのとき,かつそのときに限る」を満たすとし,定義 9.1.5 のとおりとする.このときは空でなく

𝑅(0)=𝐻(𝑋)

である.

証明. が空でないことを見る.だから,のとき,そうでないときと定めることができ,これは条件付き分布である.仮定よりだから,その期待歪みはであり,である.

次にの元がどれも同じ相互情報量をもつことを見る.とすると,期待歪み以下であり,各項は非負だから,すべての項がである.すなわちならばであり,仮定によりそれはを意味する.よってであるについては,となるに限られ,と合わせてである.したがってに対応する同時分布は,のとき,そうでないときであり,第周辺分布はのとき,そうでないときである.

その相互情報量を定義 1.3.1 で計算する.同時分布が正になるのはかつのときだけで,そこでの値は,二つの周辺分布の積はだから

𝐼(𝑝;𝑞)=𝑥:𝑝(𝑥)>0𝑝(𝑥)log𝑝(𝑥)𝑝(𝑥)𝑝(𝑥)=𝑥:𝑝(𝑥)>0𝑝(𝑥)log𝑝(𝑥)=𝐻(𝑋)

である(最後の等号は,の項をと約束した定義 1.1.1 による).

値の集合が一点なので,その下限はである.

歪み尺度の条件は落とせない.たとえばが恒等的になら,どの条件付き分布もに属するので,の一点に集中する条件付き分布をとれば,情報源と再現は独立になって相互情報量はになる.相互情報量は非負(命題 1.3.2)だから,このときである.である情報源では,これは命題 9.2.4 の結論と違う値である.落とせないのは条件そのもので,条件を課す範囲のほうには余地がある.証明が歪み尺度の条件を使うのは情報源が正の確率を与える文字についてだけなので,確率の文字での条件は落としてよい.

命題 9.2.4 の値は,第2章 定理 2.3.6と同じである.ただし命題 9.2.4 が述べているのは最適化問題の値についてであって,符号については何も言っていない.二つを結ぶにはが符号のレートの限界であることが要り,それが 9.5 節9.6 節の内容である.

形式化上の注記. 命題 9.2.4 にあたる宣言は無い.レート歪み関数とエントロピーを同じ主張の中で結ぶ宣言が形式化には無いためである.

命題 9.2.5(になる歪み). を空でない有限集合,上の分布,を歪み尺度(定義 9.1.1)とし,定義 9.1.5 のとおりとする.

𝐷max:=minˆ𝑥ˆX 𝑥X𝑝(𝑥)𝑑(𝑥,ˆ𝑥)

とおくと,は空でなくである.さらに,が空でない実数について,となるのはのとき,かつそのときに限る.

証明. は空でない有限集合だからは定まる.最小を与える点を一つとってと書き,のとき,そうでないときと定める.これは条件付き分布であり,その期待歪みはである.

ならばであることを見る(を含む).の期待歪みはだからであり,とくには空でない.に対応する同時分布は,のとき,そうでないときであって,これは第周辺分布と,を置く第周辺分布との積にほかならない.よっては独立で,命題 1.3.2 よりである.したがってである.一方,命題 1.3.2 よりのどの元でもだから,は値の集合の下界であり,下限はそれ以上である.二つを合わせてを得る.

逆に,が空でなくとする.命題 9.1.8 より,を満たすがある.命題 1.3.2 の等号条件より,に対応する対は独立であり,同時分布はである(は第周辺分布).よってその期待歪みは

𝑥,ˆ𝑥𝑝(𝑥)ˆ𝑝(ˆ𝑥)𝑑(𝑥,ˆ𝑥)=ˆ𝑥ˆ𝑝(ˆ𝑥)(𝑥𝑝(𝑥)𝑑(𝑥,ˆ𝑥))ˆ𝑥ˆ𝑝(ˆ𝑥)𝐷max=𝐷max

である(不等号はが内側の和の最小値でが非負なこと,最後の等号はによる).よりこの期待歪みは以下だから,である.

命題 9.2.5 により,となるのうち最小のものがである.最小のものなのにという最大を思わせる名前が付くのは,これが歪みを許す意味のある範囲の右端だからである.ここから先はいくら歪みを許しても値がのままで,見るべきものが残っていない.のとり方が読み方を与える.情報源を見ずに,あらかじめ決めた一文字をいつも出す,というのが「何も送らない」再現であり,その中でいちばん歪みの小さいものが払う歪みがである.それより多くの歪みを許してよいなら,情報源について何も知らなくて済む.

形式化上の注記. 命題 9.2.5 にあたる宣言は無い.を定める宣言も,レート歪み関数がになることを述べる宣言も,形式化には無い.最悪の歪みを定める distortionMax (InformationTheory/Shannon/RateDistortion/AchievabilityAsymptoticFailureDecay.lean) はあるが,これは命題 9.2.5とは別の量である.

両端で確かめる. 二値の情報源と Hamming 歪み(例 9.1.3)で,二つの端を見ておく.とし,とする.補題 9.2.2 の証明が同時分布をと書いていて字が重なるが,あちらはつねに二つの引数をとるので,引数のないはつねに二値情報源のパラメータである.であり,と同値だから,命題 9.2.4 の二つの仮定はどちらも満たされ,である(例 1.1.2 の二値エントロピー).右の端は,に対してに対してだから,命題 9.2.5 よりである.公平なコイン(𝜋 =1/2)ならビット,になる.後者は,情報源を見ずにいつもを出せば文字の半分が食い違う,という勘定と合っている.

本節の四つを並べると,のグラフの形はかなり絞られる.命題 9.2.4 の仮定のもとでは,から始まり,が増えるにつれて非増加で(命題 9.2.1)凸(命題 9.2.3)であり,に達して,その先はのままである(命題 9.2.5).残っているのは両端のあいだの形だけで,9.3 節は二値の情報源についてそれを決める.9.4 節はアルファベットが実数値の場合で,本節の枠の外に出て量を定義し直したうえで,同じ形の答えを求める.

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