12.4 算術符号
補題 12.3.2 は,符号長の組を一つ決めるとX𝑛上の分布𝑞𝑛が定まり,冗長度がその𝑞𝑛と真の分布との隔たりで書けることを述べていた.本節は逆をたどる.X𝑛上の分布𝑞𝑛を先に決め,そこから符号長の組を作って,その冗長度を𝐷(𝑃𝑛𝜃 ‖ 𝑞𝑛)で上から抑える.𝑞𝑛を決めるのに真の分布は要らないから,これは万能符号の作り方の一つになる.得られる評価は,補題 12.3.2 が冗長度を下から抑えたのと同じ相対エントロピーの形をしている.定理 12.3.4 の下界と並べれば,ミニマックス冗長度が上下から挟める.
作り方そのものは 定義 4.4.1 の Shannon 符号語長とほとんど同じで,log21𝑞𝑛(𝑥)を切り上げ,そこに1ビットを足す.足した1ビットは,符号語を累積分布から作るときに効く.本節が定義と主張として述べるのはこの符号語長のほうで,区間を細分して符号語そのものを作る手続きは,地の文で述べるにとどめる.順序立てるため,まず1文字ごとの符号として調べ,そのあとでアルファベットをX𝑛にとる.
1 文字ごとの符号語長
定義 12.4.1(Shannon–Fano–Elias 符号語長). Xを空でない有限アルファベット,𝑝をX上の分布ですべての𝑎 ∈Xで𝑝(𝑎) >0を満たすものとする.ℓSを 定義 4.4.1 の Shannon 符号語長(𝐷 =2,分布𝑝)として
ℓFE(𝑎):=ℓS(𝑎)+1=⌈log21𝑝(𝑎)⌉+1と定め,ℓFE(𝑎)を𝑎の Shannon–Fano–Elias 符号語長 と呼ぶ.
ℓSとの違いは1ビットだけで,その1ビットは符号語を次のように作ることを見込んで足してある.Xの文字に順序を入れ,各文字までの確率を足し上げた値(累積分布)を目盛りとして並べると,区間[0,1)が文字ごとに幅𝑝(𝑎)の区間に分かれる.文字𝑎には,その区間の中点を二進小数に展開し,先頭ℓFE(𝑎)桁で打ち切ったものを割り当てる.打ち切りで落ちる量は2−ℓFE(𝑎)未満であり,4.4 節が既知とした天井関数の性質よりℓS(𝑎) ≥log21𝑝(𝑎)だから2−ℓFE(𝑎) ≤𝑝(𝑎)/2で,打ち切った値は中点から区間の幅の半分より近いところにあって𝑎の区間から出ない.同じ勘定で,打ち切った値に2−ℓFE(𝑎)を足しても𝑎の区間の右端を越えない.打ち切った値を語頭にもつ二進小数は,打ち切った値以上で,それに2−ℓFE(𝑎)を足した値より小さいものに限るから,どれも𝑎の区間に落ちる.別の文字の符号語は,二進小数として読むとその文字の区間に落ちていて,文字ごとの区間は互いに交わらないから,𝑎の符号語を語頭にもつことはない.これが語頭条件である.ℓS桁で打ち切ると同じ見積もりが𝑝(𝑎)までしか効かず,区間から出ないことがこの勘定からは出てこない.足した1ビットはその差である.符号語を区間の中の数として扱うこの見方が,算術符号という名前の由来である.12.2 節で述べた方針のとおり,この構成も長さの由来を説明したもので,本節が使う符号の存在は 系 12.4.4 が 定理 4.2.2 から与える.足した1ビットと引き換えに何が得られるかは,アルファベットをX𝑛にとったところで見る.
命題 12.4.2. Xを空でない有限アルファベット,𝑝をX上の分布ですべての𝑎 ∈Xで𝑝(𝑎) >0を満たすものとする.ℓFEを 定義 12.4.1 の Shannon–Fano–Elias 符号語長とすると
∑𝑎∈X2−ℓFE(𝑎)≤1である.
証明. ℓFE(𝑎) =ℓS(𝑎) +1だから2−ℓFE(𝑎) =12 ⋅2−ℓS(𝑎)であり,
∑𝑎∈X2−ℓFE(𝑎)=12∑𝑎∈X2−ℓS(𝑎)となる.右辺の和は,命題 4.4.2 をX,𝐷 =2,分布𝑝に当てて1以下だから,全体は12以下で,とくに1以下である.◼
ℓFEの Kraft 和は,命題 12.4.2 の証明で見たとおりℓSのときのちょうど半分である.4.2 節の木の言葉でいえば,1ビット足すことで符号語に使える場所が半分になり,残りは少なくとも半分が空いたまま残る.次の定理は,その代わりに平均符号長がどうなるかを,エントロピーとの比較で述べる.
定理 12.4.3. Xを空でない有限アルファベット,𝑋をX上に分布𝑝をもつ確率変数で,すべての𝑎 ∈Xで𝑝(𝑎) >0を満たすものとする.ℓFEを 定義 12.4.1 の Shannon–Fano–Elias 符号語長とすると
𝐻(𝑋)≤∑𝑎∈X𝑝(𝑎)ℓFE(𝑎)≤𝐻(𝑋)+2である(𝐻は 定義 1.1.1 のエントロピーで,底は2である).
証明. 左側を示す.ℓSは0以上の整数値をとるからℓFEもそうであり,命題 12.4.2 よりℓFEは𝐷 =2について Kraft の不等式を満たす.よって 定理 4.3.2 をX,𝐷 =2,確率変数𝑋に当てて𝐻2(𝑋) ≤∑𝑎𝑝(𝑎)ℓFE(𝑎)を得る.本章は底を2にとっているので𝐻2(𝑋) =𝐻(𝑋)である.
右側に移る.∑𝑎𝑝(𝑎) =1だから
∑𝑎∈X𝑝(𝑎)ℓFE(𝑎)=∑𝑎∈X𝑝(𝑎)ℓS(𝑎)+1である.右辺の和に 定理 4.4.4 を同じ設定に当てると𝐻2(𝑋) +1未満だから,全体は𝐻2(𝑋) +2未満であり,とくに𝐻2(𝑋) +2以下である.◼
幅を 定理 4.4.4 と比べておく.あちらは Shannon 符号語長について𝐻(𝑋)以上𝐻(𝑋) +1未満という幅1の評価だった.定理 12.4.3 の幅は2で,1ビット広い.広がったぶんは 定義 12.4.1 で足した1ビットそのもので,定理 12.4.3 の証明が見たとおり,平均符号長はℓSのときよりつねにちょうど1ビット大きい.1文字ごとに符号語を作るかぎり,この1ビットは毎回払うことになる.
系 12.4.4. Xを空でない有限アルファベット,𝑝をX上の分布ですべての𝑎 ∈Xで𝑝(𝑎) >0を満たすものとする.このときX上の二元語頭符号で,各𝑎 ∈Xの符号語長が 定義 12.4.1 のℓFE(𝑎)に等しいものが存在する.
証明. 𝑝(𝑎) ≤1よりlog21𝑝(𝑎) ≥0だからℓS(𝑎) ≥0であり,ℓFE(𝑎) =ℓS(𝑎) +1は1以上の整数である.命題 12.4.2 と合わせて,定理 4.2.2 をX,𝐷 =2,長さの組ℓFEに当てればよい.◼
足した1ビットのおかげで符号語長がどれも1以上になるので,系 4.4.3 が Shannon 符号語長について同じことを述べるのにXが2文字以上であることを要したのに対し,系 12.4.4 はそれを要さない.
系 12.4.5. Xを空でない有限アルファベット,𝑝をX上の分布ですべての𝑎 ∈Xで𝑝(𝑎) >0を満たすものとする.このときX上の一意復号可能な二元符号で,各𝑎 ∈Xの符号語長が 定義 12.4.1 のℓFE(𝑎)に等しいものが存在する.
証明. 系 12.4.4 がその長さの二元語頭符号𝑐を与える.𝑝(𝑎) ≤1よりℓS(𝑎) ≥0だからℓFE(𝑎) =ℓS(𝑎) +1 ≥1であり,定義 4.1.1 より𝑐(𝑎)はどの𝑎についても空でない.よって 命題 4.1.3 より𝑐は一意復号可能である.◼
読む側に要るのは,符号語をつないだ1本の列から元の文字の列が一つに定まることであって(4.1 節),読みながらその場で区切れることはそれより強い.12.1 節が長さの組だけを見て済ませられる根拠に挙げたのは,その弱いほうの条件まで許しても長さの組は Kraft の不等式を満たすこと(定理 4.5.1)で,系 12.4.5 はその逆向きにあたり,ℓFEが弱いほうの条件だけで見ても実現されることを言っている.
系列に当てる
ここまでは1文字ごとの話だった.定義 12.4.1 はアルファベットを何にとってもよいので,X𝑛を一つのアルファベットと見て,その上の分布𝑞𝑛に当てれば,系列𝑥 ∈X𝑛の全体に一つの符号語が付く.区間の見方でいえば,[0,1)を最初の文字で分け,その中をさらに次の文字で分け,と𝑛回細分して得た区間が𝑥に対応し,その区間を指す二進小数が符号語になる.こうすると 定理 12.4.3 の2ビットは系列1本あたりの量になり,1文字あたりに直せば2/𝑛である.1文字ごとに符号語を作れば毎回払っていた1ビットも,系列をまとめれば1文字あたり1/𝑛ビットになる.
区間の見方がここで効く.符号語を得る道は二つある.一つは 系 12.4.4 をX𝑛に当てることで,定理 4.2.2 の証明が与える手続きは,アルファベットの文字を符号語長の順に並べ,𝑥より前にあるものすべての寄与を足し上げて𝑥の符号語を決める.アルファベットがX𝑛のとき,この並べ上げは|X|𝑛本の系列にわたる.もう一つが区間による構成で,こちらは[0,1)を𝑛回細分するだけで𝑥の区間を決める.各段で要るのは,そこまでに読んだ文字で条件づけた次の文字の確率だけだから,𝑞𝑛が1文字ずつの条件付き確率の積の形で与えられていれば,𝑥を先頭から読みながら区間を狭めていける.各段の目盛りを作るのに足し合わせるのはXの文字についての和で,𝑛段を通しても𝑛|X|個の値で済む.定義 12.4.1 で足した1ビットは,この細分で得た区間の中に符号語を収めるための代金であり,1文字あたりに直せば上に見た1/𝑛である.
ただし 定理 12.4.3 が測っているのは,符号を作るのに使った分布そのもので平均した符号長である.万能符号で問題になるのは真の分布𝑃𝑛𝜃で平均した符号長のほうで,𝑞𝑛が𝑃𝑛𝜃と違うと,二つが一致するとはかぎらない.次の定理は,その食い違いのぶんが相対エントロピー𝐷(𝑃𝑛𝜃 ‖ 𝑞𝑛)で抑えられることを述べる.
定理 12.4.6(信じた分布で符号化したときの冗長度). 定義 12.1.1 の設定で𝑛 ≥1とし,𝑞𝑛をX𝑛上の分布ですべての𝑥 ∈X𝑛で𝑞𝑛(𝑥) >0を満たすものとする.
ℓ𝑛(𝑥):=⌈log21𝑞𝑛(𝑥)⌉+1(𝑥∈X𝑛)と定めると,ℓ𝑛は 定義 12.1.1 の意味で長さ𝑛の符号長の組であり,どの𝜃 ∈Θについても
Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃)≤1𝑛𝐷(𝑃𝑛𝜃∥𝑞𝑛)+2𝑛である(Δ𝑛は 定義 12.1.2 の冗長度,𝐷は 1.6 節の相対エントロピー).
証明. Xは空でないからX𝑛も空でなく,𝑞𝑛は全点で正だから,ℓ𝑛はアルファベットX𝑛と分布𝑞𝑛について 定義 12.4.1 が定める Shannon–Fano–Elias 符号語長にほかならない.𝑞𝑛(𝑥) ≤1よりlog21𝑞𝑛(𝑥) ≥0だから切り上げも0以上で,ℓ𝑛(𝑥)は0以上の整数である.Kraft の不等式は 命題 12.4.2 をX𝑛と𝑞𝑛に当てて得られる.よってℓ𝑛は長さ𝑛の符号長の組である.
冗長度を評価する.4.4 節が既知とした天井関数の性質⌈𝑡⌉ <𝑡 +1より
ℓ𝑛(𝑥)<log21𝑞𝑛(𝑥)+2である.𝜃 ∈Θをとり,両辺に𝑃𝑛𝜃({𝑥})を掛けて𝑥について足すと,∑𝑥𝑃𝑛𝜃({𝑥}) =1より
∑𝑥∈X𝑛𝑃𝑛𝜃({𝑥})ℓ𝑛(𝑥)<∑𝑥∈X𝑛𝑃𝑛𝜃({𝑥})log21𝑞𝑛(𝑥)+2となる.両辺から𝐻(𝑃𝑛𝜃) = −∑𝑥𝑃𝑛𝜃({𝑥})log2𝑃𝑛𝜃({𝑥})を引き,右辺の二つの和をまとめる.𝑃𝜃は全点で正だから𝑃𝑛𝜃も全点で正であり,𝑞𝑛も全点で正だから,対数の中身はつねに正で
∑𝑥∈X𝑛𝑃𝑛𝜃({𝑥})ℓ𝑛(𝑥)−𝐻(𝑃𝑛𝜃)<∑𝑥∈X𝑛𝑃𝑛𝜃({𝑥})log2𝑃𝑛𝜃({𝑥})𝑞𝑛(𝑥)+2である.右辺の和は 1.6 節の定義そのもので𝐷(𝑃𝑛𝜃 ‖ 𝑞𝑛)に等しい.両辺を𝑛で割ると,定義 12.1.2 より左辺はΔ𝑛(ℓ𝑛,𝜃)であり,主張の不等式が従う.◼
定理 12.4.6 は 補題 12.3.2 の裏返しである.補題 12.3.2 は符号長の組から分布を作り,冗長度を下から1𝑛𝐷(𝑃𝑛𝜃 ‖ 𝑞𝑛)で抑えた.定理 12.4.6 は分布から符号長の組を作り,冗長度を上から1𝑛𝐷(𝑃𝑛𝜃 ‖ 𝑞𝑛) +2𝑛で抑える.行き来する向きが逆で,上乗せの2𝑛は,切り上げの1ビットと 定義 12.4.1 で足した1ビットを𝑛で割ったものである.
系 12.4.7. 定義 12.1.1 の設定で𝑛 ≥1とすると
𝐶(𝑊𝑛)𝑛≤Δ∗𝑛≤1𝑛inf𝑞𝑛 max𝜃∈Θ 𝐷(𝑃𝑛𝜃∥𝑞𝑛)+2𝑛である.下限はX𝑛上の全点で正の分布の全体,最大は有限集合Θの上でとる(Δ∗𝑛は 定義 12.1.5 のミニマックス冗長度,𝑊𝑛は 定義 12.3.1 の通信路).
証明. 左側は 定理 12.3.4 そのものである.
右側を示す.𝑞𝑛をX𝑛上の全点で正の分布とし,定理 12.4.6 の符号長の組ℓ𝑛をとる.ℓ𝑛は長さ𝑛の符号長の組だから 定義 12.1.5 の下限をとる範囲に入り,Θは有限だから
Δ∗𝑛≤max𝜃∈ΘΔ𝑛(ℓ𝑛,𝜃)≤1𝑛max𝜃∈Θ𝐷(𝑃𝑛𝜃∥𝑞𝑛)+2𝑛である(第2の不等号は,定理 12.4.6 の評価を各𝜃に当てて最大をとったものである).すなわち,どの𝑞𝑛についても𝑛(Δ∗𝑛 −2𝑛) ≤max𝜃𝐷(𝑃𝑛𝜃 ‖ 𝑞𝑛)が成り立つ.
下限に移る.右辺の値の集合は空でなく(X𝑛上の一様分布が一つの元を与える),定理 1.6.1 より各元は0以上だから下に有界であり,下限は実数として定まる.左辺は𝑞𝑛に依らない定数で,その集合の下界だから,下限はそれ以上である.よって𝑛(Δ∗𝑛 −2𝑛) ≤inf𝑞𝑛max𝜃𝐷(𝑃𝑛𝜃 ‖ 𝑞𝑛)であり,移項して𝑛で割れば主張を得る.◼
上下の差は,inf𝑞𝑛max𝜃𝐷(𝑃𝑛𝜃 ‖ 𝑞𝑛)と𝐶(𝑊𝑛)の差に2を足して𝑛で割ったものである.2のほうは 定義 12.4.1 で足した1ビットと切り上げの1ビットから来ていて,𝑛で割れば𝑛を大きくとるにつれて消える.残るのは前の二つの量の差で,どちらも族の分布どうしの離れ具合を測っている.前者はX𝑛上の分布を一つ選んで族の全体を代表させたときの最悪の隔たりであり,後者は 定理 12.3.4 の証明がその隔たりから取り出した量である.12.3 節で借りた冗長度–容量定理を認めれば,この二つの量は一致する.そのとき 系 12.4.7 の左右の端はどちらも𝐶(𝑊𝑛)/𝑛から2/𝑛以内にあり,ミニマックス冗長度は通信路容量で上下から挟まれる.
残るのは𝑞𝑛をどう選ぶかである.真の𝜃が分からない以上,族のどれか一つを選ぶわけにはいかない.次の例は,族の分布を等しい重みで混ぜたものを𝑞𝑛にとる.これは 補題 12.3.3 の混合𝑃𝑛𝜋を,𝜋がΘ上の一様分布である場合にとったものにあたる.
例 12.4.8(二つの偏ったコインの混合で作った分布). 例 12.1.7 の族(X ={0,1},Θ ={1,2})で𝑛 ≥1とし,
𝑞𝑛(𝑥):=12(𝑃𝑛1({𝑥})+𝑃𝑛2({𝑥}))(𝑥∈X𝑛)とおく.𝑞𝑛はX𝑛上の全点で正の分布であり,ℓ𝑛を 定理 12.4.6 が𝑞𝑛から定める符号長の組とすると,どちらの𝜃 ∈Θについても
𝐷(𝑃𝑛𝜃∥𝑞𝑛)≤1,Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃)≤3𝑛である(どちらもビットで測った値である).この上界3/𝑛は,どの𝑛 ≥1でも 定理 12.2.4 が同じ族に与える上界より小さく,𝑛 =1000では0.003ビットである.
証明. 𝑃𝑛1と𝑃𝑛2はX𝑛上の全点で正の分布だから,𝑞𝑛の値は正で,総和は12(1 +1) =1である.よって𝑞𝑛はX𝑛上の全点で正の分布であり,定理 12.4.6 が当たる.
相対エントロピーを抑える.𝜃 ∈Θをとると,𝑞𝑛の定義の右辺には12𝑃𝑛𝜃({𝑥})の項が含まれ,もう一方の項は非負だから𝑞𝑛(𝑥) ≥12𝑃𝑛𝜃({𝑥})である.したがって𝑃𝑛𝜃({𝑥})𝑞𝑛(𝑥) ≤2であり,両辺の対数をとってlog2𝑃𝑛𝜃({𝑥})𝑞𝑛(𝑥) ≤1を得る.重み𝑃𝑛𝜃({𝑥})は非負で総和が1だから,1.6 節の定義より𝐷(𝑃𝑛𝜃 ‖ 𝑞𝑛) ≤1である.これを 定理 12.4.6 に入れるとΔ𝑛(ℓ𝑛,𝜃) ≤1𝑛 +2𝑛 =3𝑛となる.
上界どうしを比べる.この族では|X| =2だから,定理 12.2.4 の右辺は(2log2(𝑛 +1) +2)/𝑛である.𝑛 ≥1より𝑛 +1 ≥2でlog2(𝑛 +1) ≥1だから,分子は4以上であり,3より真に大きい.よって3/𝑛のほうが小さい.最後に𝑛 =1000では3/1000 =0.003である.◼
同じ作り方は,族が二つでなくてもそのまま通る.Θの元をすべて等しい重みで混ぜればよい.
系 12.4.9. 定義 12.1.1 の設定で𝑛 ≥1とし,
𝑞𝑛(𝑥):=1|Θ|∑𝜃∈Θ𝑃𝑛𝜃({𝑥})(𝑥∈X𝑛)とおく.ℓ𝑛を 定理 12.4.6 が𝑞𝑛から定める符号長の組とすると,どの𝜃 ∈Θについても
Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃)≤log2|Θ|+2𝑛であり,したがってΔ∗𝑛 ≤(log2|Θ| +2)/𝑛である.さらに,各𝑛 ≥1にこのℓ𝑛を対応させた列は,族{𝑃𝜃}𝜃∈Θに対する万能符号である(定義 12.1.6).
証明. Θは空でない有限集合で,各𝑃𝑛𝜃はX𝑛上の全点で正の分布だから,𝑞𝑛の値は正で,総和は1|Θ||Θ| =1である.よって𝑞𝑛はX𝑛上の全点で正の分布であり,定理 12.4.6 が当たる.
相対エントロピーを抑える.𝜃 ∈Θをとると,𝑞𝑛の定義の右辺には1|Θ|𝑃𝑛𝜃({𝑥})の項が含まれ,残りの項は非負だから𝑞𝑛(𝑥) ≥1|Θ|𝑃𝑛𝜃({𝑥})である.したがって𝑃𝑛𝜃({𝑥})𝑞𝑛(𝑥) ≤|Θ|であり,両辺の対数をとってlog2𝑃𝑛𝜃({𝑥})𝑞𝑛(𝑥) ≤log2|Θ|を得る.重み𝑃𝑛𝜃({𝑥})は非負で総和が1だから,1.6 節の定義より𝐷(𝑃𝑛𝜃 ‖ 𝑞𝑛) ≤log2|Θ|である.これを 定理 12.4.6 に入れると,主張の第1の不等式を得る.
ℓ𝑛は長さ𝑛の符号長の組だから 定義 12.1.5 の下限をとる範囲に入り,Θは有限だからΔ∗𝑛 ≤max𝜃Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃)であり,右辺はいま示した値以下である.
最後の主張に移る.|Θ|は𝑛に依らない有限の数だから(log2|Θ| +2)/𝑛 →0であり,命題 12.1.3 よりmax𝜃Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃) ≥0である.はさみうちによりmax𝜃Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃) →0となり,定義 12.1.6 の条件が満たされる.◼
|Θ| =2ととれば 例 12.4.8 の3/𝑛が戻る.系 12.4.9 の右辺は族の中身によらず|Θ|だけで書けていて,𝑛に反比例して0に向かう.系 12.2.5 が型による符号に与えた上界(|X|log2(𝑛 +1) +2)/𝑛と比べると,族を固定して𝑛を大きくしていったときにlog2𝑛の因子ぶん小さい(族の大きさが𝑛に比べて大きいところでは逆になる.|X| =2,|Θ| =21000,𝑛 =10なら,系 12.4.9 の右辺は100.2で,系 12.2.5 の右辺の0.891…より大きい).12.3 節は,この因子ぶんの隔たりが型による符号の緩みなのか下界の緩みなのかは決まらない,と書いた.本節の評価を足すと決まる.下界は 系 12.3.5 よりlog2|Θ|/𝑛を超えず,ミニマックス冗長度そのものも 系 12.4.9 より(log2|Θ| +2)/𝑛を超えないから,隔たりは上界の側にある.有限の族に対しては,族を見て混合を作れば1文字あたりの損が1/𝑛の水準まで下がるのだから,系 12.2.5 の上界にあるlog2𝑛の因子は,族の中身を見ないことの代金である.いっぽうlog2|Θ|という量はΘが有限であることに頼っていて,12.1 節が本章では扱わないと断った,偏りが連続に動く族には当てられない.型による符号の上界のほうは族の大きさを見ずに書けているので,Θがどれだけ大きくても同じ式のままである.
この𝑞𝑛を作るには族の分布がすべて要る.知らないのは𝜃だけで族そのものは分かっている,という 定義 12.1.1 の枠組みには収まっている.この𝑞𝑛は1文字ずつの積の形をしていないが,区間による構成に要る条件付き確率は1文字ずつ出せる.そこまでに読んだ列で条件づけた次の文字の確率は,族の各分布がその文字に与える確率を,そこまでの列に族の各分布が与える値に比例する重みで平均したものだから,|Θ|個の重みを1文字ごとに更新していけばよく,族の側から要るのは,各𝜃と各文字についての𝑃𝜃の値,すなわち|Θ||X|個の値だけである.
ここまでに作った符号は,型によるものも混合によるものも,定義 12.1.1 の枠組みの中で測ってきた.そこに現れる𝑃𝑛𝜃は1文字ずつの積だから,前に出た文字が次の文字の出方に効く情報源は,族の中に初めから入っていない.第3章が扱った定常情報源には,そういう記憶のあるものが入っていて,そこで1文字あたりの不確かさを測るのはエントロピーではなくエントロピーレートだった(定義 3.2.1).記憶のある情報源に対して,しかも族を用意せずに,1文字あたりの符号長をエントロピーレートまで下げる符号はあるだろうか.次節は 定義 12.1.1 の枠組みそのものを離れ,分布を持ち出さずに符号を作る方法に移る.
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