12.3 ミニマックス冗長度と通信路容量
前節はミニマックス冗長度を上から抑えた.下からはどうか.例 12.1.7 が示しているのは,族の中の二つの分布が互いに離れていると,一方に合わせた符号が他方で大きく損をする,ということだった.族が離れているほど,一つの符号ですべてを賄うのは苦しくなるはずである.その離れ具合は,次のように読み替えれば第6章の道具で測れる.
つながりの見当は次のようにつく.𝜃を送りたいものと見て,𝜃を選ぶと長さ𝑛の系列𝑥が分布𝑃𝑛𝜃に従って現れる,という仕組みを一つの通信路と読む.入力はΘの元,出力はX𝑛の元である.この通信路の容量が大きいということは,出てきた系列から𝜃がよく分かるということ,すなわち族の分布どうしが離れているということである.そして符号を作る側は𝜃を知らないまま一つの分布を信じるしかないので,離れているぶんがそのまま損になる.族の離れ具合を測る量として,第6章の通信路容量がそのまま使えることになる.本節はこの見当を,Δ∗𝑛 ≥𝐶(𝑊𝑛)/𝑛という形の不等式にする.本節が証明するのはこの下界までである.上下がちょうど一致することを述べる等式は,本節の末で借りるだけで,証明しない.
本節ではΘ上の分布を𝜋と書く.本節の𝜋はつねにΘの元を引数にとって𝜋(𝜃)の形で現れるもので,第6章 6.1 節と第9章が二値の情報源のパラメータに使う裸の𝜋とも,第7章以降が円周率に使う裸の𝜋とも別である(本章には円周率も二値のパラメータも現れない).通信路のほうは𝑊𝑛と書く.本章の𝑊はつねに添字𝑛を持ち,第6章の通信路と同じ意味で使う(第5章の倍加率𝑊とも,第8章 8.5 節の帯域幅𝑊とも別である).
パラメータから系列への通信路
定義 12.3.1(パラメータから系列への通信路). 定義 12.1.1 の設定で𝑛 ≥1とする.各𝜃 ∈Θと𝑥 ∈X𝑛に対し
𝑊𝑛(𝑥∣𝜃):=𝑃𝑛𝜃({𝑥})と定める.𝑃𝑛𝜃はX𝑛上の分布だから,値は非負で,各𝜃について∑𝑥∈X𝑛𝑊𝑛(𝑥 ∣𝜃) =1である.すなわち𝑊𝑛は,入力アルファベットΘ,出力アルファベットX𝑛の通信路(定義 6.1.1)である.その通信路容量を𝐶(𝑊𝑛)(定義 6.1.4)と書く.
同じ式を通信路と読むところが,本節の仕掛けのすべてである.第6章では𝑊(𝑦 ∣𝑥)が雑音を表していて,送り手にはどうにもできないものだった.ここでは𝑊𝑛(𝑥 ∣𝜃)が情報源の族そのものであり,「どの𝜃が真か」という知りたいことが入力,「実際に出てきた系列」が出力である.Θは空でない有限集合,X𝑛は有限集合なので,定義 6.1.1 が要求する有限性はどちらも満たされている.
冗長度を相対エントロピーで書き直す
補題 12.3.2. 定義 12.1.1 の設定で,𝑛 ≥1,ℓ𝑛を長さ𝑛の符号長の組とし,𝐾 :=∑𝑥∈X𝑛2−ℓ𝑛(𝑥)と置く.このとき0 <𝐾 ≤1であり,
𝑞𝑛(𝑥):=2−ℓ𝑛(𝑥)𝐾(𝑥∈X𝑛)はX𝑛上の全点で正の分布である.さらに,どの𝜃 ∈Θについても
𝑛Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃)=𝐷(𝑃𝑛𝜃∥𝑞𝑛)+log21𝐾≥𝐷(𝑃𝑛𝜃∥𝑞𝑛)である(𝐷は 1.6 節の相対エントロピー).
証明. Xは空でないからX𝑛も空でなく,和の各項は正だから𝐾 >0である.ℓ𝑛は符号長の組だから𝐾 ≤1である.𝑞𝑛の値は正で総和は1だから,𝑞𝑛はX𝑛上の全点で正の分布である.
𝜃 ∈Θをとる.定義 12.1.2 より
𝑛Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃)=∑𝑥𝑃𝑛𝜃({𝑥})(ℓ𝑛(𝑥)+log2𝑃𝑛𝜃({𝑥}))=∑𝑥𝑃𝑛𝜃({𝑥})log2𝑃𝑛𝜃({𝑥})2−ℓ𝑛(𝑥)である(𝑃𝜃は全点で正だから𝑃𝑛𝜃も全点で正で,対数の中身はつねに正である).2−ℓ𝑛(𝑥) =𝐾 𝑞𝑛(𝑥)を入れ,log2の中の積を和に分け,∑𝑥𝑃𝑛𝜃({𝑥}) =1を使うと
𝑛Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃)=∑𝑥𝑃𝑛𝜃({𝑥})log2𝑃𝑛𝜃({𝑥})𝑞𝑛(𝑥)+log21𝐾となり,第1項は 1.6 節の定義そのもので𝐷(𝑃𝑛𝜃 ‖ 𝑞𝑛)である.0 <𝐾 ≤1よりlog21𝐾 ≥0だから,不等式も従う.◻
記号を一つ断っておく.𝑞𝑛はつねに添字𝑛を持ち,X𝑛上の分布を指す(第6章 6.1 節が出力分布に使った裸の𝑞とは別である).
補題 12.3.2 は 定理 4.3.2 の証明と同じ分解である.あちらは差が非負であることだけを結論にしていたが,本節は等式の形で使うので,改めて書いた.読み方も同じで,符号長の組を選ぶことは分布𝑞𝑛を信じることに対応し,冗長度は「信じ違いのぶん」と「場所を余らせたぶん」の和になる.𝜃に依存しているのは第1項だけであり,𝑞𝑛は𝜃を知らずに決めなければならない.次の補題は,この一つの𝑞𝑛が族の全体に対してどれだけの損を強いられるかを,二つに分ける.
ここから𝜃を確率変数として扱う.統計では未知パラメータを定数とみなすが,相互情報量𝐼(𝜃;𝑋𝑛)は同時分布に対して定まる量なので,𝜃自身に分布がなければ書けない.1.9 節と同じく,Θ上に分布𝜋を一つ与え,(𝜃,𝑋𝑛)を同時分布をもつ対として扱う.この確率変数とΘをわたる添字とを分けるため,補題 12.3.3 と 定理 12.3.4 の証明では,和や最大の添字に𝜃′を使い,裸の𝜃はこの確率変数だけを指すことにする.
補題 12.3.3(平均した相対エントロピーの分解). 定義 12.1.1 の設定で𝑛 ≥1とする.𝜋をΘ上の分布,𝑞𝑛をX𝑛上の全点で正の分布とし,
𝑃𝑛𝜋({𝑥}):=∑𝜃′∈Θ𝜋(𝜃′)𝑃𝑛𝜃′({𝑥})(𝑥∈X𝑛)と置く.(𝜃,𝑋𝑛)を,Θ ×X𝑛の点(𝜃′,𝑥)に確率𝜋(𝜃′)𝑃𝑛𝜃′({𝑥})を与える同時分布に従う対とすると
∑𝜃′∈Θ𝜋(𝜃′)𝐷(𝑃𝑛𝜃′∥𝑞𝑛)=𝐼(𝜃;𝑋𝑛)+𝐷(𝑃𝑛𝜋∥𝑞𝑛)である(𝐼は 定義 1.3.1 の相互情報量,𝐷は 1.6 節の相対エントロピー).
証明. 𝜋(𝜃′) =0の項は左辺で0であり,同時分布もその𝜃′の上で0なので 定義 1.3.1 の和にも寄与しない.以下𝜋(𝜃′) >0の𝜃′だけを見る.𝑃𝜃′は全点で正だから𝑃𝑛𝜃′も全点で正で,したがって𝑃𝑛𝜋も全点で正である(𝜋は少なくとも一点で正である).𝑞𝑛も全点で正だから,以下に現れる対数の中身はすべて正である.
各𝜃′について,対数の中身を二つに分ける.
𝐷(𝑃𝑛𝜃′∥𝑞𝑛)=∑𝑥𝑃𝑛𝜃′({𝑥})log2𝑃𝑛𝜃′({𝑥})𝑃𝑛𝜋({𝑥})+∑𝑥𝑃𝑛𝜃′({𝑥})log2𝑃𝑛𝜋({𝑥})𝑞𝑛(𝑥)である.両辺に𝜋(𝜃′)を掛けて𝜃′について足す.
第1の和を見る.対(𝜃,𝑋𝑛)の同時分布は点(𝜃′,𝑥)で𝜋(𝜃′)𝑃𝑛𝜃′({𝑥})であり,その二つの周辺分布は𝜋(𝜃′)と𝑃𝑛𝜋({𝑥})である.よって
𝜋(𝜃′)𝑃𝑛𝜃′({𝑥})𝜋(𝜃′)𝑃𝑛𝜋({𝑥})=𝑃𝑛𝜃′({𝑥})𝑃𝑛𝜋({𝑥})だから,∑𝜃′,𝑥𝜋(𝜃′)𝑃𝑛𝜃′({𝑥})log2𝑃𝑛𝜃′({𝑥})𝑃𝑛𝜋({𝑥})は 定義 1.3.1 の右辺そのもので,𝐼(𝜃;𝑋𝑛)に等しい.
第2の和を見る.こちらは対数の中身が𝜃′に依らないので,𝜃′について先に足すと
∑𝑥(∑𝜃′𝜋(𝜃′)𝑃𝑛𝜃′({𝑥}))log2𝑃𝑛𝜋({𝑥})𝑞𝑛(𝑥)=∑𝑥𝑃𝑛𝜋({𝑥})log2𝑃𝑛𝜋({𝑥})𝑞𝑛(𝑥)となり,これは𝐷(𝑃𝑛𝜋 ‖ 𝑞𝑛)である.二つを足せば主張を得る.◻
左辺は,族の各分布に対する損を事前分布𝜋で平均したものである.それが二つに割れた.第2項は,混合𝑃𝑛𝜋と符号が信じる𝑞𝑛との隔たりで,𝑞𝑛を𝑃𝑛𝜋そのものにとれば 定理 1.6.1 の等号条件により0になる.いっぽう第1項には𝑞𝑛が現れない.相対エントロピーは非負だから(定理 1.6.1),左辺は𝑞𝑛の選び方によらず𝐼(𝜃;𝑋𝑛)以上である.平均した損の下界が相互情報量として書けたことになる.𝜋を動かしてこれを最大にすれば,第6章の容量が出てくる.
下界
証明. ℓ𝑛を長さ𝑛の符号長の組とし,補題 12.3.2 の𝑞𝑛をとる.𝜋をΘ上の任意の分布とする.𝜋は総和1の非負の重みだから,加重平均は最大以下であり,続いて 補題 12.3.2 の不等式を各𝜃′に当てると
max𝜃′∈Θ𝑛Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃′)≥∑𝜃′𝜋(𝜃′)𝑛Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃′)≥∑𝜃′𝜋(𝜃′)𝐷(𝑃𝑛𝜃′∥𝑞𝑛)である.𝑞𝑛はX𝑛上の全点で正の分布だから,右辺に 補題 12.3.3 を当てると𝐼(𝜃;𝑋𝑛) +𝐷(𝑃𝑛𝜋 ‖ 𝑞𝑛)になり,第2項は 定理 1.6.1 より0以上だから
max𝜃′∈Θ𝑛Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃′)≥𝐼(𝜃;𝑋𝑛)を得る.ここで(𝜃,𝑋𝑛)は,点(𝜃′,𝑥)で𝜋(𝜃′)𝑊𝑛(𝑥 ∣𝜃′)となる同時分布に従う対だから,命題 6.1.3 を通信路𝑊𝑛と入力分布𝜋に当てて𝐼(𝜃;𝑋𝑛) =𝐼(𝜋;𝑊𝑛)(定義 6.1.2 の意味)である.
𝜋は任意だったので,定理 6.1.5 を𝑊𝑛に当て,𝐼( ⋅ ;𝑊𝑛)を最大にする入力分布𝜋∗をとる.𝜋 :=𝜋∗として上の評価を使うと
max𝜃′∈Θ𝑛Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃′)≥𝐼(𝜋∗;𝑊𝑛)=𝐶(𝑊𝑛)である.左辺のℓ𝑛は長さ𝑛の符号長の組として任意だったから,𝐶(𝑊𝑛)は 定義 12.1.5 の下限をとる値の集合の下界であり,下限はそれ以上である.すなわち𝑛 Δ∗𝑛 ≥𝐶(𝑊𝑛)であり,両辺を𝑛で割れば主張を得る.◼
証明. 定義 12.3.1 より𝑊𝑛は入力アルファベットΘ,出力アルファベットX𝑛の通信路である.命題 6.1.7 をこの通信路に当てると𝐶(𝑊𝑛) ≤log2min(|Θ|,|X𝑛|)であり,min(|Θ|,|X𝑛|) ≤|Θ|だから𝐶(𝑊𝑛) ≤log2|Θ|を得る.両辺を𝑛 >0で割れば後半が従う.◼
系 12.3.5 は,下界そのものの大きさに天井を与えている.族が有限であるかぎり,定理 12.3.4 から読み取れる1文字あたりの損は多くともlog2|Θ|/𝑛で,𝑛に反比例して消える水準である.いっぽう 系 12.2.5 の上界は|X|log2(𝑛 +1)/𝑛の水準だった.二つのあいだにはlog2𝑛の因子ぶんの隔たりがあり,それが型による符号の緩みなのか下界の緩みなのかは,本節の道具では決まらない.
冗長度–容量定理を借りる. 借りるのは,定義 12.1.1 の設定で
inf𝑞𝑛 max𝜃∈Θ 𝐷(𝑃𝑛𝜃∥𝑞𝑛)=𝐶(𝑊𝑛)が成り立つ,という形である(下限はX𝑛上の全点で正の分布の全体,最大はΘの上でとる).当てる相手は,本章の有限なΘと有限なXの場合だけである.二つの側に分けて見る.一方の
inf𝑞𝑛 max𝜃∈Θ 𝐷(𝑃𝑛𝜃∥𝑞𝑛)≥𝐶(𝑊𝑛)は,定理 12.3.4 の証明がたどった道がそのまま覆っている.その証明で𝑞𝑛が符号長の組から作られていることを使うのは,補題 12.3.2 を当てる最初の一歩だけで,そこから先の評価はX𝑛上の全点で正の分布ならどれでも通るからである.借りるのは反対の
inf𝑞𝑛 max𝜃∈Θ 𝐷(𝑃𝑛𝜃∥𝑞𝑛)≤𝐶(𝑊𝑛)のほうだけである.本書はこれを証明しない.𝜃側の最大と𝑞𝑛側の下限の順序を入れ替えるミニマックス定理が要り,本書はそれを用意していないからである.この借用に依存するのは,本節の地の文で 定理 12.3.4 の下界の意味を説明するところと,12.4 節が 系 12.4.7 のあとで上下の評価を突き合わせるところだけで,本章のどの主張の証明にも使わない.
補題 12.3.2 の等式と借りた定理を並べると,下界の意味がはっきりする.補題 12.3.2 は𝑛Δ𝑛(ℓ𝑛,𝜃) =𝐷(𝑃𝑛𝜃 ‖ 𝑞𝑛) +log21𝐾だったから,場所を余らせない符号長の組(𝐾 =1)に限れば,冗長度の𝑛倍はちょうど相対エントロピーである.すなわち𝑛 Δ∗𝑛は,借りた定理の左辺を,𝑞𝑛が符号長の組から作れるものに限って測り,さらに場所を余らせたぶんを足した量である.定理 12.3.4 はその二つの制限を落として得た下界で,借りた定理は,制限を落とした側の値がちょうど𝐶(𝑊𝑛)であることを述べている.
例 12.3.6(二つの偏ったコイン(容量)). 例 12.1.7 の族で𝑛 =1とすると,定義 12.3.1 の通信路𝑊1の容量は
𝐶(𝑊1)=1−𝐻𝑏(0.1)=0.531…ビットであり,Δ∗1 =0.531…ビットである(𝐻𝑏は 例 1.1.2 の二値エントロピー).
証明. まず容量を求める.定義 12.3.1 より𝑊1(0 ∣1) =0.1,𝑊1(1 ∣1) =0.9,𝑊1(0 ∣2) =0.9,𝑊1(1 ∣2) =0.1である.入力の名前を1 ↦1,2 ↦0と付け替えると,これは 例 6.1.8 の反転確率0.1の二元対称通信路の遷移確率と一致する.定義 6.1.2 の右辺に現れるのは入力分布の値と遷移確率の値だけで,入力の名前は現れないから,付け替えても𝐼(𝑝;𝑊)のとりうる値の集合は変わらず,定義 6.1.4 の上限も変わらない.よって 例 6.1.8 より𝐶(𝑊1) =1 −𝐻𝑏(0.1)である.
下からは 定理 12.3.4 を𝑛 =1に当ててΔ∗1 ≥𝐶(𝑊1)である.上からは 例 12.1.7 がΔ∗1 ≤1 −𝐻𝑏(0.1)を与えている.二つを合わせてΔ∗1 =1 −𝐻𝑏(0.1)であり,例 1.1.2 より𝐻𝑏(0.1) =0.4689…だから,値は0.5310…である.◼
𝑛 =1では下界がそのまま達成されている.いっぽう 系 12.2.5 の上界は𝑛 =1で4ビットで,ずいぶん緩い.型を送るための⌈|X|log2(𝑛 +1)⌉ビットが,𝑛 =1では1文字あたり丸ごと2ビットの負担になるからである.上界と下界が近づくのは𝑛が大きいところで,そこでは上界が|X|log2(𝑛 +1)/𝑛の水準まで落ちる.
下界は 補題 12.3.2 を通して,符号が信じる分布𝑞𝑛と真の分布との相対エントロピーの形で出てきた.上からの評価を同じ形で書ければ,上下が直接比べられる.次節は,符号長の組を型から作るのではなく,𝑞𝑛を先に決めてそこから作る,という道筋をとり,その冗長度を相対エントロピーで抑える.
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