14.3 相関のある情報源の符号化
第2章は情報源を一つ扱った.列を番号に潰す人が一人いて,番号から列を作り直す人が一人いた.本節では情報源が二つあり,しかも二つは相関している.潰す人は二人に分かれていて,互いの見ているものを知らない.作り直す人は一人で,二つの番号をまとめて受け取り,両方の列を復元する.14.1 節が送り手を二人に分けたのと同じ分け方が,こんどは情報源の側に起きている.通信路は出てこない.本節に現れるのは情報源と符号だけである.
二つの情報源を𝑋と𝑌と書く.二人が相手を見られない以上,それぞれが単独で圧縮するほかないように見える.そうだとすると,第2章 定理 2.3.6 を二つの情報源それぞれに当てて,1文字あたり合計で𝐻(𝑋) +𝐻(𝑌)が要ることになる.ところが節の終わりで借りる達成可能性は,合計を𝐻(𝑋,𝑌)の近くまで下げられると言う.相関のぶんの重なり,すなわち 定理 1.3.4 が𝐻(𝑋) +𝐻(𝑌) −𝐻(𝑋,𝑌)と書いた𝐼(𝑋;𝑌)は,二人が相談しなくても削れるということである.本節はまず下からの評価,つまりどこまでなら下げられないかを三つの形で証明し,そのうえで上からの評価を借りる.
分散符号
定義 14.3.1(相関情報源の分散符号). XとYを空でない有限アルファベット,(𝑋,𝑌)をX ×Yに値をとる確率変数の対とし,𝑀𝑋 ≥1,𝑀𝑌 ≥1を整数とする.分散符号 とは,符号化写像𝑓𝑋 :X →{1,…,𝑀𝑋},𝑓𝑌 :Y →{1,…,𝑀𝑌}と 共同復号器 𝑑 :{1,…,𝑀𝑋} ×{1,…,𝑀𝑌} →X ×Yの組である.復号の結果𝑑(𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌))の第1成分をˆ𝑋,第2成分をˆ𝑌と書き,三つの 誤り確率 を
𝑃𝑒:=Pr[(ˆ𝑋,ˆ𝑌)≠(𝑋,𝑌)],𝑃𝑒,𝑋:=Pr[ˆ𝑋≠𝑋],𝑃𝑒,𝑌:=Pr[ˆ𝑌≠𝑌]で定める.
第2章 定義 2.3.1 のブロック情報源符号を二つの情報源に広げた形だが,広げ方は左右で対称ではない.符号化は二本に分かれる.𝑓𝑋は𝑋だけを見て番号を出し,𝑌の値も相手の出した番号も見ない.いっぽう復号は一本のままで,二つの番号から対を一度に言い当てる.分散と呼ぶのはこの符号化の側の分かれ方を指していて(確率変数のばらつきを測る分散とは別の語である),復号の側は分かれていない.誤り確率を三つ置いたのは,対として当てることと成分ごとに当てることが別の要求だからで,以下の三つの下界はそれぞれ別の誤り確率で書かれる.
長さ𝑛のブロックを扱うときは,定義 14.3.1 のXとYにX𝑛とY𝑛を,対(𝑋,𝑌)に(𝑋𝑛,𝑌𝑛)を置いて読む.そのときレートは1𝑛log𝑀𝑋と1𝑛log𝑀𝑌になる.定義 14.3.1 自体はアルファベットに何の構造も求めないので,この読み替えに断りは要らない.
例 14.3.2(二元対称な相関). X =Y ={0,1}とし,𝜌 ∈[0,1]とする.𝑋をX上の一様分布に従う確率変数,𝑍を𝑋と独立でPr[𝑍 =1] =𝜌を満たす確率変数とし,𝑌 :=𝑋 ⊕𝑍(⊕は排他的論理和)とする.このとき𝑋を与えたときの𝑌の条件付き分布は,例 6.1.8 の反転確率𝜌の二元対称通信路が返す分布であり,
𝐻(𝑋)=𝐻(𝑌)=1,𝐻(𝑋∣𝑌)=𝐻(𝑌∣𝑋)=𝐻𝑏(𝜌),𝐻(𝑋,𝑌)=1+𝐻𝑏(𝜌),𝐼(𝑋;𝑌)=1−𝐻𝑏(𝜌)である(𝐻𝑏は 例 1.1.2 の二値エントロピー関数).また𝑀𝑋 :=2,𝑀𝑌 :=2とし,𝑓𝑋と𝑓𝑌をどちらも0 ↦1,1 ↦2で定め,𝑑(𝑚𝑋,𝑚𝑌) :=(𝑚𝑋 −1, 𝑚𝑌 −1)と定めると,この組は 定義 14.3.1 の分散符号であり,三つの誤り確率はどれも0で,log𝑀𝑋 =log𝑀𝑌 =1である.さらに𝜌 =0のときにかぎり,𝑀𝑋 :=2,𝑀𝑌 :=1とし,𝑓𝑋を同じ写像,𝑓𝑌を値が1の定数写像とし,𝑑(𝑚𝑋,1) :=(𝑚𝑋 −1, 𝑚𝑋 −1)と定めると,この組も 定義 14.3.1 の分散符号であり,三つの誤り確率はどれも0で,log𝑀𝑋 +log𝑀𝑌 =1である.
証明. 𝑌の分布をまず見る.𝑋と𝑍は独立だから
Pr[𝑌=1]=Pr[𝑋=1]Pr[𝑍=0]+Pr[𝑋=0]Pr[𝑍=1]=12(1−𝜌)+12𝜌=12であり,𝑌もX上の一様分布に従う.よって 例 1.1.3 より𝐻(𝑋) =𝐻(𝑌) =log2 =1である.
条件付き分布と𝐻(𝑌 ∣𝑋)を見る.𝑥を一つ固定する.𝑍は𝑋と独立だから,𝑋 =𝑥を与えたときの𝑍の条件付き分布はもとの分布のままで,𝑌 =𝑥 ⊕𝑍は𝑥と違う値を確率𝜌,𝑥を確率1 −𝜌でとる.これが 例 6.1.8 の反転確率𝜌の二元対称通信路が入力𝑥に返す分布である.定義 1.1.1 よりそのエントロピーは𝑥によらず𝐻𝑏(𝜌)だから,定義 1.2.2 がそれを平均した値も𝐻𝑏(𝜌)である.
残る三つはチェイン則から出る.定理 1.2.3 より𝐻(𝑋,𝑌) =𝐻(𝑋) +𝐻(𝑌 ∣𝑋) =1 +𝐻𝑏(𝜌)であり,同じチェイン則を𝑌の側から読むと𝐻(𝑋 ∣𝑌) =𝐻(𝑋,𝑌) −𝐻(𝑌) =𝐻𝑏(𝜌)である.相互情報量は,定理 1.3.4 の𝐼(𝑋;𝑌) =𝐻(𝑋) −𝐻(𝑋 ∣𝑌)に二つを入れて1 −𝐻𝑏(𝜌)である.
符号を確かめる.𝑓𝑋と𝑓𝑌はどちらも{0,1}を{1,2}に写す一対一の写像で,𝑑は各成分にその逆を施すから,𝑑(𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌)) =(𝑋,𝑌)がつねに成り立つ.対として当たっているから成分ごとにも当たっており,三つの誤り確率はどれも0である.𝑀𝑋 =𝑀𝑌 =2からlog𝑀𝑋 =log𝑀𝑌 =1を得る.
𝜌 =0の符号を確かめる.このとき𝑍は確率1で0をとるから,𝑌 =𝑋 ⊕𝑍は確率1で𝑋に等しい.𝑓𝑋は𝑥を𝑥 +1に写すから𝑑(𝑓𝑋(𝑋), 1) =(𝑋,𝑋)であり,𝑓𝑌の値は1しかないので,これが𝑑(𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌))である.右辺は確率1で(𝑋,𝑌)に等しいから,三つの誤り確率はどれも0である.𝑀𝑋 =2,𝑀𝑌 =1からlog𝑀𝑋 +log𝑀𝑌 =1 +0 =1を得る.◼
𝜌が相関の強さを動かす.𝜌 =0なら𝑍は確率1で0をとるので𝑌 =𝑋であり,𝜌 =1なら𝑌は𝑋を裏返したものである.例 1.1.2 のとおり𝐻𝑏はその両端で0,𝜌 =1/2で最大値log2 =1をとる.𝜌をどこに置いても𝐻(𝑋) +𝐻(𝑌) =2は動かないのに,対のエントロピー𝐻(𝑋,𝑌) =1 +𝐻𝑏(𝜌)のほうは1から2までを動く.その差が,例 14.3.2 の𝐼(𝑋;𝑌) =1 −𝐻𝑏(𝜌)である.本節の冒頭で「相関のぶんの重なりは二人が相談しなくても削れる」と書いたのは,この差のことである.例 14.3.2 の一つめの符号は合計で2,すなわち𝐻(𝑋) +𝐻(𝑌)をそのまま使っていて,この差をまだ受け取っていない.いっぽう𝜌 =0の符号は,𝑌側の番号が一通りしかない,つまり𝑌側が何も送っていないのに,合計1で二つの列をどちらも復元している.𝐻(𝑋) +𝐻(𝑌) =2より1少なく,削れた1はこのときの𝐼(𝑋;𝑌) =1 −𝐻𝑏(0) =1に等しい.相関が完全なので極端な場合だが,二人が相談しないまま重なりのぶんだけ削れる,ということの実物にはなっている.中間の𝜌について合計を𝐻(𝑋,𝑌)の近くまで下げられると言うのは節の終わりで借りる達成可能性のほうで,そちらは長さ𝑛のブロックについての主張である.
三つの下界
これから三つの下界を示す.どれもファノの不等式(定理 1.10.1)を使うが,観測の位置に置くのは一つの確率変数ではなく 対 である.定義 1.2.2 が断ったとおり,条件が複数あるときは対を一つの変数とみなして読めばよいので,定理 1.10.1 が観測に置いている変数にその対を,観測のとる値の集合にその対のとる値の集合を置けば,そのまま当たる.どの対を置くかが三つで違い,それが三つの下界の違いを生む.
定理 14.3.3(分散符号の逆定理・𝑋側). XとYを空でない有限アルファベットとし,|X| ≥2とする.(𝑋,𝑌)をX ×Yに値をとる確率変数の対,(𝑀𝑋,𝑀𝑌,𝑓𝑋,𝑓𝑌,𝑑)を 定義 14.3.1 の分散符号,𝑃𝑒,𝑋をその𝑋側の誤り確率とすると
log𝑀𝑋≥𝐻(𝑋∣𝑌)−𝐻𝑏(𝑃𝑒,𝑋)−𝑃𝑒,𝑋log(|X|−1)である(𝐻𝑏は 例 1.1.2 の二値エントロピー関数).
証明. ˆ𝑋を 定義 14.3.1 のとおり𝑑(𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌))の第1成分とする.
ˆ𝑋が対(𝑌,𝑓𝑋(𝑋))の写像で書けることをまず見る.𝑔 :Y ×{1,…,𝑀𝑋} →Xを𝑔(𝑦,𝑚) :=(𝑑(𝑚,𝑓𝑌(𝑦)))1(第1成分)で定めると,𝑔(𝑌,𝑓𝑋(𝑋)) =(𝑑(𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌)))1 =ˆ𝑋である.この写像の誤り確率Pr[ˆ𝑋 ≠𝑋]は 定義 14.3.1 の𝑃𝑒,𝑋にほかならない.そこでファノの不等式(定理 1.10.1)を,観測に対(𝑌,𝑓𝑋(𝑋))を,復号器に𝑔を置いて当てる.|X| ≥2だから
𝐻(𝑋∣𝑌,𝑓𝑋(𝑋))≤𝐻𝑏(𝑃𝑒,𝑋)+𝑃𝑒,𝑋log(|X|−1)を得る.
次に,𝑌を知っている人にとって番号𝑓𝑋(𝑋)が𝑋について持つ情報がlog𝑀𝑋を超えないことを見る.エントロピーの差の形(定理 1.4.3)で
𝐼(𝑋;𝑓𝑋(𝑋)∣𝑌)=𝐻(𝑋∣𝑌)−𝐻(𝑋∣𝑌,𝑓𝑋(𝑋))である.いっぽう 命題 1.4.2 の対称性より𝐼(𝑋;𝑓𝑋(𝑋) ∣𝑌) =𝐼(𝑓𝑋(𝑋);𝑋 ∣𝑌)であり,定理 1.4.3 をこちらの向きに読むと
𝐼(𝑓𝑋(𝑋);𝑋∣𝑌)=𝐻(𝑓𝑋(𝑋)∣𝑌)−𝐻(𝑓𝑋(𝑋)∣𝑌,𝑋)となる.右辺の第2項は条件付きエントロピーだから非負であり(定義 1.2.2 と 命題 1.1.4),𝐼(𝑋;𝑓𝑋(𝑋) ∣𝑌) ≤𝐻(𝑓𝑋(𝑋) ∣𝑌)である.さらに 定理 1.2.4 の基本形より𝐻(𝑓𝑋(𝑋) ∣𝑌) ≤𝐻(𝑓𝑋(𝑋))であり,𝑓𝑋(𝑋)のとりうる値は𝑀𝑋個だから 定理 1.1.5 より𝐻(𝑓𝑋(𝑋)) ≤log𝑀𝑋である.
二つを合わせる.定理 1.4.3 から出した等式を移項すると𝐻(𝑋 ∣𝑌) =𝐼(𝑋;𝑓𝑋(𝑋) ∣𝑌) +𝐻(𝑋 ∣𝑌,𝑓𝑋(𝑋))であり,右辺の第1項にいま見たlog𝑀𝑋の上界を,第2項にファノの不等式から出した上界を当てて
𝐻(𝑋∣𝑌)≤log𝑀𝑋+𝐻𝑏(𝑃𝑒,𝑋)+𝑃𝑒,𝑋log(|X|−1)であり,移項すれば主張を得る.◼
定理 14.3.4(分散符号の逆定理・𝑌側). XとYを空でない有限アルファベットとし,|Y| ≥2とする.(𝑋,𝑌)をX ×Yに値をとる確率変数の対,(𝑀𝑋,𝑀𝑌,𝑓𝑋,𝑓𝑌,𝑑)を 定義 14.3.1 の分散符号,𝑃𝑒,𝑌をその𝑌側の誤り確率とすると
log𝑀𝑌≥𝐻(𝑌∣𝑋)−𝐻𝑏(𝑃𝑒,𝑌)−𝑃𝑒,𝑌log(|Y|−1)である.
証明. 定理 14.3.3 の証明で,𝑋と𝑌,XとY,𝑓𝑋と𝑓𝑌,𝑀𝑋と𝑀𝑌の役をそれぞれ入れ替え,復号の結果の第1成分をとるところを第2成分に替えればよい.すなわちℎ :X ×{1,…,𝑀𝑌} →Yをℎ(𝑥,𝑚) :=(𝑑(𝑓𝑋(𝑥),𝑚))2で定めるとℎ(𝑋,𝑓𝑌(𝑌)) =ˆ𝑌であり,その誤り確率は 定義 14.3.1 の𝑃𝑒,𝑌である.以下の運びは 定理 14.3.3 の証明と同じで,ファノの不等式を当てるときに条件に置く対が(𝑋,𝑓𝑌(𝑌))に,最大エントロピー上界を当てる相手が𝑓𝑌(𝑌)に替わるだけである.◼
定理 14.3.5(分散符号の逆定理・和レート). XとYを空でない有限アルファベットとし,|X ×Y| ≥2とする.(𝑋,𝑌)をX ×Yに値をとる確率変数の対,(𝑀𝑋,𝑀𝑌,𝑓𝑋,𝑓𝑌,𝑑)を 定義 14.3.1 の分散符号,𝑃𝑒をその全体の誤り確率とすると
log𝑀𝑋+log𝑀𝑌≥𝐻(𝑋,𝑌)−𝐻𝑏(𝑃𝑒)−𝑃𝑒log(|X×Y|−1)である.
証明. 対(𝑋,𝑌)をX ×Yに値をとる一つの確率変数とみなし,対(𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌))を{1,…,𝑀𝑋} ×{1,…,𝑀𝑌}に値をとる一つの確率変数とみなす.共同復号器𝑑は後者から前者の推定を作る写像であり,その誤り確率は 定義 14.3.1 の𝑃𝑒である.|X ×Y| ≥2だから,ファノの不等式(定理 1.10.1)を,当てる対象に(𝑋,𝑌)を,観測に(𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌))を,復号器に𝑑を置いて当てると
𝐻((𝑋,𝑌)∣𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌))≤𝐻𝑏(𝑃𝑒)+𝑃𝑒log(|X×Y|−1)を得る.
番号の対が運べる情報を抑える.定理 1.3.4 のエントロピー表現を二つの対に当てると
𝐼((𝑋,𝑌);(𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌)))=𝐻(𝑋,𝑌)−𝐻((𝑋,𝑌)∣𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌))である.同じ 定理 1.3.4 を逆向きに読むと,右辺の相互情報量は𝐻(𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌)) −𝐻(𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌) ∣𝑋,𝑌)に等しく,第2項は条件付きエントロピーだから非負である(定義 1.2.2 と 命題 1.1.4).よって
𝐼((𝑋,𝑌);(𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌)))≤𝐻(𝑓𝑋(𝑋),𝑓𝑌(𝑌))であり,番号の対のとりうる値は高々𝑀𝑋𝑀𝑌個だから 定理 1.1.5 より右辺はlog(𝑀𝑋𝑀𝑌) =log𝑀𝑋 +log𝑀𝑌以下である.
二つを合わせると𝐻(𝑋,𝑌) ≤log𝑀𝑋 +log𝑀𝑌 +𝐻𝑏(𝑃𝑒) +𝑃𝑒log(|X ×Y| −1)であり,移項すれば主張を得る.◼
三つの下界は別のことを言っている.定理 14.3.3 の右辺にある𝐻(𝑋 ∣𝑌)は,𝑌をまるごと渡されている受け手にとってさえ𝑋に残る不確かさである.𝑋の側のレートはそこより下げられない,ただし誤りを許すぶんだけの余裕が右辺の補正項として付く,と読める.相手の情報源を知っている人を相手にするのだからいちばん甘い要求で,それでも0にはならない.定理 14.3.5 の𝐻(𝑋,𝑌)は逆に,二人が示し合わせて一人のように潰したとしても番号の総数はこれだけ要る,という要求である.14.1 節の五角形が,片方の利用者だけについての枠と二人を合わせた枠の二種類を持っていたのと,読み方の構造がそのまま対応している.違うのは向きで,あちらは上界,こちらは下界である.
例 14.3.2 の一つめの符号で三つを確かめておく.誤り確率がどれも0で,例 1.1.2 より𝐻𝑏(0) =0だから,補正項はすべて消える.三つの下界はそれぞれlog𝑀𝑋 ≥𝐻𝑏(𝜌),log𝑀𝑌 ≥𝐻𝑏(𝜌),log𝑀𝑋 +log𝑀𝑌 ≥1 +𝐻𝑏(𝜌)になり,実際の値1,1,2と比べると,どれも1 −𝐻𝑏(𝜌)だけの余裕をもって成り立っている.この値は 例 14.3.2 の𝐼(𝑋;𝑌)そのもので,三つの余裕がそろってそこに等しい.𝜌 =1/2のとき,すなわち𝐼(𝑋;𝑌) =0のときは,例 1.1.2 より𝐻𝑏(1/2) =log2 =1だから余裕が消えて,三つとも等号になる.重なりが無ければこの素直な符号がすでに下界どおりで,削る余地がそもそも無い.𝜌 =0の符号のほうは,log𝑀𝑌 =0 =𝐻(𝑌 ∣𝑋)とlog𝑀𝑋 +log𝑀𝑌 =1 =𝐻(𝑋,𝑌)の二つが等号で,余裕が残るのは𝑋側の1 −𝐻(𝑋 ∣𝑌) =1だけである.削る余地を和については使い切っている.
長さを伸ばす
三つの下界は長さ1の符号にも長さ𝑛のブロックにも当たるが,右辺の𝐻はブロック全体についてのエントロピーである.情報源が i.i.d. なら,それは1文字あたりの量の𝑛倍になり,𝑛で割った形,つまりレートについての下界に直せる.
系 14.3.6(レートの下界). XとYを空でない有限アルファベットとし,((𝑋𝑖,𝑌𝑖))𝑖≥0を,X ×Yに値をとる互いに独立で同分布な確率変数の対の列とする.𝑋𝑛 :=(𝑋0,…,𝑋𝑛−1),𝑌𝑛 :=(𝑌0,…,𝑌𝑛−1)と書き,各𝑛 ≥1について(𝑀𝑋,𝑛,𝑀𝑌,𝑛,𝑓𝑋,𝑛,𝑓𝑌,𝑛,𝑑𝑛)を,定義 14.3.1 をX𝑛,Y𝑛と対(𝑋𝑛,𝑌𝑛)に当てた分散符号とし,その全体の誤り確率を𝑃𝑒,𝑛と書く.𝑃𝑒,𝑛 →0ならば次の三つが成り立つ.
-
|X| ≥2ならば
lim inf𝑛→∞1𝑛log𝑀𝑋,𝑛≥𝐻(𝑋0∣𝑌0)である.
-
|Y| ≥2ならば
lim inf𝑛→∞1𝑛log𝑀𝑌,𝑛≥𝐻(𝑌0∣𝑋0)である.
-
|X ×Y| ≥2ならば
lim inf𝑛→∞1𝑛(log𝑀𝑋,𝑛+log𝑀𝑌,𝑛)≥𝐻(𝑋0,𝑌0)である.
証明. 第1の主張を詳しく書き,残りの二つは違うところだけを言う.
三つの誤り確率の関係をまず押さえる.𝑛番目の符号の𝑋側と𝑌側の誤り確率(定義 14.3.1)を𝑃𝑒,𝑋,𝑛,𝑃𝑒,𝑌,𝑛と書く.復号の結果が対として当たっていれば成分ごとにも当たっているから,どの𝑛でも𝑃𝑒,𝑋,𝑛 ≤𝑃𝑒,𝑛かつ𝑃𝑒,𝑌,𝑛 ≤𝑃𝑒,𝑛である.よって𝑃𝑒,𝑛 →0から𝑃𝑒,𝑋,𝑛 →0と𝑃𝑒,𝑌,𝑛 →0も従う.
𝑛 ≥1を一つとる.第1の主張の仮定|X| ≥2より|X𝑛| =|X|𝑛 ≥2だから 定理 14.3.3 が当たり
log𝑀𝑋,𝑛≥𝐻(𝑋𝑛∣𝑌𝑛)−𝐻𝑏(𝑃𝑒,𝑋,𝑛)−𝑃𝑒,𝑋,𝑛log(|X|𝑛−1)である.
右辺の主要項が𝑛倍になることを見る.定理 1.2.3 のチェイン則より𝐻(𝑋𝑛 ∣𝑌𝑛) =𝐻(𝑋𝑛,𝑌𝑛) −𝐻(𝑌𝑛)である.対の列((𝑋𝑖,𝑌𝑖))はX ×Y上の i.i.d. 情報源だから,補題 2.3.3 をこの情報源に当てて𝐻(𝑋𝑛,𝑌𝑛) =𝑛 𝐻(𝑋0,𝑌0)を得る.成分の列(𝑌𝑖)も i.i.d. だから,同じ補題より𝐻(𝑌𝑛) =𝑛 𝐻(𝑌0)である.ふたたび 定理 1.2.3 より𝐻(𝑋0,𝑌0) −𝐻(𝑌0) =𝐻(𝑋0 ∣𝑌0)だから,𝐻(𝑋𝑛 ∣𝑌𝑛) =𝑛 𝐻(𝑋0 ∣𝑌0)である.
補正項が消えることを見る.Λ𝑛 :=1𝑛log(|X|𝑛 −1)とおく.|X|𝑛 ≥2より|X|𝑛 −1 ≥1だからΛ𝑛 ≥0であり,|X|𝑛 −1 ≤|X|𝑛だからΛ𝑛 ≤log|X|で,列(Λ𝑛)は上に有界である.𝑃𝑒,𝑋,𝑛 →0と合わせて 補題 6.4.7 を当てると
𝐻𝑏(𝑃𝑒,𝑋,𝑛)𝑛+𝑃𝑒,𝑋,𝑛Λ𝑛⟶0である.
極限に移る.上の不等式を𝑛で割ると
1𝑛log𝑀𝑋,𝑛≥𝐻(𝑋0∣𝑌0)−⎛⎜
⎜⎝𝐻𝑏(𝑃𝑒,𝑋,𝑛)𝑛+𝑃𝑒,𝑋,𝑛Λ𝑛⎞⎟
⎟⎠であり,右辺は𝐻(𝑋0 ∣𝑌0)に収束する.左辺はどの𝑛でも右辺以上だから,左辺の下極限は右辺の極限以上であり,第1の主張を得る.
第2の主張は,𝑋と𝑌の役を入れ替えて 定理 14.3.4 を当てれば同じ運びである(|Y𝑛| ≥2は|Y| ≥2から出る).第3の主張は 定理 14.3.5 を当てる.|X𝑛 ×Y𝑛| =(|X| |Y|)𝑛 ≥2であり,主要項は 補題 2.3.3 より𝐻(𝑋𝑛,𝑌𝑛) =𝑛 𝐻(𝑋0,𝑌0)で,補正項はΛ′𝑛 :=1𝑛log((|X| |Y|)𝑛 −1)が0以上log(|X| |Y|)以下であることと𝑃𝑒,𝑛 →0から,同じく 補題 6.4.7 で消える.◼
達成可能性
道具を一つ借りる.Slepian–Wolf の達成可能性,すなわち「三つの下界が真に満たされているレートの対は実際に達成できる」という主張である.使う形を書いておく.
XとYを空でない有限アルファベットとし,((𝑋𝑖,𝑌𝑖))𝑖≥0をX ×Yに値をとる互いに独立で同分布な確率変数の対の列とする.対(𝑋0,𝑌0)の分布が全点で正であるとする.実数𝑅𝑋,𝑅𝑌が
𝐻(𝑋0∣𝑌0)<𝑅𝑋,𝐻(𝑌0∣𝑋0)<𝑅𝑌,𝐻(𝑋0,𝑌0)<𝑅𝑋+𝑅𝑌を満たすならば,各𝑛 ≥1について 定義 14.3.1 をX𝑛,Y𝑛と対(𝑋𝑛,𝑌𝑛)に当てた分散符号(𝑀𝑋,𝑛,𝑀𝑌,𝑛,𝑓𝑋,𝑛,𝑓𝑌,𝑛,𝑑𝑛)がとれて,1𝑛log𝑀𝑋,𝑛 →𝑅𝑋かつ1𝑛log𝑀𝑌,𝑛 →𝑅𝑌であり,全体の誤り確率が0に収束する.
当てる対象は 定義 14.3.1 の分散符号だけで,依存するのは本節の終わりの地の文と,14.4 節が借りる 副情報つきレート歪みの達成可能性 の筋書きである.
借りたままにするので,中で何が起きているかの筋書きだけ書いておく.くじで引くのは符号語ではなく 割り振り である.X𝑛の系列それぞれに{1,…,𝑀𝑋,𝑛}の番号を一様に独立に割り当て,Y𝑛の側も同じように{1,…,𝑀𝑌,𝑛}の番号を割り当てる.符号化はその割り当てを引くだけで,系列の中身を見ない.復号器は,受け取った二つの番号に割り当てられている系列の組のうち,結合典型(定義 6.2.3 の同時分布を対(𝑋,𝑌)のものに取り替えたもの)である組がちょうど一つならそれを答え,そうでなければ誤る.この作り方を ランダムビニング(random binning)と呼ぶ.誤りの起こり方は 14.1 節で借りた 多元接続通信路の達成可能性 と同じく三種類に分かれ,𝑋の側だけが紛れ込む,𝑌の側だけが紛れ込む,両方が紛れ込む,の三つである.同じ番号に落ちる確率がそれぞれ1/𝑀𝑋,𝑛,1/𝑀𝑌,𝑛,その積なので,紛れ込みうる系列の本数を数えて掛けたものが0に向かう条件が,三つの不等式そのものになる.
本書はこの主張を証明しない.三種の紛れ込みのうち両方が紛れる場合は,紛れ込みうる組の本数が結合典型な組の全体で抑えられるので,定理 6.2.5 にあたる評価で足りる.ところが𝑋の側だけが紛れる場合に数えるのは,𝑦𝑛を一つ固定したときにそれと結合典型になる𝑥𝑛の本数であり,これは結合典型集合の全体ではなくその切り口である.本書はこの切り口の個数を抑える評価を持っていない.
借りた Slepian–Wolf の達成可能性 が覆うのは三つの不等式が 真に 成り立つ側,系 14.3.6 が禁じるのは同じ三つが逆向きに破れる側で,境界,すなわちどれかが等号で成り立つレートの対については,どちらも何も言っていない.二つはさらに「達成できる」を別の形で言っていて,借りた側が作るのはレートが目標の対に収束する符号の族,系 14.3.6 が受け取るのは誤り確率が0に向かう符号の族で,返すのはそのレートの下極限についての不等式である.そのため本書は,達成できるレートの対の集合が三つの不等式の定める領域に一致する,という形の主張は述べず,保証できるのは三つの不等式のそれぞれについての片側ずつまでである.
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