14.4 副情報つきレート歪み

第9章は,情報源を歪み以下で再現する符号のレートがを下回れないこと(定理 9.5.4)と,より小さい歪みで済む再現の作り方があるならより大きいレートでそういう符号がとれること(系 9.6.1)を見た(の定義は 定義 9.1.5).本節はそこに,と相関する別の情報源を持ち込む.ただしを見られるのは復号する側だけで,符号化する側は見られない.前節は二つの情報源をどちらもそのまま復元することを求めたが,ここでは片方のを圧縮せずに復号器へ渡し,もう片方のを歪みを許して再現する.問うのは,が復号側にあるぶんレートをどこまで下げられるか,である.

本節はまず,この設定に対応する量を,第9章 定義 9.1.5 と同じく最適化問題の値として立てる.そのうえで,それが符号についての限界でもあることを,逆定理と達成可能性の二つを借りて確かめる.第9章との関係は 命題 14.4.7 で述べる.

記号を二つ断っておく.第一に,本節は補助変数としてを置く.の字は本書ですでに三通りに使われていて,第7章 例 7.3.5 が区間上の一様分布に従う確率変数に,第9章 9.6 節第6章の通信路の入力を表す確率変数に,第10章 10.1 節第11章 11.2 節11.6 節が一様分布そのものに使っている.三つめは分布であって確率変数ではないが,前の二つは本節のと同じく確率変数で,しかも第7章のものは微分エントロピーの,第9章のものは相互情報量の引数に置かれるので,引数の形では見分けられない.二つともそれぞれの節の中で閉じた記号であり,本節のはそのどれでもなく,定義 14.4.3 が置く補助変数である.第13章の万能機械は字体が違う(その字体は 14.5 節14.6 節が,補助変数のとるアルファベットの名前に使う).第二に,本節の第9章 定義 9.1.1 から引き継いだ歪み尺度であって,14.1 節14.3 節が共同復号器に使ったとは別である.本節では符号の復号写像を,第9章 定義 9.5.1 にならってと書く.

副情報つき符号

定義 14.4.1(副情報つき符号). XYを空でない有限集合,の上の歪み尺度(定義 9.1.1),𝑛 1とする.長さ,符号語数副情報つき符号 とは,符号化写像と復号写像の組のことをいう.その レートで定める.さらに上の分布とし,をどれもに従い互いに独立な対の組としてと書くとき,この符号の 期待ブロック歪み

𝔼[𝑑(𝑋𝑛, 𝑔(𝑐(𝑋𝑛), 𝑌𝑛))]

で定める(定義 9.1.2 のブロックの歪みである).

第9章 定義 9.5.1 のレート歪み符号との違いは一つだけである.あちらの復号写像は番号だけを受け取ったが,こちらは番号との両方を受け取る.符号化写像のほうはしか受け取らず,を見ない.この非対称が本節の主題で,圧縮する人は副情報を持たず,復元する人だけが持つ.期待ブロック歪みを定めるところで情報源を i.i.d. に限っている点も違う.第9章 定義 9.5.1 は,成分の分布に条件を置かない一般のに対して期待歪みを定めていた.

形式化: 符号 WynerZivCode,期待ブロック歪み expectedBlockDistortion (ソース)

定義 14.4.2(達成可能なレート). XYˆX定義 14.4.1 のとおりとし,上の分布,を実数とする.が歪み達成可能 であるとは,各について符号語数の長さの副情報つき符号(定義 14.4.1)がとれて,次の二つが成り立つことをいう.第一にである.第二に,任意のに対してあるがあって,を満たすすべてので,その長さの符号の期待ブロック歪みが以下である.

歪みの側にの余裕が付いているのは,第9章 9.6 節が借りた レート歪み理論の達成可能性 と同じ形である.レートのほうは以上ではなくへの収束を求めていて,14.1 節 定義 14.1.3と書いたのとは形が違う.符号の族に対して定めている点は 定義 14.1.3 と同じである.

形式化: WynerZivAchievable (ソース)

副情報つきレート歪み関数

第9章 定義 9.1.5 は,情報源から再現への条件付き分布を動かして,歪みの制約のもとでをいちばん小さくした.同じことを副情報つきの設定でやりたいが,をそのまま動かすわけにはいかない.符号化する側はを見られないので,再現を直接作らせるとその制約が落ちてしまう.そこで,符号化する側が作れるものと,復号する側が作れるものを二段に分ける.前者が補助変数で,だけから作る.後者が再現で,補助変数と副情報の両方から作る.

定義 14.4.3(副情報つきレート歪み関数). XYˆX定義 14.4.1 のとおりとし,上の分布,を実数とする.正の整数と,からへの条件付き分布定義 9.1.5 の意味で,各についてかつ)と,再現関数 の三つ組を考える.この三つ組が定める上の分布を

𝑝(𝑥,𝑦,𝑢):=𝑝(𝑥,𝑦)𝑞(𝑢𝑥)

とし,をこの分布に従う三つ組とする.三つ組実行可能 であるとは

𝔼[𝑑(𝑋, 𝑓(𝑈,𝑌))]𝐷

が成り立つことをいう.三つ組を一つ決めるごとに実数が定まる(定義 1.3.1).実行可能な三つ組が少なくとも一つあるとき,副情報つきレート歪み関数 の値を,この実数の実行可能な三つ組すべてにわたる下限として定め,実行可能な三つ組が一つも無いときはと約束する.

定義 14.4.3 が動かしているのは三つ組だけである.情報源の分布と歪み尺度は与えられていて動かせない.三つ組が定める分布のについての周辺は,各についてだからそのものであり,同じ記号を引数の並びで使い分ける 定義 1.2.2 の慣用と食い違わない.実行可能な三つ組があるとき,その下限が実数として定まるのは目的の値がを下回らないからで,それを与えるのは次の 補題 14.4.4 である.

条件付き分布によらないところに,符号化する側がを見られないことが書き込まれている.補助変数だけから作られる.いっぽう再現関数を引数にとるので,復号する側が副情報を持つことはの側に書き込まれている.目的の値の第は,第9章 定義 9.1.5 が歪みの制約のもとで最小にした相互情報量と同じ立場の量で,について送る量を測る.第項が副情報のぶんの値引きで,のうちからも分かってしまう部分は送らなくてよい,と読める.値引きがちょうどなのはなぜか,という問いには,本節の終わりで借りる 副情報つきレート歪みの達成可能性 の筋書きが答える.そこでは,補助変数の側の符号語の番号を箱に投げ込み,箱の中からに合う一本を復号器に選ばせる段として出てくる.

実行可能な三つ組が一つも無いときに置いたは,下限の値ではない.下限をとる相手の集合が空で下限が定まらないので,値を一つ決めておくための約束である.したがってその場合のを「歪みで済ませるのに要るレート」と読んではいけない.命題 14.4.5 はこの場合も込みで述べるが,そこで示すのは約束の値が以上だということだけである.レートの大きさを実際に問う 命題 14.4.6命題 14.4.7例 14.4.8例 14.4.10,および本節の終わりで借りる達成可能性は,どれも実行可能な三つ組があることを仮定に置くか結論に含めるかしている.

形式化: wynerZivRate (ソース)

形式化上の注記(本節共通). 形式化は補助変数のとる値の集合をの形のものに限り,も含めて動かす.のときは各についての和がになる条件付き分布がとれないので実行可能な三つ組が無く,下限をとる相手の集合には何も加わらない.したがって下限をとる範囲は 定義 14.4.3 と同じである.また,目的の値の二つの項は,定義 1.3.1 の相互情報量とは別に立てた宣言 wzMutualInfoXUwzMutualInfoYU (InformationTheory/Shannon/WynerZiv/Basic.lean) で,エントロピーの差の形(定理 1.3.4 の第の表現)に書かれている.第9章 定義 9.1.5 の側でも,下限をとる相手の相互情報量は同じくエントロピーの差の形で書かれた別の宣言である.以下で本節が名指しする宣言のうち,目的の値を扱うものはどれもこの二つの量で書かれている.

補題 14.4.4. を空でない有限集合,上の分布,を正の整数,からへの条件付き分布(定義 9.1.5)とし,定義 14.4.3 の分布に従う三つ組とする.このときはマルコフ連鎖(定義 1.8.3)であり,

𝐼(𝑌;𝑈)𝐼(𝑋;𝑈)

である.

証明. マルコフ連鎖であることを見る.定義 1.8.3を,を与えたときのの条件付き独立として定めている.の周辺分布が正であるようなを一つ固定する.三つ組の分布の作り方から

𝑝(𝑦,𝑢𝑥)=𝑝(𝑥,𝑦)𝑞(𝑢𝑥)𝑝(𝑥)=𝑝(𝑦𝑥)𝑞(𝑢𝑥)

である.この等式をについて足すと,各についてだからを得る.これを上の等式に戻すとであり,これが 定義 1.8.3 の条件そのものである.

不等式に移る.いま示した連鎖にデータ処理不等式(定理 1.8.4)を当てるとである.

形式化: マルコフ連鎖であること wzFactorizable_isMarkovChain,不等式 wzObjective_nonneg_of_factorizable (ソース)

定義 1.8.3 は両端について対称だから,とも書ける.後者の向きで読むと,補助変数がとつながるのはを通ってだけである,という 定義 14.4.3 の作り方がそのまま絵になる.不等式のほうは,について持っている情報のうちに届くのはその一部だけだ,と読める.目的の値が負にならないのはこのためで,次の命題はそれをの側へ移したものである.

命題 14.4.5. XYˆX定義 14.4.1 のとおりとし,上の分布,を実数とする.定義 14.4.3 のとおりとするとである.

証明. 実行可能な三つ組が一つも無いときは,定義 14.4.3 の約束によりだから主張が成り立つ.少なくとも一つあるときは,補題 14.4.4 よりどの三つ組でも目的の値以上だから,は値の集合の下界であり,下限は下界のうち最大のものだからである.

形式化: wynerZivRate_nonneg (ソース)

命題 14.4.6. XYˆX定義 14.4.1 のとおりとし,上の分布とする.定義 14.4.3 のとおりとし,実数を満たすとする.歪みで実行可能な三つ組(定義 14.4.3)が少なくとも一つあるならば

𝑅WZ(𝐷)𝑅WZ(𝐷)

である.

証明. 歪みで実行可能な三つ組は,期待歪みが以下,したがって以下だから,歪みでも実行可能である.よってについての値の集合はについての値の集合を含み,仮定より後者が空でないから前者も空でない.どちらの集合も 補題 14.4.4 よりを下界にもつので,定義 14.4.3 の約束ではなく実際の下限である.

広いほうの下限は広いほうのどの元以下でもあり,狭いほうの元はどれも広いほうの元だから,広いほうの下限は狭いほうの下界である.下限は下界のうち最大のものだからである.

歪みで実行可能な三つ組があるという仮定は落とせない.それが無いとの値は下限ではなく 定義 14.4.3 の約束で決まり,命題 14.4.6 の証明は集合の包含から下限の大小へ移るところで途切れる.仮定はその場合を主張の外に置くために要る.

形式化上の注記. 命題 14.4.6 と同じ不等式を述べる宣言 wynerZivRate_antitone (InformationTheory/Shannon/WynerZiv/FactorizableRate.lean) があるが,仮定が二つある.一つは 命題 14.4.6 と同じ「歪みが小さいほうで実行可能な三つ組があること」で,もう一つは「歪みが大きいほうの値の集合が下に有界であること」である.本文は後者を 補題 14.4.4 から出して仮定に置かない.あちらは情報源の分布が確率分布であることを求めない形で書かれているので,この有界性を仮定として受け取る必要がある.宣言のほうが強い仮定をもつ形になるので,ポインタは付けない.

命題 14.4.7. XYˆX定義 14.4.1 のとおりとし,上の分布,を実数とする.上の分布について𝐼(𝑝X; )定義 9.1.5 のとおりとし,定義 14.4.3 のとおりとする.が空でないならば,歪みで実行可能な三つ組が少なくとも一つあり,かつ

𝑅WZ(𝐷)𝑅(𝐷)

である.

証明. の元を一つとる.

このから実行可能な三つ組を作る.は空でない有限集合だから,その元にからまでの番号を一対一につけられる.番号の元をと書き,𝑞(𝑢 𝑥) :=𝑞0(ˆ𝑥𝑢 𝑥)と定める.番号づけが一対一だから,各についてであり,値は非負だからからへの条件付き分布である.定義 14.4.3 の再現関数の形をしている.

この三つ組の期待歪みを計算する.定義 14.4.3 の分布に従う三つ組とすると,によらないので

𝔼[𝑑(𝑋,𝑓(𝑈,𝑌))]=𝑥,𝑦,𝑢𝑝(𝑥,𝑦)𝑞(𝑢𝑥)𝑑(𝑥,ˆ𝑥𝑢)=𝑥,𝑢𝑝X(𝑥)𝑞0(ˆ𝑥𝑢𝑥)𝑑(𝑥,ˆ𝑥𝑢)

である(第の等号はについて先に和をとったもので,による).番号づけが一対一だから,右辺はに等しく,これは 定義 9.1.5に対応させる期待歪みそのものである.よりこれは以下だから,は実行可能である.とくに実行可能な三つ組が少なくとも一つある.

この三つ組の目的の値を上から抑える.対の同時分布はであり,これは 定義 9.1.5に対応させる対の同時分布を番号で書き直したものだから,である.命題 1.3.2 よりだから

𝐼(𝑋;𝑈)𝐼(𝑌;𝑈)𝐼(𝑋;𝑈)=𝐼(𝑝X;𝑞0)

である.

下限に移る.実行可能な三つ組が少なくとも一つあり,補題 14.4.4 より値の集合はを下界にもつから,は実際の下限である.下限は下界だから,いま作った三つ組の目的の値以下であり,上の不等式と合わせてを得る.左辺はの選び方によらないので,は値の集合の下界である.下限は下界のうち最大のものだから,である.

命題 14.4.5命題 14.4.7 を並べると,が空でないかぎりである.二つの端は矛盾しない.が下限をとる値の集合の元はどれも 命題 1.3.2 より非負で,自身も以上だからである.上からの評価が言っているのは,副情報を持つ復号器を相手にするなら第9章より多く送る必要はない,ということである.どれだけ少なくて済むかはの大きさで決まる.証明で作った三つ組は補助変数を再現そのものにとり,再現関数がを捨てているので,副情報をまったく使っていない.を実際に使う再現関数をとればのぶんの値引きが目的の値に効く,というのがより小さくしうる仕組みである.

形式化上の注記. 命題 14.4.7 に対応する単独の宣言はない.第9章 定義 9.1.5を書いた宣言と 定義 14.4.3を書いた宣言を結ぶ宣言も,形式化には置かれていない.命題 14.4.7 に付した証明が,この主張の保証のすべてである.

値引きがいちばん効く場合と,まったく効かない場合を見ておく.どちらも補助変数を退化させた設定で,数行で閉じる.

例 14.4.8(副情報が情報源そのものである場合). とし,例 9.1.3 の Hamming 歪みとする.𝑝(0,0) =3/4で定まる上の分布とし,定義 14.4.3 のとおりとする.このときを満たすどの実数についても,歪みで実行可能な三つ組があり,である.

証明. とし,どのについてもと定め,と定める.各についてで値は非負だから定義 14.4.3 の条件付き分布であり,からへの写像だから再現関数の形をしている.

期待歪みを見る.定義 14.4.3 の分布に従う三つ組とする.だからであり,だから 例 9.1.3 よりは確率をとる.よって期待歪みはで,ならばは歪みで実行可能である.

目的の値を見る.は確率をとるから,の同時分布もの同時分布も,それぞれの周辺分布の積に等しい.命題 1.3.2 の等号条件よりであり,この三つ組の目的の値はである.実行可能な三つ組があり,補題 14.4.4 より値の集合はを下界にもつから,は実際の下限である.下限は下界だから,いま作った三つ組の目的の値以下であり,命題 14.4.5 と合わせてを得る.

この分布のについての周辺は 例 9.3.5 の二値情報源そのもので,例 9.3.5 が与えたは約ビットである.副情報がをそのまま渡してくるので,符号化する側は何も送らなくてよい.命題 14.4.7 が置いたで読むと,左辺が,右辺が約ビットで,値引きが右辺をすべて消している.

例 14.4.9(副情報が情報源と独立である場合). XYを空でない有限集合とし,上の分布,上の分布としてとする.正の整数と,からへの条件付き分布定義 9.1.5)と,再現関数定義 14.4.3)の三つ組を任意にとり,定義 14.4.3 の分布に従う三つ組とする.このときであり,この三つ組の目的の値はに等しい.

証明. 三つ組が定める分布はである.対の同時分布はこれをについて足したもので

𝑥𝑝X(𝑥)𝑝Y(𝑦)𝑞(𝑢𝑥)=𝑝Y(𝑦)𝑥𝑝X(𝑥)𝑞(𝑢𝑥)

である.いっぽうの周辺分布は,各についてであることととからであり,の周辺分布はからである.よって上の右辺は二つの周辺分布の積にほかならない.命題 1.3.2 の等号条件よりであり,目的の値に等しい.

補助変数はだけから作られるので,と独立ならとも独立になる.値引きの項が消えて,副情報を渡しても目的の値は下がらない.例 14.4.8 とちょうど逆の端である.ただしこのとき第9章に一致する,とまでは本書は述べない.再現関数を引数にとってよいので,を使わない形に直す段が要り,本節はその段を置いていない.

両端のあいだにある例を一つ置く.補助変数を退化させず,入力そのものにとる.情報源には 14.3 節例 14.3.2 の対をそのまま使う.

例 14.4.10(二元対称な相関で補助変数を入力にとる). とし,例 9.1.3 の Hamming 歪みとする.をとり,例 14.3.2 の対の同時分布,すなわちとし,定義 14.4.3 のとおりとする.とし,各についてではと定め,と定めると,三つ組を満たすどの実数についても実行可能であり,その目的の値はである(例 1.1.2 の二値エントロピー).したがってならばである.

証明. 三つ組の形を確かめる.各についてであり,で値は非負だから,からへの条件付き分布である.からへの写像だから,定義 14.4.3 の再現関数の形をしている.

実行可能であることを見る.定義 14.4.3 の分布に従う三つ組とすると,の作り方からが確率で成り立ち,である.例 9.1.3 よりだから期待歪みはで,ならばこの三つ組は実行可能である.

目的の値を出す.定理 1.3.4で,を与えるとは一点に決まるから 定義 1.1.1定義 1.2.2 より第項はであり,の分布はの分布の値を付け替えただけだから,例 14.3.2 と合わせてである.よってである.いっぽう対の同時分布は対の同時分布を第成分の番号で書き直したものだからであり,例 14.3.2命題 1.3.3 の対称性よりである.よって目的の値はである.

下限に移る.実行可能な三つ組があり,補題 14.4.4 より値の集合はを下界にもつから,は実際の下限である.下限は下界だから,いま作った三つ組の目的の値以下である.

例 14.4.8 では値引きが 例 9.3.5を丸ごと消し,例 14.4.9 では値引きがだった.例 14.4.10 はそのあいだにある.この三つ組ではで,副情報がちょうど 例 14.3.2のぶんだけ値引きし,が残る.1/2のどれでもなければだから,値引きは効いているが全部を消してはいない.残ったは,同じ対について 14.3 節定理 14.3.3側のレートに置いた下界の,誤り確率がのときの値と同じである.をまるごと渡されている受け手を相手にを届ける,という要求が,14.3 節では二人で圧縮する設定の側の枠として,本節では副情報つきの目的の値として,同じ量で現れている.ただし 例 14.4.10 が与えるのは上からの評価だけで,がこの値に等しいことまでは本書も形式化も述べない.

逆定理と達成可能性

道具を二つ借りる.どちらも 定義 14.4.2 の達成可能性と 定義 14.4.3を結ぶもので,向きが逆である.

一つめは 副情報つきレート歪みの逆定理,すなわち「達成可能なレートはを下回らない」という主張である.使う形を書いておく.

XYˆX定義 14.4.1 のとおりとし,上の分布,を実数とする.が歪みで達成可能(定義 14.4.2)ならばである.

当てる対象は 定義 14.4.1 の副情報つき符号だけで,情報源の分布にも歪み尺度にも 定義 14.4.1 が置いた以上の条件を加えない.依存するのは本節の終わりの地の文だけである.

借りたままにするので,中で何が起きているかの筋書きだけ書いておく.長さの符号を一つとり,符号化写像の出す番号をと書く.時刻ごとに,番号と,時刻以外のすべての副情報とを束ねたを補助変数とする.情報源が対ごとに独立であることからがマルコフ連鎖になり,定義 14.4.3 の補助変数として通る.再現関数は,復号写像の出す列の第成分をとったものである.そのうえでを時刻ごとのの和で下から抑え,時刻を一様に選ぶ変数をもう一段の補助変数として束ねて文字あたりの形に直し,最後にを大きくして歪みの余裕をに送る.

本書はこの主張を証明しない.時刻ごとにほどく段が,第6章 定理 6.4.5第9章 定理 9.5.4 のものをそのまま当てるのでは済まないからである.あちらで和に分けたのは相互情報量一つだったが,こちらで分けるのは差で,二つの項を同じ時刻の切り方でそろえる段が要る.そのうえ束ねたは時刻の前後の両側の副情報を含んでいる.片側だけにすると 定義 14.4.3 の再現関数が作れない.復号写像の出す列の第成分はの全体を引数にとるので,時刻の再現を対だけの写像として書くには,が時刻以外の副情報を両側とも含んでいなければならないからである.そのぶん重くなったを扱う道具が要る.

形式化: wyner_ziv_converse (ソース)

二つめは 副情報つきレート歪みの達成可能性,すなわち「より大きいレートは実際に達成できる」という主張である.使う形を書いておく.

XYˆX定義 14.4.1 のとおりとし,上の分布,を実数とする.歪みで実行可能な三つ組(定義 14.4.3)が少なくとも一つあり,ならば,は歪みで達成可能である(定義 14.4.2).

当てる対象は 定義 14.4.1 の副情報つき符号だけで,依存するのは本節の終わりの地の文だけである.

借りたままにするので,中で何が起きているかの筋書きだけ書いておく.二つの道具を組み合わせる.一つめは覆いで,第9章 9.6 節が借りた レート歪み理論の達成可能性 と同じく,補助変数の側の符号語を本ほど引いてを覆う.ここまでなら要るレートはである.二つめがビニングで,14.3 節が借りた Slepian–Wolf の達成可能性 と同じく,覆った符号語の番号をさらに個の箱に投げ込み,送るのは箱の番号だけにする.復号器はを持っているので,受け取った箱の中からと結合典型な符号語を探せばよく,一つの箱に紛れる本数がほどまでなら一本に絞れる.差し引きが送るレートになる,という勘定である.覆いとビニングという,本書のここまでで別々に現れた二つの道具が一つの構成の中で噛み合うのが,この設定の眼目である.

本書はこの主張を証明しない.覆いの側は第9章 9.6 節で,ビニングの側は 14.3 節で,どちらも借りたままだから,組み合わせる段で当てる相手が本書には無い.しかも足りない道具は 14.3 節で足りなかったものと同じで,を一つ固定したときにそれと結合典型になる補助変数の側の系列の本数,すなわち結合典型集合の切り口の個数を抑える評価が,一つの箱に紛れ込む本数を数えるところで要る.

形式化: wyner_ziv_achievability (ソース)

形式化上の注記. 形式化の宣言の仮定は,借りた主張の仮定と一つずつ対応している.歪みで実行可能な三つ組があることと,がレートより真に小さいことの二つで,これがすべてである.結論も 定義 14.4.2 の達成可能性そのものである.

二つの借用を並べると,が達成可能なレートの境目にあることが見える.副情報つきレート歪みの逆定理より,より小さい実数は一つも達成可能でない.副情報つきレート歪みの達成可能性より,歪みで実行可能な三つ組があるかぎり,より大きい実数はすべて達成可能である.境目のそのものが達成可能かどうかは,どちらの借用も述べておらず,本書も形式化も述べない.14.2 節定義 14.2.1 で境界のレート対を閉包で拾ったのに対し,本節は境目をそのまま切れ目として残している.

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