14.4 副情報つきレート歪み
第9章は,情報源𝑋を歪み𝐷以下で再現する符号のレートが𝑅(𝐷)を下回れないこと(定理 9.5.4)と,𝐷より小さい歪みで済む再現の作り方があるなら𝑅(𝐷)より大きいレートでそういう符号がとれること(系 9.6.1)を見た(𝑅(𝐷)の定義は 定義 9.1.5).本節はそこに,𝑋と相関する別の情報源𝑌を持ち込む.ただし𝑌を見られるのは復号する側だけで,符号化する側は見られない.前節は二つの情報源をどちらもそのまま復元することを求めたが,ここでは片方の𝑌を圧縮せずに復号器へ渡し,もう片方の𝑋を歪みを許して再現する.問うのは,𝑌が復号側にあるぶんレートをどこまで下げられるか,である.
本節はまず,この設定に対応する量𝑅WZ(𝐷)を,第9章 定義 9.1.5 と同じく最適化問題の値として立てる.そのうえで,それが符号についての限界でもあることを,逆定理と達成可能性の二つを借りて確かめる.第9章の𝑅(𝐷)との関係は 命題 14.4.7 で述べる.
記号を二つ断っておく.第一に,本節は補助変数として𝑈を置く.𝑈の字は本書ですでに三通りに使われていて,第7章 例 7.3.5 が区間[0,1]上の一様分布に従う確率変数に,第9章 9.6 節が第6章の通信路の入力を表す確率変数に,第10章 10.1 節と第11章 11.2 節・11.6 節が一様分布そのものに使っている.三つめは分布であって確率変数ではないが,前の二つは本節の𝑈と同じく確率変数で,しかも第7章のものは微分エントロピーℎ( ⋅)の,第9章のものは相互情報量の引数に置かれるので,引数の形では見分けられない.二つともそれぞれの節の中で閉じた記号であり,本節の𝑈はそのどれでもなく,定義 14.4.3 が置く補助変数である.第13章の万能機械Uは字体が違う(その字体は 14.5 節と 14.6 節が,補助変数のとるアルファベットの名前に使う).第二に,本節の𝑑は第9章 定義 9.1.1 から引き継いだ歪み尺度であって,14.1 節と 14.3 節が共同復号器に使った𝑑とは別である.本節では符号の復号写像を,第9章 定義 9.5.1 にならって𝑔と書く.
副情報つき符号
定義 14.4.1(副情報つき符号). X,Y,ˆXを空でない有限集合,𝑑をX ׈Xの上の歪み尺度(定義 9.1.1),𝑛 ≥1,𝑀 ≥1とする.長さ𝑛,符号語数𝑀の 副情報つき符号 とは,符号化写像𝑐 :X𝑛 →{1,…,𝑀}と復号写像𝑔 :{1,…,𝑀} ×Y𝑛 →ˆX𝑛の組(𝑐,𝑔)のことをいう.その レート を1𝑛log𝑀で定める.さらに𝑝をX ×Y上の分布とし,((𝑋𝑖,𝑌𝑖))0≤𝑖<𝑛をどれも𝑝に従い互いに独立な対の組として𝑋𝑛 :=(𝑋0,…,𝑋𝑛−1),𝑌𝑛 :=(𝑌0,…,𝑌𝑛−1)と書くとき,この符号の 期待ブロック歪み を
𝔼[𝑑(𝑋𝑛, 𝑔(𝑐(𝑋𝑛), 𝑌𝑛))]で定める(𝑑(𝑥𝑛,ˆ𝑥𝑛)は 定義 9.1.2 のブロックの歪みである).
第9章 定義 9.5.1 のレート歪み符号との違いは一つだけである.あちらの復号写像は番号だけを受け取ったが,こちらは番号と𝑌𝑛の両方を受け取る.符号化写像のほうは𝑋𝑛しか受け取らず,𝑌𝑛を見ない.この非対称が本節の主題で,圧縮する人は副情報を持たず,復元する人だけが持つ.期待ブロック歪みを定めるところで情報源を i.i.d. に限っている点も違う.第9章 定義 9.5.1 は,成分の分布に条件を置かない一般の𝑋𝑛に対して期待歪みを定めていた.
定義 14.4.2(達成可能なレート). X,Y,ˆX,𝑑を 定義 14.4.1 のとおりとし,𝑝をX ×Y上の分布,𝑅と𝐷を実数とする.𝑅が歪み𝐷で 達成可能 であるとは,各𝑛 ≥1について符号語数𝑀𝑛 ≥1の長さ𝑛の副情報つき符号(定義 14.4.1)がとれて,次の二つが成り立つことをいう.第一に1𝑛log𝑀𝑛 →𝑅である.第二に,任意の𝜀 >0に対してある𝑁 ≥1があって,𝑁 ≤𝑛を満たすすべての𝑛で,その長さの符号の期待ブロック歪みが𝐷 +𝜀以下である.
歪みの側に𝜀の余裕が付いているのは,第9章 9.6 節が借りた レート歪み理論の達成可能性 と同じ形である.レートのほうは𝑅以上ではなく𝑅への収束を求めていて,14.1 節 定義 14.1.3 が1𝑛log𝑀𝑗 ≥𝑅𝑗と書いたのとは形が違う.符号の族に対して定めている点は 定義 14.1.3 と同じである.
副情報つきレート歪み関数
第9章 定義 9.1.5 は,情報源から再現への条件付き分布𝑞(ˆ𝑥 ∣𝑥)を動かして,歪みの制約のもとで𝐼(𝑝;𝑞)をいちばん小さくした.同じことを副情報つきの設定でやりたいが,𝑞をそのまま動かすわけにはいかない.符号化する側は𝑌を見られないので,再現を直接作らせるとその制約が落ちてしまう.そこで,符号化する側が作れるものと,復号する側が作れるものを二段に分ける.前者が補助変数で,𝑋だけから作る.後者が再現で,補助変数と副情報の両方から作る.
定義 14.4.3(副情報つきレート歪み関数). X,Y,ˆX,𝑑を 定義 14.4.1 のとおりとし,𝑝をX ×Y上の分布,𝐷を実数とする.正の整数𝑘と,Xから{1,…,𝑘}への条件付き分布𝑞(定義 9.1.5 の意味で,各𝑥について𝑞(𝑢 ∣𝑥) ≥0かつ∑𝑘𝑢=1𝑞(𝑢 ∣𝑥) =1)と,再現関数 𝑓 :{1,…,𝑘} ×Y →ˆXの三つ組(𝑘,𝑞,𝑓)を考える.この三つ組が定めるX ×Y ×{1,…,𝑘}上の分布を
𝑝(𝑥,𝑦,𝑢):=𝑝(𝑥,𝑦)𝑞(𝑢∣𝑥)とし,(𝑋,𝑌,𝑈)をこの分布に従う三つ組とする.三つ組(𝑘,𝑞,𝑓)が 実行可能 であるとは
𝔼[𝑑(𝑋, 𝑓(𝑈,𝑌))]≤𝐷が成り立つことをいう.三つ組を一つ決めるごとに実数𝐼(𝑋;𝑈) −𝐼(𝑌;𝑈)が定まる(定義 1.3.1).実行可能な三つ組が少なくとも一つあるとき,副情報つきレート歪み関数 の値𝑅WZ(𝐷)を,この実数の実行可能な三つ組すべてにわたる下限として定め,実行可能な三つ組が一つも無いときは𝑅WZ(𝐷) :=0と約束する.
定義 14.4.3 が動かしているのは三つ組(𝑘,𝑞,𝑓)だけである.情報源の分布𝑝と歪み尺度𝑑は与えられていて動かせない.三つ組が定める分布の(𝑥,𝑦)についての周辺は,各𝑥について∑𝑢𝑞(𝑢 ∣𝑥) =1だから𝑝(𝑥,𝑦)そのものであり,同じ記号𝑝を引数の並びで使い分ける 定義 1.2.2 の慣用と食い違わない.実行可能な三つ組があるとき,その下限が実数として定まるのは目的の値が0を下回らないからで,それを与えるのは次の 補題 14.4.4 である.
条件付き分布𝑞(𝑢 ∣𝑥)が𝑦によらないところに,符号化する側が𝑌を見られないことが書き込まれている.補助変数𝑈は𝑋だけから作られる.いっぽう再現関数𝑓(𝑢,𝑦)は𝑦を引数にとるので,復号する側が副情報を持つことは𝑓の側に書き込まれている.目的の値の第1項𝐼(𝑋;𝑈)は,第9章 定義 9.1.5 が歪みの制約のもとで最小にした相互情報量と同じ立場の量で,𝑋について送る量を測る.第2項が副情報のぶんの値引きで,𝑈のうち𝑌からも分かってしまう部分は送らなくてよい,と読める.値引きがちょうど𝐼(𝑌;𝑈)なのはなぜか,という問いには,本節の終わりで借りる 副情報つきレート歪みの達成可能性 の筋書きが答える.そこでは,補助変数の側の符号語の番号を箱に投げ込み,箱の中から𝑌𝑛に合う一本を復号器に選ばせる段として出てくる.
実行可能な三つ組が一つも無いときに置いた0は,下限の値ではない.下限をとる相手の集合が空で下限が定まらないので,値を一つ決めておくための約束である.したがってその場合の𝑅WZ(𝐷)を「歪み𝐷で済ませるのに要るレート」と読んではいけない.命題 14.4.5 はこの場合も込みで述べるが,そこで示すのは約束の値が0以上だということだけである.レートの大きさを実際に問う 命題 14.4.6,命題 14.4.7,例 14.4.8,例 14.4.10,および本節の終わりで借りる達成可能性は,どれも実行可能な三つ組があることを仮定に置くか結論に含めるかしている.
補題 14.4.4. XとYを空でない有限集合,𝑝をX ×Y上の分布,𝑘を正の整数,𝑞をXから{1,…,𝑘}への条件付き分布(定義 9.1.5)とし,(𝑋,𝑌,𝑈)を 定義 14.4.3 の分布𝑝(𝑥,𝑦) 𝑞(𝑢 ∣𝑥)に従う三つ組とする.このとき𝑌 →𝑋 →𝑈はマルコフ連鎖(定義 1.8.3)であり,
𝐼(𝑌;𝑈)≤𝐼(𝑋;𝑈)である.
証明. マルコフ連鎖であることを見る.定義 1.8.3 は𝑌 →𝑋 →𝑈を,𝑋を与えたときの𝑌と𝑈の条件付き独立として定めている.𝑋の周辺分布𝑝(𝑥) =∑𝑦𝑝(𝑥,𝑦)が正であるような𝑥を一つ固定する.三つ組の分布の作り方から
𝑝(𝑦,𝑢∣𝑥)=𝑝(𝑥,𝑦)𝑞(𝑢∣𝑥)𝑝(𝑥)=𝑝(𝑦∣𝑥)𝑞(𝑢∣𝑥)である.この等式を𝑦について足すと,各𝑥について∑𝑦𝑝(𝑦 ∣𝑥) =1だから𝑝(𝑢 ∣𝑥) =𝑞(𝑢 ∣𝑥)を得る.これを上の等式に戻すと𝑝(𝑦,𝑢 ∣𝑥) =𝑝(𝑦 ∣𝑥) 𝑝(𝑢 ∣𝑥)であり,これが 定義 1.8.3 の条件そのものである.
不等式に移る.いま示した連鎖𝑌 →𝑋 →𝑈にデータ処理不等式(定理 1.8.4)を当てると𝐼(𝑌;𝑈) ≤𝐼(𝑋;𝑈)である.◻
定義 1.8.3 は両端について対称だから,𝑌 →𝑋 →𝑈は𝑈 →𝑋 →𝑌とも書ける.後者の向きで読むと,補助変数が𝑌とつながるのは𝑋を通ってだけである,という 定義 14.4.3 の作り方がそのまま絵になる.不等式のほうは,𝑈が𝑋について持っている情報のうち𝑌に届くのはその一部だけだ,と読める.目的の値𝐼(𝑋;𝑈) −𝐼(𝑌;𝑈)が負にならないのはこのためで,次の命題はそれを𝑅WZの側へ移したものである.
命題 14.4.5. X,Y,ˆX,𝑑を 定義 14.4.1 のとおりとし,𝑝をX ×Y上の分布,𝐷を実数とする.𝑅WZ( ⋅)を 定義 14.4.3 のとおりとすると0 ≤𝑅WZ(𝐷)である.
証明. 実行可能な三つ組が一つも無いときは,定義 14.4.3 の約束により𝑅WZ(𝐷) =0だから主張が成り立つ.少なくとも一つあるときは,補題 14.4.4 よりどの三つ組でも目的の値𝐼(𝑋;𝑈) −𝐼(𝑌;𝑈)が0以上だから,0は値の集合の下界であり,下限は下界のうち最大のものだから𝑅WZ(𝐷) ≥0である.◼
命題 14.4.6. X,Y,ˆX,𝑑を 定義 14.4.1 のとおりとし,𝑝をX ×Y上の分布とする.𝑅WZ( ⋅)を 定義 14.4.3 のとおりとし,実数𝐷,𝐷′が𝐷 ≤𝐷′を満たすとする.歪み𝐷で実行可能な三つ組(定義 14.4.3)が少なくとも一つあるならば
𝑅WZ(𝐷′)≤𝑅WZ(𝐷)である.
証明. 歪み𝐷で実行可能な三つ組は,期待歪みが𝐷以下,したがって𝐷′以下だから,歪み𝐷′でも実行可能である.よって𝐷′についての値の集合は𝐷についての値の集合を含み,仮定より後者が空でないから前者も空でない.どちらの集合も 補題 14.4.4 より0を下界にもつので,𝑅WZ(𝐷)も𝑅WZ(𝐷′)も 定義 14.4.3 の約束ではなく実際の下限である.
広いほうの下限は広いほうのどの元以下でもあり,狭いほうの元はどれも広いほうの元だから,広いほうの下限は狭いほうの下界である.下限は下界のうち最大のものだから𝑅WZ(𝐷′) ≤𝑅WZ(𝐷)である.◼
歪み𝐷で実行可能な三つ組があるという仮定は落とせない.それが無いと𝑅WZ(𝐷)の値は下限ではなく 定義 14.4.3 の約束で決まり,命題 14.4.6 の証明は集合の包含から下限の大小へ移るところで途切れる.仮定はその場合を主張の外に置くために要る.
命題 14.4.7. X,Y,ˆX,𝑑を 定義 14.4.1 のとおりとし,𝑝をX ×Y上の分布,𝐷を実数とする.X上の分布𝑝X(𝑥) :=∑𝑦∈Y𝑝(𝑥,𝑦)についてQ( ⋅),𝐼(𝑝X; ⋅),𝑅( ⋅)を 定義 9.1.5 のとおりとし,𝑅WZ( ⋅)を 定義 14.4.3 のとおりとする.Q(𝐷)が空でないならば,歪み𝐷で実行可能な三つ組が少なくとも一つあり,かつ
𝑅WZ(𝐷)≤𝑅(𝐷)である.
証明. Q(𝐷)の元𝑞0を一つとる.
この𝑞0から実行可能な三つ組を作る.ˆXは空でない有限集合だから,その元に1から𝑘 :=|ˆX|までの番号を一対一につけられる.番号𝑢の元をˆ𝑥𝑢と書き,𝑞(𝑢 ∣𝑥) :=𝑞0(ˆ𝑥𝑢 ∣𝑥),𝑓(𝑢,𝑦) :=ˆ𝑥𝑢と定める.番号づけが一対一だから,各𝑥について∑𝑘𝑢=1𝑞(𝑢 ∣𝑥) =∑ˆ𝑥𝑞0(ˆ𝑥 ∣𝑥) =1であり,値は非負だから𝑞はXから{1,…,𝑘}への条件付き分布である.𝑓も 定義 14.4.3 の再現関数の形をしている.
この三つ組の期待歪みを計算する.(𝑋,𝑌,𝑈)を 定義 14.4.3 の分布に従う三つ組とすると,𝑓(𝑢,𝑦)が𝑦によらないので
𝔼[𝑑(𝑋,𝑓(𝑈,𝑌))]=∑𝑥,𝑦,𝑢𝑝(𝑥,𝑦)𝑞(𝑢∣𝑥)𝑑(𝑥,ˆ𝑥𝑢)=∑𝑥,𝑢𝑝X(𝑥)𝑞0(ˆ𝑥𝑢∣𝑥)𝑑(𝑥,ˆ𝑥𝑢)である(第2の等号は𝑦について先に和をとったもので,∑𝑦𝑝(𝑥,𝑦) =𝑝X(𝑥)による).番号づけが一対一だから,右辺は∑𝑥,ˆ𝑥𝑝X(𝑥) 𝑞0(ˆ𝑥 ∣𝑥) 𝑑(𝑥,ˆ𝑥)に等しく,これは 定義 9.1.5 が𝑞0に対応させる期待歪みそのものである.𝑞0 ∈Q(𝐷)よりこれは𝐷以下だから,(𝑘,𝑞,𝑓)は実行可能である.とくに実行可能な三つ組が少なくとも一つある.
この三つ組の目的の値を上から抑える.対(𝑋,𝑈)の同時分布は∑𝑦𝑝(𝑥,𝑦) 𝑞(𝑢 ∣𝑥) =𝑝X(𝑥) 𝑞0(ˆ𝑥𝑢 ∣𝑥)であり,これは 定義 9.1.5 が𝑞0に対応させる対の同時分布を番号で書き直したものだから,𝐼(𝑋;𝑈) =𝐼(𝑝X;𝑞0)である.命題 1.3.2 より𝐼(𝑌;𝑈) ≥0だから
𝐼(𝑋;𝑈)−𝐼(𝑌;𝑈)≤𝐼(𝑋;𝑈)=𝐼(𝑝X;𝑞0)である.
下限に移る.実行可能な三つ組が少なくとも一つあり,補題 14.4.4 より値の集合は0を下界にもつから,𝑅WZ(𝐷)は実際の下限である.下限は下界だから,いま作った三つ組の目的の値以下であり,上の不等式と合わせて𝑅WZ(𝐷) ≤𝐼(𝑝X;𝑞0)を得る.左辺は𝑞0の選び方によらないので,𝑅WZ(𝐷)は値の集合{ 𝐼(𝑝X;𝑞) :𝑞 ∈Q(𝐷) }の下界である.下限は下界のうち最大のものだから,𝑅WZ(𝐷) ≤𝑅(𝐷)である.◼
命題 14.4.5 と 命題 14.4.7 を並べると,Q(𝐷)が空でないかぎり0 ≤𝑅WZ(𝐷) ≤𝑅(𝐷)である.二つの端は矛盾しない.𝑅(𝐷)が下限をとる値の集合の元はどれも 命題 1.3.2 より非負で,𝑅(𝐷)自身も0以上だからである.上からの評価が言っているのは,副情報を持つ復号器を相手にするなら第9章の𝑅(𝐷)より多く送る必要はない,ということである.どれだけ少なくて済むかは𝐼(𝑌;𝑈)の大きさで決まる.証明で作った三つ組は補助変数を再現そのものにとり,再現関数が𝑦を捨てているので,副情報をまったく使っていない.𝑦を実際に使う再現関数をとれば𝐼(𝑌;𝑈)のぶんの値引きが目的の値に効く,というのが𝑅WZを𝑅より小さくしうる仕組みである.
値引きがいちばん効く場合と,まったく効かない場合を見ておく.どちらも補助変数を退化させた設定で,数行で閉じる.
例 14.4.8(副情報が情報源そのものである場合). X =Y =ˆX ={0,1}とし,𝑑を 例 9.1.3 の Hamming 歪み𝑑𝐻とする.𝑝を𝑝(1,1) =1/4,𝑝(0,0) =3/4,𝑝(0,1) =𝑝(1,0) =0で定まるX ×Y上の分布とし,𝑅WZ( ⋅)を 定義 14.4.3 のとおりとする.このとき𝐷 ≥0を満たすどの実数𝐷についても,歪み𝐷で実行可能な三つ組があり,𝑅WZ(𝐷) =0である.
証明. 𝑘 :=1とし,どの𝑥 ∈Xについても𝑞(1 ∣𝑥) :=1と定め,𝑓(1,𝑦) :=𝑦と定める.各𝑥について∑1𝑢=1𝑞(𝑢 ∣𝑥) =1で値は非負だから𝑞は 定義 14.4.3 の条件付き分布であり,𝑓は{1} ×YからˆXへの写像だから再現関数の形をしている.
期待歪みを見る.(𝑋,𝑌,𝑈)を 定義 14.4.3 の分布に従う三つ組とする.𝑝(0,1) =𝑝(1,0) =0だからPr[𝑌 ≠𝑋] =0であり,𝑓(𝑈,𝑌) =𝑌だから 例 9.1.3 より𝑑𝐻(𝑋,𝑓(𝑈,𝑌))は確率1で0をとる.よって期待歪みは0で,𝐷 ≥0ならば(1,𝑞,𝑓)は歪み𝐷で実行可能である.
目的の値を見る.𝑈は確率1で1をとるから,𝑈と𝑋の同時分布も𝑈と𝑌の同時分布も,それぞれの周辺分布の積に等しい.命題 1.3.2 の等号条件より𝐼(𝑋;𝑈) =𝐼(𝑌;𝑈) =0であり,この三つ組の目的の値は0である.実行可能な三つ組があり,補題 14.4.4 より値の集合は0を下界にもつから,𝑅WZ(𝐷)は実際の下限である.下限は下界だから,いま作った三つ組の目的の値0以下であり,命題 14.4.5 と合わせて𝑅WZ(𝐷) =0を得る.◼
この分布のXについての周辺は 例 9.3.5 の二値情報源そのもので,例 9.3.5 が与えた𝑅(0)は約0.8113ビットである.副情報が𝑋をそのまま渡してくるので,符号化する側は何も送らなくてよい.命題 14.4.7 が置いた𝑅WZ(𝐷) ≤𝑅(𝐷)を𝐷 =0で読むと,左辺が0,右辺が約0.8113ビットで,値引きが右辺をすべて消している.
例 14.4.9(副情報が情報源と独立である場合). X,Y,ˆXを空でない有限集合とし,𝑝XをX上の分布,𝑝YをY上の分布として𝑝(𝑥,𝑦) :=𝑝X(𝑥) 𝑝Y(𝑦)とする.正の整数𝑘と,Xから{1,…,𝑘}への条件付き分布𝑞(定義 9.1.5)と,再現関数𝑓 :{1,…,𝑘} ×Y →ˆX(定義 14.4.3)の三つ組(𝑘,𝑞,𝑓)を任意にとり,(𝑋,𝑌,𝑈)を 定義 14.4.3 の分布𝑝(𝑥,𝑦) 𝑞(𝑢 ∣𝑥)に従う三つ組とする.このとき𝐼(𝑌;𝑈) =0であり,この三つ組の目的の値は𝐼(𝑋;𝑈)に等しい.
証明. 三つ組が定める分布は𝑝X(𝑥) 𝑝Y(𝑦) 𝑞(𝑢 ∣𝑥)である.対(𝑌,𝑈)の同時分布はこれを𝑥について足したもので
∑𝑥𝑝X(𝑥)𝑝Y(𝑦)𝑞(𝑢∣𝑥)=𝑝Y(𝑦)∑𝑥𝑝X(𝑥)𝑞(𝑢∣𝑥)である.いっぽう𝑌の周辺分布は,各𝑥について∑𝑢𝑞(𝑢 ∣𝑥) =1であることと∑𝑥𝑝X(𝑥) =1とから𝑝Y(𝑦)であり,𝑈の周辺分布は∑𝑦𝑝Y(𝑦) =1から∑𝑥𝑝X(𝑥) 𝑞(𝑢 ∣𝑥)である.よって上の右辺は二つの周辺分布の積にほかならない.命題 1.3.2 の等号条件より𝐼(𝑌;𝑈) =0であり,目的の値𝐼(𝑋;𝑈) −𝐼(𝑌;𝑈)は𝐼(𝑋;𝑈)に等しい.◼
補助変数は𝑋だけから作られるので,𝑌が𝑋と独立なら𝑈とも独立になる.値引きの項が消えて,副情報を渡しても目的の値は下がらない.例 14.4.8 とちょうど逆の端である.ただしこのとき𝑅WZ(𝐷)が第9章の𝑅(𝐷)に一致する,とまでは本書は述べない.再現関数𝑓(𝑢,𝑦)は𝑦を引数にとってよいので,𝑦を使わない形に直す段が要り,本節はその段を置いていない.
両端のあいだにある例を一つ置く.補助変数を退化させず,入力そのものにとる.情報源には 14.3 節の 例 14.3.2 の対をそのまま使う.
例 14.4.10(二元対称な相関で補助変数を入力にとる). X =Y =ˆX ={0,1}とし,𝑑を 例 9.1.3 の Hamming 歪み𝑑𝐻とする.𝜌 ∈[0,1]をとり,𝑝を 例 14.3.2 の対(𝑋,𝑌)の同時分布,すなわち𝑝(0,0) =𝑝(1,1) =(1 −𝜌)/2,𝑝(0,1) =𝑝(1,0) =𝜌/2とし,𝑅WZ( ⋅)を 定義 14.4.3 のとおりとする.𝑘 :=2とし,各𝑥 ∈Xについて𝑞(𝑥 +1 ∣𝑥) :=1,𝑢 ≠𝑥 +1では𝑞(𝑢 ∣𝑥) :=0と定め,𝑓(𝑢,𝑦) :=𝑢 −1と定めると,三つ組(2,𝑞,𝑓)は𝐷 ≥0を満たすどの実数𝐷についても実行可能であり,その目的の値は𝐻𝑏(𝜌)である(𝐻𝑏は 例 1.1.2 の二値エントロピー).したがって𝐷 ≥0ならば𝑅WZ(𝐷) ≤𝐻𝑏(𝜌)である.
証明. 三つ組の形を確かめる.各𝑥 ∈{0,1}について𝑥 +1 ∈{1,2}であり,∑2𝑢=1𝑞(𝑢 ∣𝑥) =1で値は非負だから,𝑞はXから{1,2}への条件付き分布である.𝑓は{1,2} ×YからˆXへの写像だから,定義 14.4.3 の再現関数の形をしている.
実行可能であることを見る.(𝑋,𝑌,𝑈)を 定義 14.4.3 の分布𝑝(𝑥,𝑦) 𝑞(𝑢 ∣𝑥)に従う三つ組とすると,𝑞の作り方から𝑈 =𝑋 +1が確率1で成り立ち,𝑓(𝑈,𝑌) =𝑈 −1 =𝑋である.例 9.1.3 より𝑑𝐻(𝑋,𝑋) =0だから期待歪みは0で,𝐷 ≥0ならばこの三つ組は実行可能である.
目的の値を出す.定理 1.3.4 の𝐼(𝑋;𝑈) =𝐻(𝑈) −𝐻(𝑈 ∣𝑋)で,𝑋を与えると𝑈は一点に決まるから 定義 1.1.1 と 定義 1.2.2 より第2項は0であり,𝑈の分布は𝑋の分布の値を付け替えただけだから,例 14.3.2 と合わせて𝐻(𝑈) =𝐻(𝑋) =1である.よって𝐼(𝑋;𝑈) =1である.いっぽう対(𝑌,𝑈)の同時分布は対(𝑌,𝑋)の同時分布を第2成分の番号で書き直したものだから𝐼(𝑌;𝑈) =𝐼(𝑌;𝑋)であり,例 14.3.2 の𝐼(𝑋;𝑌) =1 −𝐻𝑏(𝜌)と 命題 1.3.3 の対称性より𝐼(𝑌;𝑈) =1 −𝐻𝑏(𝜌)である.よって目的の値は1 −(1 −𝐻𝑏(𝜌)) =𝐻𝑏(𝜌)である.
下限に移る.実行可能な三つ組があり,補題 14.4.4 より値の集合は0を下界にもつから,𝑅WZ(𝐷)は実際の下限である.下限は下界だから,いま作った三つ組の目的の値𝐻𝑏(𝜌)以下である.◼
例 14.4.8 では値引きが 例 9.3.5 の𝑅(0)を丸ごと消し,例 14.4.9 では値引きが0だった.例 14.4.10 はそのあいだにある.この三つ組では𝐼(𝑋;𝑈) =1,𝐼(𝑌;𝑈) =1 −𝐻𝑏(𝜌)で,副情報がちょうど 例 14.3.2 の𝐼(𝑋;𝑌)のぶんだけ値引きし,𝐻𝑏(𝜌)が残る.𝜌が0,1/2,1のどれでもなければ0 <𝐻𝑏(𝜌) <1だから,値引きは効いているが全部を消してはいない.残った𝐻𝑏(𝜌)は,同じ対について 14.3 節の 定理 14.3.3 が𝑋側のレートに置いた下界の,誤り確率が0のときの値𝐻(𝑋 ∣𝑌)と同じである.𝑌をまるごと渡されている受け手を相手に𝑋を届ける,という要求が,14.3 節では二人で圧縮する設定の𝑋側の枠として,本節では副情報つきの目的の値として,同じ量で現れている.ただし 例 14.4.10 が与えるのは上からの評価だけで,𝑅WZ(𝐷)がこの値に等しいことまでは本書も形式化も述べない.
逆定理と達成可能性
道具を二つ借りる.どちらも 定義 14.4.2 の達成可能性と 定義 14.4.3 の𝑅WZを結ぶもので,向きが逆である.
一つめは 副情報つきレート歪みの逆定理,すなわち「達成可能なレートは𝑅WZ(𝐷)を下回らない」という主張である.使う形を書いておく.
X,Y,ˆX,𝑑を 定義 14.4.1 のとおりとし,𝑝をX ×Y上の分布,𝑅と𝐷を実数とする.𝑅が歪み𝐷で達成可能(定義 14.4.2)ならば𝑅WZ(𝐷) ≤𝑅である.
当てる対象は 定義 14.4.1 の副情報つき符号だけで,情報源の分布にも歪み尺度にも 定義 14.4.1 が置いた以上の条件を加えない.依存するのは本節の終わりの地の文だけである.
借りたままにするので,中で何が起きているかの筋書きだけ書いておく.長さ𝑛の符号を一つとり,符号化写像の出す番号を𝐽 :=𝑐(𝑋𝑛)と書く.時刻𝑖ごとに,番号と,時刻𝑖以外のすべての副情報とを束ねた𝑈𝑖 :=(𝐽, (𝑌𝑗)𝑗≠𝑖)を補助変数とする.情報源が対ごとに独立であることから𝑌𝑖 →𝑋𝑖 →𝑈𝑖がマルコフ連鎖になり,𝑈𝑖は 定義 14.4.3 の補助変数として通る.再現関数は,復号写像の出す列の第𝑖成分をとったものである.そのうえでlog𝑀を時刻ごとの𝐼(𝑋𝑖;𝑈𝑖) −𝐼(𝑌𝑖;𝑈𝑖)の和で下から抑え,時刻を一様に選ぶ変数をもう一段の補助変数として束ねて1文字あたりの形に直し,最後に𝑛を大きくして歪みの余裕を0に送る.
本書はこの主張を証明しない.時刻ごとにほどく段が,第6章 定理 6.4.5 や第9章 定理 9.5.4 のものをそのまま当てるのでは済まないからである.あちらで和に分けたのは相互情報量一つだったが,こちらで分けるのは差𝐼(𝑋𝑛;𝐽) −𝐼(𝑌𝑛;𝐽)で,二つの項を同じ時刻の切り方でそろえる段が要る.そのうえ束ねた𝑈𝑖は時刻𝑖の前後の両側の副情報を含んでいる.片側だけにすると 定義 14.4.3 の再現関数が作れない.復号写像の出す列の第𝑖成分は𝑌𝑛の全体を引数にとるので,時刻𝑖の再現を対(𝑈𝑖,𝑌𝑖)だけの写像として書くには,𝑈𝑖が時刻𝑖以外の副情報を両側とも含んでいなければならないからである.そのぶん重くなった𝑈𝑖を扱う道具が要る.
二つめは 副情報つきレート歪みの達成可能性,すなわち「𝑅WZ(𝐷)より大きいレートは実際に達成できる」という主張である.使う形を書いておく.
X,Y,ˆX,𝑑を 定義 14.4.1 のとおりとし,𝑝をX ×Y上の分布,𝑅と𝐷を実数とする.歪み𝐷で実行可能な三つ組(定義 14.4.3)が少なくとも一つあり,𝑅WZ(𝐷) <𝑅ならば,𝑅は歪み𝐷で達成可能である(定義 14.4.2).
当てる対象は 定義 14.4.1 の副情報つき符号だけで,依存するのは本節の終わりの地の文だけである.
借りたままにするので,中で何が起きているかの筋書きだけ書いておく.二つの道具を組み合わせる.一つめは覆いで,第9章 9.6 節が借りた レート歪み理論の達成可能性 と同じく,補助変数の側の符号語を2𝑛𝐼(𝑋;𝑈)本ほど引いて𝑋𝑛を覆う.ここまでなら要るレートは𝐼(𝑋;𝑈)である.二つめがビニングで,14.3 節が借りた Slepian–Wolf の達成可能性 と同じく,覆った符号語の番号をさらに2𝑛(𝐼(𝑋;𝑈)−𝐼(𝑌;𝑈))個の箱に投げ込み,送るのは箱の番号だけにする.復号器は𝑌𝑛を持っているので,受け取った箱の中から𝑌𝑛と結合典型な符号語を探せばよく,一つの箱に紛れる本数が2𝑛𝐼(𝑌;𝑈)ほどまでなら一本に絞れる.差し引き𝐼(𝑋;𝑈) −𝐼(𝑌;𝑈)が送るレートになる,という勘定である.覆いとビニングという,本書のここまでで別々に現れた二つの道具が一つの構成の中で噛み合うのが,この設定の眼目である.
本書はこの主張を証明しない.覆いの側は第9章 9.6 節で,ビニングの側は 14.3 節で,どちらも借りたままだから,組み合わせる段で当てる相手が本書には無い.しかも足りない道具は 14.3 節で足りなかったものと同じで,𝑌𝑛を一つ固定したときにそれと結合典型になる補助変数の側の系列の本数,すなわち結合典型集合の切り口の個数を抑える評価が,一つの箱に紛れ込む本数を数えるところで要る.
二つの借用を並べると,𝑅WZ(𝐷)が達成可能なレートの境目にあることが見える.副情報つきレート歪みの逆定理より,𝑅WZ(𝐷)より小さい実数は一つも達成可能でない.副情報つきレート歪みの達成可能性より,歪み𝐷で実行可能な三つ組があるかぎり,𝑅WZ(𝐷)より大きい実数はすべて達成可能である.境目の𝑅 =𝑅WZ(𝐷)そのものが達成可能かどうかは,どちらの借用も述べておらず,本書も形式化も述べない.14.2 節が 定義 14.2.1 で境界のレート対を閉包で拾ったのに対し,本節は境目をそのまま切れ目として残している.
InformationTheory — 形式化検証つき情報理論教科書(レビュー版).数式は MathJax + AMS Euler で事前レンダリング.