14.8 中継通信路
ここまでの四つの設定は,どれも参加者が二人に分かれるものだった.多元接続では二人の送り手,ブロードキャストでは二人の受け手,相関情報源では二人の圧縮者がそれぞれ取り分を持つので,どこまで送れるかの答えはレートの対についてのものになり,前の二つではそれを領域として書いた.副情報つきレート歪みでは符号化する側と復号する側で見えるものが違ったが,取り分を問う相手は圧縮する側だけなので,答えは 定義 14.4.3 の𝑅WZ(𝐷)という一つの数だった.
本節の設定はそのどれとも違う.送り手も受け手も一人で,そのあいだに 助け手 が一人いる.助け手は自分でメッセージを持たず,通信路から聞こえてくるものを聞いて,受け手に届きやすいように何かを送り直す.取り分を問う相手は送り手だけなので,答えは 14.4 節と同じく領域ではなく数である.レート領域は本節に現れない.それでも評価に使う道具は前の節までのもので,しかも二つの切り口がそのまま 14.1 節の多元接続と 14.5 節のブロードキャストになる.中継を扱うのに二人ぶんの設定が要るというのが,本節を本章に置く理由である.
記号を一つ断っておく.本節では助け手の送るものに𝑋1,助け手の聞くものに𝑌1と,どちらも番号1を付け,送り手の送るものと受け手の聞くものには番号を付けずに𝑋,𝑌と書く.番号は 14.1 節と同じく参加者のもので,ここでは助け手が番号1をもつ.時刻を書くときも 14.1 節の約束どおりで,番号のある記号は𝑋1,𝑖,ない記号は𝑋𝑖とする.この約束では𝑋1と𝑌1の字面がどちらも二通りに読める.番号として読めば助け手の送るものと聞くもの,時刻として読めば送り手が時刻1に送るものと受け手が時刻1に聞くものである.助け手の記号は時刻まで書くときつねに番号を先に置いて𝑋1,𝑖,𝑌1,𝑖とし,長さ𝑛の組は𝑋𝑛1,𝑌𝑛1と書くので,時刻を並べた式の中に下付きが一つだけの𝑋1や𝑌1が現れたら,それは送り手または受け手の側である.小文字のほうは分かれず,𝑥1は 定義 14.8.1 のとおりつねに助け手の入力を指す.14.5 節から 14.7 節までの𝑌1,𝑌2は二人の受け手の出力だったが,本節に受け手は一人しかいない.
通信路と符号
定義 14.8.1(中継通信路). X,X1,Y,Y1をどれも空でない有限アルファベットとする.中継通信路(relay channel)とは,入力の対(𝑥,𝑥1) ∈X ×X1ごとにY ×Y1上の分布𝑊( ⋅, ⋅ ∣𝑥,𝑥1)を与える対応である.すなわち𝑊(𝑦,𝑦1 ∣𝑥,𝑥1) ≥0であって,各対について∑𝑦,𝑦1𝑊(𝑦,𝑦1 ∣𝑥,𝑥1) =1を満たす.𝑥は送り手の入力,𝑥1は中継の入力,𝑦は受け手の見る出力,𝑦1は中継の見る出力である.
入力が対で出力が対なので,字面の上では 14.1 節の多元接続通信路とも 14.5 節のブロードキャスト通信路とも違う.中身は二つを重ねたものである.入力の側は二人が別々に選ぶので多元接続と同じ形をしており,出力の側は一本の入力から二人が別々に受け取るのでブロードキャストと同じ形をしている.違うのは,入力の一方と出力の一方が同じ人に属していることで,助け手は聞いたものに応じて送るものを変えられる.定義 14.1.1 と 定義 14.5.1 が長さ𝑛への積の延長𝑊𝑛を定めていたのに対し,ここではそれを定めていない.理由は,次の 定義 14.8.2 で中継写像が出てからでないと言えない.
定義 14.8.2(中継符号). 𝑊を中継通信路(定義 14.8.1)とし,𝑛 ≥1とする.長さ𝑛の 中継符号 とは,メッセージ数𝑀 ≥1と,符号化写像𝑐 :{1,…,𝑀} →X𝑛,各時刻𝑖ごとの 中継写像 𝑟𝑖 :Y𝑖1 →X1(0 ≤𝑖 <𝑛),および復号器𝑑 :Y𝑛 →{1,…,𝑀}の組である.時刻𝑖の中継入力は𝑋1,𝑖 :=𝑟𝑖(𝑌1,0,…,𝑌1,𝑖−1)で定める.
中継写像が時刻𝑖より前の観測しか引数にとらないところが,この定義の要である.助け手は時刻𝑖に送るものを決めるとき,その時刻に自分が何を聞くかをまだ知らない.この性質を 因果的 であるという.因果性を落として𝑟𝑖に𝑌1,𝑖まで渡してしまうと,助け手は自分がまだ聞いていないものを使って送ることになる.定義 14.8.2 が引数を時刻𝑖より前に限っているのは,そういう符号を数に入れないためである.時刻0では引数が空なので,𝑋1,0は定数である.
積の延長を定めない理由がここから出る.中継符号を𝑊に通すというのは,時刻ごとに,そこまでに定まった入力の対(𝑥𝑖,𝑥1,𝑖)に対して𝑊が返す対(𝑦𝑖,𝑦1,𝑖)を引く,ということである.メッセージ𝑚を与えたときの出力の組の同時分布を書き下すと,これは∏𝑖𝑊(𝑦𝑖,𝑦1,𝑖 ∣𝑐(𝑚)𝑖, 𝑟𝑖(𝑦<𝑖1))になる(𝑦<𝑖1 :=(𝑦1,0,…,𝑦1,𝑖−1)と書いた).時刻𝑖の因子の第2入力が過去の出力から作られているので,これは固定した入力の対の列(𝑥𝑛,𝑥𝑛1)を引数にとる形ではない.送り手が符号語を一本選んでも,助け手の入力の列は出力を見ながら定まっていくからである.そのため 定義 14.8.1 に𝑊𝑛にあたる延長を置いても中継符号には当てはまらず,以下の主張は,出力の組に置く条件を主張ごとに書き込む形になっている.
二つのカット
三人の参加者を二組に分ける切り口をとる.送り手が一方の組に,受け手がもう一方の組に入るように切ると,メッセージはかならずその切り口を越えることになるので,切り口を越えて運べる量が送れる量の上界になる.そういう切り口は,助け手をどちらの組に入れるかで二通りある.どちらも上界を与えるから,小さいほうが残る.以下の二つの評価がその二通りに対応する.
一つめは,受け手の側で切る.受け手から見ると,送り手と助け手という二人の送り手が同じ通信路に入力を流し込んでいるように見える.これは 14.1 節の多元接続にほかならない.
定理 14.8.3(多元接続のカット). 𝑀 ≥2,𝑛 ≥1とし,Msgを{1,…,𝑀}上の一様分布に従う確率変数とする.𝑋𝑛 =(𝑋0,…,𝑋𝑛−1),𝑋𝑛1 =(𝑋1,0,…,𝑋1,𝑛−1),𝑌𝑛 =(𝑌0,…,𝑌𝑛−1)をそれぞれ有限集合に値をとる確率変数の組とし,𝑍𝑖 :=(𝑋𝑖,𝑋1,𝑖),𝑍𝑛 :=(𝑍0,…,𝑍𝑛−1)とおく.𝑑を𝑌𝑛の値から{1,…,𝑀}への写像とし,𝑃𝑒 :=Pr[𝑑(𝑌𝑛) ≠Msg]とおく.Msg →𝑍𝑛 →𝑌𝑛がマルコフ連鎖(定義 1.8.3)をなし,かつ𝑍𝑛と𝑌𝑛が各時刻で記憶がない(定義 6.4.4)なら
log𝑀≤𝑛−1∑𝑖=0𝐼(𝑍𝑖;𝑌𝑖)+𝐻𝑏(𝑃𝑒)+𝑃𝑒log(𝑀−1)である(𝐻𝑏は 例 1.1.2 の二値エントロピー).
証明. 定理 6.4.1 を,対象にMsg,観測に𝑌𝑛,復号器に𝑑を置いて当てるとlog𝑀 ≤𝐼(Msg;𝑌𝑛) +𝐻𝑏(𝑃𝑒) +𝑃𝑒log(𝑀 −1)である.定理 1.8.4 を連鎖Msg →𝑍𝑛 →𝑌𝑛に当てると𝐼(Msg;𝑌𝑛) ≤𝐼(𝑍𝑛;𝑌𝑛)だから,あとは𝐼(𝑍𝑛;𝑌𝑛) ≤∑𝑖𝐼(𝑍𝑖;𝑌𝑖)を示せばよい.
定理 1.8.5 を入力の組𝑍𝑛と出力の組𝑌𝑛に当てる.あの定理が求めているのは二つで,𝑍𝑛を与えたとき𝑌0,…,𝑌𝑛−1が条件付き独立であることと,各𝑌𝑖の条件付き分布が同じ時刻の入力𝑍𝑖だけで決まることである.定義 6.4.4 からこの二つが出ることを見る.以下,条件付き確率をPr[ ⋅ ∣ ⋅ ]と書き,事象を値だけで表す(条件の側が正の確率をもつ点で考える).定義 6.4.4 は,𝑍𝑖を与えたとき𝑌𝑖が(𝑍≠𝑖,𝑌≠𝑖)と条件付き独立であること,すなわちPr[𝑦𝑖 ∣𝑧𝑛,𝑦≠𝑖] =Pr[𝑦𝑖 ∣𝑧𝑖]を言っている.右辺は𝑧𝑖だけの関数で,𝑍𝑛も(𝑍𝑛,𝑌<𝑖)も(𝑍𝑛,𝑌≠𝑖)の関数として書けるから,補題 14.5.6 を,𝐴に𝑌𝑖,𝐵に(𝑍𝑛,𝑌≠𝑖)と読み替え,𝑔の行き先を二通りにとって当てると
Pr[𝑦𝑖∣𝑧𝑛]=Pr[𝑦𝑖∣𝑧𝑖],Pr[𝑦𝑖∣𝑧𝑛,𝑦<𝑖]=Pr[𝑦𝑖∣𝑧𝑖]がどちらも成り立つ.前者が第2の条件そのものである.後者を条件付き確率のチェイン則Pr[𝑦𝑛 ∣𝑧𝑛] =∏𝑖Pr[𝑦𝑖 ∣𝑧𝑛,𝑦<𝑖]に代入するとPr[𝑦𝑛 ∣𝑧𝑛] =∏𝑖Pr[𝑦𝑖 ∣𝑧𝑛]となり,これが第1の条件である.よって 定理 1.8.5 より𝐼(𝑍𝑛;𝑌𝑛) ≤∑𝑖𝐼(𝑍𝑖;𝑌𝑖)である.◼
定理 14.8.3 は中継符号を名指していない.入力の組が符号から作られていることも,中継写像が因果的であることも使っていないからである.第6章 定理 6.4.5 が符号化写像を仮定に置いていたのに対し,こちらがそれを置かないのはそのためである.そのかわりに置いているのが,マルコフ連鎖と 定義 6.4.4 の二つの条件である.後者は,中継符号から作った𝑍𝑛と𝑌𝑛が自動的に満たすものではない.破れる筋道は,中継入力が過去の観測の関数であるところにある.時刻𝑖より後の中継入力は時刻𝑖の助け手の観測を引数にとるので,𝑗 >𝑖の𝑍𝑗がその観測を含む.その観測が同じ時刻の受け手の出力と結びついているかどうかが分かれ目になる.満たされる場合と破れる場合を,次の 命題 14.8.4 と 例 14.8.5 で一つずつ見ておく.
命題 14.8.4. 𝑊を中継通信路(定義 14.8.1)とし,その二つの周辺通信路を
𝑊′(𝑦∣𝑥,𝑥1):=∑𝑦1𝑊(𝑦,𝑦1∣𝑥,𝑥1),𝑊′1(𝑦1∣𝑥,𝑥1):=∑𝑦𝑊(𝑦,𝑦1∣𝑥,𝑥1)で定める.すべての(𝑥,𝑥1,𝑦,𝑦1)について𝑊(𝑦,𝑦1 ∣𝑥,𝑥1) =𝑊′(𝑦 ∣𝑥,𝑥1) 𝑊′1(𝑦1 ∣𝑥,𝑥1)が成り立つとする(入力の対を与えたとき,受け手の出力と助け手の観測が条件付き独立だということである).𝑛 ≥1とし,(𝑀,𝑐,𝑟,𝑑)を長さ𝑛の中継符号(定義 14.8.2)とする.Msgを{1,…,𝑀}に値をとる確率変数とし,𝑋𝑖 :=𝑐(Msg)𝑖とおく.(𝑌𝑛,𝑌𝑛1)を,Msgを与えたときの条件付き分布が∏𝑖𝑊(𝑦𝑖,𝑦1,𝑖 ∣𝑋𝑖, 𝑟𝑖(𝑦<𝑖1))である確率変数の組とし,𝑋1,𝑖 :=𝑟𝑖(𝑌<𝑖1),𝑍𝑖 :=(𝑋𝑖,𝑋1,𝑖),𝑍𝑛 :=(𝑍0,…,𝑍𝑛−1)とおく.このときMsg →𝑍𝑛 →𝑌𝑛はマルコフ連鎖(定義 1.8.3)をなし,𝑍𝑛と𝑌𝑛は 定義 6.4.4 の意味で各時刻で記憶がない.
証明. 以下,条件付き確率をPr[ ⋅ ∣ ⋅ ]と書き,条件の側が正の確率をもつ点で考える.𝑌≠𝑖と書いたら,時刻𝑖以外の受け手の出力をすべて並べた組である.
メッセージと助け手の観測をすべて与えると,受け手の出力の列の分布は入力の対の列だけで決まる. Msg =𝑚を与えると入力𝑥𝑗 =𝑐(𝑚)𝑗がすべての𝑗で定まり,𝑌𝑛1 =𝑦𝑛1を与えると中継入力𝑟𝑗(𝑦<𝑗1)もすべての𝑗で定まる.そこで定まる𝑍𝑗の値を𝑧𝑗と書く.これは𝑚と𝑦<𝑗1だけの関数で,受け手の出力にはよらない.仮定の積の形を入れると,Msg =𝑚を与えたときの(𝑌𝑛,𝑌𝑛1) =(𝑦𝑛,𝑦𝑛1)の確率は∏𝑗𝑊′(𝑦𝑗 ∣𝑧𝑗) 𝑊′1(𝑦1,𝑗 ∣𝑧𝑗)である.𝑧𝑗が𝑦𝑛によらないので,𝑦𝑛について和をとると第1の因子の和が時刻ごとに1になり,Msg =𝑚を与えたときの𝑌𝑛1 =𝑦𝑛1の確率は∏𝑗𝑊′1(𝑦1,𝑗 ∣𝑧𝑗)である.割ると
Pr[𝑌𝑛=𝑦𝑛∣Msg, 𝑌𝑛1]=∏𝑗𝑊′(𝑦𝑗∣𝑍𝑗)である.
マルコフ連鎖は,条件を𝑍𝑛まで粗くすれば出る. 右辺は𝑍𝑛の値だけの関数であり,𝑍𝑛も対(Msg,𝑍𝑛)も(Msg,𝑌𝑛1)の関数として書ける.そこで 補題 14.5.6 を,𝐴に𝑌𝑛,𝐵に対(Msg,𝑌𝑛1),𝑓に「𝑌𝑛の値𝑦𝑛と行き先の値の対から,そこに含まれる𝑍𝑛の値を読んで∏𝑗𝑊′(𝑦𝑗 ∣𝑧𝑗)を返す写像」と読み替え,𝑔の行き先を𝑍𝑛にとった場合と(Msg,𝑍𝑛)にとった場合とで二度当てるとPr[𝑌𝑛 =𝑦𝑛 ∣𝑍𝑛] =Pr[𝑌𝑛 =𝑦𝑛 ∣Msg,𝑍𝑛]である.条件付き確率のチェイン則よりPr[Msg =𝑚, 𝑌𝑛 =𝑦𝑛 ∣𝑍𝑛] =Pr[Msg =𝑚 ∣𝑍𝑛] Pr[𝑌𝑛 =𝑦𝑛 ∣Msg,𝑍𝑛]だから,右の因子をいまの等式で置き換えるとPr[Msg =𝑚 ∣𝑍𝑛] Pr[𝑌𝑛 =𝑦𝑛 ∣𝑍𝑛]になる.これが 定義 1.8.3 の条件である.
記憶のなさは,同じ等式を時刻𝑖以外の出力まで条件に入れて読めば出る. 時刻𝑖を固定する.第一段の等式で𝑦≠𝑖を固定して𝑦𝑖を動かすと,変わる因子は𝑊′(𝑦𝑖 ∣𝑧𝑖)だけであり,𝑦𝑖について和をとるとそれは1になるからPr[𝑌𝑖 =𝑦 ∣Msg,𝑌𝑛1,𝑌≠𝑖] =𝑊′(𝑦 ∣𝑍𝑖)である.右辺は𝑍𝑖の値だけの関数であり,(𝑍𝑛,𝑌≠𝑖)も𝑍𝑖も三つ組(Msg,𝑌𝑛1,𝑌≠𝑖)の関数として書ける.そこで 補題 14.5.6 を,𝐴に𝑌𝑖,𝐵にこの三つ組と読み替え,𝑔の行き先を二通りにとって当てるとPr[𝑌𝑖 =𝑦 ∣𝑍𝑛,𝑌≠𝑖] =Pr[𝑌𝑖 =𝑦 ∣𝑍𝑖]である.これは𝑍𝑖を与えたとき𝑌𝑖が(𝑍≠𝑖,𝑌≠𝑖)と条件付き独立だということ,すなわち 定義 6.4.4 である.◼
例 14.8.5(記憶のなさが破れる中継符号). X =X1 =Y =Y1 ={0,1}とし,𝑦 =𝑦1のとき𝑊(𝑦,𝑦1 ∣𝑥,𝑥1) :=1/2,𝑦 ≠𝑦1のとき𝑊(𝑦,𝑦1 ∣𝑥,𝑥1) :=0で定まる対応を𝑊とする(入力によらず,同じ公平なコインの値が受け手と助け手の両方に届く).長さ2の中継符号(定義 14.8.2)で,中継写像が,値0をとる定数写像𝑟0と,引数をそのまま返す𝑟1(𝑦1,0) =𝑦1,0であるものをとり,(𝑀,𝑐,𝑟,𝑑)と書く.Msgを{1,…,𝑀}に値をとる確率変数とし,𝑋𝑖 :=𝑐(Msg)𝑖とおく.(𝑌2,𝑌21)を,Msgを与えたときの条件付き分布が∏1𝑖=0𝑊(𝑦𝑖,𝑦1,𝑖 ∣𝑋𝑖, 𝑟𝑖(𝑦<𝑖1))である確率変数の組とし,𝑋1,𝑖 :=𝑟𝑖(𝑌<𝑖1),𝑍𝑖 :=(𝑋𝑖,𝑋1,𝑖),𝑍2 :=(𝑍0,𝑍1)とおく(受け手の出力の組は𝑌2 =(𝑌0,𝑌1)で,助け手の観測は二つの番号を付けて𝑌1,0,𝑌1,1と書く).このとき𝑊は 定義 14.8.1 の意味で中継通信路であり,𝑍2と𝑌2は 定義 6.4.4 の意味で各時刻で記憶がない,という条件を満たさない.
証明. 中継通信路であることは,各入力の対について∑𝑦,𝑦1𝑊(𝑦,𝑦1 ∣𝑥,𝑥1) =1/2 +1/2 =1から出る.
出力の側を読む.条件付き分布の各因子は𝑦𝑖 =𝑦1,𝑖のとき1/2,そうでないとき0で,入力の値を含まない.したがって(𝑌2,𝑌21)の分布はMsgの値によらず,(𝑌2,𝑌21)はMsgと独立である.また確率1で各時刻の助け手の観測は同じ時刻の受け手の出力に等しく,二つの時刻の出力は互いに独立でどちらも{0,1}上一様である.中継写像より𝑋1,1 =𝑟1(𝑌1,0) =𝑌0だから,𝑍1 =(𝑋1,𝑌0)は𝑌0の値を第2成分に含む.
時刻0で条件が破れることを見る.定義 6.4.4 が時刻0について求めているのは(𝑍≠0,𝑌≠0) →𝑍0 →𝑌0がマルコフ連鎖をなすこと,すなわち 定義 1.8.3 により,𝑍0を与えたとき𝑌0と(𝑍≠0,𝑌≠0)が条件付き独立であることである.𝑍0 =(𝑐(Msg)0, 0)が正の確率をとる値を一つ選んで𝑧0とする.その条件のもとで𝑋1が正の確率をとる値を一つ選んで𝑎とし,時刻1の受け手の出力の値を一つ選んで𝑏とし,𝑤 :=((𝑎,1), 𝑏)とおく.これは(𝑍≠0,𝑌≠0)のとりうる値で,しかも𝑍1の第2成分を1にとっている.𝑍1の第2成分は𝑌0だから,𝑌0 =0と(𝑍≠0,𝑌≠0) =𝑤は同時には起こらず,二つの事象の条件付き確率は0である.いっぽう(𝑌2,𝑌21)がMsgと独立で二つの時刻の出力が独立な公平なコインであることからPr[𝑌0 =0 ∣𝑍0 =𝑧0] =1/2であり,Pr[(𝑍≠0,𝑌≠0) =𝑤 ∣𝑍0 =𝑧0] =Pr[𝑋1 =𝑎 ∣𝑍0 =𝑧0]/4 >0である.積が正で左辺が0だから,定義 1.8.3 の積の形は成り立たない.◼
二つめは,送り手の側で切る.送り手から見ると,自分の入力から助け手と受け手という二人が別々に受け取っているように見える.これは 14.5 節のブロードキャストにほかならない.ただしこちらは本書が証明しない.
道具を一つ借りる.ブロードキャストのカット,すなわち「送り手の側で切ると,メッセージ数は,助け手の入力を条件に置いた時刻ごとの相互情報量の和で上から抑えられる」という主張である.使う形を書いておく.
𝑀 ≥2,𝑛 ≥1とし,𝑊を中継通信路(定義 14.8.1),(𝑀,𝑐,𝑟,𝑑)を長さ𝑛の中継符号(定義 14.8.2)とする.Msgを{1,…,𝑀}上の一様分布に従う確率変数とし,𝑋𝑖 :=𝑐(Msg)𝑖,𝑋1,𝑖 :=𝑟𝑖(𝑌1,0,…,𝑌1,𝑖−1)とし,(𝑌𝑛,𝑌𝑛1)を,各時刻の対(𝑌𝑖,𝑌1,𝑖)が入力の対(𝑋𝑖,𝑋1,𝑖)に対して𝑊が返す出力であるような組とする.𝑃𝑒 :=Pr[𝑑(𝑌𝑛) ≠Msg]とおく.各時刻𝑖について,対(𝑋𝑖,𝑋1,𝑖)を与えたとき対(𝑌1,𝑖,𝑌𝑖)が(Msg, (𝑌1,𝑗,𝑌𝑗)𝑗<𝑖)と条件付き独立である(定義 1.8.3)とする.このとき
log𝑀≤𝑛−1∑𝑖=0𝐼(𝑋𝑖;(𝑌1,𝑖,𝑌𝑖)∣𝑋1,𝑖)+𝐻𝑏(𝑃𝑒)+𝑃𝑒log(𝑀−1)である.
当てる対象は 定義 14.8.1 の中継通信路と 定義 14.8.2 の中継符号だけで,依存するのは 系 14.8.6 の証明と,本節の終わりの地の文である.
借りたままにするので,中で何が起きているかの筋書きだけ書いておく.送り手の入力𝑋𝑖から,助け手と受け手の対(𝑌1,𝑖,𝑌𝑖)へのブロードキャスト通信路とみなす.助け手の入力𝑋1,𝑖は送り手が選んだものではないので,条件に置いて動かさないことにする.それが条件付き相互情報量の条件の側に𝑋1,𝑖が現れる理由である.
本書はこの主張を証明しない.時刻ごとにほどく段が,第6章 定理 6.4.5 のように一度で済まないからである.中継入力が過去の観測の関数なので,時刻𝑖の項に時刻𝑖より前の量が入り込み,それを順に打ち消していく段(時刻をまたいで項がたたみ込まれるので,たたむ操作そのものを一本の補題にする必要がある)が要る.
カットセット外界
系 14.8.6(カットセット外界). 𝑀 ≥2,𝑛 ≥1とし,𝑊を中継通信路(定義 14.8.1),(𝑀,𝑐,𝑟,𝑑)を長さ𝑛の中継符号(定義 14.8.2)とする.Msgを{1,…,𝑀}上の一様分布に従う確率変数とし,𝑋𝑖 :=𝑐(Msg)𝑖,𝑋1,𝑖 :=𝑟𝑖(𝑌1,0,…,𝑌1,𝑖−1)とし,(𝑌𝑛,𝑌𝑛1)を,各時刻の対(𝑌𝑖,𝑌1,𝑖)が入力の対(𝑋𝑖,𝑋1,𝑖)に対して𝑊が返す出力であるような組とする.𝑃𝑒 :=Pr[𝑑(𝑌𝑛) ≠Msg],𝑍𝑖 :=(𝑋𝑖,𝑋1,𝑖),𝑍𝑛 :=(𝑍0,…,𝑍𝑛−1)とおく.Msg →𝑍𝑛 →𝑌𝑛がマルコフ連鎖(定義 1.8.3)をなし,𝑍𝑛と𝑌𝑛が各時刻で記憶がなく(定義 6.4.4),かつ各時刻𝑖について対𝑍𝑖を与えたとき対(𝑌1,𝑖,𝑌𝑖)が(Msg, (𝑌1,𝑗,𝑌𝑗)𝑗<𝑖)と条件付き独立であるとする.𝐹 :=𝐻𝑏(𝑃𝑒) +𝑃𝑒log(𝑀 −1)とおくと
log𝑀≤min(𝑛−1∑𝑖=0𝐼(𝑋𝑖;(𝑌1,𝑖,𝑌𝑖)∣𝑋1,𝑖)+𝐹,𝑛−1∑𝑖=0𝐼(𝑍𝑖;𝑌𝑖)+𝐹)である.
証明. 右の括弧の中の第2の量は 定理 14.8.3 の右辺であり,仮定の前半二つがその定理の仮定そのものだからlog𝑀はこれ以下である.第1の量は借りた ブロードキャストのカット の右辺であり,仮定の後半がその借用の仮定そのものだからlog𝑀はこれ以下である.log𝑀が二つの量のどちらにも抑えられるので,小さいほうにも抑えられる.◼
系 14.8.6 が置いた三つの条件のうち,前の二つは 命題 14.8.4 の仮定のもとで満たされる.いっぽう 例 14.8.5 が示したとおり,中継符号であるというだけでは 定義 6.4.4 のほうが満たされない.三つめは借りた ブロードキャストのカット が置いている条件で,これが中継符号についてどこまで成り立つかを本書は述べない.
だから 系 14.8.6 は,命題 14.8.4 の条件を満たす通信路についての主張として読むのが安全である.そこでは前の二つが自動で片づくので,残るのは三つめだけになる.例 14.8.5 の通信路のようにその条件を満たさないものでは,系 14.8.6 の右辺をその通信路の上界として読むことはできない.条件を置かない一般の中継通信路について同じ形の上界が成り立つかどうかは,本書の範囲にない.
教科書でよく見るカットセット外界は,二つのカットの内側にある相互情報量を入力の同時分布について最大化した形で書かれる.ここでの二つのカットは時刻ごとの和のままである.入力分布についての最大化は,本書も形式化も行っていない.和を一文字あたりの量に直すには,時刻を一様に選ぶ変数をもう一段の補助変数として束ねる段が要り,そこまで進めて初めて「送り手と助け手の入力の同時分布を動かした最大値」という形になる.
二つのカットの読み方を確かめておく.多元接続のカットは,送り手と助け手が示し合わせて一人のように送ったとしても受け手が取り出せる量はこれだけだ,と言っている.助け手が実際には示し合わせられないことを無視しているので,抑えとしては甘い.ブロードキャストのカットは逆に,助け手の入力を教えてもらったうえで,送り手の出す情報が助け手と受け手の両方に届く量を測っている.助け手が受け取った情報をすべて無料で受け手に転送できるとしても,これだけしか出せない,という意味である.どちらのカットも,実際には成り立たない好条件を許してしまっているので,二つとも上界にしかならない.その小さいほうをとるのが 系 14.8.6 である.
内側からの評価
本節は外側からの評価しか置いていない.内側からの評価,すなわち「このレートなら実際に送れる」という主張を本書は扱わない.中継の分野でよく使われる方式(助け手がメッセージを復号してから送り直すもの,復号せずに観測を圧縮して送るもの)はどれもランダム符号化の議論で,しかも助け手が送るものを時間的にずらして重ねる段を伴う.
本章がここまでに借りた情報理論の主張は,どれも本書が証明を載せないだけで形式化はされているものだった.中継の達成可能性はそうではなく,本書も扱わず,形式化もされていない.14.1 節で本章に一つだけあると断った例外がこれである.したがって本節の内容は,カットセット外界までである.
中継通信路の容量は一般には分かっていない.外界は 系 14.8.6 が与えるが,それに一致する内界は,最大化まで進めた形であっても知られていない.分かっていないというのは,容量を与える式がまだ見つかっていないという意味であって,そういう式が存在しえないことが示されているわけではない.14.7 節が一般のブロードキャスト通信路について述べたのと同じ状況が,助け手が一人いるだけの,これ以上ないほど単純に見えるネットワークでも起きている.
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