14.5 ブロードキャスト通信路と重ね合わせ符号化
14.1 節は送り手が二人で受け手が一人だった.本節はその裏返しで,送り手が一人,受け手が二人である.送り手は一本の入力列を流し込み,二人の受け手はそれぞれ自分の側の出力列だけを見て,別々のメッセージを取り出す.無線の基地局が複数の端末に同時に配信する場面がこれにあたる.
答えの形は 14.1 節と同じくレート対の集合になるが,取り引きの中身は違う.多元接続では二人が同じ出力に混ざり込むことが制約だったのに対し,ここでは送れる入力列が一本しかないことが制約である.一本の列に二人ぶんのメッセージを載せるので,片方に合わせて作ると他方には読みにくいものが届く.二人の受け手の性能に差があるとき,この対立をどう調停するかが本節の主題である.
通信路と符号
定義 14.5.1(ブロードキャスト通信路). X,Y1,Y2をどれも空でない有限アルファベットとする.ブロードキャスト通信路(broadcast channel)とは,入力𝑥 ∈XごとにY1 ×Y2上の分布𝑊( ⋅, ⋅ ∣𝑥)を与える対応である.すなわち𝑊(𝑦1,𝑦2 ∣𝑥) ≥0であって,各𝑥について∑𝑦1,𝑦2𝑊(𝑦1,𝑦2 ∣𝑥) =1を満たす.その二つの 周辺通信路 を
𝑊1(𝑦1∣𝑥):=∑𝑦2∈Y2𝑊(𝑦1,𝑦2∣𝑥),𝑊2(𝑦2∣𝑥):=∑𝑦1∈Y1𝑊(𝑦1,𝑦2∣𝑥)で定める.長さ𝑛の入力𝑥𝑛 =(𝑥0,…,𝑥𝑛−1)に対する出力の対の分布を
𝑊𝑛(𝑦𝑛1,𝑦𝑛2∣𝑥𝑛):=𝑛−1∏𝑖=0𝑊(𝑦1,𝑖,𝑦2,𝑖∣𝑥𝑖)で定める.
𝑊1,𝑊2はどちらも第6章 定義 6.1.1 の意味の通信路で,受け手1,受け手2が自分の出力だけを見るかぎり相手にしているのはこの二つである.ところが通信路の側はそれ以上のもの,すなわち二つの出力の同時分布まで決めている.同じ周辺をもつ𝑊は何通りもあり,どれを選ぶかで二人の出力の相関が変わる.以下で劣化という条件を置くときに効くのが,まさにこの同時分布のほうである.
定義 14.5.2(ブロードキャスト符号). 𝑊をブロードキャスト通信路(定義 14.5.1)とし,𝑛 ≥1とする.長さ𝑛の ブロードキャスト符号 とは,メッセージ数𝑀1 ≥1,𝑀2 ≥1と,符号化写像𝑐 :{1,…,𝑀1} ×{1,…,𝑀2} →X𝑛,および受け手ごとの復号器𝑑1 :Y𝑛1 →{1,…,𝑀1},𝑑2 :Y𝑛2 →{1,…,𝑀2}の組である.メッセージの対(𝑚1,𝑚2)を送ったときの受け手𝑗の 誤り確率 と,対について平均した受け手𝑗の 平均誤り確率 を
𝑃𝑒,𝑗(𝑚1,𝑚2):=∑𝑦𝑛1,𝑦𝑛2:𝑑𝑗(𝑦𝑛𝑗)≠𝑚𝑗𝑊𝑛(𝑦𝑛1,𝑦𝑛2∣𝑐(𝑚1,𝑚2)),¯𝑃𝑒,𝑗:=1𝑀1𝑀2𝑀1∑𝑚1=1𝑀2∑𝑚2=1𝑃𝑒,𝑗(𝑚1,𝑚2)で定める(𝑗 =1,2).
14.1 節の 定義 14.1.2 と左右が入れ替わっている.あちらは符号化が二本に分かれて復号が一本だったが,こちらは符号化が一本で復号が二本である.一本になった符号化写像は二つのメッセージの対を受け取るので,送り手は両方を知っている.分かれたのは読む側で,受け手1は𝑦𝑛1しか見ず,受け手2は𝑦𝑛2しか見ない.誤りも受け手ごとに数える.自分のメッセージさえ当たっていればその受け手にとっては誤りでないので,誤り確率は二つある.
定義 14.5.3(達成可能なレート対と容量領域). 𝑊をブロードキャスト通信路(定義 14.5.1)とする.実数の対(𝑅1,𝑅2)が 達成可能 であるとは,任意の𝜁 >0に対してある𝑁 ≥1があって,𝑁 ≤𝑛を満たすすべての𝑛について,長さ𝑛のブロードキャスト符号(定義 14.5.2)で
1𝑛log𝑀1≥𝑅1,1𝑛log𝑀2≥𝑅2,¯𝑃𝑒,1<𝜁,¯𝑃𝑒,2<𝜁を満たすものが存在することをいう.達成可能な対全体の集合の閉包を𝑊の 容量領域 と呼び,C(𝑊)と書く.
14.1 節 定義 14.1.3 と同じ形で,誤り確率についての条件が二人ぶんに増えただけである.閉包をとる理由も 14.2 節 定義 14.2.1 と同じで,達成可能性が与えるのはつねに不等式が真に成り立つ側だから,境界の対を極限で拾っておく.閉包は 14.2 節で借りた 平面の閉集合と閉包の基本性質 の意味でとる.
この定義はレートの符号を問うていない.14.2 節の 定理 14.2.5 が第一象限との共通部分について述べたのに対し,ここでは容量領域を第一象限で切らない.定義 14.5.3 がレートに求めているのは1𝑛log𝑀𝑗 ≥𝑅𝑗という下からの不等式だけなので,𝑅𝑗を負にとれば条件はそれだけ緩くなる.以下で置く内界も外界も同じく第一象限で切らないので,三つの領域はそのまま比べられる.
劣化
二人の受け手の性能に差があるという状況を,通信路の側の条件として書く.いちばん強い書き方は,一方の出力がもう一方の出力をさらに雑音に通したものになっている,というものである.
定義 14.5.4(物理的に劣化している). 𝑊をブロードキャスト通信路(定義 14.5.1)とする.𝑊が 物理的に劣化している とは,Y1を入力,Y2を出力とする通信路𝑊2∣1(第6章 定義 6.1.1)があって,すべての𝑥,𝑦1,𝑦2について
𝑊(𝑦1,𝑦2∣𝑥)=𝑊1(𝑦1∣𝑥)𝑊2∣1(𝑦2∣𝑦1)が成り立つことをいう.
右辺を読むと,入力から出るのは𝑦1だけで,𝑦2はそこからさらに𝑊2∣1を通して作られている.つまり受け手2は,受け手1が見たものを又聞きしているにすぎない.これは同時分布についての条件であって,周辺だけでは決まらない.𝑊2が𝑊1より雑音が多いという言い方は周辺どうしの比較だが,定義 14.5.4 が求めているのは,同じ確率空間の上で𝑋 →𝑌1 →𝑌2という順に情報が流れていることである.14.6 節では,周辺だけを見る弱い条件を二つ置いて,劣化していればそのどちらも満たされることを見る.
例 14.5.5(二元対称通信路を二段つなぐ). 𝜌1,𝜌2 ∈[0,1]とし,X =Y1 =Y2 ={0,1}とする.𝑍1,𝑍2を互いに独立でPr[𝑍1 =1] =𝜌1,Pr[𝑍2 =1] =𝜌2を満たす確率変数とし,入力𝑥に対する出力の対を𝑌1 :=𝑥 ⊕𝑍1,𝑌2 :=𝑌1 ⊕𝑍2(⊕は排他的論理和)で定める.このとき定まるブロードキャスト通信路𝑊は 定義 14.5.4 の意味で物理的に劣化しており,𝑊1は反転確率𝜌1の二元対称通信路(例 6.1.8),𝑊2は反転確率𝜌1(1 −𝜌2) +(1 −𝜌1)𝜌2の二元対称通信路である.
証明. まず劣化を見る.𝑊2∣1を反転確率𝜌2の二元対称通信路,すなわち𝑊2∣1(𝑦1 ⊕1 ∣𝑦1) =𝜌2かつ𝑊2∣1(𝑦1 ∣𝑦1) =1 −𝜌2とする.𝜌1が0または1のときは,𝑥に対して𝑌1のとりうる値が一つに決まる.そこで先に,𝑊1(𝑦1 ∣𝑥) =0である組(𝑥,𝑦1)を片づけておく.定義 14.5.1 の和より𝑊(𝑦1,𝑦2 ∣𝑥) ≤𝑊1(𝑦1 ∣𝑥)だから,この組では示すべき等式の両辺がどちらも0である.以下𝑊1(𝑦1 ∣𝑥) >0,すなわち条件の側が正の確率をもつ組で考える.𝑍2が𝑍1と独立で,したがって(𝑥,𝑌1)とも独立だから,𝑌1 =𝑦1を与えたときの𝑌2の条件付き分布は𝑊2∣1( ⋅ ∣𝑦1)である.よって
𝑊(𝑦1,𝑦2∣𝑥)=Pr[𝑌1=𝑦1∣𝑥]Pr[𝑌2=𝑦2∣𝑥, 𝑌1=𝑦1]=𝑊1(𝑦1∣𝑥)𝑊2∣1(𝑦2∣𝑦1)であり,これが 定義 14.5.4 の条件である.𝑊1のほうは𝑌1 =𝑥 ⊕𝑍1から直に読める.𝑍1 =1の確率が𝜌1なので,𝑌1が𝑥と違う確率は𝜌1である.
𝑊2を計算する.𝑌2 =𝑥 ⊕𝑍1 ⊕𝑍2だから,𝑌2が𝑥と違うのは𝑍1 ⊕𝑍2 =1のとき,すなわち𝑍1と𝑍2のちょうど一方が1のときである.二つは独立だから,その確率は𝜌1(1 −𝜌2) +(1 −𝜌1)𝜌2である.この値は𝑥によらないので,𝑊2は反転確率がこの値の二元対称通信路である.◼
反転確率を二つ重ねると反転しやすくなる.つないだ通信路の反転確率と𝜌1の差は𝜌2(1 −2𝜌1)で,𝜌1 <1/2かつ0 <𝜌2 <1/2ならこれは正であり,つないだ反転確率は1/2を超えない.𝐻𝑏は[0,1/2]の上で減らない(補題 9.3.1 の第3の主張)ので,例 6.1.8 の容量1 −𝐻𝑏(𝜌)をこの二つの反転確率で読むと,受け手2の側が受け手1の側を上回らないことが見てとれる(単調性は非狭義なので,真に小さいとまでは読めない).劣化という言葉はこの「後ろに置かれたほうが不利になる」という関係を,容量の比較ではなく通信路の作り方として書いたものである.
重ね合わせ符号化
道具を一つ借りる.重ね合わせ符号化の達成可能性,すなわち「補助変数を一つ挟んで測った情報量の内側のレート対が実際に達成できる」という主張である.使う形を書いておく.
𝑊をブロードキャスト通信路(定義 14.5.1)とする(二人の性能を比べる条件は求めない).空でない有限アルファベットU上の分布𝑝𝑈と,Uを入力,Xを出力とする通信路𝐾(第6章 定義 6.1.1)をとり,𝑝𝑈,𝐾,𝑊がどれも全点で正,すなわち𝑝𝑈(𝑢) >0,𝐾(𝑥 ∣𝑢) >0,𝑊(𝑦1,𝑦2 ∣𝑥) >0がすべての𝑢 ∈U,𝑥 ∈X,𝑦1 ∈Y1,𝑦2 ∈Y2で成り立つとする.四つ組(𝑈,𝑋,𝑌1,𝑌2)を,同時分布が𝑝𝑈(𝑢) 𝐾(𝑥 ∣𝑢) 𝑊(𝑦1,𝑦2 ∣𝑥)であるような確率変数の組とする.実数の対(𝑅1,𝑅2)が
𝑅1<𝐼(𝑋;𝑌1∣𝑈),𝑅2<𝐼(𝑈;𝑌2),max(𝑅1,0)+𝑅2<𝐼((𝑈,𝑋);𝑌1)を満たすならば,(𝑅1,𝑅2)は 定義 14.5.3 の意味で達成可能である.レートの符号は問わない.三本目にmax(𝑅1,0)を置いてあるのはそのためで,𝑅1が正のときはこの枠は𝑅1 +𝑅2 <𝐼((𝑈,𝑋);𝑌1)と同じ式である.さらに𝑊が 定義 14.5.4 の意味で物理的に劣化していて,しかも0 <𝑅1,0 <𝑅2であるなら,三本目を落として最初の二本だけを課しても同じ結論が成り立つ.
当てる対象は 定義 14.5.2 のブロードキャスト符号だけで,劣化を仮定した形に依存するのが本節の終わりの地の文,三本の枠を課した形に依存するのが 14.6 節 命題 14.6.5 の直後の地の文と,同じ節が借りる 能力がより高い通信路の容量領域 の筋書きである.
借りたままにするので,中で何が起きているかの筋書きだけ書いておく.符号語を二段に作る.まず補助変数の側の符号語𝑈𝑛(𝑚2)を𝑝𝑈の𝑛重積から𝑀2本引き,その一本ごとに,入力の側の符号語𝑋𝑛(𝑚1,𝑚2)を𝐾( ⋅ ∣𝑈𝑛(𝑚2))の各文字からの積で𝑀1本引く.一本目の層を 雲,その周りに散らした二本目の層を 衛星 と呼ぶ.受け手2は雲の符号語だけを読み,それが𝑚2を教える.受け手1は,まず雲を読んで𝑚2を当て,そのうえで雲に付いた衛星の中から𝑚1を読む.𝑈は二人に共通で見える粗い層,𝑋は受け手1だけが見分けられる細かい層にあたり,二つの情報量𝐼(𝑈;𝑌2)と𝐼(𝑋;𝑌1 ∣𝑈)がそれぞれの層で運べる量である.三本目の枠が出るのはここからで,受け手1は雲と衛星の両方を読むのだから,二つを合わせた𝐼((𝑈,𝑋);𝑌1)を超えては読めない.劣化しているときにこの三本目を落とせる理由は,14.6 節 命題 14.6.5 とその直後の地の文で見る.
本書はこの主張を証明しない.二段の符号帳についてのランダム符号化で,14.1 節で借りたものと同じ段,すなわち三通りに分かれる誤りの勘定と,符号帳についての平均から良い一組を取り出す段が要る.そのうえ雲と衛星が入れ子になっているので,第6章 6.3 節の一本の符号帳についての議論をそのまま二度使うのでは済まない.
劣化した通信路の逆定理
逆向き,すなわち達成できるレート対が上の二つの情報量で抑えられることを見る.抑えに現れる補助変数は,符号の側から作る.時刻𝑖ごとに,受け手2のメッセージと,受け手2が時刻𝑖までに見た出力とを束ねたものを𝑈𝑖とおく.これが上で借りた雲の役を果たす.
以下ではメッセージの対が一様分布に従うとして議論する.補題 14.5.7 と 定理 14.5.8 はこれを主張の仮定として書いている.証明が一様性を実際に使うので落とせる条件ではないが,符号の側に課すものではない.定義 14.5.2 の平均誤り確率はメッセージの対ごとの誤り確率を一様な重み1/(𝑀1𝑀2)で平均した量なので,対に一様分布を与えると,受け手𝑗の誤り確率Pr[𝑑𝑗(𝑌𝑛𝑗) ≠Msg𝑗]がちょうど¯𝑃𝑒,𝑗になる.それを合わせるためにこちらが選ぶ分布である.
このあとの証明は,同じ計算を繰り返し使う.𝐵で条件付けた𝐴の分布が𝐵の値の一部𝑔(𝐵)だけで決まっているなら,条件を𝑔(𝐵)まで粗くしても同じ分布のままである,という計算である.先に切り出して名前を付けておく.
補題 14.5.6(条件を粗くする). 𝐴と𝐵を有限集合に値をとる確率変数とする(どちらも確率変数の組を一つにまとめたものでよい).𝑔を𝐵の値の集合から有限集合への写像とし,𝐴の値と𝑔の値の対に実数を対応させる写像𝑓をとる.Pr[𝐵 =𝑏] >0を満たすどの𝑏と,𝐴のどの値𝑎についても
Pr[𝐴=𝑎∣𝐵=𝑏]=𝑓(𝑎,𝑔(𝑏))が成り立つとする.このとき,Pr[𝑔(𝐵) =𝑐] >0を満たすどの𝑐と,𝐴のどの値𝑎についてもPr[𝐴 =𝑎 ∣𝑔(𝐵) =𝑐] =𝑓(𝑎,𝑐)である.
証明. Pr[𝑔(𝐵) =𝑐] >0を満たす𝑐と,𝐴の値𝑎を固定する.事象{𝑔(𝐵) =𝑐}は,𝑔(𝑏) =𝑐を満たす𝑏についての事象{𝐵 =𝑏}の交わらない合併だから
Pr[𝐴=𝑎, 𝑔(𝐵)=𝑐]=∑𝑏:𝑔(𝑏)=𝑐Pr[𝐴=𝑎, 𝐵=𝑏]である.右辺でPr[𝐵 =𝑏] =0の項は0だから落としてよい.残る項は,条件付き確率の定め方と仮定からPr[𝐵 =𝑏] 𝑓(𝑎,𝑔(𝑏)) =Pr[𝐵 =𝑏] 𝑓(𝑎,𝑐)に等しい.𝑓(𝑎,𝑐)は𝑏によらないので和の外に出せて,残る∑𝑏Pr[𝐵 =𝑏]はPr[𝑔(𝐵) =𝑐]である.よってPr[𝐴 =𝑎, 𝑔(𝐵) =𝑐] =𝑓(𝑎,𝑐) Pr[𝑔(𝐵) =𝑐]であり,両辺をPr[𝑔(𝐵) =𝑐]で割れば主張を得る.◻
そのうえで,逆定理の証明に要る三つの評価を切り出しておく.
補題 14.5.7. 𝑊をブロードキャスト通信路(定義 14.5.1),𝑛 ≥1とし,(𝑀1,𝑀2,𝑐,𝑑1,𝑑2)を長さ𝑛のブロードキャスト符号(定義 14.5.2)とする.(Msg1,Msg2)を{1,…,𝑀1} ×{1,…,𝑀2}上の一様分布に従う対とし,𝑋𝑛 =(𝑋0,…,𝑋𝑛−1) :=𝑐(Msg1,Msg2)とおく.(𝑌𝑛1,𝑌𝑛2)を,(Msg1,Msg2)を与えたときの条件付き分布が𝑊𝑛( ⋅, ⋅ ∣𝑋𝑛)(定義 14.5.1)である確率変数の組とする.𝑌<𝑖1 :=(𝑌1,0,…,𝑌1,𝑖−1),𝑌<𝑖2 :=(𝑌2,0,…,𝑌2,𝑖−1)と書く.このとき次の三つが成り立つ.
- 𝐻(𝑌𝑛1 ∣ Msg1,Msg2) =∑𝑛−1𝑖=0𝐻(𝑌1,𝑖 ∣ 𝑋𝑖)である.
- 0 ≤𝑖 <𝑛を満たす各𝑖について𝐻(𝑌1,𝑖 ∣ Msg2, 𝑌<𝑖2, 𝑋𝑖) =𝐻(𝑌1,𝑖 ∣ 𝑋𝑖)である.
- 𝑊が 定義 14.5.4 の意味で物理的に劣化しているなら,0 ≤𝑖 <𝑛を満たす各𝑖について𝐻(𝑌1,𝑖 ∣ Msg2, 𝑌<𝑖1) ≤𝐻(𝑌1,𝑖 ∣ Msg2, 𝑌<𝑖2)である.
証明. 以下,条件付き確率をPr[ ⋅ ∣ ⋅ ]と書き,条件の側が正の確率をもつ点で考える.
まず,時刻𝑖の第1出力の条件付き分布が同じ時刻の入力だけで決まることを見る.メッセージの対(𝑚1,𝑚2)を固定すると符号語𝑥𝑛 =𝑐(𝑚1,𝑚2)が定まり,仮定より𝑌𝑛の条件付き分布は∏𝑗𝑊( ⋅, ⋅ ∣𝑥𝑗)である.右辺は時刻ごとの因子の積だから,(Msg1,Msg2)を与えたとき対(𝑌1,𝑗,𝑌2,𝑗)たちは条件付き独立で,時刻𝑗の対の条件付き分布は𝑊( ⋅, ⋅ ∣𝑥𝑗)である.その第1成分についての周辺は 定義 14.5.1 より𝑊1( ⋅ ∣𝑥𝑗)だから
Pr[𝑌1,𝑖=𝑦∣Msg1=𝑚1, Msg2=𝑚2, 𝑌≠𝑖1=⋅, 𝑌≠𝑖2=⋅]=𝑊1(𝑦∣𝑥𝑖)がどの値の組についても成り立つ(𝑌≠𝑖1,𝑌≠𝑖2は時刻𝑖以外の出力をすべて並べた組である).右辺は𝑥𝑖,すなわち𝑋𝑖の値だけの関数である.そこで 補題 14.5.6 を,𝐴に𝑌1,𝑖,𝐵にこの四つ組と読み替えて当てる.得られるのは「条件を四つ組から粗くしても,残した条件から𝑋𝑖の値が読めるかぎり,𝑌1,𝑖の条件付き分布は𝑊1( ⋅ ∣𝑋𝑖)のままである」ということである.第1と第2の主張では,条件に残す組を変えてこれを使う.第3の主張では,同じ 補題 14.5.6 を別の読み替えで当てる.
-
(Msg1,Msg2) =(𝑚1,𝑚2)を与えたとき,𝑌1,0,…,𝑌1,𝑛−1は条件付き独立で,第𝑗成分の条件付き分布は𝑊1( ⋅ ∣𝑥𝑗)である.独立な成分の組のエントロピーは成分のエントロピーの和である(定理 1.2.3 のチェイン則と,独立なら条件付きエントロピーが周辺のエントロピーに一致すること(定理 1.3.4 と 命題 1.3.2 の等号条件)を𝑛回繰り返せばよい).よってこの条件のもとでの𝑌𝑛1のエントロピーは∑𝑗𝐻(𝑊1( ⋅ ∣𝑥𝑗))である.定義 1.2.2 によりこれを(𝑚1,𝑚2)について平均すると
𝐻(𝑌𝑛1∣Msg1,Msg2)=𝑛−1∑𝑗=0𝔼[𝐻(𝑊1(⋅∣𝑋𝑗))]である.いっぽう時刻𝑗について条件に𝑋𝑗だけを残すと,𝑋𝑗 =𝑥を与えたときの𝑌1,𝑗の条件付き分布は𝑊1( ⋅ ∣𝑥)だから,定義 1.2.2 より𝐻(𝑌1,𝑗 ∣𝑋𝑗) =𝔼[𝐻(𝑊1( ⋅ ∣𝑋𝑗))]である.二つを合わせて第1の主張を得る.
-
条件に(Msg2,𝑌<𝑖2,𝑋𝑖)を残す.Msg2はそのもの,𝑌<𝑖2は𝑌≠𝑖2の一部,𝑋𝑖は(Msg1,Msg2)の関数だから,これは四つ組から読める組であり,𝑋𝑖の値もそこから読める.この条件のもとで𝑋𝑖 =𝑥である点での𝑌1,𝑖の条件付き分布は𝑊1( ⋅ ∣𝑥)であり,そのエントロピーは𝐻(𝑊1( ⋅ ∣𝑥))である.定義 1.2.2 により平均すると𝐻(𝑌1,𝑖 ∣Msg2,𝑌<𝑖2,𝑋𝑖) =𝔼[𝐻(𝑊1( ⋅ ∣𝑋𝑖))]であり,第1の主張の後半で見たとおりこれは𝐻(𝑌1,𝑖 ∣𝑋𝑖)に等しい.
-
劣化の因子𝑊2∣1をとる.メッセージの対を固定したときの𝑌𝑛の条件付き分布は∏𝑗𝑊( ⋅, ⋅ ∣𝑥𝑗) =∏𝑗𝑊1( ⋅ ∣𝑥𝑗)𝑊2∣1( ⋅ ∣ ⋅)だから,(Msg1,Msg2)と𝑌𝑛1 =𝑦𝑛1を与えたときの𝑌𝑛2の条件付き分布は∏𝑗𝑊2∣1( ⋅ ∣𝑦1,𝑗)である.時刻𝑖より前だけを取り出すと
Pr[𝑌<𝑖2=𝑦<𝑖2∣Msg1,Msg2, 𝑌𝑛1=𝑦𝑛1]=∏𝑗<𝑖𝑊2∣1(𝑦2,𝑗∣𝑦1,𝑗)であり,右辺は𝑦<𝑖1だけの関数である.そこで 補題 14.5.6 を,𝐴に𝑌<𝑖2,𝐵に(Msg1,Msg2,𝑌𝑛1)と読み替えて二度当てる.𝑔の行き先を(Msg2,𝑌<𝑖1,𝑌1,𝑖)にとった場合と(Msg2,𝑌<𝑖1)にとった場合とで,どちらも𝑦<𝑖1が値から読めるので𝑓は同じ写像でよい.よって
Pr[𝑌<𝑖2=𝑦<𝑖2∣Msg2, 𝑌<𝑖1, 𝑌1,𝑖]=Pr[𝑌<𝑖2=𝑦<𝑖2∣Msg2, 𝑌<𝑖1]が成り立つ.これは(Msg2,𝑌<𝑖1)を与えたとき𝑌1,𝑖と𝑌<𝑖2が条件付き独立だということだから,命題 1.4.2 の等号条件より𝐼(𝑌1,𝑖;𝑌<𝑖2 ∣Msg2,𝑌<𝑖1) =0である.定理 1.4.3 をこの相互情報量に当てると
𝐻(𝑌1,𝑖∣Msg2,𝑌<𝑖1)=𝐻(𝑌1,𝑖∣Msg2,𝑌<𝑖1,𝑌<𝑖2)であり,定理 1.2.4 より右辺は𝐻(𝑌1,𝑖 ∣Msg2,𝑌<𝑖2)以下である.
◻
定理 14.5.8(劣化したブロードキャスト通信路の逆定理). 𝑊をブロードキャスト通信路(定義 14.5.1)で 定義 14.5.4 の意味で物理的に劣化しているものとし,𝑛 ≥1とする.(𝑀1,𝑀2,𝑐,𝑑1,𝑑2)を長さ𝑛のブロードキャスト符号(定義 14.5.2)で𝑀1 ≥2かつ𝑀2 ≥2を満たすものとし,(Msg1,Msg2),𝑋𝑛,(𝑌𝑛1,𝑌𝑛2)を 補題 14.5.7 のとおりとする.𝑃𝑒,1 :=Pr[𝑑1(𝑌𝑛1) ≠Msg1],𝑃𝑒,2 :=Pr[𝑑2(𝑌𝑛2) ≠Msg2]とおき,各𝑖について𝑈𝑖 :=(Msg2,𝑌<𝑖2)とおく.このとき
log𝑀1≤𝑛−1∑𝑖=0𝐼(𝑋𝑖;𝑌1,𝑖∣𝑈𝑖)+𝐻𝑏(𝑃𝑒,1)+𝑃𝑒,1log(𝑀1−1),log𝑀2≤𝑛−1∑𝑖=0𝐼(𝑈𝑖;𝑌2,𝑖)+𝐻𝑏(𝑃𝑒,2)+𝑃𝑒,2log(𝑀2−1)である(𝐻𝑏は 例 1.1.2 の二値エントロピー).
証明. 受け手2の側の評価は,ファノの不等式を出力列のチェイン則でほどけば出る. 定理 6.4.1 を,対象にMsg2,観測に𝑌𝑛2,復号器に𝑑2を置いて当てると
log𝑀2≤𝐼(Msg2;𝑌𝑛2)+𝐻𝑏(𝑃𝑒,2)+𝑃𝑒,2log(𝑀2−1)である(Msg2は一様分布に従う.対(Msg1,Msg2)が一様なら成分も一様だからである).第1項を分解する.受け手2の出力列に𝑛変数チェイン則(定理 1.5.2)を当て,命題 1.3.3 と 命題 1.4.2 の対称性で向きをそろえると
𝐼(Msg2;𝑌𝑛2)=𝑛−1∑𝑖=0𝐼(Msg2;𝑌2,𝑖∣𝑌<𝑖2)である.各項に,𝑈𝑖から過去の出力𝑌<𝑖2を先に取り出すチェイン則(定理 1.5.1)を当てると
𝐼(𝑈𝑖;𝑌2,𝑖)=𝐼(𝑌<𝑖2;𝑌2,𝑖)+𝐼(Msg2;𝑌2,𝑖∣𝑌<𝑖2)であり,命題 1.3.2 より第1項は非負だから𝐼(Msg2;𝑌2,𝑖 ∣𝑌<𝑖2) ≤𝐼(𝑈𝑖;𝑌2,𝑖)である.和をとって第2の主張を得る.
受け手1には,相手のメッセージをただで渡してよい. 渡したうえでの評価もそのままlog𝑀1の上界になるので,そこから始める.定理 6.4.1 を,対象にMsg1,観測に対(Msg2,𝑌𝑛1),復号器に「第2成分だけを見て𝑑1を当てる写像」を置いて当てる.その復号器の誤り確率はPr[𝑑1(𝑌𝑛1) ≠Msg1] =𝑃𝑒,1だから
log𝑀1≤𝐼(Msg1;(Msg2,𝑌𝑛1))+𝐻𝑏(𝑃𝑒,1)+𝑃𝑒,1log(𝑀1−1)である.第1項を書き換える.対(Msg2,𝑌𝑛1)からMsg2を先に取り出すチェイン則(定理 1.5.1)を当て,命題 1.3.3 と 命題 1.4.2 の対称性で向きをそろえると
𝐼(Msg1;(Msg2,𝑌𝑛1))=𝐼(Msg1;Msg2)+𝐼(Msg1;𝑌𝑛1∣Msg2)である.対(Msg1,Msg2)が一様分布に従うので二つの成分は独立であり,命題 1.3.2 の等号条件より第1項は0である.
残りをエントロピーの差に直す.出力列の側をエントロピーの差に開く形(定理 1.4.3)を当て,命題 1.4.2 の対称性で向きをそろえると
𝐼(Msg1;𝑌𝑛1∣Msg2)=𝐻(𝑌𝑛1∣Msg2)−𝐻(𝑌𝑛1∣Msg1,Msg2)である.第1項に 定理 1.2.3 のチェイン則を𝑛回繰り返して
𝐻(𝑌𝑛1∣Msg2)=𝑛−1∑𝑖=0𝐻(𝑌1,𝑖∣Msg2, 𝑌<𝑖1)を得る(条件にMsg2を置いたままチェイン則を当てている).第2項には 補題 14.5.7 の第1の主張を当てる.よって
𝐼(Msg1;𝑌𝑛1∣Msg2)=𝑛−1∑𝑖=0(𝐻(𝑌1,𝑖∣Msg2,𝑌<𝑖1)−𝐻(𝑌1,𝑖∣𝑋𝑖))である.
劣化が効くのはここ一箇所で,条件を受け手1の過去の出力から受け手2の過去の出力に置き換えるところである. 各項の第1成分に 補題 14.5.7 の第3の主張を当てると,右辺は
𝑛−1∑𝑖=0(𝐻(𝑌1,𝑖∣𝑈𝑖)−𝐻(𝑌1,𝑖∣𝑋𝑖))以下である.補題 14.5.7 の第2の主張より𝐻(𝑌1,𝑖 ∣𝑋𝑖) =𝐻(𝑌1,𝑖 ∣𝑈𝑖,𝑋𝑖)だから,各項は𝐻(𝑌1,𝑖 ∣𝑈𝑖) −𝐻(𝑌1,𝑖 ∣𝑈𝑖,𝑋𝑖)の形をしており,出力の側をエントロピーの差に開く形(定理 1.4.3)と 命題 1.4.2 の対称性より𝐼(𝑋𝑖;𝑌1,𝑖 ∣𝑈𝑖)に等しい.合わせて第1の主張を得る.◼
補助変数の作り方が,この証明のすべてである.受け手2の側は,出力列に 定理 1.5.2 のチェイン則を当てて過去の出力を条件に置き,その条件をそのまま𝑈𝑖の一部に取り込んだだけである.第6章 定理 6.4.3 は同じチェイン則を入力列のほうに当てて過去の入力を条件に置いており,割る対象が違う.受け手1の側では逆に,𝑈𝑖が条件として引く形で現れる.同じ𝑈𝑖が,片方の受け手にとっては運べる量そのもの,もう片方にとっては「すでに知っているぶん」になっている.二段の符号帳で雲と衛星を分けたのと,読み方が同じである.劣化を使った一箇所では,受け手2の過去の出力を条件に置いたほうが受け手1の過去の出力を置くより不確かさが残ること,つまり受け手2の観測のほうが粗いことが効いている.
借りた 重ね合わせ符号化の達成可能性 の劣化を仮定した形と 定理 14.5.8 は,同じ二つの量𝐼(𝑋;𝑌1 ∣𝑈)と𝐼(𝑈;𝑌2)を両側から挟んでいる.ただし挟み方はそろっていない.借用の側は補助変数の分布と入力への通信路を一組固定した形だが,定理 14.5.8 に現れる𝑈𝑖は符号から作られたもので,時刻ごとに違う分布をもつ.二つを同じ土俵に載せるには,時刻を一様に選ぶ変数をもう一段の補助変数として束ね,補助変数のとりうる値の個数を抑える段が要る.本書はその段を扱わない.
その段まで進めたときに何が言えるかが,本節の到達点である.道具をもう一つ借りる.劣化した通信路の容量領域,すなわち「劣化した通信路では,いまの二つの量が切る長方形を合わせた集合がちょうど容量領域である」という主張である.使う形を書いておく.
𝑊をブロードキャスト通信路(定義 14.5.1)で 定義 14.5.4 の意味で物理的に劣化しているものとし,𝑊(𝑦1,𝑦2 ∣𝑥) >0がすべての𝑥 ∈X,𝑦1 ∈Y1,𝑦2 ∈Y2で成り立つとする.U,𝑝𝑈,𝐾と四つ組(𝑈,𝑋,𝑌1,𝑌2)は,上で借りた 重ね合わせ符号化の達成可能性 と同じ形にとる.𝑝𝑈と𝐾がどちらも全点で正である組をすべて動かし,そのつど二つの量が切る長方形
{(𝑅1,𝑅2)∈ℝ2:𝑅1≤𝐼(𝑋;𝑌1∣𝑈), 𝑅2≤𝐼(𝑈;𝑌2)}を合わせて閉包をとると,その集合は 定義 14.5.3 の容量領域C(𝑊)に等しい.長方形と呼ぶが,定義 14.5.3 と同じくレートの非負性を課していないので左下には限りがない.呼び名は第一象限で見える形から来ている.
当てる対象は 定義 14.5.3 の容量領域と上の長方形の合併だけで,本書のあとの主張がこれを引くことはない.
借りたままにするので,中で何が起きているかの筋書きだけ書いておく.内側は借りた 重ね合わせ符号化の達成可能性 の劣化を仮定した形が,外側は 定理 14.5.8 が与える.二つのあいだを埋めるのが,いま述べた二つの段,すなわち時刻を一様に選ぶ変数で束ねる段と,補助変数のとりうる値の個数を抑える段である.
本書はこの主張を証明しない.その二つの段をどちらも扱わないからである.本書が自分で保証するのは,借用の与える内側と 定理 14.5.8 の与える外側の二つまでである.
いま借りた 劣化した通信路の容量領域 と同じ集合が,次の 14.6 節でもう一度,別の表し方で現れる(系 14.6.7).そちらは本節の二つの量ではなく,受け手ごとに補助変数を一つずつ置いた形で書かれる.
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