14.7 Marton の内界
14.6 節は三つのクラスで容量領域を決めた.どのクラスも二人の受け手に優劣が付いていることを求めている.どのクラスにも入らない通信路,すなわち入力の選び方によって有利な受け手が入れ替わるような通信路については,容量領域は分かっていない.そういう通信路が本当にあることは,本節の終わりに 例 14.7.6 として一つ書き下す.そこで内側と外側から挟む.外側からの評価は 14.6 節の UV 外界が与えた.本節は内側からの評価を置く.𝑊が全点で正であれば,そこに置いた集合の点はどれも確かに達成できる.
道具立ては 14.5 節と同じ補助変数だが,置き方が違う.重ね合わせ符号化は補助変数を一つだけ置いて,それを二人に共通で見える粗い層にした.優劣が付かないなら共通の層をとる理由がないので,受け手ごとに一つずつ補助変数を置く.二つの符号帳を別々に作り,送る直前に組み合わせる,という作り方がそれにあたる.
本節は二つの補助変数を𝑉1,𝑉2と書く.𝑉の字は本書ですでに三通りに使われていて,第6章 6.6 節が強逆定理の証明で対数尤度比𝑉𝑖に,第8章 8.3 節がガウス通信路の受信列𝑉に,第9章 9.4 節が情報源と再現の食い違い𝑉に使っている.本節の𝑉1,𝑉2はそのどれでもなく,情報量の引数に置かれる補助変数である.添字が付いているが,第6章のものにも添字が付くので見分けの根拠にはならない.直前の 14.6 節の𝑉は,これと同じ役の補助変数である.定義 14.6.6 の𝑈と𝑉が本節の𝑉2と𝑉1にそれぞれ対応することは,下の 定理 14.7.5 の証明が使う読み替えでもある.
四辺形
定義 14.7.1(Marton の四辺形). 𝑊をブロードキャスト通信路(定義 14.5.1)とする.空でない有限アルファベットV1,V2と,V1 ×V2上の分布𝑝𝑉,およびV1 ×V2を入力・Xを出力とする通信路𝐾(第6章 定義 6.1.1)をとる.五つ組(𝑉1,𝑉2,𝑋,𝑌1,𝑌2)を,同時分布が
𝑝𝑉(𝑣1,𝑣2)𝐾(𝑥∣𝑣1,𝑣2)𝑊(𝑦1,𝑦2∣𝑥)であるような確率変数の組とする.三つの不等式
𝑅1≤𝐼(𝑉1;𝑌1),𝑅2≤𝐼(𝑉2;𝑌2),𝑅1+𝑅2≤𝐼(𝑉1;𝑌1)+𝐼(𝑉2;𝑌2)−𝐼(𝑉1;𝑉2)をすべて満たす実数の対(𝑅1,𝑅2)の集合を Marton の四辺形 と呼び,M(𝑝𝑉,𝐾)と書く.
前の二本は,受け手ごとの粗い層がその受け手にどれだけ届くかを言っているだけで,14.5 節の枠と同じ形である.目新しいのは三本目の−𝐼(𝑉1;𝑉2)で,二つの補助変数が独立でないぶんだけ和レートから引かれている.𝐼(𝑉1;𝑉2) =0,すなわち二つが独立なら三本目は前の二本から従うので,四辺形は長方形に戻る.四辺形と呼ぶが,定義 14.5.3 と同じくレートの非負性を課していないので左下には限りがない.呼び名は第一象限で見える形から来ている.
わざと相関をもたせたい理由は,送れる入力列が一本しかないところにある.𝑉1の側の符号語と𝑉2の側の符号語は𝐾を通して一本の入力列に合わさるので,二つをまったく無関係に引くと,出来上がった入力列がどちらの受け手にも中途半端になりうる.二つの補助変数に相関を許せば,受け手ごとに合わせた符号語どうしのうち相性のよい組だけを選んで合わせられる.前の二本の右辺𝐼(𝑉1;𝑌1)と𝐼(𝑉2;𝑌2)は,そうして選んだ組についての量になる.選ぶために余分な符号語を用意するぶんが𝐼(𝑉1;𝑉2)で,三本目の和レートから引かれる.損が和レートの一本だけに掛かり,前の二本には掛からないところが,この取り引きの要である.どちらのとり方が得かは通信路による.定義 14.7.2 の内界は(𝑝𝑉,𝐾)のとり方すべてにわたる合併なので,独立にとった長方形も相関をもたせた四辺形もどちらも入っており,得なほうが自動的に拾われる.余分な符号語がなぜちょうど𝐼(𝑉1;𝑉2)のぶんで足り,しかもその損が和レートの一本だけに掛かるのかは,下で道具を借りたあとに数える.
道具を一つ借りる.Marton の内界の達成可能性,すなわち「四辺形はまるごと達成できる」という主張である.使う形を書いておく.
𝑊をブロードキャスト通信路とし,𝑊が全点で正,すなわち𝑊(𝑦1,𝑦2 ∣𝑥) >0がすべての𝑥 ∈X,𝑦1 ∈Y1,𝑦2 ∈Y2で成り立つとする.このとき,空でない有限アルファベットの対と𝑝𝑉,𝐾をどう選んでも
M(𝑝𝑉,𝐾)⊆C(𝑊)である(C(𝑊)は 定義 14.5.3 の容量領域).
当てる対象は 定義 14.7.1 の四辺形と 定義 14.5.3 の容量領域だけで,依存するのは 定理 14.7.3 の証明だけである.
借りたままにするので,中で何が起きているかの筋書きだけ書いておく.受け手ごとに別の符号帳を引く.𝑉1の側の符号帳から𝑚1のための行を一本,𝑉2の側から𝑚2のための行を一本選び,その二本が結合典型になる組み合わせを探して,見つかった対を𝐾に通して入力列を作る.二本の符号語をこうして噛み合わせるには,行ごとに符号語を何本か余分に用意しておかなければならない.余分に要る本数がちょうど2𝑛𝐼(𝑉1;𝑉2)ほどで,それが和レートから引かれる.引き算の正体は,二本の符号語を噛み合わせる手間である.受け手1は𝑉1の符号帳だけを,受け手2は𝑉2の符号帳だけを読むので,前の二本の枠はそれぞれの読み取りが通る条件になっている.
本書はこの主張を証明しない.噛み合う組が確かに見つかることを言う段(この段は相互被覆と呼ばれる)が,第2章・第6章の典型性の道具の外にあるからである.さらに,補助変数の分布と𝐾に全点で正であることを課さずに済ませる段が要る.そこは 14.2 節が借りた 五角形の包含 の筋書きと同じ形で,補助変数の側を一様分布のほうへわずかにずらして全点で正にし,三つの情報量が連続的に動くことを確かめて,ずらし幅を0にする極限で戻す.
余分に要る本数を,筋書きよりもう一段細かく数えておく.勘定そのものは第6章 定理 6.2.7 と同じである.あの定理が測ったのは,たがいに独立に引いた二本の列が結合典型になる確率で,二本の相互情報量を𝐼と書けば2−𝑛𝐼ほどだった.第6章 6.3 節はこれを,誤って選びうる符号語の本数に掛けて0に向かわせる向きに使い,符号帳の大きさの上限を出した.ここで要るのは逆向きである.メッセージ𝑚1ごとに𝑉1の側の候補を2𝑛𝑅′1本,𝑚2ごとに𝑉2の側の候補を2𝑛𝑅′2本用意すると,噛み合わせる相手の組は2𝑛(𝑅′1+𝑅′2)通りある.一組が噛み合う確率が2−𝑛𝐼(𝑉1;𝑉2)ほどだから,噛み合う組が見つかることを期待するには𝑅′1 +𝑅′2 >𝐼(𝑉1;𝑉2)が要る.いっぽう受け手𝑗(𝑗 =1,2)が読み分けるのは自分の側の符号帳の全体,すなわち2𝑛(𝑅𝑗+𝑅′𝑗)本だから,読み取りが通る条件は𝑅𝑗 +𝑅′𝑗 <𝐼(𝑉𝑗;𝑌𝑗)である.この二本を足すと𝑅1 +𝑅2 <𝐼(𝑉1;𝑌1) +𝐼(𝑉2;𝑌2) −(𝑅′1 +𝑅′2)になり,𝑅′1 +𝑅′2を𝐼(𝑉1;𝑉2)のすぐ上にとれば 定義 14.7.1 の三本目が出る.損が和レートの一本だけに掛かるのは,余分な本数を𝑉1の側と𝑉2の側にどう割り振るかがこちらの自由だからである.片側に寄せて𝑅′1 =0ととれば,受け手1の側の条件は𝑅1 <𝐼(𝑉1;𝑌1)のままで,余分のぶんは受け手2の側だけが払う.寄せ先を受け手ごとに選べるので,前の二本の枠はそれぞれ𝐼(𝑉𝑗;𝑌𝑗)まで届く.
内界
定義 14.7.2(Marton の内界). 𝑊をブロードキャスト通信路(定義 14.5.1)とする.空でない有限アルファベットの対と𝑝𝑉,𝐾のとり方すべてにわたる Marton の四辺形(定義 14.7.1)の合併の閉包を Marton の内界 と呼び,I𝑀(𝑊)と書く.
補助アルファベットの大きさに上限を置いていないので,合併は無限個の四辺形にわたる.閉包をとる理由は 定義 14.2.1 や 定義 14.5.3 と同じで,比べたい相手がどれも閉集合だからである.閉包は 14.2 節で借りた 平面の閉集合と閉包の基本性質 の意味でとる.
定理 14.7.3. 𝑊をブロードキャスト通信路(定義 14.5.1)とし,𝑊(𝑦1,𝑦2 ∣𝑥) >0がすべての𝑥 ∈X,𝑦1 ∈Y1,𝑦2 ∈Y2で成り立つとする.このとき
I𝑀(𝑊)⊆C(𝑊)である.
証明. 借りた Marton の内界の達成可能性 より,どの(𝑝𝑉,𝐾)についてもM(𝑝𝑉,𝐾) ⊆C(𝑊)だから,四辺形の合併もC(𝑊)に含まれる.C(𝑊)は 定義 14.5.3 により達成可能な対全体の閉包であり,14.2 節で借りた 平面の閉集合と閉包の基本性質 の第一より,閉包は閉集合である.同じ第一により,合併の閉包I𝑀(𝑊)は合併を含む最小の閉集合だから,C(𝑊)に含まれる.◼
内界は外界に含まれる
内界と外界は,どちらも容量領域を挟むために別々に定めたものだから,両端どうしが直につながるかどうかは改めて確かめることになる.結論からいえばつながり,しかも 定理 14.7.3 と違って𝑊が全点で正であることは要らない.道具を一つ用意しておく.第1章 定理 1.8.4 のデータ処理不等式は,条件を置かない形で述べられていた.以下で要るのは,何かを知っている人から見た形である.
補題 14.7.4(条件付きデータ処理不等式). 𝐴,𝐵,𝐶,𝐷を有限集合に値をとる確率変数とする(どれも確率変数の組を一つにまとめたものでよい).対(𝐷,𝐴),対(𝐷,𝐶),𝐵がこの順にマルコフ連鎖(定義 1.8.3)をなすとする.このとき
𝐼(𝐴;𝐵∣𝐷)≤𝐼(𝐶;𝐵∣𝐷)である.
証明. 対(𝐷,𝐴)と対(𝐷,𝐶)からそれぞれ𝐷を先に取り出すチェイン則(定理 1.5.1)で𝐼((𝐷,𝐴);𝐵) =𝐼(𝐷;𝐵) +𝐼(𝐴;𝐵 ∣𝐷)と𝐼((𝐷,𝐶);𝐵) =𝐼(𝐷;𝐵) +𝐼(𝐶;𝐵 ∣𝐷)である.いっぽう仮定のマルコフ連鎖にデータ処理不等式(定理 1.8.4)を当てると𝐼((𝐷,𝐴);𝐵) ≤𝐼((𝐷,𝐶);𝐵)である.𝐵のとりうる値の集合をBと書くと,定理 1.1.5 より𝐻(𝐵) ≤log|B|であり,定理 1.2.4 より𝐻(𝐵 ∣𝐷) ≤𝐻(𝐵)だから,定理 1.3.4 の表す𝐼(𝐷;𝐵) =𝐻(𝐵) −𝐻(𝐵 ∣𝐷)は有限の実数である.よって二つの等式を不等式に入れ,両辺から𝐼(𝐷;𝐵)を引けば主張を得る.◻
定理 14.7.5. 𝑊をブロードキャスト通信路(定義 14.5.1)とする(全点で正であることは求めない).このとき
I𝑀(𝑊)⊆O𝑈𝑉(𝑊)である(O𝑈𝑉(𝑊)は 定義 14.6.6 の UV 外界).
証明. 空でない有限アルファベットの対と𝑝𝑉,𝐾を一組固定し,五つ組(𝑉1,𝑉2,𝑋,𝑌1,𝑌2)を 定義 14.7.1 のとおりとする.成分を並べ替えた五つ組(𝑉2,𝑉1,𝑋,𝑌1,𝑌2)の同時分布を𝜈と書く.つまり 定義 14.6.6 の𝑈に𝑉2を,𝑉に𝑉1を当てる.以下,条件付き確率をPr[ ⋅ ∣ ⋅ ]と書き,条件の側が正の確率をもつ点で考える.
𝜈は通信路の法である. 定義 14.7.1 の同時分布で(𝑉2,𝑉1,𝑋) =(𝑣2,𝑣1,𝑥)を与えると,(𝑌1,𝑌2)の条件付き分布は残る因子𝑊( ⋅, ⋅ ∣𝑥)である.これは𝑥だけで決まるから,定義 14.6.6 の条件がそのまま成り立つ.有限アルファベットは可算なので,補助アルファベットについての条件も満たされている.
相関を引いた残りは,補助変数を条件に置いた入力の情報量で抑えられる. 二つの評価
𝐼(𝑉1;𝑌1)−𝐼(𝑉1;𝑉2)≤𝐼(𝑋;𝑌1∣𝑉2),𝐼(𝑉2;𝑌2)−𝐼(𝑉1;𝑉2)≤𝐼(𝑋;𝑌2∣𝑉1)を示す.前者を二段で出す.第一段は,相関を条件に移すところである.対(𝑉2,𝑌1)から先に取り出すほうを二通りにとるチェイン則(定理 1.5.1)を当て,どちらも 命題 1.3.3 と 命題 1.4.2 の対称性で向きをそろえると,𝐼(𝑉1;(𝑉2,𝑌1)) =𝐼(𝑉1;𝑉2) +𝐼(𝑉1;𝑌1 ∣𝑉2)と𝐼(𝑉1;(𝑌1,𝑉2)) =𝐼(𝑉1;𝑌1) +𝐼(𝑉1;𝑉2 ∣𝑌1)である.左辺は対の並べ方によらないので二つの右辺は等しく,命題 1.4.2 より𝐼(𝑉1;𝑉2 ∣𝑌1) ≥0だから𝐼(𝑉1;𝑌1) −𝐼(𝑉1;𝑉2) ≤𝐼(𝑉1;𝑌1 ∣𝑉2)である.
第二段は,補助変数を入力に取り替えるところである.補題 14.7.4 を,その𝐴に𝑉1,𝐵に𝑌1,𝐶に𝑋,𝐷に𝑉2と読み替えて当てる.仮定を確かめる.条件の側に𝑉2が入っているので,対(𝑉2,𝑉1)と𝑌1の条件付き独立は,𝑉1と𝑌1の条件付き独立と同じことである.そこで(𝑉2,𝑋)を与えたとき𝑉1と𝑌1が条件付き独立であることを示す.定義 14.7.1 の同時分布で(𝑉1,𝑉2,𝑋) =(𝑣1,𝑣2,𝑥)を与えると(𝑌1,𝑌2)の条件付き分布は𝑊( ⋅, ⋅ ∣𝑥)だから,第1成分についての周辺をとってPr[𝑌1 =𝑦1 ∣𝑉1,𝑉2,𝑋] =𝑊1(𝑦1 ∣𝑋)である(𝑊1は 定義 14.5.1 の周辺通信路).右辺は(𝑉2,𝑋)の値から読めるので,補題 14.5.6 を,𝐴に𝑌1,𝐵に三つ組(𝑉1,𝑉2,𝑋),𝑔にその値から(𝑉2,𝑋)の値を与える対応,𝑓に「𝑌1の値𝑦1と(𝑉2,𝑋)の値の対から,そこに含まれる𝑋の値𝑥を読んで𝑊1(𝑦1 ∣𝑥)を返す写像」と読み替えて当てるとPr[𝑌1 =𝑦1 ∣𝑉2,𝑋] =𝑊1(𝑦1 ∣𝑋)を得る.条件付き確率のチェイン則に二つを入れるとPr[𝑉1 =𝑣1, 𝑌1 =𝑦1 ∣𝑉2,𝑋] =Pr[𝑉1 =𝑣1 ∣𝑉2,𝑋] Pr[𝑌1 =𝑦1 ∣𝑉1,𝑉2,𝑋] =Pr[𝑉1 =𝑣1 ∣𝑉2,𝑋] Pr[𝑌1 =𝑦1 ∣𝑉2,𝑋]であり,これが 定義 1.8.3 の条件である.よって 補題 14.7.4 より𝐼(𝑉1;𝑌1 ∣𝑉2) ≤𝐼(𝑋;𝑌1 ∣𝑉2)であり,第一段と合わせて前者を得る.後者は,(𝑉1,𝑌1)と(𝑉2,𝑌2)を入れ替えた五つ組に同じ議論を当てれば出る.入れ替えた組の同時分布も 定義 14.7.1 の形をしている(𝑝𝑉の二つの成分を入れ替え,𝐾の引数も入れ替え,𝑊の二つの出力を入れ替えたものをとればよい).𝐼(𝑉1;𝑉2)が入れ替えで変わらないことは 命題 1.3.3 による.
四辺形はUV(𝜈)に含まれる. (𝑅1,𝑅2) ∈M(𝑝𝑉,𝐾)をとる.定義 14.7.1 の第1と第2の不等式は,読み替えのもとで 定義 14.6.6 の第1と第2の不等式そのものである.第3の不等式の右辺に,いま示した二つの評価をそれぞれ当てると
𝑅1+𝑅2≤𝐼(𝑉2;𝑌2)+𝐼(𝑋;𝑌1∣𝑉2),𝑅1+𝑅2≤𝐼(𝑉1;𝑌1)+𝐼(𝑋;𝑌2∣𝑉1)であり,これが 定義 14.6.6 の第3と第4の不等式である.よってM(𝑝𝑉,𝐾) ⊆UV(𝜈)である.
合併と閉包に移しても包含は保たれる. 𝜈は通信路の法だからUV(𝜈)は 定義 14.6.6 の合併に含まれ,合併はその閉包O𝑈𝑉(𝑊)に含まれる.(𝑝𝑉,𝐾)は任意だったから,四辺形の合併がO𝑈𝑉(𝑊)に含まれる.14.2 節で借りた 平面の閉集合と閉包の基本性質 の第一よりO𝑈𝑉(𝑊)は閉集合であり,同じ第一により合併の閉包I𝑀(𝑊)は合併を含む最小の閉集合だから,O𝑈𝑉(𝑊)に含まれる.◼
挟み込み
定理 14.7.3 と,14.6 節で借りた UV 外界は容量領域を含む を並べると,𝑊が全点で正であるかぎり
I𝑀(𝑊)⊆C(𝑊)⊆O𝑈𝑉(𝑊)である.定理 14.7.5 は,この両端を真ん中を経由せずに直につないでいる.真ん中が左の端と一致するのかどうかも,右の端と一致するのかどうかも,本書も形式化も述べない.一般のブロードキャスト通信路の容量領域は分かっていない,というのが現在の状況である.分かっていないというのは,領域を与える式がまだ見つかっていないという意味であって,そういう式が存在しえないことが示されているわけではない.
14.6 節の三つのクラスでは,右の二つが一致する(系 14.6.7 と,そこで借りた 能力がより高い通信路の容量領域).左がそれに一致するかどうかは,そのクラスの中でも本書は述べない.内界が容量領域を超えないという向きは 定理 14.7.3 が与えるが,逆向き,すなわち容量領域の点がどれも四辺形の合併の閉包に入ることを述べる主張は,本書にも形式化にもない.挟み込みで言えているのは,左と右のあいだに真ん中があるというところまでである.
外側からの評価は 命題 14.6.10 の協力外界にもう一つあり,𝑊が全点で正なら 定理 14.7.3 と 命題 14.6.10 を容量領域でつないでI𝑀(𝑊) ⊆Ocoop(𝑊)も出る.協力外界と UV 外界のどちらが小さいかは,14.6 節の終わりで断ったとおり本書は述べないので,外側からの評価は二つ並んだままである.
どのクラスにも入らない通信路
本節の出発点は,14.6 節の三つのクラスのどれにも入らない通信路がある,というところだった.そういう通信路を一つ書き下しておく.二人の受け手に別の種類の雑音を割り当てれば,入力の選び方で有利な受け手が入れ替わる.
例 14.7.6(対称な雑音と消失を並べる). X ={0,1},Y1 ={0,1},Y2 ={0,1, ∗}とし,𝑊1を反転確率0.1の二元対称通信路(例 6.1.8),𝑊2を消失確率0.5の二元消失通信路(例 6.1.9)として,
𝑊(𝑦1,𝑦2∣𝑥):=𝑊1(𝑦1∣𝑥)𝑊2(𝑦2∣𝑥)で定まる対応を𝑊とする.このとき𝑊は 定義 14.5.1 の意味でブロードキャスト通信路であり,その二つの周辺通信路は𝑊1,𝑊2である.X上の分布𝑝が𝑝(1) =1/2を満たすなら𝐼(𝑝;𝑊2) <𝐼(𝑝;𝑊1)であり,𝑝(1) =0.05を満たすなら𝐼(𝑝;𝑊1) <𝐼(𝑝;𝑊2)である(𝐼(𝑝; ⋅)は第6章 定義 6.1.2 の通信路の相互情報量).したがって受け手1が受け手2より 定義 14.6.2 の意味で能力がより高いことはなく,受け手の番号を入れ替えても同じである.𝑊は 14.6 節の三つのクラスのどれにも,どちらの向きにも入らない.
証明. 通信路であることと周辺通信路を確かめる.𝑊(𝑦1,𝑦2 ∣𝑥) ≥0であり,∑𝑦1,𝑦2𝑊1(𝑦1 ∣𝑥)𝑊2(𝑦2 ∣𝑥)は二つの和の積1 ⋅1に等しい.定義 14.5.1 の周辺は,𝑦2について和をとると𝑊1(𝑦1 ∣𝑥),𝑦1について和をとると𝑊2(𝑦2 ∣𝑥)である.
二つの量を入力分布の式で書く.𝜋 :=𝑝(1)とおく(例 6.1.8 と 例 6.1.9 が置く𝜋と同じである).消失通信路の側は,例 6.1.9 が一般の入力分布について与える式に消失確率𝜂 =0.5を入れて𝐼(𝑝;𝑊2) =𝐻𝑏(𝜋)/2である(𝐻𝑏は 例 1.1.2 の二値エントロピー).対称通信路の側は,例 6.1.8 が与える同じ形の式に反転確率𝜌 =0.1を入れて𝐼(𝑝;𝑊1) =𝐻𝑏(0.9𝜋 +0.1(1 −𝜋)) −𝐻𝑏(0.1)である.
値を入れる.𝜋 =1/2では0.9𝜋 +0.1(1 −𝜋) =1/2だから𝐼(𝑝;𝑊1) =1 −𝐻𝑏(0.1)で,𝐻𝑏(0.1) =0.4689…よりおよそ0.531である.いっぽう𝐼(𝑝;𝑊2) =𝐻𝑏(1/2)/2 =1/2だから,𝐼(𝑝;𝑊2) <𝐼(𝑝;𝑊1)である.𝜋 =0.05では0.9 ⋅0.05 +0.1 ⋅0.95 =0.14だから𝐼(𝑝;𝑊1) =𝐻𝑏(0.14) −𝐻𝑏(0.1)で,𝐻𝑏(0.14) =0.5842…よりおよそ0.115である.いっぽう𝐼(𝑝;𝑊2) =𝐻𝑏(0.05)/2で,𝐻𝑏(0.05) =0.2863…よりおよそ0.143だから,𝐼(𝑝;𝑊1) <𝐼(𝑝;𝑊2)である.
クラスの外にあることを見る.定義 14.6.2 が求めているのは,どの入力分布についても𝐼(𝑝;𝑊2) ≤𝐼(𝑝;𝑊1)が成り立つことである.𝜋 =0.05の分布がこれを破るので,受け手1は受け手2より能力がより高くない.定理 14.6.4 の対偶より受け手1は受け手2より 定義 14.6.1 の意味で雑音がより少なくもなく,定理 14.6.3 の対偶より𝑊は 定義 14.5.4 の意味で物理的に劣化してもいない.番号を入れ替えた向きは,出力の対の二つの成分を入れ替えて得られるブロードキャスト通信路に同じ議論を当てる.その周辺通信路は順に𝑊2,𝑊1なので,定義 14.6.2 がそちらに求めるのはどの入力分布についても𝐼(𝑝;𝑊1) ≤𝐼(𝑝;𝑊2)が成り立つことであり,𝜋 =1/2の分布がこれを破る.あとは同じ二つの対偶による.◼
一様な入力では,反転確率0.1の二元対称通信路のほうが消失確率0.5の二元消失通信路より多く運べる.これは第6章 6.1 節が計算した二つの容量1 −𝐻𝑏(0.1)と1 −0.5の比較そのものである.ところが入力を0の側へ偏らせると,対称通信路の側では出力の偏りが雑音で薄められて𝐻𝑏(0.14)までしか下がらず,そこから𝐻𝑏(0.1)を引くと残りが小さい.消失通信路の側は届いたビットがそのまま信用できるので,𝐻𝑏(0.05)に1/2を掛けるだけで済む.その差が𝜋 =0.05では大小をひっくり返す.
どちらの受け手に合わせて入力を選ぶかで優劣が入れ替わるので,14.6 節の三つのクラスはどれも当たらず,系 14.6.7 も,そこで借りた 能力がより高い通信路の容量領域 も,この𝑊には当てられない.内側からの評価も,この𝑊にはそのままでは当てられない.定理 14.7.3 は𝑊が全点で正であることを求めるが,消失通信路の側に𝑊2(1 −𝑥 ∣𝑥) =0があるので,この𝑊はそれを満たさないからである.残るのは全点で正であることを求めない三つ,すなわち 定理 14.7.5 と,14.6 節で借りた UV 外界は容量領域を含む と,命題 14.6.10 の協力外界である.内界と容量領域を直に結ぶ向きは,この𝑊には残らない.
内界と外界がそれぞれどのあたりにあるかを,一点ずつ数で見ておく.
例 14.7.7(内界の二点と協力外界の枠). 例 14.7.6 の通信路𝑊をとる.対(1 −𝐻𝑏(0.1), 0)と対(0, 1/2)はどちらも 定義 14.7.2 の Marton の内界I𝑀(𝑊)に属する.いっぽう 定義 14.5.3 の容量領域C(𝑊)に属する対(𝑅1,𝑅2)はどれも
𝑅1≤1−𝐻𝑏(0.1),𝑅2≤1/2を満たす.二つの右辺の値はおよそ0.531と0.5である(𝐻𝑏は 例 1.1.2 の二値エントロピー).
証明. 内界の二点から見る.V1 :={0,1},V2 :={0}とし,𝑝𝑉を第1成分について一様な分布,𝐾を対(𝑣1,𝑣2)を𝑣1に写す通信路にとる.このとき確率1で𝑋 =𝑉1であり,𝑋は一様である.𝑉2は定数だから,定義 1.1.1 より𝐻(𝑉2) =0であり,定義 1.2.2 の条件付きエントロピー𝐻(𝑉2 ∣𝑌2)と𝐻(𝑉2 ∣𝑉1)も0である.命題 1.3.3 で向きをそろえて 定理 1.3.4 を読むと𝐼(𝑉2;𝑌2) =𝐻(𝑉2) −𝐻(𝑉2 ∣𝑌2) =0と𝐼(𝑉1;𝑉2) =𝐻(𝑉2) −𝐻(𝑉2 ∣𝑉1) =0を得る.確率1で𝑋 =𝑉1だから𝐼(𝑉1;𝑌1) =𝐼(𝑋;𝑌1)であり,𝑋の分布を𝑝と書くと対(𝑋,𝑌1)の同時分布は𝑝(𝑥) 𝑊1(𝑦1 ∣𝑥)だから 命題 6.1.3 より𝐼(𝑋;𝑌1) =𝐼(𝑝;𝑊1)である.例 6.1.8 の一般の入力分布についての式に𝜋 =1/2と𝜌 =0.1を入れると𝐼(𝑝;𝑊1) =𝐻𝑏(1/2) −𝐻𝑏(0.1) =1 −𝐻𝑏(0.1)である.よって 定義 14.7.1 の三つの不等式は𝑅1 ≤1 −𝐻𝑏(0.1),𝑅2 ≤0,𝑅1 +𝑅2 ≤1 −𝐻𝑏(0.1)となり,一つめの対はこれをすべて満たす.四辺形は 定義 14.7.2 の合併に含まれ,合併はその閉包に含まれるから,この対はI𝑀(𝑊)に属する.二つめの対は,二つの補助変数の役を入れ替えて同じことをする.V1 :={0},V2 :={0,1}ととると𝐼(𝑉1;𝑌1) =0と𝐼(𝑉1;𝑉2) =0が同じ理由で出て,例 6.1.9 の式に𝜋 =1/2と𝜂 =1/2を入れると𝐼(𝑉2;𝑌2) =𝐼(𝑋;𝑌2) =𝐼(𝑝;𝑊2) =𝐻𝑏(1/2)/2 =1/2である.
外側は 命題 14.6.10 による.例 6.1.8 より𝐶(𝑊1) =1 −𝐻𝑏(0.1),例 6.1.9 より𝐶(𝑊2) =1 −1/2 =1/2であり,これがOcoop(𝑊)を定める三つの不等式のうち最初の二本である.命題 14.6.10 よりC(𝑊) ⊆Ocoop(𝑊)だから,容量領域の点もこの二本を満たす.値は𝐻𝑏(0.1) =0.4689…から読める.◼
内界に入れた二点は,協力外界が𝑅1と𝑅2のそれぞれに置いた枠にちょうど乗っている.つまりどちらの軸の上でも,Marton の内界が届く値と,容量領域に外から置かれた枠とが一致する.和の向きは比べられない.協力外界の三本目に現れる𝐶(𝑊),すなわち二人の受け手が出力を持ち寄ったときの容量を,本書は計算していないからである.軸の上の一致から,容量領域が軸の上でどこまで届くかが決まる,とまでは言えない.この𝑊には 定理 14.7.3 が当てられないので,内界の点が達成できるかどうかを本書は述べていないからである.
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