15.3 競争最適性
倍加率で選んだポートフォリオが良いと言えるのは,15.5 節 で見るとおり,期を重ねたときの話である.1期だけを見たとき,別のポートフォリオに大きく差をつけられることはないのか.本節は,1期についてその心配に答える.短い節で,定理を一つとその系を立て,例で値を確かめるところまでである.
15.2 節が測っていたのは倍加率(定義 15.1.4),すなわち1期あたりの資産の対数の平均だった.測り方を変えれば順位も変わりうる.第5章 例 5.2.4 は,同じ三つの賭け方を1レースの資産の期待値で比べると倍加率での順位と食い違うことを見せ,5.5 節でその尺度を退けた.本節は三つめの測り方を試す.自分の資産そのものではなく,相手の資産との比を見る,という測り方である.対数最適ポートフォリオ(定義 15.2.3)を相手にとると,どのポートフォリオでも,1期後の資産の比は期待値が1を超えない.そこで得る 定理 15.3.1 は,15.4 節 の 定理 15.4.4 の証明の部品にもなる.
定理 15.3.1. 𝑚 ≥1とし,Xを株価比(定義 15.1.1)からなる空でない有限集合,𝑝をX上の分布,𝑋をXに値をとり分布𝑝に従う確率変数とし,𝑏∘を分布𝑝についての対数最適ポートフォリオ(定義 15.2.3)とする.このとき,どのポートフォリオ(定義 15.1.2)𝑏についても
𝔼[𝑆1(𝑏)𝑆1(𝑏∘)]≤1である.ここで𝑆1(𝑏) =∑𝑚𝑗=1𝑏(𝑗) 𝑋(𝑗)は,株価比の列の第1項を𝑋とした 定義 15.1.3 の資産の𝑛 =1の場合である.
証明. 定理 15.2.5 を分布𝑝と𝑏∘に当てると,𝑏∘は 15.2 節 の Kuhn–Tucker 条件を満たす.すなわちすべての𝑗 ∈{1,…,𝑚}について∑𝑥∈X𝑝(𝑥) 𝑥(𝑗)/∑𝑚𝑘=1𝑏∘(𝑘) 𝑥(𝑘) ≤1である.
補題 15.1.5 より,どの𝑥 ∈Xでも∑𝑚𝑘=1𝑏∘(𝑘) 𝑥(𝑘) >0だから,比は定まる.𝑋の分布は𝑝だから,期待値は𝑥についての和になり,分子の和を外に出して和の順序を入れ替えると
𝔼[𝑆1(𝑏)𝑆1(𝑏∘)]=∑𝑥∈X𝑝(𝑥)∑𝑚𝑗=1𝑏(𝑗)𝑥(𝑗)∑𝑚𝑘=1𝑏∘(𝑘)𝑥(𝑘)=𝑚∑𝑗=1𝑏(𝑗)∑𝑥∈X𝑝(𝑥)𝑥(𝑗)∑𝑚𝑘=1𝑏∘(𝑘)𝑥(𝑘)となる.𝑏(𝑗) ≥0と上の𝑚本の不等式から,右辺は∑𝑚𝑗=1𝑏(𝑗) =1以下である.◼
Kuhn–Tucker 条件を重みつきで足しただけである. 比の期待値は,銘柄𝑗ごとの条件の左辺に重み𝑏(𝑗)を掛けて足した形をしている.各行が1以下で重みの総和が1なのだから,全体も1以下になる.15.2 節では同じ条件を,どこへ乗り換えても平均として得をしないという意味で読んだ.定理 15.3.1 はその読み方を対数を通さずに述べたもので,条件を 定理 15.2.5 で取り出したあとの議論には,凹性も Jensen の不等式も要らない.
期待値についてのこの評価は,そのまま確率についての評価になる.非負の量の期待値が1以下なら,その量が𝑡以上になる確率は1/𝑡以下だからである.これは Markov の不等式で,次の証明はその一般形を借りずに,有限和のまま二行で導く.
系 15.3.2(競争最適性). 𝑚 ≥1とし,Xを株価比(定義 15.1.1)からなる空でない有限集合,𝑝をX上の分布,𝑋をXに値をとり分布𝑝に従う確率変数とし,𝑏∘を分布𝑝についての対数最適ポートフォリオ(定義 15.2.3)とする.このとき,どのポートフォリオ(定義 15.1.2)𝑏と,どの正の実数𝑡についても
Pr[𝑆1(𝑏)≥𝑡𝑆1(𝑏∘)]≤1𝑡である(𝑆1は 定理 15.3.1 のとおり 定義 15.1.3 の資産の𝑛 =1の場合である).
証明. 𝑥 ∈Xについて
𝑍(𝑥):=∑𝑚𝑗=1𝑏(𝑗)𝑥(𝑗)∑𝑚𝑘=1𝑏∘(𝑘)𝑥(𝑘)とおく.補題 15.1.5 より分子も分母も正だから𝑍(𝑥) >0である.𝐴 :={ 𝑥 ∈X ∣𝑍(𝑥) ≥𝑡 }とおくと,分母が正だから𝑥 ∈𝐴であることと∑𝑗𝑏(𝑗) 𝑥(𝑗) ≥𝑡∑𝑘𝑏∘(𝑘) 𝑥(𝑘)であることは同じで,主張の左辺は∑𝑥∈𝐴𝑝(𝑥)に等しい.
Xは有限で,どの𝑥でも𝑝(𝑥) ≥0かつ𝑍(𝑥) >0だから,和の一部を落として
𝔼[𝑆1(𝑏)𝑆1(𝑏∘)]=∑𝑥∈X𝑝(𝑥)𝑍(𝑥)≥∑𝑥∈𝐴𝑝(𝑥)𝑍(𝑥)≥𝑡∑𝑥∈𝐴𝑝(𝑥)を得る(第2の不等号は𝐴の上で𝑍(𝑥) ≥𝑡であることによる).定理 15.3.1 より左端は1以下だから𝑡∑𝑥∈𝐴𝑝(𝑥) ≤1であり,𝑡 >0で割れば主張を得る.◼
系 15.3.2 は「相手の𝑡倍を出し抜く確率は1/𝑡以下」と読める.𝑡 =2なら,1期で対数最適ポートフォリオの2倍以上の資産を手にする確率は1/2以下,𝑡 =10なら1/10以下である.出し抜くこと自体は起こりうるが,出し抜き方𝑡が大きいほど,確率の上界はそれに反比例して小さくなる.𝑡 ≤1では右辺が1以上になるので,そこでは評価が何も言っていない.中身があるのは𝑡 >1の側である.
例 15.3.3(上界が届くときと届かないとき). 例 15.2.7 の市場で,𝑏∘を 例 15.2.7 の対数最適ポートフォリオ,𝑏を全額を銘柄3に寄せたポートフォリオ(𝑏(3) =1,𝑏(1) =𝑏(2) =0)とすると,定理 15.3.1 の左辺の値は0.9である.いっぽう 例 15.1.6 の市場で𝑏∘を 例 15.2.6 の対数最適ポートフォリオとすると,どのポートフォリオ𝑏についても 定理 15.3.1 の左辺の値はちょうど1である.同じ市場で𝑏を全額を銘柄2に寄せたポートフォリオ(𝑏(1) =0,𝑏(2) =1)にとり𝑡 =4/3とすると,系 15.3.2 の左辺の確率は1/2,右辺の上界は3/4である.
証明. どちらの市場でも,𝑋の分布が𝑝であることと,分子の和を外に出して和の順序を入れ替えることから
𝔼[𝑆1(𝑏)𝑆1(𝑏∘)]=𝑚∑𝑗=1𝑏(𝑗)∑𝑥∈X𝑝(𝑥)𝑥(𝑗)∑𝑚𝑘=1𝑏∘(𝑘)𝑥(𝑘)である.例 15.2.7 の市場で𝑏(3) =1,ほかを0にとると,右辺は𝑗 =3の項だけになり,例 15.2.7 が計算したとおり0.9である.例 15.1.6 の市場では,例 15.2.6 より𝑗 =1と𝑗 =2の内側の和がどちらも1だから,右辺は∑2𝑗=1𝑏(𝑗) =1になる.
確率のほうに移る.例 15.1.6 の計算より𝑏∘の資産倍率は𝑥↑で3/2,𝑥↓で3/4であり,全額を銘柄2に寄せた𝑏の資産倍率は𝑥↑で2,𝑥↓で1/2である.よって比は𝑥↑で2/(3/2) =4/3,𝑥↓で(1/2)/(3/4) =2/3である.4/3以上になるのは𝑥↑が出たときだけだから,その確率は𝑝(𝑥↑) =1/2である.いっぽう𝑡 =4/3での 系 15.3.2 の上界は1/𝑡 =3/4である.◼
例 15.3.3 の二つめのとおり,例 15.1.6 の市場では 定理 15.3.1 の不等号がどのポートフォリオについても等号になる.どんな賭け方をしても,1期の資産の比は平均としてちょうど釣り合うということである.したがって 定理 15.3.1 の右辺を1より小さい数に取り替えると,その主張はこの市場で偽になる.例 15.2.7 の市場のように,確実に減る銘柄に全額を寄せれば左辺は1を下回る.いっぽう 系 15.3.2 の1/𝑡という上界のほうは,例 15.3.3 の三つめのとおり,届かないことがある.この上界をこれ以上よくできるかどうかを,本書は述べない.
期を重ねたときに資産がどう動くかは,15.5 節 以降で扱う.
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