15.4 副情報の値打ち

第5章 定理 5.4.4 は,賭ける前に副情報を観測できるようになったとき,最適倍加率の増分がちょうど相互情報量に等しいと述べた.情報の値打ちがそのまま賭けの取り分になる,という等式である.市場でも同じ問いが立つ.株価比を見る前に何かを知ることができるなら,その知識に応じてポートフォリオを組み替えられるはずで,増分がいくらになるかを一つの数で言いたい.本節が示すのは等式ではなく,増分がを超えないという上からの評価である.等式が評価に弱まる場所は,証明を第5章のそれと並べると見える.

定義 15.4.1(条件付き倍加率). とし,を株価比(定義 15.1.1)からなる空でない有限集合,を空でない有限集合とする.上の分布,各について上の分布とし,に値をとる対で,その同時分布がであるものとする.各についてをポートフォリオ(定義 15.1.2)とし,を動かしたこの族をまとめてと書く.条件付き倍加率

𝑊(𝑏𝑌):=𝑦Y𝑝(𝑦)𝑊(𝑏(𝑦),𝑝(𝑦))

で定める(定義 15.1.4 の倍加率である).上の分布と条件付き分布は記号に書かないが,どちらも固定されているものとする.

形式化: condGrowthRate (ソース)

第5章 5.4 節 の副情報と同じ役で,その期の株価比を見る前に観測できるものである.条件付き倍加率は,を観測してからその場に応じたポートフォリオで運用したときの倍加率を,の出方で平均したものであり,第5章 定義 5.4.1 とまったく同じ作り方をしている.違いは二つある.一つは倍加率が 定義 15.1.4 の市場のそれになったことで,もう一つは仮定である.第5章 定義 5.4.1 は同時分布がすべての点で正であることを課したが,本節は課さない.第5章がそれを課したのは,条件付き分布が一点でをとると条件付きの比例賭けが 定義 5.1.1 の正値性を満たさなくなるからで,本章は正値性をポートフォリオではなく株価比の側に置いた(定義 15.1.1)ので,同じ心配が起きない.いちばん極端な副情報,すなわち株価比を完全に言い当てるものも本節の枠に入る.例 15.4.6 がそれである.

このあとの 定義 15.4.3 は,ごとの条件付き分布をの出方で平均しての分布を作り,その分布について最大の倍加率を置く.平均して作ったものがまた分布であることは,その定義そのものでも,このあとの二つの証明でも使うので,番号で引けるように先に書き留めておく.

補題 15.4.2. Xを空でない有限集合,上の分布とし,各について上の分布とする.このとき,に実数

𝑦Y𝑝(𝑦)𝑝(𝑥𝑦)

を返す関数は上の分布である.

証明. どのでもかつだから,各項は非負であり,有限和も非負である.総和は,についての和とについての和を入れ替えて

𝑥X𝑦Y𝑝(𝑦)𝑝(𝑥𝑦)=𝑦Y𝑝(𝑦)𝑥X𝑝(𝑥𝑦)=𝑦Y𝑝(𝑦)=1

である(第の等号は各上の分布であること,第の等号は上の分布であることによる).

形式化: sideMarginalX_mem_stdSimplex (ソース)

定義 15.4.3(周辺分布と最適倍加率). 定義 15.4.1 と同じ記法で,𝑚 1を株価比(定義 15.1.1)からなる空でない有限集合,を空でない有限集合,上の分布,各について上の分布とする.の周辺分布を

𝑝(𝑥):=𝑦Y𝑝(𝑦)𝑝(𝑥𝑦)

と書く(補題 15.4.2 よりこれは上の分布である).そのうえで

𝑊(𝑋):=max𝑏𝑊(𝑏,𝑝),𝑊(𝑋𝑌):=𝑦Y𝑝(𝑦)max𝑏𝑊(𝑏,𝑝(𝑦))

と定める.ここに現れるはすべてポートフォリオ(定義 15.1.2)全体にわたるもので,命題 15.2.2 よりどれも達成される(定義 15.1.4 の倍加率である).この二つを第5章 定義 5.4.3 と同じく 最適倍加率 と呼ぶ.

形式化: の周辺分布 sideMarginalX (ソース)

形式化上の注記. 二つの最適倍加率にあたる宣言はない.については,各で最大を与えるポートフォリオを選んで condGrowthRate (InformationTheory/Shannon/Portfolio/SideInformation.lean) に渡したものがそれであり,については同じく最大を与えるポートフォリオを growthRate (InformationTheory/Shannon/Portfolio/Basic.lean) に渡したものがそれである.どちらも最大を与えるポートフォリオを外から渡す形で,最大そのものを定めた宣言ではない.

は副情報を使わないポートフォリオの中での最大値,ごとに選べるポートフォリオの中での最大値である.二つの最大値の差が,副情報を手に入れたことの値打ちである.

増分は相互情報量で抑えられる

定理 15.4.4. とし,を株価比(定義 15.1.1)からなる空でない有限集合,を空でない有限集合とする.上の分布,各について上の分布とし,に値をとる対で,その同時分布がであるものとする.定義 15.4.3 の周辺分布,をその分布についての対数最適ポートフォリオ(定義 15.2.3)とする.このとき,条件付きポートフォリオのどの族定義 15.4.1)についても

𝑊(𝑏𝑌)𝑊(𝑏,𝑝)𝐼(𝑋;𝑌)

である(定義 15.1.4 の倍加率,定義 15.4.1 の条件付き倍加率,定義 1.3.1 の相互情報量である).

証明. 筋は三段である.差から相互情報量を引いた残りを一つの和に書き,有限 Jensen の不等式で対数の外に出し,内側の和をごとに 定理 15.3.1以下に抑える.相互情報量を引くのは,第一段で条件付き分布を打ち消して周辺分布だけを残すためである.そうすると第三段の内側の和が,株価比の分布をとする市場についての 定理 15.3.1 の左辺の形になり,がそのについての対数最適ポートフォリオであることが,そのまま同定理の仮定になる.

についてとおく.補題 15.1.5 よりどちらも正である.

まず差を一つの和にまとめる.定義 15.4.1定義 15.1.4 よりであり,同時分布の定め方からこれはに等しい.いっぽう 定義 15.4.3 よりだから,である.よって

𝑊(𝑏𝑌)𝑊(𝑏,𝑝)=𝑥,𝑦𝑝(𝑥,𝑦)log𝑟𝑦(𝑥)𝑠(𝑥)

となる.

とおく.の外の項はで消えるから,上の和は上の和である.同時分布の定め方からなのでの周辺分布であり,定義 15.4.3 のとおりの周辺分布である.ではかつかつであり,だから,定義 1.3.1 より

𝐼(𝑋;𝑌)=𝐴𝑝(𝑥,𝑦)log𝑝(𝑥𝑦)𝑝(𝑥)

である.二つを引き算すると

𝑊(𝑏𝑌)𝑊(𝑏,𝑝)𝐼(𝑋;𝑌)=𝐴𝑝(𝑥,𝑦)log𝑡(𝑥,𝑦),𝑡(𝑥,𝑦):=𝑝(𝑥)𝑟𝑦(𝑥)𝑝(𝑥𝑦)𝑠(𝑥)

となる.の上ではである.

補題 1.1.9 を,凹関数として補題 1.1.6 による),重みとして上の,点としてととって当てる.重みは非負で,総和はだから,

𝐴𝑝(𝑥,𝑦)log𝑡(𝑥,𝑦)log(𝐴𝑝(𝑥,𝑦)𝑡(𝑥,𝑦))

を得る.

内側の和を抑える.の上ではより

𝑝(𝑥,𝑦)𝑡(𝑥,𝑦)=𝑝(𝑦)𝑝(𝑥)𝑟𝑦(𝑥)𝑠(𝑥)

である.この形の項はどのでも非負だから,の外の項を足しても和は減らず

𝐴𝑝(𝑥,𝑦)𝑡(𝑥,𝑦)𝑦Y𝑝(𝑦)𝑥X𝑝(𝑥)𝑟𝑦(𝑥)𝑠(𝑥)

となる.ここでは,補題 15.4.2 より上の分布である.を一つ固定し,株価比の分布をとする市場とポートフォリオ定理 15.3.1 を当てる.が分布についての対数最適ポートフォリオであることがちょうど同定理の仮定であり,株価比の分布がだから同定理の左辺はという和である.よってこの内側の和は以下で,とあわせて右辺は以下である.

いっぽうだからは空ではなく,上の各項は正だから,この和は正である.したがって和はより大きく以下であり,対数の単調性(補題 8.2.5)よりその対数は以下である.以上を合わせてを得る.

形式化: sideInfo_growthRate_increment_le_mutualInfo (ソース)

形式化上の注記. 宣言がに課すのは,対数最適性ではなく 15.2 節 の Kuhn–Tucker 条件の本の不等式である.本文の対数最適性からその本が出ることは 定理 15.2.5 が与え,そちらも無条件の機械検証済みである.宣言が右辺に置く相互情報量は,アルファベット上の関数としての周辺分布と同時分布から組んだ実数値の量 sideInfoMutualInfo (InformationTheory/Shannon/Gambling/SideInformation.lean) である.第1章 定義 1.3.1 が紐付けた mutualInfo (InformationTheory/Shannon/MutualInfo.lean) は確率変数の像測度についての拡張非負実数値の量で,値はどちらもで一致するが,単独の宣言としては別のものである.

証明のどこが変わったか. 第5章 定理 5.4.4 の証明は,条件付き倍加率も副情報を使わない倍加率も,どちらも比例賭けの値として閉じた式(定理 5.3.1)に書き換えられることに乗っていた.二つの閉じた式を引き算するとオッズの項が消え,残ったエントロピーの差が 定理 1.3.4 によってちょうどになる.市場には比例賭けにあたる閉じた式がない(15.2 節).上の証明が代わりに使ったのは,相互情報量を引いた残りを一つの和にまとめ,有限 Jensen の不等式で上から抑える段である.不等式は一方向にしか効かないので,得られるのも一方向の評価だけになる.どの市場で等号が成り立つかを本書は述べない.

系 15.4.5(最適な組み替えの増分の上界). とし,を株価比(定義 15.1.1)からなる空でない有限集合,を空でない有限集合とする.上の分布,各について上の分布とし,に値をとる対で,その同時分布がであるものとする.このとき最適倍加率(定義 15.4.3)について

𝑊(𝑋𝑌)𝑊(𝑋)𝐼(𝑋;𝑌)

である(定義 1.3.1 の相互情報量である).

証明.について,命題 15.2.2 を分布に当てての最大を与えるポートフォリオを一つ選び,それをとする.を動かしたこの族について,定義 15.4.1定義 15.4.3 よりである.

次に周辺分布に移る.補題 15.4.2 より上の分布である.をこのについての対数最適ポートフォリオ(定義 15.2.3)とすると,命題 15.2.2 よりそのようなものは存在し,定義 15.4.3 よりである.

そこで 定理 15.4.4とこの族に当てると,を得る.

形式化上の注記. 系 15.4.5 に対応する単独の宣言はない.定理 15.4.4 の紐付け先に,各で最大を与えるポートフォリオと,周辺分布について最大を与えるポートフォリオとを渡した形で得られる(後者を宣言の求める Kuhn–Tucker 条件に直すのが,定理 15.4.4 の注記に書いた kuhnTucker_of_logOptimal (InformationTheory/Shannon/Portfolio/Basic.lean) である).渡す先の宣言はどちらのポートフォリオも仮定として受け取るだけで,それらが存在すること,すなわち 命題 15.2.2 にあたることは述べていない.

例 15.4.6(株価比を完全に言い当てる副情報). 例 15.1.6 の市場をとる.すなわちX ={𝑥,𝑥}𝑥(1) =𝑥(1) =1𝑥(2) =2とする.Y :={ , }とし,条件付き分布を𝑝(𝑥 ) =0𝑝(𝑥 ) =0とする.このときの周辺分布(定義 15.4.3)は 例 15.1.6に等しく,最適倍加率(定義 15.4.3)は

𝑊(𝑋)=12log98=0.0849,𝑊(𝑋𝑌)=12

であり,その差はである.いっぽうである.

証明. 周辺分布は,同様にで,例 15.1.6に等しい.例 15.2.6 よりこの市場の対数最適ポートフォリオはであり,例 15.1.6 よりその倍加率はだから,定義 15.4.3 よりである.

のとき,条件付き分布はの一点に集中するから,定義 15.1.4 の和はの項だけになり,ポートフォリオについてである(による).の範囲でで最大をとるから,補題 8.2.5 の単調性より最大値はで,全額を銘柄に寄せたポートフォリオがそれを与える.のときは同様にで,最大値はでのである.定義 15.4.3 よりである.

差はであり,からを得る.

相互情報量を計算する.同時分布は,残る二点でである.定義 1.3.1 の和は正の二点についてとるもので,どちらでもだから

𝐼(𝑋;𝑌)=212log1/2(1/2)(1/2)=log2=1

である.

例 15.4.6 の副情報は株価比を完全に言い当てる.じつは,この市場でこれより多くを教える副情報はない.

例 15.4.7(副情報が教えられる量の上限). 例 15.1.6 の市場をとる.すなわちとし,の分布をとする.を空でない有限集合とし,に値をとる対で,第成分の周辺分布がこのであるものとする.このとき

𝐼(𝑋;𝑌)1

である(定義 1.3.1 の相互情報量である).例 15.4.6 の副情報は等号を与える.

証明. 定理 1.3.4 よりである.条件付きエントロピー(定義 1.2.2)は各条件のもとのエントロピーをの出方で平均したもので,命題 1.1.4 よりどの条件のもとのエントロピーも非負だから,である.よってである.点上の一様分布だから 定理 1.1.5 の等号の場合にあたり,である.等号のほうは,例 15.4.6を計算している.

それでも増分はにとどまり,には届かない.を知ったあとにできるいちばん良いことは全額を一つの銘柄に寄せることで,そのときの期の資産倍率は上向きで,下向きでである.その対数を平均したで,との開きはここから出ている.下向きだと分かっていても,下向きのときに資産を増やす銘柄がこの市場にはない.できるのは減らないこと,すなわち全額を現金に寄せることまでである.この市場が返す倍率の大きさが,副情報の使い道を上から押さえているということである.

例 15.4.6 の副情報は極端である.を見れば株価比が決まってしまうので,ごとに向き合う相手は一点に集中した分布になり,例 15.4.7 の上限いっぱいに届いていた.そこまで教えない副情報では,増分も相互情報量も途中の値になる.第5章 例 5.4.5 が競馬で使った割の予想を,同じ市場に持ってくる.

例 15.4.8(割の予想). 例 15.1.6 の市場をとる.すなわちX ={𝑥,𝑥}𝑥(1) =𝑥(1) =1𝑥(2) =2とする.Y :={ , }とし,条件付き分布をとする.このときの周辺分布(定義 15.4.3)は 例 15.1.6に等しく,最適倍加率(定義 15.4.3)は

𝑊(𝑋)=12log98=0.0849,𝑊(𝑋𝑌)=25

であり,その差はである.いっぽうである(例 1.1.2 の二値エントロピー関数,定義 1.3.1 の相互情報量である).

証明. 周辺分布はであり,も同じ計算でだから,例 15.1.6に等しい.例 15.2.6 よりこの分布についての対数最適ポートフォリオはで,例 15.1.6 よりその倍加率はだから,定義 15.4.3 よりである.

のとき,条件付き分布はを与える.これは 例 15.2.9 の市場の分布そのものだから,最大を与えるのは全額を銘柄に寄せたポートフォリオで,その値はである.のとき,条件付き分布はを与える.全額を銘柄に寄せたポートフォリオをとると資産倍率はどちらの株価比でもだから,15.2 節 の Kuhn–Tucker 条件の左辺はについてについてである.どちらも以下だから,定理 15.2.4 よりが最大を与え,その値はである.定義 15.4.3 よりである.

だからであり,差はである.

相互情報量に移る.周辺分布は点上の一様分布だから 定理 1.1.5 の等号の場合にあたりである.どちらのでも条件付き分布は一方に,他方にを与えるから,例 1.1.2 よりそのエントロピーはであり,定義 1.2.2 よりである.定理 1.3.4 よりとなる.

増分より大きく,より小さい.系 15.4.5 の不等号は,ここでは真の不等号である.第5章 例 5.4.5 は同じ割の予想を競馬で使い,そこでは増分がちょうどだった.第5章 定理 5.4.4 が等式で 定理 15.4.4 が評価にとどまることが,この二つの数の違いに出ている.と予想されたときにこの市場でできるのは,全額を現金に寄せて減らさないことまでで,資産を増やす手はない.例 15.4.6 で見たのと同じ事情が,予想が完全でない場合にも残っている.同じ数の組は 15.7 節 でもう一度出る.そこでは副情報が外から与えられるのではなく,市場自身の直前の期になる.

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