15.8 万能ポートフォリオ
分布を知らない者に何ができるか.15.2 節 の対数最適ポートフォリオ𝑏∗(定義 15.2.3)も,15.7 節 の𝑏∗𝑘(定義 15.7.2)も,組むには分布が要る.手元にそれがないとして,先を知らずに運用したとき,どこまで行けるか.これが本節の問いである.
答えるために道具立てを変える.ここまでの本章は市場に分布を置き,株価比を確率変数として扱ってきた.本節の評価は分布を置かない.株価比は1本の決まった系列として与えられ,確率も期待値も出てこない.したがってその対象について倍加率(定義 15.1.4)を書くことはできない.分布についての期待値として定めた量なので,当てる先がないからである.倍加率が出てくるのは,分布を置いた節の市場とくらべるときだけで,市場そのものに分布を戻すのは節の終わりの 系 15.8.12 である.期の数え方は 15.6 節 と同じく第0期からとる.
課す条件は,株価比がどれも正であること(定義 15.1.1)だけである.銘柄が二つ以上あることは,ポートフォリオ全体を自由座標で径数付ける 補題 15.8.2 と,その径数付けを使う主張で要る.15.5 節 が市場を i.i.d. とし,15.6 節 がそれを定常でエルゴード的としたのにくらべれば,仮定はこれだけ広い.そのぶん,比べる相手を狭くとる.比べる相手は,毎期同じ比率に配分し直すポートフォリオ,しかも系列を全部見終わってから後知恵で選んだ最良のものである.後知恵で選べるなら苦労はないので,これは相手として強い.問いは,先を知らずに運用して,その相手にどこまで食らいつけるか,である.Cover が与えた答えは,どれか一つのポートフォリオを当てにいくのではなく,ポートフォリオ全体に薄く賭けておく,というものである.
定義 15.8.1(定率再配分ポートフォリオの資産). 𝑚 ≥1とし,𝑥0,𝑥1,𝑥2,…を株価比(定義 15.1.1)の列とする(分布は置かない).ポートフォリオ(定義 15.1.2)𝑏を毎期同じ比率にとって配分し直す運用を 定率再配分ポートフォリオ と呼び,初期資産を1として,整数𝑛 ≥0に対しその𝑛期後の資産を
𝑆𝑛(𝑏):=𝑛−1∏𝑖=0𝑚∑𝑗=1𝑏(𝑗)𝑥𝑖(𝑗)と定める(𝑛 =0のときは空の積で𝑆0(𝑏) =1である).
これは 定義 15.1.3 の資産を,確率変数の列ではなく決まった系列について書き直したものである.補題 15.1.5 より 定義 15.8.1 の積のどの因子も正だから,𝑆𝑛(𝑏) >0である.
ポートフォリオ全体の上で薄く賭けるとは,どういうことか.以下の径数付けは,銘柄が二つ以上ある場合のものである.ポートフォリオ𝑏は,はじめの𝑚 −1個の成分を並べた𝑦 :=(𝑏(1),…,𝑏(𝑚 −1))を決めれば,残りが𝑏(𝑚) =1 −∑𝑚−1𝑗=1𝑦𝑗で決まる(本節の𝑦はこの自由座標で,15.4 節 が副情報の値に使った𝑦とは別である).逆に
𝑦𝑗≥0(1≤𝑗≤𝑚−1),𝑚−1∑𝑗=1𝑦𝑗≤1を満たす𝑦 ∈ℝ𝑚−1からは,同じ式でポートフォリオが作れる.そこで,この𝑦の動く範囲の上で𝑚 −1次元の体積について平均をとることにする.平均が定まるには,範囲の各点で作ったものがほんとうにポートフォリオであることと,範囲の体積が正であることが要る.どちらも次の補題が与える.以下では,連続性・積分・体積・冪についての微積分の計算規則を既知とする(連続性は 15.2 節 が既知とした一次結合・商・合成・有限和に,有限個の積を足したものである).一つだけ重いのは,ℝ𝑚−1の集合を比𝜆 >0で相似に縮めた像の体積が,もとの体積の𝜆𝑚−1倍になることで,これは 定理 15.8.7 の証明で効く.
補題 15.8.2(自由座標による径数付け). 𝑚 ≥2とし,𝑦の動く範囲を,𝑦𝑗 ≥0(1 ≤𝑗 ≤𝑚 −1)と∑𝑚−1𝑗=1𝑦𝑗 ≤1を満たす𝑦 ∈ℝ𝑚−1の全体とする.範囲の点𝑦に対し,𝑏𝑦(𝑗) :=𝑦𝑗(1 ≤𝑗 ≤𝑚 −1),𝑏𝑦(𝑚) :=1 −∑𝑚−1𝑗=1𝑦𝑗とおく.このとき次の二つが成り立つ.
- 範囲のどの点𝑦についても,𝑏𝑦はポートフォリオ(定義 15.1.2)である.
- 範囲の𝑚 −1次元の体積は正である.
証明.
-
範囲の点𝑦をとる.1 ≤𝑗 ≤𝑚 −1については𝑏𝑦(𝑗) =𝑦𝑗 ≥0であり,第𝑚成分は∑𝑚−1𝑗=1𝑦𝑗 ≤1より𝑏𝑦(𝑚) ≥0である.総和は∑𝑚−1𝑗=1𝑦𝑗 +(1 −∑𝑚−1𝑗=1𝑦𝑗) =1だから,定義 15.1.2 より𝑏𝑦はポートフォリオである.
-
範囲は,すべての成分が0以上1/𝑚以下であるような𝑦の全体,すなわち辺の長さ1/𝑚の立方体を含む.実際その各点は𝑦𝑗 ≥0を満たし,成分の和も(𝑚 −1)/𝑚 ≤1だから範囲の条件を満たす.既知とした計算規則より𝑚 −1次元の体積は包含について単調であり,この立方体の体積は𝑚−(𝑚−1) >0だから,範囲の体積も正である.
◻
定義 15.8.3(万能ポートフォリオの資産). 𝑚 ≥2とし,ほかは 定義 15.8.1 と同じ設定とする.𝑦の動く範囲は 補題 15.8.2 のとおりとする.整数𝑛 ≥0に対し,万能ポートフォリオの資産 を
ˆ𝑆𝑛:=∫𝑆𝑛(𝑏𝑦)𝑑𝑦∫𝑑𝑦と定める.二つの積分はどちらもこの範囲にわたる𝑚 −1次元の積分で,𝑏𝑦は 補題 15.8.2 のポートフォリオ,𝑆𝑛は 定義 15.8.1 の資産である.
ˆ𝑆𝑛は,初期資産を𝑦の範囲に一様にばらまき,それぞれの取り分をそれぞれのポートフォリオで運用したときの,𝑛期後の資産の合計にあたる.定義 15.8.3 が定めたのは資産の数値だが,この運用は,第𝑖期に何を持つかという形にも書き直せる.第𝑖期の配分は,範囲の各点の𝑏𝑦を,その点がそこまでに稼いだ資産𝑆𝑖(𝑏𝑦)で重みづけして平均したもの,すなわち銘柄𝑗への配分が
ˆ𝑏𝑖(𝑗)=∫𝑆𝑖(𝑏𝑦)𝑏𝑦(𝑗)𝑑𝑦∫𝑆𝑖(𝑏𝑦)𝑑𝑦であるようなポートフォリオˆ𝑏𝑖になる.重みに現れる株価比は第𝑖期より前のものだけだから,どのポートフォリオが良いかを当てにいっておらず,先を知る必要もない.そのことは 命題 15.8.11 が確かめる.いっぽう,どれか一つに集中していないので,最良のものにそのまま並ぶこともない.どれだけ離されるかを測るのが本節の仕事である.
この上限が達成されることを先に見ておく.それを与えるポートフォリオは,以下𝑏maxと書く.定義 15.2.3 の対数最適ポートフォリオ𝑏∗とは別のもので,あちらは分布から決まるのに対し,こちらは1本の系列と期数𝑛から決まる.
命題 15.8.5(後知恵の最良の資産の達成). 𝑚 ≥1とし,𝑥0,𝑥1,𝑥2,…を株価比(定義 15.1.1)の列,𝑛 ≥0を整数とする.このとき,どのポートフォリオ(定義 15.1.2)𝑏についても𝑆𝑛(𝑏) ≤𝑆𝑛(𝑏max)を満たすポートフォリオ𝑏maxが存在し,𝑆∗𝑛 =𝑆𝑛(𝑏max)である(𝑆𝑛は 定義 15.8.1,𝑆∗𝑛は 定義 15.8.4 のものである).
証明. ポートフォリオ全体は実ベクトル空間ℝ𝑚の部分集合であり,銘柄1に全額を寄せた組が入っているから空でなく,どのポートフォリオでも0 ≤𝑏(𝑗) ≤1だから有界であり,定義 15.1.2 の条件が成分についての等式と不等式で書けているから閉である.𝑏 ↦∑𝑗𝑏(𝑗)𝑥𝑖(𝑗)は成分の一次結合だから 15.2 節 の規則より連続で,本節が足した規則より有限個の積𝑆𝑛( ⋅)も連続である.そこで 15.2 節 が借りた Weierstrass の最大値定理より,𝑆𝑛( ⋅)はポートフォリオ全体の上で最大値をとる.それを与えるポートフォリオを𝑏maxとすれば,どのポートフォリオ𝑏についても𝑆𝑛(𝑏) ≤𝑆𝑛(𝑏max)である.したがって 定義 15.8.4 の上限は𝑆𝑛(𝑏max)である.◼
命題 15.8.6(後知恵の最良による万能ポートフォリオの上界). 𝑚 ≥2とし,𝑥0,𝑥1,𝑥2,…を株価比(定義 15.1.1)の列とする.このとき,どの整数𝑛 ≥0についてもˆ𝑆𝑛 ≤𝑆∗𝑛である(ˆ𝑆𝑛は 定義 15.8.3,𝑆∗𝑛は 定義 15.8.4 のものである).
平均は最大を超えない,というだけである.逆向き,すなわち平均が最大からどれだけ下かが本節の中身で,ここに𝑛が入ってくる.鍵は,最良のポートフォリオの近くには最良に近いポートフォリオが集まっており,その集まりの体積が𝑛の多項式の逆数ぶんしかつぶれない,という一点である.
定理 15.8.7(後知恵の最良と万能ポートフォリオの資産比の上界). 𝑚 ≥2とし,𝑥0,𝑥1,𝑥2,…を株価比(定義 15.1.1)の列とする.このとき,どの整数𝑛 ≥0についても
𝑆∗𝑛≤𝑒(𝑛+1)𝑚−1ˆ𝑆𝑛である(ˆ𝑆𝑛は 定義 15.8.3,𝑆∗𝑛は 定義 15.8.4 のもの,𝑒は自然対数の底である).
証明. 𝑛 =0のときは 定義 15.8.1 よりどのポートフォリオでも𝑆0(𝑏) =1だから,定義 15.8.3 と 定義 15.8.4 よりˆ𝑆0 =𝑆∗0 =1であり,𝑒 ≥1から主張が従う.以下𝑛 ≥1とし,𝜆 :=1/(𝑛 +1)とおく.
まず(1 −𝜆)𝑛 ≥𝑒−1を見る.補題 1.1.7 の対数不等式log𝑢 ≤(𝑢 −1)log𝑒を𝑢 :=(𝑛 +1)/𝑛に当てるとlog𝑛+1𝑛 ≤1𝑛log𝑒であり,両辺を𝑛倍してlog(𝑛+1𝑛)𝑛 ≤log𝑒を得る.対数の単調性(補題 8.2.5)より,正の二数の一方が他方より真に大きければ対数も真に大きいので,対数の側のこの不等号から(𝑛+1𝑛)𝑛 ≤𝑒が従う.逆数をとれば(1 −𝜆)𝑛 =(𝑛𝑛+1)𝑛 ≥𝑒−1である.
つぎに縮める先を作る.命題 15.8.5 の𝑏maxをとり,その自由座標を𝑦max :=(𝑏max(1),…,𝑏max(𝑚 −1))とおくと,𝑦maxは 補題 15.8.2 の範囲に入る.範囲の点𝑦に(1 −𝜆)𝑦max +𝜆𝑦を対応させる写像を考える.範囲は,成分についての不等式と成分の和についての不等式で書けているから凸であり,0 ≤𝜆 ≤1だからこの写像は範囲を範囲の中へ移す.また各成分を見れば𝑏(1−𝜆)𝑦max+𝜆𝑦 =(1 −𝜆) 𝑏𝑦max +𝜆 𝑏𝑦である(第𝑚成分については(1 −𝜆) +𝜆 =1による).
像の上で資産を下から抑える.𝑦を範囲の点,𝑖を0 ≤𝑖 ≤𝑛 −1の整数とすると,補題 15.8.2 と 補題 15.1.5 より𝑏𝑦の資産倍率は正だから
𝑚∑𝑗=1𝑏(1−𝜆)𝑦max+𝜆𝑦(𝑗)𝑥𝑖(𝑗)=(1−𝜆)𝑚∑𝑗=1𝑏max(𝑗)𝑥𝑖(𝑗)+𝜆𝑚∑𝑗=1𝑏𝑦(𝑗)𝑥𝑖(𝑗)≥(1−𝜆)𝑚∑𝑗=1𝑏max(𝑗)𝑥𝑖(𝑗)である.どちらの辺も正だから,𝑖 =0から𝑛 −1まで掛け合わせて 定義 15.8.1 より
𝑆𝑛(𝑏(1−𝜆)𝑦max+𝜆𝑦)≥(1−𝜆)𝑛𝑆𝑛(𝑏max)≥𝑒−1𝑆∗𝑛を得る(第2の不等号は上に見た(1 −𝜆)𝑛 ≥𝑒−1と 命題 15.8.5 による).
体積を数える.この写像は範囲を比𝜆で相似に縮めたものだから,既知とした計算規則より像の体積は範囲の体積の𝜆𝑚−1倍である.像を𝐴と書くと,補題 15.8.2 と 補題 15.1.5 より𝑆𝑛は範囲の上で正で,𝐴は範囲に含まれるから
∫𝑆𝑛(𝑏𝑦)𝑑𝑦≥∫𝐴𝑆𝑛(𝑏𝑦)𝑑𝑦≥𝑒−1𝑆∗𝑛𝜆𝑚−1∫𝑑𝑦である.両辺を,補題 15.8.2 より正である範囲の体積∫𝑑𝑦で割ると 定義 15.8.3 よりˆ𝑆𝑛 ≥𝑒−1𝜆𝑚−1𝑆∗𝑛であり,𝜆−(𝑚−1) =(𝑛 +1)𝑚−1を掛けて整理すれば主張を得る.◼
(𝑛 +1)𝑚−1という因子は,縮めた像の体積が範囲の𝜆𝑚−1倍にしかならないことから出ている.銘柄が多いほど自由座標が増え,同じ比で縮めたときに残る体積が小さくなるので,薄く賭けたぶんの取り分も減る.いっぽう𝑒のほうは,縮める比を𝜆 =1/(𝑛 +1)にとったときに(1 −𝜆)𝑛が下がりきらないことから出ていて,𝑛にも𝑚にも依らない.二つとも資産そのものにかかる倍率なので,期を重ねるほど効いてくるように見えるが,1期あたりに直すと様子が変わる.
系 15.8.8. 𝑚 ≥2とし,𝑥0,𝑥1,𝑥2,…を株価比(定義 15.1.1)の列とする.このとき,どの整数𝑛 ≥1についても
0≤1𝑛(log𝑆∗𝑛−logˆ𝑆𝑛)≤log𝑒+(𝑚−1)log(𝑛+1)𝑛である(ˆ𝑆𝑛は 定義 15.8.3,𝑆∗𝑛は 定義 15.8.4 のものである).
右辺は𝑛を大きくすると0に近づく.次の証明では,𝑛 →∞でlog(𝑛 +1)/𝑛 →0であることと,挟み撃ちの原理,すなわち同じ値に収束する二つの数列に挟まれた数列がその値に収束することを既知とする.
定理 15.8.9(1期あたりの差の0への収束). 𝑚 ≥2とし,𝑥0,𝑥1,𝑥2,…を株価比(定義 15.1.1)の列とする.このとき
1𝑛(log𝑆∗𝑛−logˆ𝑆𝑛)⟶0(𝑛→∞)である(ˆ𝑆𝑛は 定義 15.8.3,𝑆∗𝑛は 定義 15.8.4 のものである).
証明. 系 15.8.8 の右辺はlog𝑒𝑛 +(𝑚 −1)log(𝑛+1)𝑛であり,どちらの項も𝑛 →∞で0に収束する.左辺は0だから,挟み撃ちにより中央も0に収束する.◼
定理 15.8.9 は,どの系列についても,1期あたりの増え方で測るかぎり万能ポートフォリオが後知恵の最良に追いつくと言っている.資産そのものの比について本書が言えるのは𝑒 (𝑛 +1)𝑚−1以下ということだけなので,追いついているのは指数の肩の話である.補題 3.5.3 が「期待値が1で抑えられた比は1𝑛logの尺度では消える」と言っていたのと同じ粗さで見ている,ということでもある.どのくらい粗いかは,数を入れてみるとはっきりする.
例 15.8.10(交互に上下する系列). 𝑚 =2とし,銘柄1は株価比がつねに1,銘柄2は偶数の期に2,奇数の期に1/2であるとする.すなわち𝑥𝑖(1) =1とし,偶数の𝑖で𝑥𝑖(2) =2,奇数の𝑖で𝑥𝑖(2) =1/2とする.このとき偶数の整数𝑛 ≥0について𝑆∗𝑛 =(9/8)𝑛/2であり,そのうち𝑛 ≥2のものについては1𝑛log𝑆∗𝑛 =12log98 =0.0849…である.またˆ𝑆2 =1312(定義 15.8.3)で,これは𝑆∗2 =98の2627 =0.9629…倍である.いっぽう 系 15.8.8 の右辺の値は,𝑛 =94で0.0852…,𝑛 =95で0.0845…,𝑛 =100で0.0810…,𝑛 =500で0.0208…,𝑛 =1000で0.0114…である(𝑆∗𝑛は 定義 15.8.4 のものである).
証明. ポートフォリオを𝑏(2) =𝛽,𝑏(1) =1 −𝛽(0 ≤𝛽 ≤1)と書く.この𝛽は 15.2 節 が断った二つのうちの,銘柄2への配分のほうである.資産倍率は偶数の期で(1 −𝛽) +2𝛽 =1 +𝛽,奇数の期で(1 −𝛽) +12𝛽 =1 −12𝛽だから,偶数の𝑛について 定義 15.8.1 より𝑆𝑛(𝑏) =[(1 +𝛽)(1 −12𝛽)]𝑛/2である.平方完成すると
(1+𝛽)(1−12𝛽)=98−12(𝛽−12)2だから,この値は𝛽 =1/2で最大9/8をとる.偶数の𝑛 ≥2については,正の数の𝑛/2乗が単調だから 定義 15.8.4 より𝑆∗𝑛 =(9/8)𝑛/2であり,𝑛 =0のときは両辺とも1で等式が成り立つ.両辺の対数を𝑛で割れば1𝑛log𝑆∗𝑛 =12log98で,例 15.1.6 よりこの値は0.0849…である.
ˆ𝑆2を求める.𝑚 =2だから 補題 15.8.2 の範囲は0 ≤𝑦 ≤1を満たす実数𝑦の全体で,𝑏𝑦(1) =𝑦,𝑏𝑦(2) =1 −𝑦,すなわち𝑦 =1 −𝛽である.資産倍率は第0期で𝑦 +2(1 −𝑦) =2 −𝑦,第1期で𝑦 +12(1 −𝑦) =1+𝑦2だから,定義 15.8.1 より𝑆2(𝑏𝑦) =(2−𝑦)(1+𝑦)2 =2+𝑦−𝑦22である.範囲の体積は∫10𝑑𝑦 =1で,分子は
∫102+𝑦−𝑦22𝑑𝑦=12(2+12−13)=1312だから,定義 15.8.3 よりˆ𝑆2 =1312である.𝑆∗2 =98との比は1312 ⋅89 =2627 =0.9629…である.
系 15.8.8 の右辺は𝑚 =2だから(log𝑒 +log(𝑛 +1))/𝑛である.log𝑒 =1.4426…,log95 =6.5698…,log96 =6.5849…,log101 =6.6582…,log501 =8.9686…,log1001 =9.9672…を代入して割ると,順に0.0852…,0.0845…,0.0810…,0.0208…,0.0114…を得る.◼
例 15.8.10 の系列は,例 15.1.6 の市場が上下を交互に出したものにあたる.1期あたりの増え方も 例 15.2.6 の対数最適ポートフォリオの倍加率と同じ0.0849…で,最良を与える比率𝛽 =1/2も同じである.そこに 系 15.8.8 の上界を並べると,本章がほかの例で使ってきた𝑛 =100という規模では,上界のほうが増え方の0.95倍あって,ほとんど何も保証していない.上界が長い目で見た増え方0.0849…を下回るのは𝑛 =94と𝑛 =95のあいだで,増え方の0.25倍まで下がるのが𝑛 =500,0.13倍が𝑛 =1000である.増え方の1/10にあたる0.0084…を下回るのは,𝑛 =1000でまだ0.0114…なのだから,さらに先になる.系 15.8.8 の右辺はlog(𝑛 +1)/𝑛の速さでしか落ちないからで,上界だけを見て万能ポートフォリオが後知恵の最良に食らいついていると言えるのは,銘柄が2つのこの系列でも数百期から先である.
ここまで並べたのは上界の値である.実物はどうか.𝑚 =2だから 定義 15.8.3 の分子は1変数の積分で,偶数の𝑛では被積分関数が自由座標の多項式になるから,値は有限回の四則で求まる.例 15.8.10 の𝑛 =2がその計算で,ˆ𝑆2 =1312は𝑆∗2 =98の0.9629…倍,1期あたりの差に直すと12log2726 =0.0272…である.同じ𝑛 =2での 系 15.8.8 の上界はlog𝑒+log32 =1.5138…だから,けた違いに緩い.𝑛を大きくすると多項式の次数が上がって手では追えなくなるので,以下の値は数値計算による.𝑛 =100ではˆ𝑆𝑛が𝑆∗𝑛のおよそ0.373倍,すなわち361.09…に対する134.68…で,1期あたりの差に直すと0.0142…である.上界0.0810…の5分の1を切っている.𝑛 =1000ではおよそ0.119倍,1期あたり0.00307…で,上界は0.0114…である.前の段落が数百期と言ったのは上界が落ちる速さの話であって,万能ポートフォリオそのものは𝑛 =100ですでに後知恵の最良のおよそ4割まで来ている.実物について本書が示したのは 例 15.8.10 の𝑛 =2の値までで,ここに並べた大きい𝑛の値は本書の主張ではない.
ここまで万能ポートフォリオは,資産の数値としてだけ語られてきた.本章がずっと問うてきたのは「どの𝑏を持つか」だったのだから,その形に書き直しておく.
命題 15.8.11(万能ポートフォリオの毎期の配分). 𝑚 ≥2とし,𝑥0,𝑥1,𝑥2,…を株価比(定義 15.1.1)の列,𝑦の動く範囲を 補題 15.8.2 のとおりとする.整数𝑖 ≥0について∫𝑆𝑖(𝑏𝑦) 𝑑𝑦 >0であり,
ˆ𝑏𝑖(𝑗):=∫𝑆𝑖(𝑏𝑦)𝑏𝑦(𝑗)𝑑𝑦∫𝑆𝑖(𝑏𝑦)𝑑𝑦(1≤𝑗≤𝑚)で定まるˆ𝑏𝑖はポートフォリオ(定義 15.1.2)である.さらに,どの整数𝑛 ≥0についても
ˆ𝑆𝑛=𝑛−1∏𝑖=0𝑚∑𝑗=1ˆ𝑏𝑖(𝑗)𝑥𝑖(𝑗)である(積分はどちらも 補題 15.8.2 の範囲にわたる𝑚 −1次元の積分,𝑏𝑦は 補題 15.8.2 のポートフォリオ,𝑆𝑖は 定義 15.8.1,ˆ𝑆𝑛は 定義 15.8.3 のものである).
証明. まず分母が正であることを見る.定義 15.8.3 より∫𝑆𝑖(𝑏𝑦) 𝑑𝑦 =ˆ𝑆𝑖∫𝑑𝑦である.命題 15.8.5 と 補題 15.1.5 より𝑆∗𝑖 =𝑆𝑖(𝑏max) >0であり,定理 15.8.7 よりˆ𝑆𝑖 ≥𝑒−1(𝑖 +1)−(𝑚−1)𝑆∗𝑖 >0だから,補題 15.8.2 より正である∫𝑑𝑦とあわせて∫𝑆𝑖(𝑏𝑦) 𝑑𝑦 >0である.
ˆ𝑏𝑖がポートフォリオであることに移る.補題 15.8.2 より範囲のどの点でも𝑏𝑦はポートフォリオだから𝑏𝑦(𝑗) ≥0であり,補題 15.1.5 より𝑆𝑖(𝑏𝑦) >0だから,分子の被積分関数は非負である.既知とした計算規則より積分は関数の大小を保つので分子は0以上であり,分母は正だからˆ𝑏𝑖(𝑗) ≥0である.総和については,定義 15.1.2 より∑𝑚𝑗=1𝑏𝑦(𝑗) =1だから,既知とした計算規則より
𝑚∑𝑗=1∫𝑆𝑖(𝑏𝑦)𝑏𝑦(𝑗)𝑑𝑦=∫𝑆𝑖(𝑏𝑦)𝑚∑𝑗=1𝑏𝑦(𝑗)𝑑𝑦=∫𝑆𝑖(𝑏𝑦)𝑑𝑦であり,両辺を分母で割れば∑𝑚𝑗=1ˆ𝑏𝑖(𝑗) =1を得る.
積の形を見る.定義 15.8.1 より𝑆𝑖+1(𝑏𝑦) =𝑆𝑖(𝑏𝑦)∑𝑚𝑗=1𝑏𝑦(𝑗) 𝑥𝑖(𝑗)だから,同じ計算規則で和と定数倍を積分の外に出して
∫𝑆𝑖+1(𝑏𝑦)𝑑𝑦=𝑚∑𝑗=1𝑥𝑖(𝑗)∫𝑆𝑖(𝑏𝑦)𝑏𝑦(𝑗)𝑑𝑦=(𝑚∑𝑗=1ˆ𝑏𝑖(𝑗)𝑥𝑖(𝑗))∫𝑆𝑖(𝑏𝑦)𝑑𝑦である.両辺を∫𝑑𝑦で割ると,定義 15.8.3 よりˆ𝑆𝑖+1 =(∑𝑚𝑗=1ˆ𝑏𝑖(𝑗) 𝑥𝑖(𝑗)) ˆ𝑆𝑖である.いっぽう 定義 15.8.1 より𝑆0(𝑏𝑦) =1だから 定義 15.8.3 よりˆ𝑆0 =1で,これは𝑛 =0のときの空の積に等しい.あとは𝑛についての帰納法で主張を得る.◼
ˆ𝑏𝑖を定める式に現れる株価比は𝑥0,…,𝑥𝑖−1だけである.だから第𝑖期の配分を決めるのに先を知る必要がない.重みは各点の𝑏𝑦が第𝑖期までに稼いだ資産𝑆𝑖(𝑏𝑦)だから,よく稼いだ配分ほど重く持つ.𝑖 =0では株価比が一つも現れず,ˆ𝑏0はポートフォリオ全体を一様に平均したものである.
本節の評価を 15.5 節・15.6 節 のそれと比べる軸は三つある.
広いのは仮定である. 定理 15.8.9 までの評価は,分布を仮定せず,銘柄が二つ以上あることと株価比が正であること(定義 15.1.1)のほかは何も課していないので,どの系列にも当たる.i.i.d. でも定常でもない系列にも当たるし,市場が途中で性質を変えても当たる.
狭いのは比べる相手である. 定義 15.8.4 の上限は,毎期同じ比率に配分し直すポートフォリオの全体にわたるものである.15.7 節 が扱った,過去を見て組み替える戦略は相手にしていない.本書は定率再配分ポートフォリオを相手にした評価しか与えない.
i.i.d. 市場では対数最適に並ぶ. 市場が i.i.d. のとき,万能ポートフォリオの1期あたりの増え方は,定理 15.5.1 が 定義 15.2.3 の対数最適ポートフォリオについて与える倍加率(定義 15.1.4)とくらべてどうか.下からは,定義 15.8.4 の上限がポートフォリオ全体にわたるものである以上,後知恵の最良の資産が対数最適ポートフォリオの資産以上だから,定理 15.8.9 の評価がそのまま答える.上からは,後知恵の最良の増え方のほうを抑えることになるが,それを与えるポートフォリオは期数ごとに変わるので,ポートフォリオを一つ決めてから作る 定理 15.5.1 の確率1の事象では足りない.すべてのポートフォリオを同時に覆う 系 15.5.5 が要るのはここである.二つを合わせると,増え方は倍加率にちょうど一致する.次の証明では,挟み撃ちの原理と,収束する二つの数列の差の極限がそれぞれの極限の差であることを既知とする.
系 15.8.12(i.i.d. 市場での万能ポートフォリオの増え方). 𝑚 ≥2とし,Xを株価比(定義 15.1.1)からなる空でない有限集合,𝑝をX上の分布,𝑏∗を 定義 15.2.3 の対数最適ポートフォリオとする.株価比の列𝑋0,𝑋1,𝑋2,…が i.i.d. で,各𝑋𝑖が分布𝑝に従うとし,実現した列を 定義 15.8.1 の系列にとってˆ𝑆𝑛(定義 15.8.3)を定める.このとき確率1で
lim𝑛→∞1𝑛logˆ𝑆𝑛=𝑊(𝑏∗,𝑝)である(𝑊は 定義 15.1.4 の倍加率である).
証明. 系 15.5.5 を当てる.列に𝑋′𝑖 :=𝑋𝑖−1(𝑖 ≥1)と番号を付け直すと,これも i.i.d. で各項が分布𝑝に従い,どのポートフォリオ𝑏についても 定義 15.8.1 の𝑆𝑛(𝑏)はこの列についての 定義 15.1.3 の資産にほかならない.そこで 系 15.5.5 をこの列に当てると,確率1の事象が一つ得られて,その上で
𝜀𝑛:=sup𝑏∣1𝑛log𝑆𝑛(𝑏)−𝑊(𝑏,𝑝)∣⟶0である(上限はポートフォリオ全体にわたるものである).以下この事象の上で考え,整数𝑛 ≥1を一つとる.
対数が定まることを見ておく.命題 15.8.5 より𝑆∗𝑛 =𝑆𝑛(𝑏max)を満たすポートフォリオ𝑏maxがあり(この𝑏maxは𝑛に依る),補題 15.1.5 より 定義 15.8.1 の積の各因子は正だから𝑆∗𝑛 >0である.定理 15.8.7 よりˆ𝑆𝑛 ≥𝑒−1(𝑛 +1)−(𝑚−1)𝑆∗𝑛 >0だから,ˆ𝑆𝑛の対数も定まる.
後知恵の最良の増え方を出す.𝜀𝑛の定め方から1𝑛log𝑆𝑛(𝑏max) ≤𝑊(𝑏max,𝑝) +𝜀𝑛であり,定義 15.2.3 より𝑊(𝑏max,𝑝) ≤𝑊(𝑏∗,𝑝)だから
1𝑛log𝑆∗𝑛≤𝑊(𝑏∗,𝑝)+𝜀𝑛である.いっぽう 定義 15.8.4 の上限はポートフォリオ全体にわたるものだから𝑆𝑛(𝑏∗) ≤𝑆∗𝑛であり,補題 15.1.5 より𝑆𝑛(𝑏∗) >0だから,対数の単調性(補題 8.2.5)と𝜀𝑛の定め方から
1𝑛log𝑆∗𝑛≥1𝑛log𝑆𝑛(𝑏∗)≥𝑊(𝑏∗,𝑝)−𝜀𝑛である.𝑛の選び方は任意だったから,この二つはどの整数𝑛 ≥1についても成り立つ.𝜀𝑛 →0だから,挟み撃ちにより1𝑛log𝑆∗𝑛 →𝑊(𝑏∗,𝑝)である.
万能ポートフォリオに移る.定理 15.8.9 はどの系列についても成り立つから,この事象の上でも1𝑛(log𝑆∗𝑛 −logˆ𝑆𝑛) →0である.よって
1𝑛logˆ𝑆𝑛=1𝑛log𝑆∗𝑛−1𝑛(log𝑆∗𝑛−logˆ𝑆𝑛)の右辺は収束する二つの数列の差であり,その極限は𝑊(𝑏∗,𝑝)から0を引いたもの,すなわち𝑊(𝑏∗,𝑝)である.◼
章の問いには,これで答えが出ている.市場が i.i.d. のとき,系 15.8.12 が言っているのは,𝑝を知らない者が,𝑝を知って対数最適に賭ける者と,長い目で見た増え方でちょうど並ぶということである.並ぶのは1期あたりの増え方の話で,資産そのものの比について本書が言えるのは,定理 15.8.7 の𝑒 (𝑛 +1)𝑚−1以下ということだけである.万能ポートフォリオが第𝑖期の配分を決めるのに使うのは,それまでに出た株価比だけで(命題 15.8.11),分布𝑝も,𝑝から作る𝑏∗も要らない.第5章から本章まで,賭け方や運用の良さの尺度として倍加率をとってきた.i.i.d. な市場でその値に届くのに,分布の知識は要らなかった.
InformationTheory — 形式化検証つき情報理論教科書(レビュー版).数式は MathJax + AMS Euler で事前レンダリング.