3.5 Shannon–McMillan–Breiman 定理
第2章の漸近等分配性(定理 2.1.4)は,i.i.d. 情報源で 1 文字あたりの驚きが𝐻(𝑋)に近づく,という主張だった.本節はそれをエルゴード的な定常情報源に広げる.近づく先は𝐻(𝑋)ではなくエントロピーレート𝐻(X)で,収束は概収束(確率 1 の事象の上で各点の収束)である.この一般化を Shannon–McMillan–Breiman 定理という.
まず量の名前を用意する.
定義 3.5.1(経験エントロピー). 情報源{𝑋𝑖}に対し,ブロックの確率を𝑝(𝑥𝑛) :=Pr[𝑋𝑛 =𝑥𝑛]と書く.𝑛 ≥1に対し
ˆ𝐻𝑛:=−1𝑛log𝑝(𝑋𝑛)を長さ𝑛の 経験エントロピー という.
式は定義 2.1.1 とまったく同じで,i.i.d. の仮定を外して同じ量を使う,という宣言である.違いは使える道具のほうにある.あちらでは独立性から𝑝(𝑋𝑛)が周辺分布の積にほどけ(補題 2.1.3),大数の法則にかけられる形になった.記憶のある情報源ではこのほどきが使えない.ほどく代わりに何をするかが,本節の中身である.
確率0のブロックが実現する事象は,各𝑛で高々有限個の確率0の事象の和だから確率0である.したがって実現したブロックの確率は確率 1 で正で,ˆ𝐻𝑛は確率 1 で定まる有限の値をとる.
定理 3.5.2(Shannon–McMillan–Breiman). {𝑋𝑖}をエルゴード的な定常情報源とする.確率 1 で
ˆ𝐻𝑛=−1𝑛log𝑝(𝑋𝑛)⟶𝐻(X)(𝑛→∞).
証明は上下からの挟み撃ちで行う.上からは記憶を有限の深さで打ち切った近似を,下からは無限の過去まで使った近似を当てる.どちらの側でも働くのは「確率分布どうしの比の期待値は1 を超えない」という一手だけなので,それを先に補題として切り出しておく.証明本体は補題 3.5.7 と補題 3.5.8 で,二つがそろったところで定理 3.5.2 の証明に戻る.
借りる道具
3.4 節の Birkhoff の個別エルゴード定理に加えて,下界(補題 3.5.8)の証明でだけ次の二つを借りる.上界(補題 3.5.7)はどちらも使わない.
両側への拡張. 定常情報源{𝑋𝑖}𝑖≥0に対し,負の時刻まで延ばした列{𝑋𝑖}𝑖∈ℤで,定常であり,かつ非負の時刻の部分の同時分布が元の情報源と一致するものが存在する.元がエルゴード的なら,延ばした列もシフトについてエルゴード的である.これは第15章 15.7 節 が借り直す.そちらが当てるのもアルファベットが株価比の有限集合になるだけの定常列なので,射程は広がらない.
無限の過去による条件付け. 両側に延ばした列について,有限の過去で条件付けた確率𝑝(𝑋0 ∣𝑋−1,…,𝑋−𝑘)は𝑘 →∞で確率 1 で収束する.その極限を𝑝(𝑋0 ∣𝑋−1,𝑋−2,…)と書く.さらに期待値も収束し,
𝔼[−log𝑝(𝑋0∣𝑋−1,𝑋−2,…)]=lim𝑘→∞𝐻(𝑋0∣𝑋−1,…,𝑋−𝑘)が成り立つ.これは,増えていく情報で条件付けた確率が,その全体で条件付けた確率に確率 1 で収束するという Lévy のマルチンゲール収束定理と,期待値の側でその収束を許す優収束定理から得られる.
この極限について,以下では有限個の条件付けと同じ二つの操作を認めて使う.第一に,各時刻𝑖の条件付き確率𝑝(𝑋𝑖 ∣𝑋𝑖−1,𝑋𝑖−2,…)が同じように定まり,その積が「無限の過去P :=(𝑋−1,𝑋−2,…)を与えたときの𝑋𝑛の条件付き確率」𝑝(𝑋𝑛 ∣P)に等しいこと.これが条件付き確率のチェイン則である.第二に,Pの実現ごとに𝑋𝑛の分布𝑝( ⋅ ∣P)が定まり,期待値が「Pを固定してとる期待値」と「Pについてとる期待値」の二段に分かれること.有限個の条件付けなら第1章の道具から出るが,無限の過去についてはここで認める.これは第15章 15.7 節 も引く.そちらが節の終わりで借りる二つは,無限の過去のもとでの𝑋0の条件付き分布をこの極限として読み,その筋書きは,各期の条件付き評価を𝑛期ぶんの積へ渡す段が上の二つの操作の外に出ることを,足りないものとして名指す.当てる対象は同じく株価比の有限集合に値をとる定常列なので,射程は広がらない.
以上はどれも本書では証明しないが,3.4 節の Birkhoff の定理と同じく,無条件の機械検証済みの定理として形式化されている.
比は指数の尺度では見えない
補題 3.5.3. 非負の確率変数の列(Λ𝑛)𝑛≥1が任意の𝑛で𝔼[Λ𝑛] ≤1を満たすなら,確率 1 で
lim sup𝑛→∞1𝑛logΛ𝑛≤0である(Λ𝑛 =0のときはlogΛ𝑛 = −∞と読む).
証明. 𝐴𝑛 :={Λ𝑛 ≥𝑛2}とおく.Λ𝑛 ≥0だから Markov の不等式が使えてPr[𝐴𝑛] ≤𝔼[Λ𝑛]/𝑛2 ≤1/𝑛2である.したがって任意の𝑁 ≥1に対し
Pr[⋃𝑛≥𝑁𝐴𝑛]≤∑𝑛≥𝑁1𝑛2であり,∑𝑛𝑛−2が収束するので右辺は𝑁 →∞で0に向かう.左辺は𝑁について非増加だから,「𝐴𝑛が無限回起こる」事象⋂𝑁⋃𝑛≥𝑁𝐴𝑛の確率は0である.
すなわち確率 1 で,十分大きなすべての𝑛についてΛ𝑛 <𝑛2,したがって
1𝑛logΛ𝑛<2log𝑛𝑛である.右辺は0に収束するので,上極限は0以下である.◻
補題 3.5.3 が言っているのは,期待値が 1 で抑えられた比は𝑛2より速くは大きくならず,1𝑛logという尺度ではそれが0に潰れる,ということである.第2章の議論が指数の肩を1/𝑛の精度でしか見ていなかったのと同じ粗さで,この粗さのおかげで「多項式ぶんのずれ」は最初から見えない.
記憶を𝑘文字で打ち切る
記憶の深さを𝑘文字に制限した近似分布を作る.
定義 3.5.4(𝑘次打ち切り近似). 定常情報源{𝑋𝑖},𝑘 ≥0,𝑛 >𝑘に対し
𝑞𝑘(𝑥𝑛):=𝑝(𝑥𝑘)𝑛−1∏𝑖=𝑘𝑝(𝑥𝑖∣𝑥𝑖−𝑘,…,𝑥𝑖−1)と定める.ここで𝑝(𝑥𝑖 ∣𝑥𝑖−𝑘,…,𝑥𝑖−1)は,定常性により時刻に依らない量Pr[𝑋𝑘 =𝑥𝑖 ∣𝑋𝑘 =(𝑥𝑖−𝑘,…,𝑥𝑖−1)]を表す(𝑝(𝑥0) :=1.条件にあたる長さ𝑘の並びの確率が0のときは𝑞𝑘(𝑥𝑛) :=0と約束する).
これは「直前の𝑘文字しか覚えていない情報源」が同じブロックに与える確率である.𝑘 =0なら 1 文字ずつ独立に出す情報源,𝑘 =1ならマルコフ情報源(3.3 節)にあたる.真の分布と違って総和はちょうど 1 にならないが,超えることはない.
補題 3.5.5. 定義 3.5.4 の𝑞𝑘は,任意の𝑘 ≥0と𝑛 >𝑘に対し∑𝑥𝑛∈X𝑛𝑞𝑘(𝑥𝑛) ≤1を満たす.
証明. 後ろの文字から順に和をとる.最後の文字𝑥𝑛−1について和をとると,条件にあたる(𝑥𝑛−1−𝑘,…,𝑥𝑛−2)の確率が正なら条件付き確率の和はちょうど 1 で,確率が0なら約束により和は0である.いずれにせよ 1 以下だから,全体は𝑞𝑘の𝑥𝑛−1までの部分で抑えられる.同じことを𝑥𝑘まで繰り返すと∑𝑥𝑘𝑝(𝑥𝑘) =1が残る.◻
補題 3.5.6. {𝑋𝑖}をエルゴード的な定常情報源とする.各𝑘 ≥0に対し,確率 1 で
−1𝑛log𝑞𝑘(𝑋𝑛)⟶𝐻(𝑋𝑘∣𝑋𝑘)(𝑛→∞).
証明. 実現した並びの確率は確率 1 で正だから,𝑝(𝑋𝑘) >0であり,また𝑘 ≤𝑖 ≤𝑛 −1の各𝑖について長さ𝑘 +1の並び(𝑋𝑖−𝑘,…,𝑋𝑖)の確率も正である.後者から各段の条件付き確率𝑝(𝑋𝑖 ∣𝑋𝑖−𝑘,…,𝑋𝑖−1)が正なので,確率 1 で𝑞𝑘(𝑋𝑛) >0である.対数をとって
−1𝑛log𝑞𝑘(𝑋𝑛)=−1𝑛log𝑝(𝑋𝑘)+1𝑛𝑛−1∑𝑖=𝑘(−log𝑝(𝑋𝑖∣𝑋𝑖−𝑘,…,𝑋𝑖−1))と分かれる.第 1 項は𝑛に依らない確率変数を𝑛で割ったものだから0に収束する.
第 2 項に 3.4 節の Birkhoff の定理を当てる.先頭𝑘 +1文字だけで決まる関数
𝑓𝑘(𝑥):=−log𝑝(𝑥𝑘∣𝑥0,…,𝑥𝑘−1)をとると,−log𝑝(𝑋𝑖 ∣𝑋𝑖−𝑘,…,𝑋𝑖−1) =𝑓𝑘(𝜎𝑖−𝑘𝑋)である(条件付き確率を時刻に依らない量にとったのは定義 3.5.4 の側なので,ここは定義の書き換えにすぎない).𝑗 :=𝑖 −𝑘と置き換えると第 2 項は
1𝑛𝑛−𝑘−1∑𝑗=0𝑓𝑘(𝜎𝑗𝑋)=𝑛−𝑘𝑛⋅1𝑛−𝑘𝑛−𝑘−1∑𝑗=0𝑓𝑘(𝜎𝑗𝑋)になる.𝑓𝑘 ≥0であり,その期待値は定義 1.2.2 より𝐻(𝑋𝑘 ∣𝑋𝑘)で,これは定理 1.2.4 と定理 1.1.5 よりlog|X|以下である.期待値が有限だから𝑓𝑘は確率 1 で有限な値をとり(確率0の並びの上で+∞になりうるが,そこは期待値に効かない),3.4 節で借りた定理が要求する形を満たす.Birkhoff の定理より第 2 因子は確率 1 で𝐻(𝑋𝑘 ∣𝑋𝑘)に収束し,𝑛−𝑘𝑛 →1と合わせて主張を得る.◻
上界
補題 3.5.7. {𝑋𝑖}をエルゴード的な定常情報源とする.確率 1 でlim sup𝑛ˆ𝐻𝑛 ≤𝐻(X).
証明. 𝑘 ≥0を固定する.確率 1 で𝑝(𝑋𝑛) >0だから
Λ𝑛:=𝑞𝑘(𝑋𝑛)𝑝(𝑋𝑛)(𝑛>𝑘)は確率 1 で定まる非負の確率変数である.補題 3.5.5 より,その期待値は
𝔼[Λ𝑛]=∑𝑥𝑛:𝑝(𝑥𝑛)>0𝑝(𝑥𝑛)𝑞𝑘(𝑥𝑛)𝑝(𝑥𝑛)=∑𝑥𝑛:𝑝(𝑥𝑛)>0𝑞𝑘(𝑥𝑛)≤1である.補題 3.5.3 より確率 1 でlim sup𝑛1𝑛logΛ𝑛 ≤0,すなわち
1𝑛logΛ𝑛=ˆ𝐻𝑛−(−1𝑛log𝑞𝑘(𝑋𝑛))と書き直してlim sup𝑛(ˆ𝐻𝑛 −( −1𝑛log𝑞𝑘(𝑋𝑛))) ≤0である.補題 3.5.6 より引かれている側は𝐻(𝑋𝑘 ∣𝑋𝑘)に収束するから
lim sup𝑛ˆ𝐻𝑛≤𝐻(𝑋𝑘∣𝑋𝑘).これが各𝑘について確率 1 で成り立つ.可算個の確率 1 の事象の共通部分もまた確率 1 だから,確率 1 ですべての𝑘について同時に成り立つ.そこで𝑘 →∞とすれば,定理 3.2.6より右辺は𝐻(X)に収束する.◻
下界
補題 3.5.8. {𝑋𝑖}をエルゴード的な定常情報源とする.確率 1 でlim inf𝑛ˆ𝐻𝑛 ≥𝐻(X).
証明. 借りた両側への拡張により,以下では{𝑋𝑖}を𝑖 ∈ℤに延ばしたエルゴード的な定常列とみなす.
𝑔(𝑥):=−log𝑝(𝑥0∣𝑥−1,𝑥−2,…)とおくと
𝔼[𝑔(𝑋)]=lim𝑘→∞𝐻(𝑋0∣𝑋−1,…,𝑋−𝑘)=lim𝑘→∞𝐻(𝑋𝑘∣𝑋𝑘)=𝐻(X)である.最初の等号は借りた期待値の収束,真ん中の等号は両側列の定常性で時計を𝑘ずらしただけ,最後の等号は定理 3.2.6 である.𝑔 ≥0の期待値が有限なのだから,とくに𝑔は確率 1 で有限な値をとり,3.4 節で借りた定理を当てられる.
比の期待値を抑える. 無限の過去をP :=(𝑋−1,𝑋−2,…)と書き,
𝑞∞(𝑋𝑛):=𝑛−1∏𝑖=0𝑝(𝑋𝑖∣𝑋𝑖−1,𝑋𝑖−2,…)とおく.借りた条件付き確率のチェイン則より,これはPを与えたときの𝑋𝑛の条件付き確率𝑝(𝑋𝑛 ∣P)にほかならない.Λ𝑛 :=𝑝(𝑋𝑛)/𝑞∞(𝑋𝑛)とおくと,Pを固定した条件付き期待値は
𝔼[Λ𝑛∣P]=∑𝑥𝑛𝑝(𝑥𝑛∣P)𝑝(𝑥𝑛)𝑝(𝑥𝑛∣P)=∑𝑥𝑛:𝑝(𝑥𝑛∣P)>0𝑝(𝑥𝑛)≤1である.両辺の期待値をとって𝔼[Λ𝑛] ≤1を得る.
補題 3.5.3 を当てる. 1𝑛logΛ𝑛 =( −1𝑛log𝑞∞(𝑋𝑛)) −ˆ𝐻𝑛だから,確率 1 で
lim sup𝑛((−1𝑛log𝑞∞(𝑋𝑛))−ˆ𝐻𝑛)≤0.一方−1𝑛log𝑞∞(𝑋𝑛) =1𝑛∑𝑛−1𝑖=0𝑔(𝜎𝑖𝑋)であり,両側に延ばした列もエルゴード的な定常列だから,Birkhoff の定理よりこれは確率 1 で𝔼[𝑔(𝑋)] =𝐻(X)に収束する.𝑎𝑛 :=ˆ𝐻𝑛,𝑏𝑛 := −1𝑛log𝑞∞(𝑋𝑛)と書くと𝑎𝑛 =𝑏𝑛 −(𝑏𝑛 −𝑎𝑛)だから
lim inf𝑛𝑎𝑛≥lim𝑛𝑏𝑛−lim sup𝑛(𝑏𝑛−𝑎𝑛)≥𝐻(X)である.
最後に,主張は𝑋𝑛だけで決まる量についてのものであり,両側に延ばした列の非負時刻の部分の分布は元の情報源と一致するから,元の情報源についても成り立つ.◻
二つの近似で挟む. 上からは記憶を𝑘文字で打ち切った𝑞𝑘を,下からは無限の過去まで使った𝑞∞を当てた.𝑞𝑘は真の情報源より予測が下手で(記憶が浅い),𝑞∞は上手である(𝑋𝑛の外にある情報まで使う).上からの評価は𝐻(𝑋𝑘 ∣𝑋𝑘)で止まり,𝑘 →∞で𝐻(X)まで下りてくる.下からの評価のほうは,Lévy の収束のおかげで最初から𝐻(X)ちょうどに着く.
同じ一手が両側で効く. 上界では𝑞𝑘/𝑝を,下界では𝑝/𝑞∞を補題 3.5.3 に入れた.使ったのはどちらも「確率分布どうしの比の期待値は 1 を超えない」だけである.比が多項式ぶんしか増えないことが分かれば,1𝑛logの尺度ではそれが消える.証明の仕事は,比の期待値が 1 以下になるように分母と分子を選ぶところに集中している.
なぜ無限の過去に出ていくのか. 𝑞𝑘は𝑋𝑛だけの関数なので,分母に置いて下界にも使えそうに見える.しかし𝑝/𝑞𝑘の期待値は 1 で抑えられない.𝑞𝑘が極端に小さい並びで比が爆発しうるからである.𝑞∞はPを与えたときの𝑋𝑛の条件付き確率そのものなので,Pを固定して𝑥𝑛について和をとると,分母がそこで割り戻されて残るのは真の確率の総和になり,1 を超えない.効いているのは大小関係ではなく,分母がそれ自身の確率で重みづけされているという正規化である.負の時刻に出ていく理由はここにあり,両側への拡張はそのためだけに借りている.
期待値のレベルでは何が起きているか
命題 3.5.9. 任意の情報源と𝑛 ≥1に対し𝔼[ˆ𝐻𝑛] =𝐻𝑛/𝑛である.
証明. 定義 1.1.1 より𝐻𝑛 =𝐻(𝑋𝑛) = −∑𝑥𝑛𝑝(𝑥𝑛)log𝑝(𝑥𝑛) =𝔼[ −log𝑝(𝑋𝑛)]である.両辺を𝑛で割れば,右辺は定義 3.5.1 のˆ𝐻𝑛の期待値である.◼
命題 3.5.9 は定義を書き直しただけである.それでも役に立つのは,定理 3.2.6 と合わせると𝔼[ˆ𝐻𝑛] →𝐻(X)が直ちに出るからである.つまり「平均すれば𝐻(X)に近づく」ところまでは,本節の道具を一つも使わずに言える.定理 3.5.2 が言い足しているのは「1 本 1 本の実現でもそうなる」という一点であり,Birkhoff の定理も両側への拡張も,その一点のためだけに要る.
第2章の符号化定理はどこまで生き延びるか
系 3.5.10. |X| ≥2とし,定常情報源に対して定義 2.3.1 のブロック情報源符号を考える.
- 情報源がさらにエルゴード的で𝑅 >𝐻(X)ならば,𝑅𝑛 →𝑅かつ𝑃(𝑛)𝑒 →0を満たす符号の族が存在する.
- 逆に,符号の族が𝑃(𝑛)𝑒 →0を満たし,レートの列(𝑅𝑛)が上に有界ならば𝐻(X) ≤lim inf𝑛𝑅𝑛である.
系 3.5.10 は,情報源符号化定理(定理 2.3.6)が i.i.d. の仮定なしに成り立つ,と言っている.置き換わったのは 1 文字のエントロピー𝐻(𝑋)がエントロピーレート𝐻(X)になったところだけで,圧縮の限界を決めているのが「1 文字あたりの不確かさ」であることは変わらない.
エルゴード性がどこで効くか. 逆定理 (2) の証明はエルゴード性を使っていない.定常でありさえすれば𝐻𝑛/𝑛 ≥𝐻(X)が言えるからである.エルゴード性が要るのは達成可能性 (1) のほう,つまり定理 3.5.2 を経由して典型集合を作るところである.例 3.4.2 がそこを壊す.最初のコインを固定すればその先は i.i.d. で,混合の確率のうち自分の側の項が支配するから,経験エントロピーは定理 2.1.4 のとおり分岐ごとの値に落ち着く.すなわち表なら1ビット,裏なら𝐻𝑏(0.1) ≈0.47ビットである.ただ一つの値に収束するという定理 3.5.2 の結論が,ここでは成り立っていない.いっぽうエントロピーレートは,命題 3.5.9 の𝔼[ˆ𝐻𝑛] =𝐻𝑛/𝑛から二つの値の平均≈0.73ビットになる.したがって0.73 <𝑅 <1にとった符号は,表の側の実現を覆いきれない.長さ𝑛のブロックが2𝑛通りあるのに,用意した符号語は2𝑅𝑛個しかないためである.誤り確率は0に落ちず,1/2近くに残る.
第2章はエントロピーを,分布から計算する量・長い系列が見せる振る舞い・圧縮率の下限,という三つの顔で捉えた.本章はその三つがそのままエントロピーレートに引き継がれることを見たことになる.第6章では情報源ではなく通信路(信号を受け取って別の信号を返すもの)に目を移し,そこを通せる情報の量にも同じように限界があることを見る.
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