16.7 エントロピーべきと Fisher 情報量

本節からは第7章の微分エントロピーの上に乗る.微分エントロピー定義 7.1.2)は目盛の取り替えで動く量で,倍するとだけ増えた(命題 7.3.3).散らばりを測るもう一つの量である分散は,倍すると倍になる(これを,学部の確率で扱う事実として既知とする).二つを同じ物差しに載せるには,倍して指数に持ち上げればよい.そうして作った量なら倍で倍になるはずで,実際そうなる(命題 16.7.2).本節はその量を定めてガウス分布と一様分布で計算し,分散との大小を決める.続いて,密度の傾きの大きさを測る Fisher 情報量を定め,こちらもガウス分布で計算する.二つの量は,独立なガウス雑音を少しずつ足していく道筋の上で結びつく.

16.4 節 で既知とした,が正の実数の全体から実数の全体への狭義単調な全単射であることから,どの実数についても,その値を対数にもつ正の実数はただ一つ定まる.

定義 16.7.1(エントロピーべき). を密度をもつ実数値確率変数とし,(𝑋)定義 7.1.2)が定まるとする.を満たすただ一つの正の実数を,エントロピーべき と呼ぶ.

はエントロピーべきを表す.量そのものを名指すときのほかは引数をとり,第8章 が雑音の分散に使う裸のとは別の記号である.定める式は,底をにとればと書き直せる.底を取り替えてもの値は動かない.取り替えによっても同じ倍率で変わり,定める式の両辺が同じ倍率で変わるからである.

形式化: entropyPower (ソース),定める式 log_entropyPower (ソース)

形式化上の注記. 形式化はを自然対数にとるので,この量をの形で直に定めている.また形式化はが定まらない場合にもに値を返す約束なので,そのときこの量はになる.本文がを書くのはが定まる場合だけである.なお Cover–Thomas の流儀にあたる,で割った量の値をガウス分布について与える宣言 entropyPower_div_two_pi_e_gaussianReal (InformationTheory/Shannon/EPI/Plumbing.lean) もある.

命題 16.7.2(定数倍でのふるまい). を密度をもつ実数値確率変数,を実数とする.が定まるならばも定まり,である.

証明. 命題 7.3.3 よりは定まってである.よって

log𝑁(𝑐𝑋)=2(𝑐𝑋)=2(𝑋)+2log|𝑐|=log𝑁(𝑋)+log𝑐2

であり,右辺はに等しい(である).定義 16.7.1を,対数がに等しいただ一つの正の実数として定めているから,である.

形式化: entropyPower_map_mul_const (ソース)

形式化上の注記. 宣言は結論の等式だけを述べ,本文の「も定まる」にあたる部分は含まず,その部分を述べる宣言も無い.命題 7.3.3 に紐付けた宣言も同じ形である.

命題 16.7.2 が,倍して指数に持ち上げた理由である.分散も倍で倍になるので,と分散は同じ倍率で動く.二つの大小を比べる意味が出てくるのはそのためで,比べた結果は 命題 16.7.5 で出る.

例 16.7.3(一様分布のエントロピーべき). とし,が長さの区間の上の一様分布に従うとすると,は定まりである.

証明. 例 7.1.3 よりは定まってである.よってであり,定義 16.7.1 よりである.

命題 16.7.4(ガウス分布のエントロピーべき). を実数,とし,定義 7.2.1)に従うとすると,は定まりである.

証明. 定理 7.2.2 よりは定まってである.よってであり,定義 16.7.1 より主張を得る.

形式化: entropyPower_gaussianReal (ソース),「定まる」にあたる積分可能性 integrable_density_log_density_of_gaussian (ソース)

幅の乗として読む. 7.1 節をその分布の実効的な幅と読んだ.底をにとればはその幅の乗である.例 16.7.3 の一様分布では幅がそのものでになり,7.2 節 が幅をと読んだガウス分布では,命題 16.7.4 のとおりになる.長さの乗の次元をもつという点で,は分散と同じ物差しの上にある.ただしガウス分布では,は分散そのものではなく倍になる.定義 16.7.1を指数に持ち上げるだけで,ガウス分布に値をそろえる定数を入れていないからである.Cover–Thomas はで割った量を同じ名前で呼ぶ流儀で,そちらではガウス分布での値が分散そのものになる.どちらをとっても 命題 16.7.2倍のふるまいは変わらないので,本書は定義に定数を持ち込まないほうをとる.

分散を固定したときにガウス分布が微分エントロピーを最大にする(定理 7.2.4)ことは,指数に持ち上げてもそのまま残る.

命題 16.7.5(分散による上界). とし,を密度をもつ実数値確率変数とする.が定まり,が平均をもち,その分散が定まって以下であるならばである.

証明. 定理 7.2.4 よりである.両辺を倍すると,定義 16.7.1 より左辺はであり,右辺はである.が狭義単調(16.4 節)だから主張を得る.

形式化上の注記. この主張をそのまま述べる単独の宣言はない.四つの合成で得られる.微分エントロピーをで押さえる 定理 7.2.4 の紐付け先と,その右辺の実数をガウス分布の微分エントロピーに書き直す 定理 7.2.2 の紐付け先と,微分エントロピーの大小をエントロピーべきの大小に移す entropyPower_le_of_differentialEntropy_le (InformationTheory/Shannon/EPI/Plumbing.lean) と,ガウス分布のエントロピーべきの値を与える 命題 16.7.4 の紐付け先である.三つめが比べるのは測度どうしなので,一つめの右辺を測度の微分エントロピーに直す二つめを挟まないとつながらない.

この上界が達成されることを見るために,第7章 7.2 節 が借りた ガウス分布の基本性質 をそのまま引く.すなわち,定義 7.2.1 の関数は実軸の上での積分がであり,それを密度とする確率変数の平均は,分散はであって,である.最後の形は,7.2 節定理 7.2.2 の証明で使ったものと同じである.当てる対象は 定義 7.2.1 のガウス分布に従う実数値確率変数だけで,7.2 節 が宣言した射程からは広がらない.依存するのは 系 16.7.6命題 16.7.8 の証明の二つである.

系 16.7.6. を実数,とし,定義 7.2.1)に従うとすると,命題 16.7.5 の仮定をこのについて満たし,その不等式は等号で成り立つ.

証明. 借りたガウス分布の基本性質よりは平均をもち,分散はで,これは以下である.また 定理 7.2.2 よりは定まる.よって 命題 16.7.5 の仮定を満たす.その値は 命題 16.7.4 よりで,命題 16.7.5 の右辺に等しい.

形式化上の注記. 系 16.7.6 に対応する単独の宣言はない.命題 16.7.4 に紐付けた宣言と,ガウス分布の分散を与える gaussianReal_variance_eq (InformationTheory/Shannon/DifferentialEntropy.lean) を合わせて得られる.

一様分布では等号にならない.例 7.2.6 の証明が求めたとおり,長さの区間の上の一様分布の分散はである.命題 16.7.5 をこの値でとると上界はで,例 16.7.3を確かに上から抑える.比は,例 7.2.6 が出した微分エントロピーの差を指数に持ち上げたものである.

ここまでは,密度がどれだけ広がっているかを測ってきた.次に測るのは,密度がどれだけ急に変わるかである.

定義 16.7.7(Fisher 情報量). を密度をもつ実数値確率変数とし,は実軸のすべての点で微分可能かつ正であるとする.が有限であるとき,その値をFisher 情報量 と呼んでと書き,このとき定まる という.

は Fisher 情報量を表す.この文字は既出の章がそれぞれ別の意味に使っているが,本節のものはそのどれとも別である.定義 16.7.7 は密度を一つ選んだうえでの量だが,値は選び方によらない.定義 7.1.1 より同じの二つの密度はどの有界閉区間の上でも積分が等しく,定義 16.7.7 の条件を満たす密度は微分可能だから連続であって,どの有界閉区間の上でも積分が等しい二つの連続関数は全点で一致する(最後の一歩を,学部の解析で扱う事実として既知とする).被積分関数に現れるは,密度の増え方をその点の密度自身で割ったもので,密度が急に立ち上がっている点ほど絶対値が大きい.その乗を,やはり密度自身で平均している.広がりを測る 定義 16.7.1 と違って,が見ているのは密度の形の細かさである.この量を情報量と呼ぶのは,密度を横に少しずらしたときの見分けやすさを測るからである.形は同じで位置だけが分かっていない分布から標本を得て,その位置を当てにいくとしよう.位置を少し動かしたときに密度が大きく変わる分布ほど,どこにいるかは当てやすい.統計でその当てやすさを測るのに現れるのが同じ量で,定義 16.7.7 はそれを,位置がずれるだけの場合について密度の形で書いたものである.

形式化: fisherInfoOfDensity (ソース)

形式化上の注記. 形式化も密度を引数として受け取る.分布から取り出した密度は一般に微分可能な代表元にならないためである.値はにとる約束なので,本文が「定まる」と呼ばなかった場合にも値を返す.定義の中のは,形式化では対数微分として書かれている.

計算のために 微積分の計算規則 を既知とする.積分の線形性,合成関数の微分と指数関数の導関数,の導関数がであること,次式による置換積分,部分積分,に近づくこと,連続関数の定積分が原始関数の差に等しいこと(微積分の基本定理),および有限な値に収束する広義積分の扱いである.このうち次式による置換積分は 第7章 7.3 節 が,積分の線形性・の導関数・部分積分・の極限・広義積分の扱いは 7.1 節 が,同じ資格ですでに借りている.本節が新たに加えるのは,合成関数の微分と指数関数の導関数と微積分の基本定理である.当てる対象は,命題 16.7.8例 16.8.2 の証明に現れる密度と,それに多項式や対数を掛けて作る関数,および 例 16.7.9 の証明が雑音の分散を変数として書く,次式の対数とその逆数だけである.

命題 16.7.8(ガウス分布の Fisher 情報量). を実数,とし,定義 7.2.1)に従うとすると,は定まりである.

証明. 定義 7.2.1 の密度は実軸のすべての点で正であり,借りた微積分の計算規則より微分可能で

𝑔𝜇,𝜎2(𝑥)=𝑥𝜇𝜎2𝑔𝜇,𝜎2(𝑥)

である.よって 定義 16.7.7 の被積分関数はであり,借りたガウス分布の基本性質より

(𝑥𝜇)2𝜎4𝑔𝜇,𝜎2(𝑥)𝑑𝑥=𝜎2𝜎4=1𝜎2

である.これは有限だからは定まり,その値はである.

形式化: fisherInfoOfDensity_gaussianPDFReal (ソース)

二つの量を掛けてみる. ガウス分布では 命題 16.7.4 より命題 16.7.8 よりだから,積はに依らずである.散らばりが大きいほどは大きくは小さい,という向きが,ガウス分布では正確に釣り合っている.一般の分布でも,二つが定まるかぎり,この積はを下回らないことが知られている(エントロピーの等周不等式と呼ばれる).ガウス分布での値がちょうどだから,ガウス分布は積を最小にする.

等周とあるのは,16.5 節 と同じ形の問いだからである.あちらは大きさにあたる要素数を決めて,境界にあたる辺の本数を最小にする問いで,要素数がのべきなら,最小は部分立方体でとられた(系 16.5.9).こちらは大きさにあたるエントロピーべきを決めて,境界にあたる Fisher 情報量を最小にする問いで,最小はガウス分布でとられる.本書はこの不等式を示さず,形式化もしていない.本章のどの主張もこれを使わないので,借りる道具には数えず,名前を書くにとどめる.

二つの量が結びつくのは,分布を動かしたときである.動かし方として,独立なガウス雑音を少しずつ足していくもの,すなわちから増やしながらを見ていくものをとり,これを以下,熱流と呼ぶ.名前は,を時間とみると,この道筋の密度が熱の伝わり方と同じ形の方程式に従うことによる(本書はその方程式を扱わない).ここから次節でエントロピーべき不等式を借りるところまでは,その不等式がどこから来るかを見せるのが目的である.途中で借りる de Bruijn の恒等式と Stam の不等式は,本書のどの主張の証明も使わない.用意するものが二つある.

熱流を書くには,ガウス雑音を足したものがまたガウス分布に従うことが要る.第9章 9.4 節 が確率変数の言葉で借り直した ガウス分布の畳み込み を引く.独立で定義 7.2.1)に従う二つの実数値確率変数の和がに従う,という事実である.9.4 節 は差についても借りたが,本章が使うのは和だけで,射程はそのぶん狭い.あわせて,独立な二つの実数値確率変数の一方にでない定数を掛けても独立性が保たれることを既知とする.当てる対象は,本節と次節に現れるガウス分布に従う実数値確率変数だけである.依存するのは 例 16.7.9命題 16.8.1 の証明の二つである.

de Bruijn の恒等式 を借りる.を密度をもつ実数値確率変数で乗の平均をもつもの,定義 7.2.1)に従う確率変数とし,は独立であるとする.このときについては密度をもち定義 16.7.7)は定まって,次の二つが成り立つ,という主張である.第一に,においては微分可能で,そのでの導関数はに等しい.第二に,さらにが定まるならば,について

(𝑋+𝑡𝑍)(𝑋)=log𝑒2𝑡0𝐽(𝑋+𝑠𝑍)𝑑𝑠

である.微分の形をからまで積分すれば積分の形が出そうに見えるが,微分の形が言えているのはだけなので,の端をつなぐ段が別に要る.そこで二つを別々に借りる.当てる対象は,本節のと,16.8 節 がエントロピーべき不等式の出どころを述べる筋書きの中で当てる,密度をもつ独立な二つの実数値確率変数とその和である.本書のどの主張の証明もこれを使わない.例 16.7.9 がガウス分布の場合にこれを確かめ,16.8 節 がその筋書きの中で引く.証明を載せないのは,積分と微分の順序を入れ替える段が要り,本書がその道具を用意していないからである.

形式化: 微分の形 debruijn_identity_per_time (ソース)

形式化上の注記. 形式化はを自然対数にとるので,紐付けた宣言にの因子が現れない.底をにとった本文の式と同じものである.宣言はの密度を,の密度とガウス核との畳み込みとして式で書いている.述べているのは導関数の等式だけで,本文の「は定まる」にあたる部分は含まない.宣言に現れる Fisher 情報量は 定義 16.7.7 の形式化を実数に読み替えたもので,定まらない場合にも値を返す.積分の形にも宣言 debruijn_identity_integrated (InformationTheory/Shannon/FisherInfo/DeBruijnStandalone.lean) があるが,ポインタは付けない.掲載しているリリースの時点では,その結論が「ある関数の族があって,その Fisher 情報量の積分がエントロピーの差に等しい」という存在の形をしていて,その族が各時刻の密度であることを結論の中で縛っていないからである.

増え方が細かさで決まると読む. 恒等式が言っているのは,雑音を少し足したときに微分エントロピーが増える速さが,そのときの密度の細かさで決まるということである.でこぼこの多い密度は,雑音を少し足すだけで大きく平らになるのでが大きく増え,すでに滑らかな密度は増えにくい.

例 16.7.9(熱流に沿った微分エントロピー). を実数,とし,定義 7.2.1)に従い,に従い,は独立であるとする.このときについては定まってに等しく,次の二つが成り立つ.

  1. において,は微分可能で,そのでの導関数はに等しい.
  2. についてである.

証明. とする.例 7.3.6 を,掛ける定数,足す定数ととって当てるとに従い,ガウス分布の畳み込みとあわせて既知とした定数倍での独立性の保存より,は独立である.借りたガウス分布の畳み込みよりに従い,定理 7.2.2 よりは定まってである.のときはで,同じ式が 定理 7.2.2 そのものである.

1 を示す.借りた微積分の計算規則より,は微分可能で,そのでの導関数はである.一方 命題 16.7.8に当てるとだから,二つは一致する.

2 を示す.借りた微積分の計算規則よりの導関数はであり,これはの上で連続だから,微積分の基本定理より

𝑡0𝑑𝑠𝜎2+𝑠=1log𝑒(log(𝜎2+𝑡)log𝜎2)

である.命題 16.7.8 より被積分関数はに等しいので,両辺にを掛けると,右辺はになる.いっぽう 2 の左辺は,上で求めた値よりであり,の中の共通の因子が引き算で消えて同じ値になる.

形式化: 値の等式 differentialEntropy_gaussianConvolution_of_gaussian (ソース)

形式化上の注記. 宣言が述べているのは値の等式だけで,本文の「定まる」にあたる部分は含まない.1 にも 2 にもポインタを付けない.1 をガウス分布について述べる単独の宣言はなく,借りた de Bruijn の恒等式の微分の形の紐付け先を,の密度が 定義 7.2.1 のガウス密度である場合に読み,命題 16.7.8 の紐付け先と合わせて得られる.2 にあたる宣言 debruijn_identity_integrated_gaussian (InformationTheory/Shannon/FisherInfo/DeBruijnStandalone.lean) は実在するが,掲載しているリリースの時点では,借りた恒等式の積分の形の宣言と同じく,結論が存在の形をしていて,積分の中の Fisher 情報量が各時刻の密度についてのものであることを縛っていない.

恒等式の両辺を数で突き合わせる. 𝜎2 =1とし,底をにとる.例 16.7.9 の 2 の左辺はビットである.右辺は,だから,ビットである.雑音の分散をからまで増やすあいだに,微分エントロピーはちょうどビット増える.

de Bruijn の恒等式は,微分エントロピーの増え方を Fisher 情報量で書いた.増え方が書けたということは,Fisher 情報量の側で成り立つ不等式を,積分して微分エントロピーの側へ運べるということである.次節はその運び先を見る.

InformationTheory — 形式化検証つき情報理論教科書(レビュー版).数式は MathJax + AMS Euler で事前レンダリング.